相変わらず非常識
ひとまず、王都行きの予定が変わらないことを確認できたため、サラはメイドやゴーレムたちに予定の変更がない旨を伝えて準備を続けるよう指示を出した。もちろんゴーレム経由で同じ伝言がソフィア商会にも届いている。
「エドワード伯父様、ソフィア商会の商品はいくつか持っていくべきですか?」
「お前が宣伝したいものを持っていけばいいだろう。本来なら、ブランデーやシードルだろうが、品薄なものばかりだからなぁ」
「エドワード伯父様、他領でもお酒を造りたいと考えているのですが、グランチェスターとして困りますか?」
「難しい質問だな。それは父上にも聞いてみるべきだろうが、グランチェスターで生産できる酒の量には限界があるだろうことは想像できる。だとしたら他の地域でも作るべきだろうな。ただし、こちらの商品価値が落ちるのは少し困るな」
「そうですね。グランチェスターのエルマブランデーは、特別なお酒であるべきだと私も思います」
「正直なところ、私はシードルがお気に入りなんだ」
確かにシードルは飲みやすいお酒である。食前酒にも向いているため、もっと多く作れないかという相談も多く受けている。この世界の発泡酒と言えばエールだが、あまりグランチェスター領では作られていない。
「そうなのですね。もしかして、エールなどもお好きですか?」
「そうだな。グランチェスターではあまり大麦を作っていないので、エールの仕込みも少ないのが難点だが、母上の実家であるエイムズベリー領では、エールをたくさん作っているぞ」
「大麦を生産しているのですか?」
「アヴァロンの中では珍しいのだが、エイムズベリーは農業よりも、鉱山の採掘で潤っている領なんだ。だが一部の地域では大麦や大豆などを栽培していたはずだ」
「あぁ輪作しているのですね」
「りんさく?」
「……伯父様、さすがに次期グランチェスター侯爵として、輪作を知らないのは大問題です。本邸の図書館にもきちんと関連書籍は置いてありますよ?」
「そ、そうか。すまん」
「お父様でしたら輪作の説明も可能ですか?」
「さすがに僕はグランチェスター家の代官だよ? エド、輪作って言うのは、同じ畑で複数の作物を交代で栽培することを言うんだ。同じ畑で小麦だけを栽培していると、小麦が生育不良になったり病気になったりするんだ。だから、大豆なんかの豆類と交互に植えてるんだよ」
「そうなのか? てっきりグランチェスター領の小麦畑では、小麦しか作っていないと思ってたよ」
「僕も詳しい理屈はわからないんだ。何百年か前、突然「輪作」や「緑肥作物」に関する論文をアカデミーに送った文官が居たそうだ。彼のお陰でアヴァロンは、今のような農業の発展した国になったんだ」
『間違いなく転生者だろうなぁ』
「以前、麦角菌が発生した集落では、さまざまな植物による輪作を検討しています。お暇な時にエドワード伯父様も見学してみることをおすすめします。実は、ゲルハルト王太子もご案内するつもりだったのですが、ちょっと予定外にエルマ農園が出来てしまったので目下悩み中です」
「あの新種か?」
「はい。あの新種です。あぁ、折角なのでエルマをお土産に持っていきましょうか。まだ領外には出回っていないはずです」
「それは良さそうだな」
「後は魔石ではない宝石をいくつかご用意しようかと思っておりまして」
「宝石?」
「ちょっと待ってくださいね」
サラは空間収納に両手をにゅっと突っ込み、サラの身体では身体強化しないと持てないくらいの丈夫そうな木箱を取り出した。前世のRPGゲームに出てきそうな宝箱のような仰々しいデザインである。
「ちょっと重いので伯父様とお父様が二人で受け取ってください」
「わかった」
「ちょっと待ってね」
エドワードとロバートは慌ててサラから木箱を受け取り、その重さに少し驚いた。
「そこのテーブルで開けてもらって良いですか?」
エドワードが頷いて木箱をそっと開けると、中にはぎっしりと大ぶりの宝石がざくざくと詰まっていた。ビジュアル的にはゲーム画面か海賊映画のワンシーンである。
「な、なんですのこれは!」
エリザベスは驚愕して叫んだ。
「土属性の魔法が発現した時、調子にのってホイホイ作ってしまった石ですね。天然石ではないので人造宝石です。ルビーとサファイアが多いです。無色透明な石もダイアモンドではなくサファイアです。成分は同じなので鑑定しても、偽物だと言われることはありません。あ、アクアマリンとモルガナイトとエメラルドもありますよ」
実はルビーとサファイアは同じコランダムという鉱物である。含有する物質によって色に違いが出るのが楽しく、サラは土属性の魔法を使いまくって実験していた時期があるのだ。ちなみに赤い物をルビーと呼んで区別し、それ以外はサファイアと呼ぶらしい。ちなみに、アクアマリン、モルガナイト、エメラルドは、やはりベリルという鉱物の仲間である。
