我らに喧嘩を売ったことを激しく後悔させてやれ
「ところで話は変わるが、ハリントン領に行くのは中止するか?」
エドワードは思い出したようにサラに尋ねた。
「いえ、グランチェスターの小麦を売り渋っている現状において、他領を回ることは不可避です。ハリントン領を皮切りに、さまざまな領を回ることになるかと思います。信頼できる商会を見つけるため、さまざまな人とお会いしなければなりません」
「なんならサラも私と一緒に行動するというのも手だと思う」
「一度王都に行ってからハリントン領に行くということでしょうか?」
「そうだ。どうせソフィアと一緒なのだろう? 王都には多くの商会の本店が集まっているし、あちらの商業ギルドはグランチェスターのギルドとは比べ物にならない規模だ。ソフィア商会の商品を流通させたいなら、あちらで顔を売っておくべきだ」
「確かにそうですね」
「それに各地の領主は王都にも頻繁に顔を出す。多くの領地を巡るつもりなのであれば、領主から紹介してもらう方が手っ取り早い。グランチェスター家からの紹介であれば、無下に断られることもないはずだ」
魅力的な提案ではあったが、サラには気になることがあった。
「今、王都ではどのくらい熱病が流行しているんでしょうね」
「グランチェスターは王都よりも寒いからなぁ。おそらく王都はこれからだろう」
「では急いで王都での交渉を済ませ、他領に向かうのはありかもしれません。人の多い地域は便利ですが、感染症のリスクは高まりますから」
「そうかもしれないな」
ロバートはやや浮かない顔をしながら、サラに語り掛けた。
「たくさんの領地を巡るのはいいけど、もうじきサラは誕生日だろ。盛大に祝わないとダメだ。正式に僕の養女になったお披露目もしないといけないしね。それに、年が明ければレヴィと僕の結婚式もあるってことを忘れないでくれよ」
「さすがに自分の誕生日を忘れたりはしませんが、パーティするんですか?」
「普通するだろう」
「え、だってお父様がイメージしてるお祝いって、貴族向けですよね?」
「まぁそうだね。もちろん乙女たちは呼んでもいいし、スコットやブレイズそれに文官たちも出席すると思うよ」
「そもそも、私に貴族の知り合いは少ないです」
「この前の狩猟大会で、いっぱい知り合っただろ?」
「名前と顔くらいは知ってますけど、わざわざ遠くからお越しいただく程親しい相手などいるわけがありません。よっぽど女性たちの集落の方々との方が親しいです」
「グランチェスター家から招待状を送ったら、主要な貴族は参加すると思うよ?」
サラは深くため息をついた。
「お父様、冷静に考えてください。既に雪の降り始めているグランチェスター領にたくさんの貴族家の方々お呼びするなんて、迷惑に決まっているではありませんか。狩猟大会が終わったばかりなんですよ? それに移動費用や滞在費用などの出費が負担になる家もあるはずです。冬支度だって馬鹿にならないんですよ」
「でも、サラの誕生日だよ!?」
「私は身内でこぢんまりお祝いされる方が嬉しいですね。それに、お父様とお母様のだって、結婚式はグランチェスター城で挙げますけど、披露パーティは王都でやることになってたはずです。式に参列してくださるのは、余程親しい貴族家の方々に絞られるのではありませんか?」
「確かにそうだけどさ、僕らの披露パーティは王宮のホールを借りるんだよ」
「叙爵式がセットなんだから当然でしょう」
「じゃぁサラの誕生日パーティも王都でやろう。あ、でも、サラの誕生日に王宮は借りられないよな。王都のグランチェスター邸だと手狭だろうし…」
「あの規模の屋敷を手狭とか言います? どれだけ人を呼ぶ気ですか。何度も言いますが、それほど親しい方はいません」
「いやいや、ロブの言ってることはもっともだぞ。サラ」
エドワードが会話に割って入った。
「どういうことです?」
「お前はグランチェスター侯爵の孫で、アストレイ子爵家の令嬢になる。しかも、ソフィア商会と深いつながりがあることはお前自身の容姿が証明している」
「事実としてはそうですが、養女になっても元平民である事実は隠せませんよ?」
「平民にも色々あるんだよ。騎士爵の子供が爵位持ちの親族の養子になるのは珍しくない。確かにお前は平民として育っているが、立ち居振る舞いだけみれば8歳の小娘とは思え無い程洗練されている。なにより若い令嬢の中で一番美しい」
「エドワード伯父様にお褒めいただくと、後が怖い気がします」
「褒めているというより、単なる事実の指摘だ。うちのクロエは愛らしいが、お前は美しい。黙っていれば女神か天使といった風情だからな。まったく外見詐欺も甚だしい」
「確かにまったく褒めてませんね」
「わざわざお前に言うほどのことでもないとは思っていたので黙っていたが、父上や私のところにはウンザリするほど婚約の打診が来ているぞ?」
「僕のところにもきたけど、一瞥してすぐに焼き捨てたよ」
「要するに、今のお前は社交界で話題の人物になってるわけだ。演奏だの詩作だの無駄に目立ったようだしな」
