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熱病対策会議 3

「サラお嬢様、我儘を言ってはなりません。グランチェスター侯爵閣下が困ってしまいますよ」


ソフィアが窘めるようにサラに語り掛けた。完全に仕込みのやりとりである。つまり、ここからサラ劇場の開始ということだ。


「ですが、切り捨てられる民たちがあまりにも可哀そうです」

「すべての人を平等に助けられるのは神だけです。人の身でできることは、自分の手の届く範囲の人々を救うことだけなのです」


サラは大きな瞳に涙をいっぱい浮かべて、ソフィアを見つめ返した。なお、自然に泣くのは難しかったので、こっそり水属性の魔法でうるうるさせていたりする。お陰で瞼が腫れぼったくなることもなく、綺麗な顔のまま静かに涙を零すことができる。水属性の魔法を無詠唱で発動できる女性には是非とも覚えて欲しい便利技である。


「伯母様、いえソフィア、それなら私の手はどれほどに長いのかを教えてください。私の持てる物をすべて使ったとしたら、何ができるでしょうか」

「サラお嬢様。魔法を発現しているとはいえ、あなたはまだまだ子供なのです。できることはそう多くはありません」

「貧しい方々のため、暖かい食べ物を出すことはできますか?」

「今でもスラムで炊き出しを行っているではありませんか。あの資金はサラお嬢様への配当金で賄っているのです」

「パラケルスス師、暖かい食事を提供することは感染症の予防になりますか?」


リヒトは真剣な表情を浮かべた。


「サラお嬢様。大変申し上げにくいのですが、熱病は人から人に感染(うつ)る病気です。人が大勢集まる炊き出しの会場では、感染が拡大してしまう可能性があります。特に食べ物を口に入れることになるのでなおさらでしょう」

「そんな!」


サラは今度こそポロポロと涙を流し始めた。


「あぁお嬢様泣かないでください。もちろんきちんと栄養を摂取することは重要です。身体が弱れば感染する確率も上がりますから。そうだ。ゴーレムに食事を配達させてはいかがでしょう。荷車を曳いたゴーレムを巡回させるのです」

「他にできることはありますか?」

「ゴーレムに熱病の予防方法、症状が出てしまった場合の対処方法などを巡回先で説明させるだけでもかなり違うかもしれません。他にも毛布などを配っても良いかもしれませんね」

「ソフィア、私の配当金で賄えるでしょうか?」

「さすがに難しいですね。まぁ仕方ありませんから、ソフィア商会からも費用を出しましょう。サラのおねだりを断るのは難しいですからね。いつものスラムで構いませんか?」

「できれば他の地域も回ってあげたいのだけれど」

「領都内でしたら何とかなるかもしれませんが、それよりも広い範囲は難しいでしょうね」


そこにグランチェスター侯爵が口を挟んだ。


「サラ、一人で抱え込もうとするな。領民を守るのは私の役目だ。お前だけに任せるわけにもいくまい。物資の支援はグランチェスター領とは別に、グランチェスター家の資金を投入することとしよう。予防方法や対処方法を領内に広く知らしめることは重要でもあるしな」

「ありがとうございます。祖父様」

「構わぬ。これは領主である私の仕事でもある。しかし、このような幼子と設立したばかりの商会がこれほど尽力してくれるというのに、他の商会は何もせんとはな」


グランチェスター侯爵はじろりとコジモを睨んだ。


「そ、それでは商業ギルドもギルドに所属している商会から寄付を募り、応援物資を供出いたします。必要な物資のリクエストがあれば、是非とも書面でお知らせください」


ロバートの脇に控えていた文官のジェームズは書類に目を落とすように俯きつつ、コジモの発言を聞いて小さくニヤリと笑った。


「実は手配しなければならないと考えていた支援物資のリストは作成済みです。こちらの一部を商業ギルドが負担してくださるのでしたら大変助かりますね。何をどれほどご用意いただけるのかについては、後程ゆっくり話し合いましょう」

「ジェームズさん、それでしたらたくさん寄付をしてくださった商会のお名前を是非とも公表すべきですわ。祖父様やエドワード伯父様から感謝状を送付できますでしょう?」

「それはもっともですね」

「なるほどサラは賢いな。ではコジモよ、それぞれの商会の寄付金額を公表するように」


ジェームズとグランチェスター侯爵は、商業ギルドから金をむしり取るべく迅速に連携する。


「ではソフィア商会からは、現金5000ダラス寄付いたしましょう。それと点滴用の道具を作るために魔石が必要ということですから、こちらのアリシアが開発した魔力の補充可能な魔石と魔力補充用の魔道具をいくつか貸し出しいたします。錬金術ギルドと薬師ギルドの両方に同じ数だけご用意いたしますわ。もちろん、当商会が独自で行う炊き出しや物資提供とは別です」

