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Her name is Margaret Grantchester.

サラがマーグたちの滞在している客間を訪ねると、トマシーナが中から顔を出してサラを室内へと案内してくれた。きちんと顔を出して挨拶したいと考えたサラは、魔法で自分の周囲に膜のような風の流れを作り出してマスクの代わりにしている。


マーグとミリーはまだ微熱があり、ベッドに横になっていた。お腹いっぱいになったおかげで、ミリーは再び眠りに就いていた。


「初めまして。私はサラ・グランチェスター。この塔の所有者よ」


サラは一度立ち止まって、優雅にカーテシーで挨拶をした。その様子を見たマーグは慌ててベッドから起き上がろうとしたが、トマシーナがマーグを押し留めた。


「そのまま寝ていて頂戴。まだ熱も下がり切っていないと聞いているわ」

「ですが、グランチェスター家の方に無礼はできません」

「マーガレット、あなただってグランチェスターでしょう?」

「!!」


マーグはがばりとベッドから身体を起こし、ミリーを背後に庇うように立ち上がってサラを睨み付けた。勇ましい態度ではあるが、その瞳からは明らかな怯えが見てとれる。


「マーグ、あなたたちがかつてラドフォード子爵のご令嬢であったとしても、親の罪を子供に負わせるようなことはしないわ」

「だ、騙されないわ!」

「あなたたちを騙したのはチゼンよ。世間知らずな子爵夫人を言いくるめ、ラスカ男爵の妾にしようとしたの。ラスカ男爵の別邸から逃げ出したことは覚えているでしょう?」

「ラスカ? あのヒキガエルのことなら覚えているわ」

「だったら誰が悪者なのかわかりそうなものじゃない?」


サラはトマシーナに視線を遣り、マーグを強引に抱え上げてベッドに戻してもらった。


「ちょっと! 自分で戻れるわ!」

「言うことを聞きなさい。昨夜はあなたもミリーも高熱を出してうなされてたのよ。病状が悪化したら、命がけであなたたちを助けたアダムが悲しむじゃない」

「そうだった! アダムは無事なの? 酷い怪我をしてたわ。助けたかったけど怖くて助けられなかった」

「アダムも無事よ。治癒魔法で怪我はすべて治ってるわ。それに、あなたが出て行ったら怪我人が二人になっただけよ。大人しくしていてくれてよかったわ」


サラはマーグとミリーのベッドの間に立ち、ふっと微笑みかけた。


「あなたたちを助けたいと願ったアダムの気持ちを無駄にしないで」

「なんで私たちなんかを助けるために、あんな危ないところに一人で来るのよ…」

「あなたを友達だって言ってたわ」

「隠してたけど、アダムがただのお金持ちお坊ちゃんじゃないことには気付いてた。たぶん貴族の令息なんだろうって。なのに、なんでスラムの子供なんかを友達にするのよ」

「それは直接アダムに聞いて頂戴。私にはわからないから」


サラは近くにあった椅子を引き寄せて腰かけ、ミリーのお腹のあたりを軽くぽんぽんと叩いた。まだ顔は赤いが、寝苦しそうな雰囲気ではない。改めてサラはマーグの方に向き直った。