「はぁそうなんですね」
「お前は暢気でいいなぁ。とにかく、お前が王都で誕生日パーティをやるとわかれば、招待状を欲しがる貴族はウンザリするほどでることになる。しかも9歳の娘の誕生日である以上、子供たちも呼ぶことになるのは間違いないだろう?」
「まぁそうなりますね」
「おそらく昼間にお茶会のようなパーティを開催することになるはずだが、息子や娘に親や親戚が保護者としてゾロゾロついてくることになる。子供一人で参加させるわけにはいかないからな。それだけでもウンザリする人数になるはずだ」
「めんどくさっ!」
うっかりサラは本音を零した。
「まぁその面倒くさい部分はリズが何とかしてくれるはずだ。娘のことだから、レヴィも手伝うだろうしな」
「はぁ…要するに伯母様の影響力強化に利用されるってことですね?」
「そういう側面があることは否定しないが、どちらかと言えばお前はロブとレヴィのために頑張るべきだと思うぞ」
「そうなんですか?」
「もちろんだ。若い…とはそろそろ言えない年齢だが…の新婚夫婦の養女になる以上、なさぬ仲の親子になるのではないかと貴族連中は疑いの目で見るはずだ。要するに貴族令嬢としての箔をつけるため、アストレイ子爵は姪を押し付けられたのではないかということだな。あるいは、ソフィア商会の富が目当てなのではないかと思われる。だから、下手にお前がパーティで気乗りしない雰囲気を醸し出すと、翌日にはロブとレヴィの悪評が社交界に乱れ飛ぶわけだ。養女につらく当たる養父母として」
「だったら、パーティなんてやめましょうよ!」
「もしパーティを開催しなければ、元平民の令嬢を蔑ろにしているとグランチェスター家ごと悪く言われる」
「最悪だ…」
領主教育は少々心許ないが、貴族同士の付き合いについては詳しいエドワードが警告している以上、おそらく本当にその通りなのだろう。
「ロブ、王宮は大袈裟と言っていたが、おそらくパーティにはアンドリュー王子殿下も参加されるだろう。伏せているとはいえ、殿下の魔力暴走を抑えた功績は計り知れないからな。離宮とその庭くらいは貸してくれると思うぞ。そのあたりも含めてリズたちに任せるのはどうだ?」
「なるほど。じゃぁリズにお願いしておくかな。レヴィも手伝うとは思うが…」
「結婚準備もあるから忙しいのは仕方ない」
「そう言ってもらえると助かるよ」
エドワードとロブの会話を聞きながら、サラは冷静に今後のスケジュールを検討し始めた。
「えっと、私の誕生日はまだ半月以上先です。まずは王都に行って小麦販売について他の商会と交渉しつつ、いくつかの貴族家と面会する手配をすると。そしてハリントン領を訪問した後、王都に戻って誕生日パーティを開催するわけですね。そうなるとソフィアだけで他領を回ってもらわないと無理ですね」
「護衛が足りないなら騎士団を手配するぞ?」
「いえ、ゴーレムを付けます。ソフィアのことはダニエルも守ってくれるでしょうし」
『そもそもソフィア自身がゴーレムだしな。重要な場面では、魔法で移動して入れ替わるしかないか…』
「あぁあの強面の元騎士か。気の毒にあいつは多方面から恨まれてるぞ」
「ソフィアの敵からは恨まれていそうですね」
「それもあるが、ソフィアに近づきたい男たちからも恨まれている。舞踏会のパートナーも務めていたしな」
「はぁ、そうですか。でもダニエルは強いですよ?」
「そのようだな。返り討ちにあった襲撃者の後始末が大変だと騎士団が嘆いているらしいぞ。さすがジェフリーが推薦するだけのことはあるな。しかもソフィア自身も相当の使い手らしいじゃないか」
「ソフィア自身は本職のダニエル程ではないですよ」
「いやいや。護衛に見劣りしないだけでもすごいことだ」
するとグランチェスター侯爵が口を開いた。
「サラ、私は明日王都に発つことにする。その前に孫娘のお前と手合わせしておきたい。今日は本邸の方に泊まっていかないか? 明日の朝一でやろうではないか」
「承知しました。祖父様」
「それと、王都や他領に行くのは構わんが、新年はグランチェスター領で迎えるのだ。王室から年越しパーティへの参加を求められる可能性もあるが、必ず私の命で領地に戻らなければならないと断るように。特に熱病関連の話題を振られたときには、当たり障りのないことを言ってその場を離れろ。面倒ごとに巻き込まれてはならない」
「はい」
「そして、年が明ければロバートとレベッカは夫婦となる。結婚式に参列した後、王都に戻って披露パーティにも顔を出さねばならん」
「それは絶対に参加しますよ。両親の結婚式なんですから!」
「そうだな。だがそれまでには小麦の戦争が熾烈になっているだろう。もしかしたら、熱病が想像以上に猛威を振るうかもしれない。だが、何があっても揺らぐなよ。全力で敵を叩き潰せ。我らに喧嘩を売ったことを激しく後悔させてやれ」
「お任せください祖父様!」
サラはまったく令嬢らしくないニカッとした笑顔でグランチェスター侯爵に頷いた。