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赤ずきんと狼

アダムの状態が落ち着いたこともあり、ひとまずエリザベスもエドワードと共に本邸に引き上げた。エドワードと離れることを想定していなかったため、荷造りの指示を含め王都でのスケジュール調整などを話し合う必要があったのだ。


また、ロバートとレベッカも結婚式までそれほど日数が残っておらず、こちらは結婚後の住まいとなる別館に向かった。サラの誕生日会に招待する客なども検討しなければならないらしい。


大人たちを見送った後、サラは夜市に行く支度をするため部屋に戻った。そして、二階にはスコットとアダムが残された。ふとアダムはチラリとスコットを見て小さくため息をついた。


「なぁスコット、お前は昔からマーグを知っていたのか?」

「知ってたって程じゃないよ。向こうはグランチェスター領の代官の娘で、僕がグランチェスター騎士団の息子だったってだけだ。パーティとかで顔を合わせたら挨拶するくらいの関係だよ」

「だけど、メグって呼んでるよな」

「そりゃ歳も近いし、大人たちが話をしてる時は会話くらいするんだから、愛称で呼ぶくらいはするだろ」

「その…婚約の話とかはなかったのか?」

「まったくない。というかメグたちの父親は、彼女たちを有力な貴族に嫁がせるつもりだったはずだ。後妻を娶ったのも美しい娘を産ませるためだったって言われてたし、僕みたいに貴族なのか平民なのか微妙な男はお茶会にすら呼ばれなかったよ」

「そういうことなら本家の僕たちに紹介すべきなんじゃないか?」

「いや…本家じゃ意味がないんだよ。あの父親と兄貴は本家を見返したがってたんだ。特に小侯爵一家には思うところも多かったみたいだ。『たまにしか領地に来ないくせに偉そう』とか毒を吐いてたのは何度も見たよ」

「それは否定できないな。もしかしたらマーグやミリーも、僕たちのことが好きじゃないのかな?」

「それは本人に聞けよ」

「嫌われてたら僕はどうしたらいいんだろう」

「知らないよ。メグがアダムのことを友人だと思ってるなら父親同士がどういう関係でも友人でいてくれると思うけどな。っていうか、メグと一緒に過ごした時間は多分アダムのほうが長い。メグがいい子だってことは知ってるんだろう?」

「わかってる。すごくイイ奴だ」

「とにかく話し合えよ。後のことはそれから考えろ」


アダムは黙って頷いた。


「スコットにお願いがあるんだ」

「なんだ?」

「勉強だけじゃなくて、本格的に剣術の訓練をしたい。今の僕にジェフリー卿に教わるだけの力量がないことはわかってる。だから、スコットやブレイズたちの訓練に加われないかな」

「アダムにそんな時間とれるのか? アカデミーの試験まであまり時間残ってないけど」

「わかってる。ただ、頭だけじゃなく身体も作っておく方が重要な気がしてるんだ。だから朝の訓練だけでもと思ってな」

「僕の家まで来るなら、たまに父上も訓練を見てくれると思う。お前の馬はちゃんと戻ってきてるらしいぞ。本気なら勉強道具も一緒に持って毎朝来いよ。熱病のせいでコーデリア先生の私塾も閉鎖中なんだろ? 一緒に乙女の塔に通う方が自習も捗るはずだ」

「恩に着る」

「礼はアカデミーの入学式で聞いてやるよ。とりあえず、今は身体を休めておけ。どうせすぐに悲鳴を上げることになるからな。僕たちの訓練は甘くないぞ」

「望むところだ」


サラがみたら『誰だコレ』を連発しそうな爽やかさで、アダムは自分が使っている客間へと引き上げていった。


『あれは誰だ? マジでアダムか?』


どうやらサラだけでなくスコットも同じ疑問を持ったらしい。それ程にアダムの変化は突然で、しかも著しいものであった。


『でもまぁ、ちゃんと同級生になれそうだ。グランチェスター男子が勢揃いって感じになりそうだな』


アダムが去った扉を見遣ったスコットは、ふっと柔らかい微笑みを浮かべた。




「お待たせスコット」


三階に続く階段から降りてきたサラの姿を目にした瞬間、スコットはもう一度恋に落ちた。以前からサラを好きだとは思っていた。普段の幼い姿のせいで、スコットは”大人になるまで待とう”という庇護欲のようなものが先に立ち、どこか上から目線でサラを見ている節があった。逆にソフィアの方は美しすぎて現実味が無く、”これは仮の姿”と認識している。


だが、階段から降りてきたサラは、思わず抱きしめたくなるような少女であった。触れて熱を感じたい、腕の中に閉じ込めたい、その唇をふさいで……その先は思春期の少年らしい妄想になったが、ともかくスコットは実体を伴った本気の恋に落ちたのである。


