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俯瞰

お待たせしました。バタバタしていて更新が遅くなりました。

リヒトとエドワードが退室して一人になったサラは、このところ怒涛の如く巻き起こるさまざまなことを一度まとめてみることにした。


こうして時々振り返る時間を持つことは、前世からの習慣でもあった。自分を含めたさまざまな出来事を俯瞰して考えることで軌道修正をしていくのだ。これは仕事の面ではプラスになることが多い。しかし、プライベートでやってしまうと、何故か付き合ってる男のイヤな部分が見えてくるという副作用があり、直後に男に別れを切り出す切っ掛けになることもあった。


『突然どうして別れるなんていうんだ?』


そんなことを何度か聞かれた記憶もある。だが、更紗の中では決して突然ではないのだ。”許容”という名前の風船の中に、少しずつ空気を吹き込むように不満が溜まり、ある日限界を迎えて破裂しただけなのだ。”突然変わった”のではなく”ずっと我慢していた”というだけなのだ。すると、相手は決まって同じことを言う。


『なんでもっと早く言ってくれなかったの?』


大抵は何度も言ってるのに、相手が聞く耳を持っていなかっただけだ。だが、言ったところでどうせ理解できないことも予想済みである。そんな相手に時間を割くのも煩わしいので、そういう時はとっとと立ち去ることにしていた。


リヒトやエドワードの前で暴露したように、向こうから別れを切り出されたこともある。更紗は相手に縋り付いて引き留めたことは一度もない。ひどく胸が痛んだとしても、私ではダメだと思っている相手に縋り付いてももっと自分が傷つくだけだ。『何故?』と聞くこともしない。聞いたところで自分が納得できるとは思わないからだ。中には更紗の気持ちを試すように別れを切り出す相手もいた。あっさりと別れを承知したことで、突然焦りだしたりする。ただ、愛を試すような相手と交際を続けても、あまり良い結果になったことはない。


そんな更紗は周囲から恋愛にクールな女性だと思われていた。しかし、実際の更紗は恋愛感情をコントロールできるほど器用ではなかった。恋をしようと思って恋をしたこともなければ、恋してはダメな相手に落ちてしまうのを止められたことがない。そもそも、ダメだと思ったときには既に手遅れなのだ。


だが、恋愛感情はコントロールできなくても、行動はコントロールできる。どれだけ胸が痛んでいても、表面的には冷静な態度をとり続けられる。いや、年を重ねるごとに、だんだん表情を偽ることが上手くなっていくのだ。一人きりの部屋でちょっとだけ酔って、膝を抱えて思いっきり泣いたら、次の日には仕事が待っている。少しくらい浮腫んでいてもメイクで誤魔化せる。それがダメなら『昨夜飲みすぎた』と言い訳すればいい。


仕事中にも何度かスマートフォンを見て相手から『やっぱりやり直そう』というメッセージが届くのではないかと考えてしまうこともある。だからと言って、大好きな仕事を放りだす程には溺れない。少なくとも溺れている素振りを見せたりしない。


『ちょっと待ったーーーー。前世のことは今関係ない!』


リヒトのせいで余計な前世の記憶まで俯瞰してしまったことにサラは気づいた。今世は幸せになるつもりなので、サラは思い出した黒歴史をそのまま記憶に埋もれさせることにした。


この転生がマルカートの暴走であることは理解している。事故の責任まで押し付けるつもりはないが、ガイアに無断で自分たちの魂を持ち出したことは許しがたい蛮行である。おそらくカズヤもそうした拉致被害者なのだろう。だが、いまさらこの件で騒ぎ立てても仕方がない。すでにこの世界に生れ落ち、家族、親戚、友人がいる。拗ねて眠りについていたリヒトでさえ、アリシアという自分によく似た子孫に愛情を感じているように見える。


『いつか、あちらの輪廻に還る日が来るまで、私たちはこの世界を旅して面白い景色をたくさん見ればいいのよ』


サラとリヒトはそんな風に自分たちの転生人生に折り合いを付けることにした。だが、時を司る妖精の友人を持つ二人は、長い時間をこの世界で過ごすことになるだろう。


『あれ? ノアールは時を司る妖精なのに、どうしてオーデルの王族たちは長く生きなかったのかしら。歴史の本を見ても、それほど長い治世ではなかったわ。強いて言えばブレイズの両親くらいのはず』