「あなた、亡くなったアーサー卿のお嬢様でしょう?」

「よく知ってるわね。その通りよ」

「お母様は、アーサー卿が初恋の相手だったのですって」

「なるほど。それならアダムの正体にもうすうす気付いていたんじゃない? ラドフォード子爵のご令嬢が、周辺地域の貴族の名前を教えられていないとは考えにくいもの」

「おそらく、小侯爵のご長男のアダム様だと思ってたわ」

「知らないフリをしてくれていたのね」

「アダム自身が隠していたし、それになんで知っているのか問い質されるのが怖くて」

「捕らえられることが怖いなら、そもそも横領犯の子供だってことも打ち明けなかったはずよ。少なくともアダムがあなたたちを告発しないってことは信じていたんでしょう?」

「うん…アダムは黙っていてくれるって言ってたから」

「でも身分は明かさなかったのね?」

「男だって騙してたし、それに髪もこんなに短くなってるのに、子爵令嬢とか言えるわけないじゃない」


マーグはサラからそっと目を逸らした。目元にはうっすらと涙が浮いていた。


「文官を目指してたんだって?」

「うん。文官になって、ミリーをちゃんとしたお家に嫁がせてあげたかったの」

「そのために男装したの?」

「これは、お母様が…女の子は狙われやすいからって。ミリーももう少し大きくなったら髪を切るつもりだったの」


こういうところに世間知らずな元貴族らしさを感じざるを得ない。


「あのね、マーグ…世の中には色々な趣味の人がいるの。あなたの顔はとても美しいから、少年でもいいっていうか、少年の方がいいって人もいるのよ。男装だけじゃなく、その綺麗な顔も隠さないとダメだったと思うわ。グランチェスター家って呪われてるのかってくらい美形が多いわよね」


マーグはキョトンとした表情でサラを見返した。


「サラ、自分のことを棚に上げてよくそんなこと言えるわね」

「自覚してないわけじゃないわよ。私もグランチェスターだもの」

「私の父の容姿は、グランチェスターの中では下位だったわね。薄毛だったし」

「え、グランチェスターは禿げないって聞いてたのに」

「本人は『禿げじゃない、少し薄いだけだ』って言ってた。地肌が透けて見えてるのに、ふんわりオールバックにするために、毎日使用人たちが苦労してたわ。きっとグランチェスターよりも祖母や曾祖母の血の方が勝ってたんでしょうね」

「じゃぁマーグはお母様の美しさを引き継いだのね。凄い美人ですもの。よくスラムで無事に生きてこれたわね」

「顔は前髪で隠してたからね。ところで、サラって私よりも小さい癖に、なんか妙に大人びてない?」

「駆け落ちした本家の三男坊の娘で、身分は平民だもの。両親が商売をしていたおかげで、私は物心ついた時にはお客様に挨拶してたわ。それに、父さんと母さんが亡くなったから、私は餓死寸前だったのよ」

「ふーん。それなりに世間に揉まれたってわけね」


本当はそれだけではないのだが、ひとまずの説明としては悪くないとサラは考えた。


「まぁそんなわけで、あなたたちの困窮状態はなんとなくわかってると思う」

「でも、サラは親が犯罪者だったわけじゃないし…」

「実は横領事件ってあまり表沙汰になっていないの。横領を何年も見過ごしてたことや犯人の逃亡を許してしまったことは、領主の管理能力が問われちゃうのよ。さすがに王室には密かに報告しているし、既に税金の修正申告も終えているのだけれど、大々的に発表したことがないから本当に限られた人だけが知ってるってレベルの犯罪ね」

「そういうものなんだ」

「うん。だから、わざわざ横領犯の家族を捕まえて騒ぎを大きくしたりはしないし、あなたたち姉妹の名誉も大きく損なわれることは無いはず。もちろん知っている人には何か言われるかもしれないけど、グランチェスター本家が敢えて口を閉ざしているにもかかわらず、ペラペラと喋るような相手なら、そちらの方が問題になるんじゃないかしら」

「あんなに大勢の文官が一度に消えたのに…」

「一応、表向きは『領主が使えないと判断した文官たちを一斉解雇した』って思わせてるみたい。ってことで、あなたのお父様はミスで領に損害を与えたことで解任された代官って扱いになるでしょうね。損害がとても大きかったので、爵位と私財を本家に差し出しているって感じかな」


サラの発言を聞いたマーグは、今度こそ両目から大粒の涙を流した。


「そんな…。それじゃお母様は無駄に苦労させられて、殴られて、そのまま亡くなってしまったってことじゃないの。そんなのって酷すぎる」

「ごめんね。具合が悪いのにこんな話をして。あなたの耳に心地よい言葉を並べられると良いのだけど、状況から考えるとたぶんその通りなんだと思う。あなたが悲しんだり、憤ったりしても誰も責めないわ。ラスカとチゼンのやり方は獣にも劣る所業だもの」


