あざとかわいい
客間に入ってきたロバート、レベッカ、スコットは、マーグを見て息を飲んだ。マーグの座っているソファの背後には大き目の窓があり、少しだけ傾いた冬の日差しが差し込んでマーグの髪をキラキラと輝かせている。その様子があまりにも美しく、神々しく映ったのだ。
マーグは音もなく静かに立ち上がって静かにロバートに歩みより、優雅にカーテシーをして名乗りを上げた。
「御目文字の機会を頂き大変光栄に存じます。ウォルター・ヴィディス・グランチェスターが娘、マーガレット・グランチェスターにございます」
「僕はロバート・ディ・グランチェスター。グランチェスター侯爵の次男で、グランチェスター領の代官を拝命している。君とは幼い頃に会ったことがあるのだけど、覚えているかな」
「幼過ぎて初めてお会いした日のことは覚えておりませんが、末席とはいえグランチェスターの傍系でございますので、ロバート卿のご尊顔は存じ上げております」
「僕も君の髪の色を覚えているよ。どうか、髪だけでなく顔も見せてくれないかな」
ロバートに促されるように、マーグは静かに頭を上げた。これまで男装で過ごしてきた影響のせいか中性的ではあるが、凛とした表情を浮かべたマーグを見て少年だと思う人はいないだろう。
「ウォルターよりも夫人によく似ているね。昔、アーサーにベッタリだったエミリーそっくりだ」
「母はアーサー卿が初恋だったそうです」
「彼女は自分がアーサーより4歳も年上だってことをいつも気にしてたよ。ウォルターとの結婚が決まったときは家出騒ぎもおこしたんだよな」
ロバートの昔を懐かしむような発言に、レベッカは少し眉を顰めた。
「ロブ、ご令嬢の前でなんて話をしているの! 初めましてラドフォード子爵令嬢、私はレベッカ・オルソンよ。この気が利かないロブの婚約者でもあるわ」
「オルソン令嬢の御高名は常々伺っております。既に父の子爵位はグランチェスター本家に返上しております。どうぞ、私のことはマーガレットと呼び捨ててくださいませ」
「では、私のこともレベッカと呼んで頂戴」
「はい。レベッカ様」
「確かにあなたはお母様にそっくりね。彼女のことは私も覚えているわ」
最後に声を掛けたのはスコットだ。
「メグ、さすがに僕のことは覚えてるだろ」
「もちろんよ、スコット。でも随分背が高くなったわね。前は私の方が高かったのに」
「メリメリ音がしそうな勢いで伸びてるんだよ」
「ジェフリー卿にますます似てきたわね」
「よく言われるよ。それにしても、君たちが無事でよかった。母上のこと、お悔やみ申し上げる」
「ありがとうスコット」
マーグは改めてロバートに向き直った。
「ロバート卿、大変遅くなりましたが、父と兄の愚行につきまして、深くお詫び申し上げます」
「うーん。その話はこの部屋の中だけで終わらせよう。あまり表沙汰にしたい話ではない」
「承知いたしました」
「それと、エミリーのこと、助けられなくて申し訳ない」
「いいえ。ロバート卿の責任ではございません。どうかお気になさらないでくださいませ」
一通りの挨拶が終わったため、一同はソファへと移動してお茶の時間にすることにした。そこに、姉が居ないことに不安を覚えたのか、妹のミリーが目を擦りながら部屋を出てきた。
「まーぐぅ、みりーひとりだけだとさみしいよ」
「ミリー、こっちにいらっしゃい」
「まーぐのかみがながくなってる!? それに、なんでどれすきてるの?」
ミリーはマーグに駆け寄って、不思議そうに見つめていた。
「ミリー、きちんとご挨拶なさい」
「あい」
ミリーはくるりと振り向き、にぱっと笑いながらちょこんと頭を下げた。
「みりあむです。ごさいです」
「いやぁ、これは可愛らしいお嬢さんだ。僕はロバートだ。君にとっては親戚のおじさんだね」
「おじさん? でも、おにいさんってかんじだよ?」
「マーグ、この子貰って良いかな? 僕のことお兄さんって呼んだよ! サラだって最初に会った時は『おじさま』って呼んだのに!」
「ちょっと、それは父さんのお兄さんだから、伯父様って呼んだだけじゃないですか」
サラは慌てて叫んだ。
「あー、ロバート卿。ミリーのあざとさに騙されないでください。この子は、微妙な年齢の男性を『お兄さん』って呼ぶと、食べ物を貰えると思ってるんですよ。スラムや下町には、この攻撃にやられてる男性が大勢いるんです」
