ちょっぴり踏む
「なんじゃこりゃぁ!」
庭に出てきたサラは、思わず前世の刑事ドラマの俳優のような声を上げてしまった。何故か乙女の塔の前庭に動物の雪像が乱立しており、シャーロットがゴーレムとキャッキャと戯れていたのである。
「ちょっと初号、どういうことか説明してくれる?」
「シャーロットのリクエストで雪像を作っていました」
さすがゴーレムが造形しただけあって、実に忠実に動物や魔物が再現されている。
「ここだけで雪祭りできそうなレベルねぇ。それにしても、庭だけじゃ雪が足りなかったんじゃない?」
「グランチェスター城内から、雪を集めてきました!」
「ねぇ、もしかしてマギってコレを楽しんでない?」
「楽しいのかどうかはわかりませんが、できることが多いのは良いことです。それにシャーロットが全力で喜んでいるので、マギ的には満足です。客間からも見えるように作っているので、病気で客間から出られないお客様にも楽しんでもらえると良いですね」
「なるほど。それは良いかもしれないわ。ありがとうね」
サラは雪で作られたビッグベアをしげしげと見つめた。
「本当に良く出来てるわね」
「ありがとうございます」
「さすがにもったいないから、日中はグランチェスター城内で働く使用人たちの子供たちにも解放してあげましょう」
「それなら、あちらの広い場所に子供用の遊具を作っても良いですか?」
ゴーレムが示したのは、庭を超えた先の広場であった。元々は資材置き場として利用されていたとても広い土地で、今は一部がサラの訓練場のように使われている。
「構わないけど、私が剣術を訓練する場所は確保しておいて」
「承知しました」
せっせとゴーレムが雪で遊具を作っている間、サラは一人で双剣の鍛錬を行っていた。今回はレイピアとマインゴーシュの組み合わせだが、日によっては短剣を両手に持って訓練することもある。いずれの組み合わせも両手に武器を持っており、盾を使うことは無い。
そこにディムナに騎乗したスコットがやってきた。スコットが下馬すると、弐号がいそいそと近づいてきてディムナの手綱を受け取り、そのまま厩舎へと曳いて行った。
「やぁサラ。こんな雪の中でも訓練してるんだね」
「こんにちはスコット。ブレイズとトマス先生の具合はどう?」
「どちらもリヒトさんの特効薬を服用したお陰で、すっかり元気だよ。ブレイズは外に出たがってたけど、まだリヒトさんの許可が下りてないんだ」
「薬師のいうことは聞かないとね」
「それにしても、ココ凄いことになってるね」
「マギのお遊びが止まらないのよ。向こうに私が作った滑り台があるから、一緒に遊ばない?」
「アダムのお見舞いをしてからかな。それと、僕らの親戚が見つかったって聞いたよ」
「うん、マーガレットとミリアムね。先代の代官のお嬢さんなんですって」
「ラドフォード子爵家のご令嬢たちだね。以前、マーガレットには会ったことがあるよ」
要するに本当にマーガレット・グランチェスターなのかを、スコットが確認するためにやってきたということなのだろう。
「彼女たちは二人とも熱病の患者なのよ。女の子が寝ている部屋にスコットを入れて良いのか悩むわね」
「そうだったんだ。それは気を付けないとダメだね」
「あとね…マーグの方は髪を短く切っているの」
「え、女の子なのに?」
この世界の女性は、平民でも髪を長くしているのが普通である。貧乏な女性の中には髪を売ってしまう人もいるが、そうした場合には頭全体を布で包んで髪が見えないようにするのが普通であった。
「スラムで生きて行くために男装してたんですって」
「辛い思いをしたんだね」
「それで、スコットは誰の指示で見に来たの?」
「やっぱりサラにはバレちゃうか。父上だ」
「ジェフリー卿も慎重ね。理解できなくはないけど。たぶん彼女たちは間違いなくラドフォード子爵のご令嬢たちだと思う。でもね、そうじゃなかったとしても、彼女たちをスラムに帰すつもりはないわ」
「ふーん。また乙女が増えるのかな?」
「私の方は結構気に入ってるわ。向こうはどうか知らないけど。それに、彼女たちと私には共通の敵がいるみたい」
「共通の敵?」
「うん。私の父さんを殺した男たちは、彼女の母親が死ぬ原因を作った男たちなのよ。絶対に許さないわ」
自分で気づいていなかったが、サラは全身が赤に近い金色のオーラに包まれていた。漏れ出した魔力が威圧となる前に、身体に纏わり付いているのだ。銀の髪はゆらゆらと生き物のように動いている。
「待ってサラ。アーサー卿が殺害されたってどういうこと? 事故で亡くなったって聞いたけど」
「父さんは、チゼンという商人に呼び出されて盗賊に襲われたの。襲撃そのものをチゼンが計画した疑いがあるのよ。父さんが亡くなった後、母さんを愛人にしようと動いたのがラスカ男爵で、どうやらチゼンはラスカの手先らしいわ」
「サラがいい加減なことを言うとは思ってないけど、それは確実な情報なの?」