「さすがに人造石なので商会の商品にはしにくく、シュピールアの装飾用に使おうとしたのですが、『こんな貴重な石を砕いて使うことなどできません』と泣きながら細工師に断られました」
「然もありなん」
「それは細工師も気の毒に」
大人たちは箱を覗き込みながらうんうんと頷いている。
「そんなわけで、この宝石をお土産にするのはどうかなと。商品にはできないけど、プレゼントには最適かなって」
「賄賂だと思われて変に気を使われるのがオチだ。止めておけ」
「魔石よりマシかなと思ったんですけどね。面倒だし、割っちゃいましょうか」
「やめてぇ。こんな貴重な宝石を割るなんてあり得ないわっ!」
再びエリザベスが叫んだ。
「サラ…相変わらずお前は本当に非常識だな」
「自覚していますよ。私も宝石の市場を荒らすわけにいかないので、これを格安販売することもできないんですよ。だから、ずっと空間収納に放り込んであったんです」
「確かにこれを売ったら出処を探られるな」
「そんなわけで適当にカットしちゃった方が良いと思うんですよ」
だが、エリザベスは断固反対なのか、箱に手を掛けたまま動かない。
「伯母様…それは私が遊びで作った人造石で、天然石ではありません。必要になったらいくらでも作れますから落ち着いてください」
「仕方ない、サラ、すまないがサファイアとルビーを少し分けてもらえるか? リズも宝飾品を作ったら満足するだろう。申し訳ないが追加で借金にツケておいてくれ」
エドワードは飲み屋の代金をツケで支払うような気軽さで、サラから宝石を購入しようとした。
「お金は結構です。どうせ市場には出せないのですから、お好きなだけお持ちください。なんでしたら、伯父様も伯母様とお揃いでクラバットピンなどをお作りになられたらいかがですか? お父様とお母様もどうぞ」
これらの宝石に価値があることはサラも理解している。だが、天然石ではないのに、宝石として販売することはサラの商人としての倫理に反しているのだ。だが、どうやら贈り物としても不適当らしい。
サラは比較的小振りなアクアマリンを手に取り、風属性の魔法で真っ二つに割ってから、同じ大きさでオーバルカットを施した。土属性の魔法で白金の台座を作って先程の石を嵌め込み、空間収納に仕舞い込まれていた繊細なレースとアイボリーの幅広リボンを取り出した。
「手の空いてるゴーレムはいるかしら?」
「何でしょうか、サラお嬢様」
「このリボンとアクアマリンで、コサージュを作ってほしいの。デザインは任せるけど、同じものを二つにして」
「承知しました」
ゴーレムは30分程で、可愛らしいコサージュを作り出した。エリザベスは、サラが宝石を割った瞬間こそ目を見開いたが、その後は大人しくコサージュができるのを見つめていた。
『うっとりするくらい万能だわ。マギって最高』
「アダム、こっち来て」
「なんだい?」
「このコサージュはあなたにあげるわ。マーグとミリーにプレゼントしてあげると喜ぶと思う」
「そっか。サラ、ありがとう」
「ちゃんと話し合ってね。なんなら同じ色のアクアマリンで、アダムのカフリンクスも作れると思うよ」
「僕のはいいよ。アカデミーの試験までもうあまり時間が残ってないから、今はカフリンクスを付けるような社交の場には行かないつもりなんだ」
「そっか。今のアダムなら私も心の底から応援できるわ」
「サラ、本当にいろいろありがとう」
「どういたしまして」
そしてサラはくるりとエリザベスに向き直った。
「伯母様、私にもこの石の価値が理解できないわけではありません。ですが、このように使うのが正しい気がするのです。貴重であるからこそ宝石には価値があります。逆に言えば簡単に作れてしまうようなモノであるなら、宝石の希少価値は大きく下がるでしょう。結果として伯母様が所有しているジュエリーの価値を下げることにもつながってしまうのです」
「言いたいことは理解したわ。あなたにそのつもりがあるなら、石を叩き割って美しい商品を作ってくれる彫金師を紹介できると思う。王都の外れに住む手先の器用な若者なんだけど、彼の作り出す細工物は芸術品よ。私も見つけたばかりで、まだ他の貴族家のパトロンは付いていないはず。正直、今の私たちは資金力に難があるし、ソフィア商会のお抱えにどうかしら?」
「細工を見ないことには何とも言えませんが、興味はあります」
「確かにそうよね。彼の細工物は王都邸に置いたままだから、ソフィアが直接訪ねた方が早いと思うわ。細かい情報は、侍女から聞いて頂戴」
「ありがとうございます」
このようにサラが王都に出発する日は近づいており、それぞれに忙しい季節の到来を意味していた。そしてなにより、間もなくサラは9歳になろうとしていた。