ふと疑問に思ったが、考えて答えがでることでもない。サラは後でノアールに聞いてみることにして、一旦その疑問を脇に置いた。


『それにしても、いつの間にか家族や友人が増えたなぁ』


ブレイズのことを思い出した途端、サラは今世の人間関係について思いを巡らせることになった。実際のところ、サラがグランチェスター家に留まる理由はあまりない。何の力も持たない孤児だったサラは、この世界で”なるべく快適に”生きて行くため、グランチェスター家に依存し、力をつけて独立するつもりでいた。しかし、当初想定したよりもずっと早く力を付けてしまった今のサラであれば、自分の思うまま何処にでも行けるだろう。


もちろん、孤児になった自分を引き取ってくれたグランチェスター家に恩義を感じていないわけではない。だが改めて考えてみると、サラはそれ以上の利益をグランチェスター領やグランチェスター家に与えているようにも思う。


『ううん。祖父様は利益のために私を引き取ってくれたわけじゃないわ。こんな風に考えるのは間違っている気がする。だって私はグランチェスターだもの』


グランチェスター侯爵やロバートに愛されたことはもちろんだが、不仲であった小侯爵一家との関係も改善されつつある。レベッカや乙女たちとの出会い、そしてたくさんの人々との交流。それは、サラとしてだけでなくソフィアとしてもグランチェスター領に愛着を感じさせるのに十分である。


両親と暮らしていた頃、サラは自分がサラ・グランチェスターだと考えることは少なかった。というよりもグランチェスターという姓を持っていることを知ったのは、父親が亡くなったときであった。基本的に平民たちはお互いをファーストネームでしか呼ばない。姓を持つ平民も居ないわけではないが、初対面の挨拶でも名乗ることはあまりない。下手に姓を名乗ると、『偉そうにしやがって』と思われてしまうことまであるのだ。


そんな理由から、サラは父の葬式の場で初めて父がアーサー・グランチェスターであったことを知った。そして、自分もサラ・グランチェスターであることを母から教わった。だからといってサラの生活が変わるわけでもないので、すぐに意識の外に追いやられた。


ところが、前世の記憶を取り戻してグランチェスター領に来てからというもの、サラはすっかりサラ・グランチェスターとなってしまっていた。サラの心を大きく動かしたのは、グランチェスター領の危機であることは間違いないだろう。横領事件によって致命的な打撃を受けていたせいで、グランチェスター領の内政はボロボロだったからだ。


万が一にもグランチェスターが傾くことがあれば、同情で引き取ってもらった自分の立場も危ういと、サラは被っていた大きな猫を放り出して文官たちの仕事を手伝った。


『……うん。やり過ぎたね。けど、やらなかったら出会えなかった人も多いからなぁ』


振り返れば過剰だったことが多いのは事実だ。だが、文官たちの前で猫を被ることを止めたことで複式簿記が導入されることになり、執務メイドが爆誕した。小麦の収穫予想のレポートのインパクトは素晴らしく、他の作物に対しても調査すべきであると、アカデミーでもさまざまな人が研究課題として取り組んでいるらしい。


だが何よりも大きかったのは、ギルド関係者を呼び出したことだろう。そのお陰で乙女たちに出会い、乙女の塔や秘密の花園を手に入れることもできた。もしかしたら、まだ妖精たちと友愛を結べていなかったかもしれない。


『因果というのは複雑に絡み合うものだし、人は社会性の生き物だもの。結局のところ、何かに帰属しないで生きていくことは難しいということなのでしょうね。私もそろそろグランチェスターに愛着を感じていることを認めるべきね』


改めてサラは、今後について考える時期が来たことに気づいた。


横領事件に端を発したグランチェスターの危機は、もっと大きな陰謀の一部に過ぎなかった。沿岸連合の大商人であるマイアーたちは、ロイセンとアヴァロンに対して経済的な圧力を掛ける攻撃を仕掛けている。


もし、サラがグランチェスター領やアヴァロンという国に愛着を感じていないのであれば、実は沿岸連合に与する方が得だと考えたかもしれない。やり方は粗暴で気に食わない部分も多いが、ロイセンを実効支配して周辺国に武力を背景とした圧を掛けながら富を吸い上げるやり方は、高い確率で成功することが予想できる。


