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人間の従業員だっている

熱病対策の体制が整ってしまうと、サラ自身はそれほどやることは多くない。医療関係のスペシャリストでもない自分がいつまでも口を出す問題ではないからだ。ソフィア商会の会長としても、ゴーレムによる炊き出しや家庭への戸別訪問などの手配は、部下に任せるべき内容である。


そろそろソフィア商会も、”人間の”従業員をきちんと育てるべきだとサラは考えていた。


『正直、部下を育てるの苦手だったんだよねぇ…』


前世の更紗は、部下を育てるのがあまり上手とは言えないタイプであった。ついつい仕事を抱え込んでしまったり、部下の仕事に手を貸してしまうのだ。たびたび部長から『もう少し部下を信じてやれ』というお小言を貰っていた。


商会のトップに君臨している以上、従業員たちを信じて任せなければならないことはサラも理解していた。そのため、サラは敢えて自分は前線に出ることなく、熱病対策プロジェクトを若い部下(といってもサラよりも10歳以上年上だが)に任せることにしたのである。


熱病対策プロジェクトを任せたのは、なんとコーデリアの元教え子でジェームズの後輩であった。彼の名前はサミュエル。文官として一緒に働いてくれるとジェームズは期待していたそうだが、本人は商売に興味があったようで、アカデミー卒業後は王都にある大きな商会で5年程働いていた。だが、同じ商会で働く同僚たちの足の引っ張り合いの犠牲になり、グランチェスター領に戻ってきたのだそうだ。


とても優秀ではあるのだが、素直で優しい性格なので、腹黒い商人たちの世界で上手くやっていけるのかは少々疑問ではある。だが、熱病対策プロジェクトという、儲けを度外視するような仕事の責任者には、これくらいの性格の人の方が向いているように思うのだ。


なお、ソフィア商会は、模倣品対策や偽造品対策を専門にする部門も立ち上げた。こちらはサミュエルとは別に専任の担当者を任命した。三十代後半の男性で名前はエセルバート。元はロイセンの下級貴族だったそうだが、20年程前にアドルフ王子の母親の実家と対立し、冤罪で父親と兄が処刑されたのだそうだ。家も取り潰しとなり、エセルバートは母方の親戚を頼ってアヴァロンへと亡命するしかなかった。ロイセンでの名前はエーテルベルト・タクシスだったそうだが、亡命後に名前をアヴァロン風に改め、貴族としての家名も使わなくなった。


10年前にアドルフ王子が粛清され、親戚筋からは家の再興を打診されたらしいのだが、母国に嫌気がさしていたエセルバートはロイセンに戻らなかった。王都でいくつかの商会に雇用されていたが、貴族的なプライドの高さと苛烈な性格のせいであまり人付き合いが上手とは言えず、孤立した結果に辞めざるを得なくなるということを繰り返していた。


だが、サラはソフィアとしてエセルバートの面接をした際、彼を好ましいと直感的に感じた。確かに苛烈な性格だが、ロイセン出身であるにもかかわらずソフィアを女性として侮ることはなかった。サミュエル同様、エセルバートも商人向きの人物とは言い難いが、公明正大なのは確かである。


そんなエセルバートが担当する模造品や偽造品の対策だが、実はこれらは既に実害が出ている深刻な問題でもあった。模倣品を作る目的でシュピールアを購入して分解する輩が出ることは予想していた。しかし、今のところ暗号化されたアリシアの魔法陣を模倣できた錬金術師はいない。当然、シュピールアで使われている純度の高い魔石を安定して確保できるルートを持っている商会も皆無であった。


問題なのはソフィア商会から購入したシュピールアを、さも自分たちの商品のように売る商会が現れたことにあった。比較的シンプルなデザインのシュピールアを購入し、外側の木箱に彫刻を施した後に宝石を嵌め込み、自社の開発した商品と偽って高価格で販売していたのだ。販売価格はソフィア商会の三倍というから驚きである。


こうした転売は違法ではない。しかし、購入した顧客とソフィア商会の両方に無断で行われたのであれば、信頼関係に大きく影響する。そのため、エセルバートは改造されたシュピールアを購入した貴族家に事の次第を告げつつ、商業ギルドの掲示板に実名入りで警告文を貼りだした。当然、その商会とは今後一切取引しないことを明言している。


ところが、そうした商会が巧妙に別の商会を経由してソフィア商会の商品を購入するというケースがしばしば散見されるようになると、さすがにサラもブチ切れた。なんとシュピールアだけでなく、アメリアのハーブティを陶器の壺に入れて自社のオリジナルと偽って販売し始めたのだ。茶葉を買いに来た男は、ソフィア商会が一般の流通を停止した男性用ハーブティをしつこいほど要求したのだという。気になってセドリックに確認してもらったところ、ロバートの本の海賊版まで製作中であった。