サラはシクシクと泣いているマーグの頭を撫でた。


「ねぇマーグ。一緒にあいつらに復讐しない? 私もラスカとチゼンに恨みがあるのよ」

「どういうこと?」

「私の父さんは、仕入れのために出かけた先で盗賊に襲われて亡くなったの。父さんは大きな取引があると言って資産のほとんどを持って出掛けていたから、遺された私たちには住む場所しか残って無かった。マーグから見れば住む場所があるだけマシって思うかもしれないけど、母さんは毎日の食べ物や薪を買うためにパン屋で働き始めたわ。だけど、貰えるお給料は微々たるものだったから、私たちは残り物のパンを分け合うように生きて行くしかなかった。そんな時、母さんにラスカ男爵の妾になる話が持ち上がったわ。ラスカは私の母の前では『チゼンは悪徳商人で、お前たち母娘を売り飛ばそうとしている。私が守ってやるから屋敷に来なさい』って言ってた」

「うわ、最低のやり口だわ。でも断ったのでしょう?」

「母は断ったわ。だけど、パン屋だけじゃ食べていくのもギリギリだから、寒くなっても十分な薪を買うお金もなかった」


他人事とは思えないマーグは、サラの話を真剣に聞き入った。


「それでどうなったの?」

「母は食事すら私を優先にしたせいで先に倒れた。つまり完全に収入源は断たれてしまったわけ。病気が原因なのか衰弱死なのかわからないけど、眠るように息を引き取った。私も母と一緒に逝ってしまおうかなって思ってたところに、祖父様が迎えに来たから、今ここにいる感じね」

「そのとき、サラはいくつだったの?」

「7歳か8歳になるくらいだったかな。正確に思い出せないや」

「そっか。そんなに小さいのに大変だったね」

「スラムにいたマーグに言われてもなぁ」


二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い始めた。


「うん。だけど今の私たちはこうやって笑っていられる。それだけでもラスカやチゼンに勝ってる気がするんだ。だから復讐の手始めは、幸せになることからだと思う」

「そっか。そういう復讐かぁ」

「あ、ごめん。私はそんなにいい子じゃないから、マジの復讐もするよ?」

「ええっ!?」


サラは先程セドリックの前で見せた怒りのオーラを、瞬間だけマーグの前でも解放した。マーグは突然室内が凍り付いたような錯覚に陥り、「ひうっ」っと喉から変な音が出た。


「怯えさせちゃったならごめんね。ちょっと殺気が漏れちゃった」

「それ、ミリーの前ではやらないで。たぶん漏らすから」

「気を付けるわ」

「でも、どうしてそんなに怒っているの? もちろんサラのお母様のことは酷いとは思うけど、断ったんだから被害はなかったのよね?」

「父さんはチゼンが手配した盗賊に襲われたのよ。おそらく買い付けの話も、チゼンがでっち上げたんだと思う。計画的に近づいて、父さんをおびき寄せて殺害した。そして生活力のない母さんにラスカが言い寄るって構図ね」

「それって完全に犯罪じゃない!」

「ええ、そうよ。それにね、ラスカは幼い娘も好きらしいわ。母と娘を一緒に侍らせたりする趣味があるんですって」

「うわ、キモっ。変態が過ぎる」


サラはふぅっと静かに息を吐きだして、マーグの手をそっと取った。まだ熱が下がり切っていないため、その手も熱い。


「まだお熱があるわね。これ以上の話は元気になってからにしようか」

「うん。その方が良さそう」

「あなたたち姉妹は、乙女の塔の庇護下に入ったわ。ここから追い出したりはしないし、元気になったら本来の身分を取り戻せるよう動くつもり。それにね、あなたたちが服用したお薬は、熱病の治療薬なの。まだ新しい薬だけど、作ったのはこの国で一番の錬金術師よ。きっとすぐに良くなるわ」