「ちょっと、スコット、なんか言ってよ。自分ではなかなかイケてると思ってるんだけど」


目立つ銀の髪は目立たないよう茶系の色に染めており、サイドをカチューシャのように編み込み、後ろもアップスタイルになってうなじを出していた。少しだけ残っている後れ毛を見ただけで、スコットは喉の渇きを覚えた。


「すごく綺麗だ。髪の色変えたんだね」

「目立つから染めてもらったの。洗えばすぐ落ちるわ。ヘアスタイルもマリアの力作なのよ」


サラはその場でくるりと回った。膝下丈のフレアスカートとテーラードカラーのジャケットは、しっかりと厚みのある暖かいツイード生地でできている。ジャケットの中には編み上げになっているジレを着用している。このジレがコルセットの役割を果たしており、ソフィアの時よりバストは控え目なはずなのに細いウエストを強調している。足下は歩きやすいようソフィアの時に履きなれているロングブーツで、よく見ると馬に乗っても大丈夫なようにスカートの下には薄手のレギンスを履いている。ふんわりとしたペティコートだけでスカートにボリュームを持たせているため、夜市の会場を走り回ることもできそうだ。


「首筋を出してて寒くない?」

「マフラーするし、ドレスの上からフード付きのマントを着るから大丈夫よ」


そう言ってにっこりと微笑んだサラに、スコットは再び心臓を掴まれた。


「夜市は馬を預けられるところが限られているんだ。ディムナに二人で乗っていかないか?」

「いいわよ。でも前に乗せて頂戴。この姿になってもスコットの方が背が高いわ。前が見えなくなっちゃう」

「じゃぁ、サラを落っことさないよう抱えてないとな」


スコットは少しだけ欲を出した。馬を預ける場所が限られているのは事実だが、二頭が一頭になったところで大きな差があるわけではない。ただ、サラと同じ馬に乗りたかっただけだ。


「じゃぁ行こうか。さっき、ゴーレムからディムナを車寄せの近くまで連れてきてるって言われたんだ。すぐにでも出られるよ」

「ゴーレムたちは仕事が早いわね」

「この便利さになれると、抜け出せなくなりそうだよ」

「私はとっくにゴーレムがいないとダメな身体になってる気がするわ」


『どうせなら、僕がいないとダメな身体になっちゃえばいいのに…』


まったくもって思春期であった。普段は優秀な少年なのだが、舞い上がって脳内がかなり残念仕様になっている。


「この服だとレイピアは目立っちゃうから、手頃な短剣だけを持っていくわね。もし、変な人に絡まれたら、スコットに頼っちゃうと思う」

「もちろんサラのことは守るけど、いつものマインゴーシュじゃなくていいの?」

「あれって、私の左手で使いやすいようテレサに作ってもらったの。でも私は右利きだから、できれば右手で使いやすい短剣の方が良いかなって」

「なるほど」

「スカートの下に隠しやすかったし」

「えっ!?」


サラの口から『スカートの下』と聞いただけで、頭に回るはずの血液が違うところに向かってしまいそうになったスコットは、慌てて騎士団の練習場にいる汗臭い先輩たちを思い出して事なきを得た。


外に出たスコットはサラを抱え上げ、ディムナの背に横座りの姿勢で乗せた。


「身体が大きくなったから重いでしょ?」

「いや、全然。このくらいなら抱えたまま走れるよ」


スコットもディムナに跨って、サラを腕の中に抱えるような姿勢になった。その瞬間、サラの髪からはふわりと花の香りが漂った。スコットにはどんな花なのかはさっぱりわからないが、ともかく花の匂いであった。


「サラ、ディムナが走り出したら寒くなるから、フードはしっかり被っておいた方がいい」

「わかったわ」


いつまでも髪の香りを感じていたいが、サラに風邪を引かせるわけにもいかないとスコットは考えた。決して細くて白い首筋に噛みついてしまいそうだとか、サイドの後れ毛と一緒に耳元を指先でなぞりたいなどと考えているわけではない……ハズである。


サラのフード付きのマントは深みのある赤い色をしていた。サラはこのマントを見て『私は赤ずきんか?』と思ったが、背後のスコットの脳内が狼に近づいていることにはまったく気付いていなかった。


こうしてスコットとサラは夜の領都へと、ディムナに相乗りして出掛けていった。

スコットがダニエル化している。

あるいは少し前のアダム?

なんにしても、無事に済むのか雲行きが怪しいデートがスタート!

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― 新着の感想 ―
うわぁ気色悪いわ
スコットのスコットはダニエルサイズなのかな?
武器をわざわざスカートの中に隠さずとも、収納魔法でしまえばいいのでは?
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