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被弾

さすがに病み上がりのマーグとミリーにこれ以上負担をかけるわけにもいかないので、後をマリアとトマシーナに任せて一同は客間を辞した。習慣となりつつあるのか、誰も何も言わなくても自然と図書館の二階部分に足を向け、それぞれがなんとなく気に入っている椅子やソファに腰かけた。


「エドワード伯父様、王都行きの予定に変更はありませんか?」

「アダムのことは気がかりだが、あちらの予定もかなり押しているのだ。リズ、すまないが子供たちのことを頼めるか?」

「私は構いませんが、クロエは納得しないかもしれません」

「どうしてだい?」

「王都で有名なドレスメーカー主催のティーパーティーが予定されているのです。デビュー前の若いお嬢さんもたくさん出席するので、クロエも参加したがるはずです」

「だが、リズの付き添いなしでは無理だろう?」


くるりとエリザベスはサラを振り返った。


「サラ、私の代わりにソフィアがクロエの付き添いになってくれないかしら」

「ソフィアは平民ですし、クロエのシャペロンには力不足では?」

「ほとんどが若い令嬢とその付き添いだから大丈夫。それに王都におけるソフィアのデビューにも向いた場所じゃないかしら。将来の顧客になりそうな女性が大勢いるわよ」

「それは素晴らしいですね。でも、ドレスメーカーの主催ということは、そちらが販売しているドレスを着なければなりませんか?」

「そういう女性が多いのは確かだけど、明確な決まりはないわ。なんならソフィアが主催者の度肝を抜くようなドレスを着ても構わない。グランチェスター小侯爵夫人の名代に堂々と意見する女性はいないわ。ついでにサラも同席してしまえばいいと思うの。きっとアールバラ公爵夫人が、サラの誕生日会の相談に乗ってくれるはずよ」

「エリザベス伯母様を通さなくて良いのですか? それに、王都の社交の場に、お母様の同席が無いのは大丈夫なのでしょうか?」

「もちろん全面的に協力するつもりだけど、会場の手配という点ではアールバラ公爵家には敵わないもの。うまくいけば王宮のどれかを会場として貸してくれるかもしれないわ。付き添い人については、レヴィはまだ正式にサラの母親にはなってないから大丈夫。というより、結婚前に付き添いを務めてしまうと、レヴィの隠し子だと疑われてしまうかもしれない」

「難しいのですね。社交については伯母様の凄さを思い知ります」

「サラ、ガヴァネスとしては聞き捨てならない意見ね」

「レヴィは社交の場があまり好きじゃないから、得意じゃないのは当然でしょう?私にしても、グランチェスター家の威光がなければ上手くいかなかったと思う。それでも、儚くなられた侯爵夫人には遠く及ばないのだけどね」


小さく息を吐きだしたエリザベスに、エドワードが声を掛ける。


「リズはよくやってると思うよ」

「そうでしょうか? そこのサラからは、貴族至上主義と悪しざまに言われているのですが」

「すみません。伯母様。言い過ぎました」


『まぁ人間は本当のこと言われると傷つく生き物だしなぁ』


内心では酷いことを考えていても、サラはにこやかな笑顔を保ち続けた。レベッカの淑女教育の賜物である。


「まぁ言われても仕方のない行動を取ってきたことを否定はしないわ。今回のアダムの件についても、考えさせられることばかりよ」

「だが、私たちの手を離れた途端、アダムは大きく変わったじゃないか。私はあの変化を素晴らしいことだと思うんだ。知っているかリズ。アダムは自分の短剣を売って、マーグたちの毛布や食料品を買ったそうだよ」

「もしかして、義父様から頂いたあの短剣ですか?」

「そうだ。初めてもらった武器だから、毎日磨いて大事にしていたんだがな。マーグたちの毛布や食料品を買いにいったんだが、所持金が足りなかったらしい。仕方なく腰にあった短剣と交換したんだよ」

「まぁ…」

「だが、手入れをしようと柄を外した店主が、グランチェスター家の紋章が入っているのに気付いたそうだ。慌てて、グランチェスター城まで届けにきたんだよ。受け取るわけにはいかないとね」