もっとも、沿岸連合の結束力が弱ければ、そう長い期間続けられるとは考えにくい。いずれ得られる利益を巡って醜く奪い合うことになるだろう。


『マイアーは自分たちの結束力が固いと信じているのか、それとも短期間で大きな利益を得て手を引くつもりなのかどちらかしら。あるいは、沿岸連合を丸ごと自分のモノにするつもりでいるとか…さすがにそれはないと思いたいわね。もしそんなことにでもなれば、おびただしい血が流れることになってしまうもの』


いずれにしてもグランチェスターのサラである以上、沿岸連合の思惑は潰しておく必要がある。


『もっと力が必要ね。まだ今のソフィア商会では沿岸連合どころか、シルト商会だけを相手にするにも力が足りないわ。小麦だけで勝ち目のある相手じゃない』


ソフィア商会は独自性のある商品を販売してはいるが、取り扱い量はまだまだ少ない規模の小さな商会である。創業したばかりなのだから当たり前である。この規模の商会がグランチェスター領の小麦を買い占めていることの方が異常なのだ。


一方、シルト商会はとても規模が大きく、扱い品目も多岐に渡っている。更紗時代に勤めていた総合商社に近いレベルの大商会である。サラ個人でもシルト商会が扱っているさまざまな香辛料には心惹かれており、実際に購入もしている。どれだけソフィア商会がお金を持っていても、一朝一夕でこれらの香辛料を取り扱えるようになったりはしない。他にも絹糸や絹織物、宝石、貴金属、珍しい食材や果物など魅力的な商品が溢れかえっている。


『これって国家間の争いなんだから、本来はアヴァロンやロイセンの王家の問題のはずなのよね。グランチェスター領に直接関係しないなら放置したいところだけど、小麦市場でガチバトルするなら無関係ではいられないわ。実際、グランチェスター領でいろいろやらかしてくれているしね』


だがサラは少々気が重かった。何故なら戦をする以上、ロイセンとアヴァロンの両王家と協力関係を結ぶ必要があるからだ。そうなると、どうしても避けられないのが婚姻問題である。


『クロエはアンドリュー王子に嫁ぎたがっているから良いけど、私がアストレイ子爵令嬢になった後はちょっと面倒なことになりそう。下手したらお父様は子爵になった途端に陞爵されたりするかも。だけど、私は今世では恋愛して幸せな結婚をするって決めてるんだから、政略結婚を全力で断れるようになっておかないといけないってことよね』


サラは少しばかり頭を抱えた。アンドリュー王子にクロエを嫁がせ、ゲルハルト王太子に自分を嫁がせようと画策する者たちが出ることが容易に想像できるからだ。年齢的に言えば年上であることからゲルハルト王太子にクロエを嫁がせるほうが自然なのだが、ゲルハルト王太子が狩猟大会でサラを側室に求めたという噂が一部の貴族の間に流れている。


『まずはこの国の王室と対等な交渉ができるカードが必要ね。ロイセンはどうにでもなるけど、グランチェスター家はアヴァロン王室に忠誠を誓っているのよね…。あまり気乗りはしないけど、熱病の特効薬しかないかなぁ。でも人の命を取引することになるわけだし、リヒトが嫌がりそう。魔石の製造…もっとダメだわ。何か考えないと』


しかし、一人で考えるにも限界がある。ひとまず後で乙女たちやリヒトを交えつつ、エドワードやエリザベスから貴族として有利に取引できるアイデアを少し貰うことにした。


ぐるぐると考えすぎて頭が熱暴走しかけていると感じたサラは、ひとまず外で少し身体を動かすことにした。前世でも行き詰ったときには、ジムで思い切り汗を流すとスッキリすることが多かった。


サラはレイピアとマインゴーシュを佩き、ゴーレムが除雪してくれているであろう庭に向かって歩き出した。

もうじき、ブックマーク登録が1万件になりそうなので、日々数字をチェックするのが楽しくなっています。

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― 新着の感想 ―
祖父と手合わせってどこかでやったっけ
[良い点] 振り返ると、いや振り返らなくても、サラはいろいろとやらかし続けて来てますねえ。 そしてきっとこれからも、やらかすのでしょうが、シルト商会は徹底的に商人令嬢としてがっつりものを期待しておりま…
[一言] あんまり難しいこと考えてると概念のような何かになってしまいそう(・_ 人としての欲望に正直に生きるのが一番!
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