「び、微妙な年齢……」
「ぶふっ」
困った表情を浮かべているマーグとは裏腹に、ロバートの横に座っていたレベッカは、堪えきれずに噴き出した。
「ミリーは将来大物になるわね」
「お恥ずかしい限りです」
すると名指しされたミリーが憤慨し始めた。
「ちょっと、マーグ。バラしちゃダメでしょ。ここを追い出されたら、また寒いトコで寝ることになるんだよ!」
「なるほど。これは強かに育っちゃったね。幼い雰囲気もわざとなのか」
スコットは感心したようにミリーを眺めた。
「まだ5歳なんですが、中身は年齢より大人びていると思います」
「ははは。サラより凄い子を見たよ」
「どうかなぁ、うちのミリーよりも、サラの方が大人なのは確かよ?」
状況を把握できず、ミリーは混乱したように周囲をキョロキョロし始めた。
「マーグ、どういうことなの?」
「ドコから説明したらいいのかしら」
マーグが躊躇しているのを見て、サラがマーグに話しかける。
「まず、ミリーは自分のフルネームをきちんと言えるのかしら?」
「いえ姓があることを教えていません」
「じゃぁそこからね」
サラはミリーをきちんとソファに座らせ、その前に屈みこんだ。
「初めましてミリアム。私は、サラ・グランチェスターよ。サラって呼んでいいわ。私もあなたをミリーって呼ぶわ。この塔の主で、マーグとあなたを保護しているのは私よ」
「サラが主なの? ちっちゃいのに?」
「そう。ちっちゃいけど主よ」
首を傾げたミリーの前で、サラは大きく頷いた。
「それでね、あなたの本当の名前はミリアム・グランチェスターというの。お姉さんはマーガレット・グランチェスターね」
「グランチェスターって、領主様の名前だよね?」
「そう、私たちはここの領主一族の親戚なの。マーグとミリーもそうよ」
「嘘だぁ。私たちはスラムの子だよ?」
「それはね、悪い人たちがあなたのお母さんを騙して、あなたたちを攫おうとしたからなの」
「悪いヤツのせいなの?」
「そうよ。お母さんはあなたたちを守るため、必死に逃げてスラムに隠れたの。迎えに行くのが遅れてごめんね」
「ママのことは覚えてないんだ。マーグと似てたってジャックが言ってた」
「私はあったことないけど、本当にそっくりらしいよ」
幼いながらもミリーは、サラの発言をゆっくり考えて理解しようとしている。
「んと、ミリーはずっとここに居ても良いの?」
「ここに居てくれても良いけど、もっと大きなお屋敷に住むこともできるわ」
「私はここがいいな。トマシーナが子守歌を歌ってくれるから」
『おおう、相変わらずゴーレムは多才だな』
「お父様、この子たちを保護するおつもりなのは伺っていますが、住む場所などはどうされる予定ですか?」
「この子たちの希望に沿うよ。他家との縁組を望むのであれば、王都邸に住むこともできるが」
「お父様、まずは淑女教育をしませんと、王都の社交界には出せません。マーグの方は何とかなるかもしれませんが、ミリーはこのままでは無理です」
「私はミリーと離れるつもりはありません。ミリーが王都に行くのが無理なら、私も王都には住みません」
ロバートとレベッカは顔を見合わせた。
「君たち姉妹を引き離すつもりは無いよ。エドか僕の養女に迎えるつもりではいるが、無理する必要はない。将来は君たちのどちらかには婿を迎えてもらって、ラドフォード子爵家を再興する予定だが、それもイヤなら断ってくれても構わない」
「あれ、それってマーグが私のお姉様になることも可能ってこと?」
「そうなるね。だけどエドの養女になると、二人は将来的にグランチェスター侯爵令嬢だ」
「条件的にはそっちの方がずっと良いですね」
「父や兄のことを想うと、さすがにご本家の養女というのは厚かましすぎる気がいたします。それに、これから結婚されるロバート卿に、これ以上娘を増やすというのも心苦しいです」
「親の罪を娘に擦り付けたりはしないよ。それに、事件そのものを隠蔽してるしね。まぁ僕たちに至っては、既にサラを養女にすることが決まってるからね。あと二人くらい誤差だと思ってるよ。レヴィも反対してないことを示すために、一緒に連れてきたんだ」