「その店主には多めにお金を支払わなければなりませんね」

「アダムが受取った代金の10倍の代金を支払っておいたよ。正直な良い店だな」


『ほほう、それはなかなか良い情報ね。私もその店について調べておこうっと。誠実な取引相手は得難いものだもの』


「父上、母上、僕のことを大きな声で話すのはやめてください。すごく恥ずかしいです。サラとスコットも、ニヤニヤ笑ってこっちを見るの止めろよ」


アダムが顔を赤らめながら部屋から出てきた。どうやら会話が聞こえていたらしい。


「だ、だってビックリなんだもん」

「あのアダムが、友達のために宝物を売ったんだよな? めちゃくちゃイイヤツ!?」

「僕の性格が悪かったみたいじゃないか!」

「私のこと池に落として助けも呼ばなかったんだから、そりゃ性格悪いでしょ」

「う、ごめん。だけどサラの方が性格悪くない?」

「失礼ねぇ、イイ性格してるだけよ。あんまり面倒なこと言ってると、私をイジメてたこととか、アダムの下着コレクションとかをマーグにバラすわよ?」

「なっ!」

「そういえば一度聞いてみたかったんだよ。アダムの下着コレクションってなに? 時々話題になってるよね」

「それはねぇ…」

「わーーーーー、サラ。僕が悪かった本当に心の底から謝るっ」


アダムが慌てて深々と頭を下げた。


「スコットくらい良くない?」

「弱みを見せる相手は少ない方が良い」

「スコットには手遅れじゃないかなぁ。それに男同士で理解してもらえるかもよ?」

「そうかなぁ?」


サラがスコットに下着コレクションの説明をすると、スコットは頷いた。


「理解できないことも無いけど、僕は誰のでも良いってわけじゃないかな。そもそも履いてる状態じゃないと意味なくない?」

「一応、僕だって所有者は選んでるよ」

「アダムはグランチェスター男子のくせに気が多いなぁ?」

「それを言うなら、ロバート叔父上も婚約するまではフラフラしてたじゃないか」

「おい、僕を巻き込むな!」


流れ弾に派手に被弾したロバートは、レベッカの冷たい視線に晒されて満身創痍であった。


「諦めろロブ、自業自得だ」

「そりゃエドは良いよ。好きになった女の子を母上がお膳立てしてくれたんだから」

「だけど、リズにはちゃんと自分からプロポーズしたぞ!」

「そんなの当たり前だろ。それだって、母上がリズを何度も呼んでくれたお陰じゃないか」

「母上はレヴィのことだって呼んでただろ。僕はチャラチャラとあちこちの令嬢をエスコートしたりしなかったぞ」


アダムとスコットからの流れ弾は、いい歳したオッサン同士の泥仕合に発展した。エリザベスとレベッカは呆れたような目線で二人を見つめており、子供たちはポカーンとした顔で大人たちのみっともない争いを黙って見守った。


「ところでリズ。エドって本当に自分からプロポーズしてくれたの?」

「一応してくれたわよ。『結婚しよう。君なら母上も喜ぶはずだ』って」

「ナニソレ。ロブと同じくらい酷いわ」

「ロブは何て言ったの?」

「言葉自体は普通よ。『結婚してくれないか』って。何年も放置してた癖に唐突に言うものだから、ロブに理由を尋ねたのよ。そしたら『サラが、僕の養女になっても母親がいないっていうから』って答えたの。とっても惨めな気持ちになったわ」

