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マギが喜びそう

「エドワード伯父様が考える豊かさってなんですか?」

「やはり資産を持っていることだろう。金や物資だな」

「資産は領主がもっていれば良いのですか?」

「いや、領主だけでなく、領民も豊かであるべきだろう」

「では領民たちがお金を持っていれば、領民たちは幸せだと思いますか?」

「もちろん幸せだろう!」


エドワードは躊躇することなく答えた。


「領主だけではなく、領民の幸せを考えられるのですから人格的には向いていらっしゃると思います。でもお金があれば人は幸せなんでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「うーん。朝から晩まで休みもなく仕事をして、お金が貯まった人は幸せですか?」

「いや、その金を使うことで幸せを感じるだろう」

「お金を使う暇がないくらい働かないといけないかもしれません。お金を使うために休んだら、仕事を失ってしまうかもしれません。それでも幸せですか?」

「それは…」


サラの問いにエドワードは沈黙して考え始めた。


「ではお金を使う休日ができたとしましょう。綺麗な服を着て、美味しい食事をしたいと考えるかもしれません。ところが、洋服屋に行くと『汚らしい平民が来るような店ではない』と追い出されてしまいました。仕方なくいつもの服で食堂に行くと、『綺麗な服を着てないヤツはお断りだ』と言われてしまいました。お金は持っているのにあまり幸せではないですよね?」

「それは、違う店に行けば良いだけではないか」

「その通りではあるのですが、ここで重要なことは『お金を持っていても欲しいものを買えなかったり、好きなものを食べたりできないことがある』ということです」

「そのような失礼な店は罰するべきだろう」

「領主の命令で貧しい者も公平に扱えと言うのですか? でも、それは店から客を選ぶ権利を奪うということになります」

「ううむ」

「では、別の親切なお店が綺麗な洋服をその人に売ってくれたとしましょう。食堂も今度は断らないでしょう。でも、テーブルに着いた途端に他の客がその人を見て『貧しい平民の癖に』と嘲笑しました。この人は幸せでしょうか?」

「それは金があってもあまり幸せではないな。だが、頑張って働いて金を得た者を嘲笑するような輩の方に問題があると思うが」

「あらエドワード伯父様なら、てっきり『平民は分相応な金の使い方をすべきだ』くらいのことを言うかと思ってました」

「私を何だと思っているのだ!」

「貴族至上主義の人?」


エドワードはガックリと肩を落とした。


「もう少し考えてみましょう。折角お金が貯まったので、趣味を楽しみたいという人もいるかもしれません。たとえば、とても面白いお芝居を見て、その原作になった物語が気になるかもしれません」

「ありそうな話だ」

「でも、その人は文字が読めないので、原作の本があっても中身を理解できないとしたら幸せですか? 本を買うお金があっても、知識が無くて楽しくないのです」

「他の趣味を見つければ良いではないか」

「外国に旅行に行っても外国語が理解できない、楽器を演奏したくても演奏方法がわからない、遠乗りしたいけど馬の乗り方がわからない、ダンスを踊りたいけどきちんと習ったことが無い……つまり趣味を楽しむためにも何らかの学習が必要なことも沢山あります。元は貧しい平民だった人は、こうした趣味をすべて諦めなければなりません。それは幸せでしょうか?」

「…だから、お前は学園を創設するのか?」

「そうした理由があるのも確かですね。知識や経験は生活を豊かにしてくれるんですよ。ご理解いただけて嬉しいです」


サラはエドワードを見つめてニコリと微笑んだ。


「人の幸せはさまざまです。物質的に豊かであることはもちろん大切ですが、心身が健康であるか、家族や知人との関係は良好か、不当に差別されていないか、教育を受けることができるかなどさまざまな要素があります。すべての人を幸せにできる領主などいません。領主は自分の治める領地で何に力をいれ、どのような領を目指すのかを自身で決めなければならないのです。私のような一介の商人が口を挟むようなことではありません。意見を申し上げることはできますが、私自身が行政に関しては素人です」

「サラが素人だというのなら、私はどうなんだろうな…」

「やらなければならないことは山積みですし、全部ができるわけでもありません。お父様が先程言ったように、優先順位をつけてやれることからやるしかないんです。伯父様が祖父様と同じ方向を目指すべきだと思うならそれでもいいですし、違うと思うなら道を違えても構わないと思います。実際、祖父様は、曾祖父様とは別の道を模索した方のように見えます。なんといっても、パラケルススの実験室を閉ざした方ですからね」

「サラ、それを言ってくれるな。自分でも失策であることは理解しているのだ」


それまで黙って話を聞いていたグランチェスター侯爵は、サラの指摘にバツの悪そうな表情を浮かべた。


「失策なのかどうかは分かりません。既にリヒトは眠りに就いていたのですから、主のいない実験棟を閉鎖するのは自然なことだと思います。それに、リヒト本人は疲れたからだと言っていますが、眠りに就いた直接の原因は曾祖父様が熱病の治療薬の情報を隠匿したことにあるのは明らかでしょう。だとすれば、曾祖父様のやり方に問題があったのかもしれません。正解は誰にもわかりませんが、祖父様が領主としてお決めになったことなのですから堂々となさってください」

「確かにそうだな…。エドワードよ、お前も無理に私の志を引き継ぐ必要はない。お前自身が思うよう領地を治めれば良い。だが、領主は領民を守るためにあるということだけは絶対に忘れないでほしい」