すると、部屋をノックする音が聞こえてきた。控えていたマリアが誰何すると、なんとエドワードとエリザベスであった。
「おっとエドも夫婦でお出ましか」
「ロブが独走してないか気になってな」
「どういう意味だよ」
「いや、自分の養女にしちゃうかなって」
「ちゃんと本人たちの意見を尊重するに決まってるだろ」
突然の訪問者に呆然としていたマーグであったが、小侯爵夫妻に挨拶をしていないことを思い出し、慌てて立ち上がってカーテシーの姿勢をとった。
「君がマーグだね。アダムがいろいろ世話になったようだ」
「いえ、この度のご子息のお怪我は、私の配慮に欠けた行動が原因です。お詫びのしようもございません。また、父や兄のしでかしたことにつきましても、申し開きできません」
マーグは深々と小侯爵夫妻に向かって頭を下げた。
「顔を上げなさい。アダムのことは本人の責任だし、ウォルターたちの罪を君に問うつもりもない。2年以上も君たちを助けられず申し訳なかった。子爵夫人のことについても、誠に遺憾に思っている」
「マーグ、顔を見せて頂戴」
エリザベスに声を掛けられて顔を上げたマーグは、エリザベスの目元に薄っすらと涙が浮かんでいることに気付いた。
「ど、どうされたのですか、小侯爵夫人!」
「なんてエミリーそっくりなの! 彼女は私の古いお友達だったのよ」
感極まったようにエリザベスはマーグに抱きついた。
「エミリーは私にも手紙一つ寄こさなかったから、てっきりあなたたちはウォルターと一緒に逃げたのだと思ってた。辛い目にあっていたのでしょう? 本当にごめんなさいね」
エリザベスに抱きしめられながら、マーグはぽつりと言葉を発した。
「アダム様のことで、責められるとばかり思っていました。私とミリーを助けるために、あんな酷い怪我をさせてしまって」
「夫も言ったように、あれはアダム自身の問題よ。大人に相談していれば、こんなに大事にはならなかったはずだもの。だとしたら、アダムに信じてもらえる大人になれなかった私たちにも問題があるわ。それにしても、髪を短くしていたと聞いていたのだけど」
「サラに伸ばしてもらったんです。サラって凄いですね。あの年で治癒魔法を発現しているなんて、レベッカ様みたいです」
その発言に、大人たちとスコットは一斉に複雑な表情を浮かべたが、小侯爵夫妻はひとまず会話を続けることにした。
「あー、そうだね。とりあえず髪が元に戻ってよかった」
「ええ本当によかった…」
「それでロブと私たちのどちらの養女になるんだい?」
「父や兄のことを考えますと、私たちがグランチェスター本家の養女になるなど考えられるものではありません。だからといって、これから結婚されるロバート卿の養女を、これ以上増やすというのも気が引けて……」
マーグが困惑した様子を見せたため、サラは横から口を挟んだ。
「すぐに決めるのは難しいのではありませんか? 彼女たちもまだ熱が下がったばかりなのです。ひとまず乙女の塔で保護しておきますので、彼女たちにはゆっくり決めてもらっても良いかと思います」
「ふむ。確かにそうだな。マーグ、ミリー、ゆっくりと身の振り方を考えなさい。どんな答えを出しても、君たちを応援するよ」
「ありがとうございます」
エリザベスはサラの方を振り向いて確認した。
「サラ、アダムは明日本邸に戻すつもりだけど、今日までは客間に滞在させて頂戴。私は王都に戻る支度があるから本邸に戻るつもり。大丈夫かしら?」
「承知しました。こちらにもメイドはおりますし、ゴーレムもおりますから安心です」
「そうね。下手をすれば本邸よりも安全かもしれないわね
それとマーグ、アダムがあなたに会いたがっていたわ。明日、本邸に戻る前にアダムに会ってやってもらえるかしら」
「もちろんです。アダム様には直接お礼を申し上げたいと思っておりました」
「あの子があんなに変わったのは、コーデリア先生やマーグたちのお陰だと感謝しているのよ。これからもあの子の傍にいてあげてくれると嬉しいわ」
「お許しいただけるのであれば、喜んで」
「そう良かったわ」
ふっとエリザベスはマーグに意味ありげな視線を送った。その視線にサラとレベッカも気付いたが、敢えて何も言わなかった。
ロックオンされている Σ( ̄□ ̄|||)