「商魂たくましいと言えばその通りだけど、やり方が下品過ぎよ」


寝る前にベッドの上でセドリックの報告を受けていたサラは、ぷんぷんと怒っていた。そんな様子すら可愛らしいとセドリックは思ったが、それを告げればますますサラの機嫌が悪くなることを知っているので言葉にすることはなかった。


「先日はハーブティのレシピを探るため、アメリア様のご実家に賊が忍びこんでました」

「なんですって!」

「ただ、アメリア様の御母堂が付き合っていらっしゃる冒険者がなかなかお強い方でして、叩きだしていらっしゃいました」

「それは不幸中の幸いだけど、そんなことがあったなんて。アメリアも知ってるの?」

「はい。ご存じでいらっしゃいます」

「相談してくれても良いのに…。アメリアは遠慮したのかしら」

「そうかもしれません」


ソフィア商会の商品開発に乙女たちが深く関与していることは、宣伝に使いこそすれ隠したりはしてこなかった。だが、結果として家族の安全が脅かされるところまで考えが至らなかったことに、サラは深く反省した。乙女の塔さえ守っておけば安全だと思っていたのだ。


アリシアは錬金術ギルドのギルド長であるテオフラストスの娘であり、グランチェスター領の中でも富貴な家の出身である。パラケルススの子孫であり、優秀な錬金術師を何人も輩出していることを考えれば不思議ではない。そう簡単に彼らを脅かすことはできないだろう。


だがアメリアは違う。早くに父親を亡くし、母親と弟妹と共に貧しい暮らしの中で育っている。彼女は幼い頃から薬草を採取して家計を助け、その才能をアレクサンダーに見出されなければ今でも薬草を採取していたかもしれない。そんな彼女の家族が身を守る術など皆無に等しいことくらい容易に想像ができる。


テレサは父親を亡くしてから一人暮らしではあるが、職人が多く住む長屋に住んでおり、隣近所との関係も良好なので比較的安全だろうとサラは判断した。これはセドリックからの情報なので信頼できる。


「アメリアのご家族には、安全な家に引っ越してもらうべきなのかもしれないわ」

「それは心配ご無用かと存じます」

「どうして?」

「御母堂は現在妊娠中でございまして、お付き合いしている冒険者がプロポーズしておりましたから」

「へ? 妊娠!? アメリアに弟か妹ができるってこと?」

「そのようです」

「アメリアのお母様もやるわね。おいくつくらいなの?」

「子供が生まれる頃には40歳になっているかと。ですが見た目はもっとお若い感じですね」

「アメリアのハーブティ効果だとしたらとんでもないわね。いい宣伝になりそう」


新しい命の誕生と聞いて、サラは嬉しい気持ちになった。おそらくこれから熱病で沢山の人が死ぬことになるだろうが、その代わりに生まれてくる命もあるのだ。若干、人の(ことわり)から外れている自覚のあるサラだが、ここは素直によろこんでおきたかった。


「いずれにしても、御母堂と妹君は、賊が入った日の夜からお相手の屋敷に移り住んでおります」

「お屋敷? 相手は冒険者なのでしょう?」

「彼は騎士爵の息子なのですが、騎士ではなく冒険者の道を選びました。既に両親は他界しており、お屋敷に寂しくお住まいだったのです。もちろん使用人はおりますが」

「弟もいなかったっけ?」

「はい。2歳年下の弟君は、独立して冒険者ギルドの職員寮で生活しております」

「冒険者なの?」

「いえ、冒険者ギルドの職員です」

「そっか。アメリアも肩の荷が下りたわけね。それなら、これからは自分を幸せにしないとね」

「私もそう願っておりますが、サラお嬢様はあまり干渉されませんよう」

「だってもどかしいんですもの」

「お嬢様はご自身の影響力を甘く見過ぎです。見守ることも大切だと思いますよ」

「はぁい」


アメリアの可愛らしさを少しでも知って欲しいと頑張った結果、美肌になる魔法を編み出したことを考えればセドリックの指摘にも素直に頷くしかない。うっかりやり過ぎてしまうのはサラの悪い癖だ。もっとも、その魔法のしくみは、巡り巡ってブレイズの命を救うことにも大きく貢献しているため、本来は誇るべきことなのかもしれない。ただ、影響が大きすぎて堂々と公表できないというだけだ。


こうして少しずつ周囲に仕事を任せることで、サラは令嬢として、ソフィアは商会長としての仕事に専念できる環境を整えていった。

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― 新着の感想 ―
アメリア、アリシア 正直いまだにどっちがどっち?状態です
一気読み中ですが 一年間で起こる出来事の量ではない印象 一方で、仮に時間を引き伸ばして数年の出来事とするとテンポ悪く間延びしそうな予感 冗長な話が増えすぎている印象です 書籍化時には、話を梳きバサミで…
[良い点] なまじ本人が優秀で難しいことも簡単に成果を出してしまうために、他の人に任せるのは難しいよねえ。任せたらもう見ないようにしないと、見たら手を出したくなるから。
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