「母さんに言い寄った時にラスカが漏らしたらしいわ。母さんはそのことを手紙に書いて祖父様に渡したのだとか」
「じゃぁ、グランチェスター侯爵はご存じということか」
「おそらく確認作業中なんだと思う。綺麗な女性に目がないラスカは、マーグとミリーのお母様にも目を付けてたの。ラドフォード子爵が横領で逃げ出した時、チゼンが子爵夫人に近づいて連座で罰せられると嘘の情報を伝えて、夫人と令嬢たちをラスカ男爵の別邸に匿ったの。目的は説明するまでもないわね」
「なんとも汚い手段だな。なるほどサラが怒る理由は理解したよ。だけど、まずはそのオーラを仕舞って少し落ち着こうか。今の君に訓練してない人間が近づいたら、気絶してしまうと思うよ」
「あ、ごめん」
次の瞬間、何事も無かったかのようにサラのオーラが消えた。
「サラって凄い器用だよね。普通はそんなに簡単にオーラを出したり消したりできないんだけどね」
「戦う時にこれを纏ってると、それだけで相手が怯んで便利よ」
「うん。既にサラがオーラソードを使えることは理解したよ。達人になると、剣先からオーラを飛ばせるらしいよ」
「私でもやればできるけど、オーラっていうか魔力そのものを飛ばすのって効率悪いわ。魔法の方がずっと魔力効率が良いし、発動も速いよ」
「…そっか。世の中のソードマスターたちの極意が台無しになる意見ありがとう。そういう人たちは魔法を発現してないから、魔力を飛ばすんだと思う。僕はそっちを目指すのは止めておくよ」
「そりゃそうでしょ。スコットは魔法が使えるんだから。ちょっと見てて」
サラはスコットの目の前で再びオーラを纏い、レイピアからオーラを飛ばした。オーラは数メートル先にある雪山(まだ加工前)を縦に真っ二つにした。
「たぶん、これがオーラを飛ばすってことだと思う」
サラはオーラを仕舞ってから魔法で雪山の状態を元に戻し、今度は剣そのものに火属性の魔法を纏わせた。傍から見れば剣が燃えているように見える。
「なにそれ?」
「剣に火属性の魔法を纏わせているの。実際に剣が燃えているのではなく、周囲を炎が取り巻いているイメージね」
「ふむ」
そしてサラは見えない敵と闘っているかのように、双剣の型をスコットに披露した。剣は美しい軌跡を描いたが、実際にこの剣を受ける人間が居たらどれほどのダメージがあるかを想像するとスコットは腹の底からゾッとした。
「どうせサラのことだから、火属性だけじゃないんだろ?」
「もちろんよ。これが一番派手だからやったけど、実は風属性で刃を常に振動させる方が殺傷力は高いんじゃないかな。ただ、柄を通して自分の手に振動が伝わらないようにできるかはまだ研究中よ」
「サラはどこまで強くなっちゃうんだろうね。僕たちに守らせてくれる気はまったくなさそうだ」
「守られているだけの姫でいるのはイヤよ。将来のパートナーは、私と一緒に闘ってくれる人を探すつもり」
「騎士の僕にはなかなか難しいな。訓練を始めたチビの頃から、女性は守るべきだと思ってきたからね」
「あら。ダニエルはソフィアと一緒に闘うわよ?」
「そこに至るまでには葛藤があったと思うよ」
「騎士って面倒ね。スコットは守ってあげたくなる可愛いお姫様を相手に選べば良いじゃない」
「そうあっさり振ってくれるなよ。僕だって頑張るさ」
「複雑な気分になるわ。スコットは弟みたいな感じだからなぁ」
「そこは兄じゃないの?」
「見た目じゃなくて中身の問題。私からすれば、スコットとブレイズはどっちも可愛い弟って感じなの」
「せめて”可愛い”ってのはやめてくれ」
「いいじゃない。今だけだよ可愛いなんて言ってもらえるの。美少年でいられる時期は短いんだから」
「その気になれば永遠に美少女でいられるサラに言われてもなぁ」
「お陰で、エドワード伯父様から外見詐欺って言われてるわ」
「ははは。確かにサラは残念美少女だからなぁ」
スコットが笑った次の瞬間、スコットは濃厚な魔力の塊に押し潰されそうになった。サラは金色のオーラを纏いながらふんわりと空中に浮かび上がっており、にんまりと嗤いながらスコットを見下ろしていた。
「スコット・グランチェスター、なんか言った?」
「イイエ、ナンデモゴザイマセン」
大雪の中に立っているというのに、スコットの背中から冷や汗が伝い落ち、膝から頽れてしまいそうになるのを堪えるだけで精一杯である。スコットは、ドラゴンの尻尾の先っぽを、ちょっぴり踏んだことを自覚し、ガタガタと震えながら激しく後悔した。
「そう、何でもないならいいのよ」
サラはサッとオーラを消して雪の上に降り立ち、スコットをその場に残して、スタスタと乙女の塔に向かって立ち去った。
『ヤバい、マジで超怖い。大人気ないドラゴンって、ただの災厄だろ!』
これは尤もな意見と言えるだろう。
こっそりSSの置き場所を作って2話程SSを掲載しています。
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Nコードは N8989IK