「はい。ですがそのためにも父上の統治を知らねばなりません。教えてください」

「無論だ。今まで放りだしていてすまなかったな。ロバート、お前もアストレイ子爵として自分の領地を治めねばならぬ。共に学ぶか?」

「そういたします」

「だがサラよ。お前も金儲けの方法くらいは教えてくれないか?」

「祖父様も伯父様も気軽にお金儲けと仰いますけど、本気でやるとなるとかなり奥が深いんですよ。皆様、アカデミーで経済学の単位取りました?」

「履修はしたが単位は取得できてない、な」

「僕は履修すらしてないや」

「私は騎士科を出ている」

「…なるほど。私が教える以前の問題ですね。本当に学びたいなら、トマス先生から基礎教育を受けなおしてください。あの方はそちらの専門家ですから。とは言っても、お二人がそんな時間を取れないだろうことは予測できますから、相談されたら一緒に考えるくらいのことはしても良いですよ」

「それだけでも構わん」


エドワードは身を乗り出し、両手でサラの右手を握り締めた。


「サラ、頼む。私は領民を不幸にする領主にはなりたくない」

「わ、わかりましたから手を放してください! 実はクロエとクリスに会計学の基礎を教え始めています。エドワード伯父様が自分の子供から勉強を教わることを苦にしないのであれば、まずは二人から教わってください。二人とも優秀なので、教わったことを伯父様にもきちんと伝えてくれるはずです。二人にとっても復習になるので一石二鳥ですね」

「会計学ならアカデミーの単位を取得しているぞ」

「新しい帳簿の仕組みをベースにしているので、アカデミーよりも内容は優れているはずです。まずは領政に必要なお金の流れを把握してください。話はそれからです」


するとロバートも口を挟んだ。


「サラ、それは僕も学習したい!」

「お父様は既に使っているでしょう?」

「付け焼刃で身に付けたことだから、穴も多いと思う。ちゃんと学びたいんだよ」


よく見ると、ロバートの背後では文官たちも興味津々といった風情でこちらをチラチラと窺っている。


「もしかして、皆様も会計学やりたいですか?」

「やりたいです!」

「私も是非!」


ジェームズとベンジャミンが食い気味に応えた。


「うーん。ソフィア商会の従業員向けに用意したカリキュラムはあるんですよね。終業後、1時間だけ学習するスタイルなんですが…」

「いいじゃないか。何か問題でも?」

「教師がゴーレムなんですけど大丈夫ですか? まぁゴーレムへの学習はトマス先生が担当したので、内容の質は高いはずです」

「それって元エリート王宮文官のトマス・タイラー氏の授業を、ゴーレム経由で受けられるってことですよね?」


ジェームズが反応した。


「まぁそうなりますね。教科書の編纂もトマス先生ですし」

「凄いことですよ。彼はアカデミーで神童って呼ばれてたらしいですからね。綺麗な顔のせいでトラブルが絶えなかったのがなんともお気の毒ですが、彼の実力は本物だと思いますよ。アカデミーに残った私の友人も彼をベタ褒めしてました」

「でも本当に基礎だけですよ? 帳簿への記入や計算の方法を学んだ後に、会計業務の流れを学ぶ感じです。一応財務諸表や決算報告書などを作成できるところまで学びますが、既に皆様はできているでしょう?」

「確かにそうですが、学問としてきちんと学ぶことで新しい発見があるかもしれません」

「なるほど。では、財務分析や会計監査についての教科書も作成しておきましょうか。さすがに皆様は商家や商会の方ではないので、工業簿記…えっと原価計算などの知識は必要ないかなと思います。財務関連の法律や税金の仕組みなどは、私よりも皆様の方が詳しいと思いますので、そちらも不要ですね」


そこまで話したところで、サラは少し考えこんだ。


「うーん。この授業料は誰から受け取れば良いんでしょうね。まさか文官の方を相手に慈善事業するのもおかしな話です」

「それなら領の予算から支払おう。文官の能力向上は領のためでもあるからな」


サラの疑問にグランチェスター侯爵が答えた。


「そういうことであれば問題ありません。ソフィア商会からゴーレムを派遣します。今回に限り、教科書代などの実費だけ請求といたします。その代わりといってはなんですが、できれば私に始祖様の資料を閲覧させていただけませんか? 領主の許可がないと閲覧できないんですよね?」

「あれらはグランチェスターの直系男子にしか閲覧を許可していないのだが、サラになら許可してもいいだろう」

「ありがとうございます。ついでにゴーレムに学習させても良いですか?」

「不用意に外部に漏らさないのであれば構わん」

「秘密は守ります」


『なんか面白そうなこと書いてあるかも。マギがめっちゃ喜びそう』

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― 新着の感想 ―
駄目な人は民の苦境の例も問題に思わず手間を惜しんで勉強しないとかだから、こう言う反応見せられるとサラも助けてあげたくなりますね。 こんなまともないい人みたいなムーブしてるのにレベッカやロバートにいけ好…
国民全員が100円を持っている場合と1000円を持っている場合は、物価が変わるだけで全員貧富の差無く同じだけの豊かさになりますからね お金の絶対量じゃなくて、物やサービスが回らないと豊かにはなれないで…
[一言] 始祖「死ぬ前にラーメンとマッ◯食いたかった」 とか書いてあったりしてw
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