「それはエドより酷いわ」

「レヴィ、よくこんな愚弟と結婚してくれる気になったな」


エリザベスとエドワードはレベッカに同情的な視線を送り、全員が一斉にロブを責めた。


「基本的にグランチェスター男子って、自分の気持ちをちゃんと言わないと思わない?」

「僕は後からちゃんとレヴィのことを愛してるって伝えたよ!」

「うーん。それなら、エドより良いかもしれないわ。私はずっと政略結婚だから、エドからは愛されてないって思ってたもの」

「まぁプロポーズの言葉がそれならねぇ」

「私もちゃんと気持ちを伝えたではないか」

「ついこの前のことですけどね。結婚して15年以上も経ってるのよ?」

「それは…申し訳なかった」


その様子を見ていたスコットは、サラの方を見つめて大きな声を上げた。


「僕はサラのこと好きだからねっ」

「ごめんスコット…」

「あ、それ以上は言わなくていいよ。今のところ諦める気ないから」

「なぁスコット。おまえ本当にサラでいいのか? かなりイイ性格してるぞ?」

「そこも含めて可愛いし魅力的だと思うよ」

「お前たちの趣味はわからん」

「僕もアダムの趣味はよくわかんないんだよね。ちなみにメグのこと好きなの?」

「メグ?」

「あぁ、君はマーグって呼んでるんだっけ。マーガレット・グランチェスターのことだよ」

「あのさ、僕はマーグのこと男だと思ってたんだよ。っていうか今でもマーグが女の子だったなんて信じられないんだ。秘密にされてたこともショックだし」


アダムがしょんぼりと肩を落とした。


「スラムで生きて行くためだったみたいだよ。アダムが知ってるかどうかわからないけど、メグは物凄く綺麗な女の子なんだ。あんなところで子供が、特に女の子が自分の身を守るのは簡単じゃないことはわかるだろ?」


スコットは立ち上がってアダムが座っている椅子に近づき、アダムの肩をポンっと軽く叩いた。


「わかるよ。わかるけど、それでも親友の僕には打ち明けてほしかった。結局、僕はマーグに信用されてなかったんだろうな。親友だと思ってたのも僕だけかもしれない」

「誰にだって秘密はあるものよ。アダムだって自分が小侯爵の長男だって秘密にしてたじゃない。マーグは薄々気づいてたみたいだけど黙っててくれたでしょ。マーグが何を考えていたのかは、マーグにしかわからないわ。ちゃんと彼女の話を聞くべきよ。仮にマーグが本当はアダムのことなんか信用してなかったんだとしても、マーグとミリーを助けてくれって私に懇願したアダムの気持ちは本物でしょう?」


サラもアダムの近くに寄ってきて、静かに語り掛けた。


「マーグは本当にいいヤツなんだ。僕が信用されなかったのは、僕が頼りないからなんだよな。マーグみたいに頭は良くないし、喧嘩も僕の方が弱いし…」

「待て、アダム。メグに負けたのか?」

「直接マーグと喧嘩したことは無いけど、僕を殴ったヤツをボコボコにしてたよ?」

「マジかぁ。やっぱり父上のいう事は正しかったか」

「どういうこと?」

「父上が言うには、メグはエレナ大伯母様に似てるんだそうだ。容姿じゃなくて中身が」

「エレナ大伯母様って、まさか前ハリントン伯爵夫人か? 自分の馬車を襲ってきた盗賊の首を大剣で刎ね飛ばす女傑と聞いているが」

「うん、性格が似てるって言ってた。喧嘩が強いなら、身体強化の魔法は発現してるんじゃないかな」

「凄いなマーグは」


『マーグって強いのか。回復したら一緒に剣術や組手の練習相手になってくれるかも』


「アダムも負けずに頑張れよ。身体を鍛えておかないと、ロバート卿みたいなぽにょ腹になるよ?」

「あ、それはイヤだな」

「君ら、いちいち僕に流れ弾を当てないと気が済まないの!?」


涙目になったロバートのお腹を、レベッカがトドメのようにムニっと摘まんだ。


「これはかなりマズイわよ。明日は執務前に軽く運動しましょうね」


なお、レベッカにとって軽い運動とは、ジョギング、剣術、体術などの訓練を1時間から2時間かけてやることを指すのだが、この時のロバートはまだ気づいていない。

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― 新着の感想 ―
グランチェスターって女が強い家系なのね
[一言] お父様の「流れ弾」って表現。魔法かな?石かな? 慣用句に使われるくらい戦場で使われてる弾概念 射撃型の攻撃魔法が矢じゃなくて石弾から発展普及したのかと推測
[良い点] 「盗賊の首を大剣で刎ね飛ばす」 男尊女卑も甚だしい社会でなんでこんなに凄い女傑が。サラの祖母も凄いしねえ。
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