「ありがとうサラ。ところで乙女の塔ってことは、あの有名なソフィア商会のゴーレムに守られた神秘の塔のことよね?」

「あら有名なのね」

「コーデリア先生が出入りしてるのは知ってるし、新しい学校を設立するための拠点になってるって聞いたわ。でも、ここはあなたの塔って言ったよね?」

「ええ、乙女の塔を所有しているのは私よ」

「じゃぁ、ソフィア様もここに出入りしているの?」


『え、ソフィア”様”?』


「えっと…ソフィアは平民だし、様は付けなくてもいいんじゃ?」

「何を言っているのよ。あの方はスラムの子供たちにとって女神に等しいわ。ゴーレムの炊き出しで、どれくらいの子供たちの命が救われたことか!」

「そ、そうなんだ」


自分の知らないうちにソフィアがおかしな崇拝をされていることを知り、サラは背中がムズムズしてきた。


「じゃぁ、サラはソフィア様の関係者なの?」

「マーグはソフィアを見たことがある?」

「ううん。いつかお目にかかりたいと思っているのだけど、お忙しい方だから…」

「あ、えっと…ここに居たらそのうち会えると思うよ」

「本当!?」

「うん。というか、今夜あたりこっちに顔出すはずだから、その時に紹介するわ」

「やったー。サラありがとう!」

「そんなにソフィアが好きなら、将来は文官じゃなくてソフィア商会に勤めればいいのに」

「馬鹿ね。文官になるよりソフィア商会に勤める方が難しいに決まってるじゃない」

「そんなにハードル高いかなぁ?」

「だって実務経験者しか雇わないじゃない。雑務はゴーレムで片付けてしまうし」

「言われてみればそうねぇ。ちょっと反省するわ」

「なんでサラが反省するのよ」

「あ、えっと…なんでだろ。あはは」


だんだん居心地が悪くなってきたため、サラは早々にマーグとミリーの部屋を後にした。図書館の二階に戻ると、どさりと乱暴にソファに腰かける。


「サラ、そんな立ち振る舞いではレヴィに怒られるんじゃないか?」


声を掛けてきたのは、アダムの部屋から出てきたエドワードだった。後ろにはリヒトもいる。


「秘密にしておいてください」

「令嬢は普段の仕草から気を付けているべきらしいぞ。知らんが」

「そうなんですけどね…今日は平民のサラで居させてください。マーグたちに会って、父さんと母さんのことを思い出してしまったんです。ちょっとだけ心が荒れています」

「…そうか。なら大目に見ておくことにするよ」


それだけ言うと、エドワードはそっとサラの隣に腰かけ、サラの頭を優しく撫でた。


「ふふっ。撫で方は父さんと一緒ですね」

「兄弟だからな。おそらくロブも同じように撫でるだろう」

「お父様は撫でるより抱っこの人ですから」

「ははは。あいつは昔から甘えん坊だからな。サラにベッタリと甘えてるのさ」


サラは、リヒトが自分の対面のソファに腰を下ろしたことを確認すると、子供らしい表情をふっと消した。


「もしかして、アダムの件を聞いた方がよろしいのでしょうか?」

「そうだな」

「ではお二人とも、続きは私の自室にしましょう」


エドワードとリヒトはコクリと頷いて立ち上がった。サラの手足が短いことを考慮し、エドワードはサラを抱え上げた。


「エドワード伯父様、これは甘えていらっしゃるので?」

「移動に便利なだけだが…、確かにこれから先はサラに頼ることになりそうだ」

「なるほど。お話を伺いましょう」


そして三人はサラの自室へと移動することになった。

気が付いたらソフィアは崇拝対象となっていた(;'∀')!

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[良い点] ほほう。スラムや貧民や庶民からしたら、ソフィアは羨望の的だよねえ。 サラたちだとやはり生まれが違うって感じだろうけれど。
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