「あのアカデミーの教授陣が暴挙に出る程欲しがった魔石と魔道具ですか!」

「おおっ。それは凄い」


テオフラストスとバーナードが興奮気味に反応する。そんな父親の反応を見て、少しだけ得意気な表情を浮かべたアリシアはソフィアの発言を引き継いだ。


「仰る通り、アカデミーで話題になった魔石です。アンドリュー王子を通じて国王陛下からも謝罪のお言葉を頂戴した曰くつきの発明品ですわ。しかも、魔力補充の魔道具の方は、まだ公開すらしていないソフィア商会の試作品です。実証実験は何度か行っていますが、不具合が見つかる可能性もあります。いずれにしても事態終息後は、魔石と魔道具はどちらも回収させていただきます。まさか分解して解析などをなさる方はいらっしゃらないと信じておりますが、無理に中を暴こうとすれば壊れる仕掛けを施してあります。そうなった場合には、相応の損害賠償を請求されることになりますので取り扱いにはご注意くださいませ」


アリシアはニコリと笑って父親であるテオフラストスと、その隣に座る副ギルド長で叔父でもあるメルクリウスを軽く睨んだ。父と叔父はアリシアを恨みがましそうに見つめ返したが、当のアリシアは涼しい顔をしている。


「ふむ。魔石の問題が解消されるのであれば、薬師ギルドにも製造方法を公開すべきでしょうね。テオフラストス、資料はすぐに用意できるかい?」

「はい。曾祖父様。いつでも提供可能です」


テオフラストスはリヒトの前ですっかり曾孫モードになっている。おそらくメルクリウスも同じだろう。この兄弟はアリシアを恨みがましそうに見ていた癖に、リヒトを見つめる視線はキラキラしている。


「ふむ。ソフィア商会にはいつも無理をさせてすまないな」

「お気になさらないでください。グランチェスターの領民が元気であるということは、私どもの顧客も元気であるということと同義なのです。元気に働いて得たお金を、当商会に落としていただくための投資と思えば良いだけですもの」

「なるほど。そうした考え方もあるのだな」

「はい。それに今回は良い機会かもしれません」

「機会とは?」

「もちろん、ソフィア商会としてこれから長くお付き合いできる商会を見極める機会ですわ。小麦はもちろん、ソフィア商会のさまざまな商品を扱いたいというお声はたくさんありますもの。私はこのような非常事態にこそ、人の本質が見えると思っております」

「つまりソフィアの信頼に足る商会がどこかがわかるということか」

「はい。そのように愚考しております。寄付金の額だけ見れば、大商会が有利かもしれません。ですから商会の規模と寄付額を付き合わせ、真心のある商売をされているところとお付き合いしたいと存じます」

「ふむ…相変わらずソフィアは抜け目がないな」

「誉め言葉として受け取らせていただきます」


ソフィアの発言は商業ギルド関係者に大きなインパクトを与えた。これまでソフィア商会は他の商会に商品を卸したことがない。エルマブランデー、シュピールア、化粧品などが欲しいと顧客から依頼され、困り果てている商会は地味に多い。


つまりソフィア商会と取引をしたいのであれば、グランチェスター領に寄付をしろと言っているのだ。おそらく他領に本拠地を置く商会でさえ、グランチェスター領に寄付することになるだろう。もちろん、寄付しても取引できるとは限らないが、寄付しなければスタート地点に立つことすらできない。


『サラは容赦がないな。どれだけ他の商人たちから毟り取る気だ? これは嫁というより戦略家として騎士団に招聘すべきだろうか』


ジェフリーはサラの戦略に頭を抱えつつも、グランチェスター領に潤沢な資金を集めることに成功した手腕を素直に称賛した。


すると突然、リヒトが立ち上がってサラの元に歩み寄り、ゆっくりと跪いた。


「サラお嬢様。あなたの慈悲深さにもう少しだけ甘えることをお許し願えますか?」

「パラケルスス師、どうかお立ち下さい。あなた様は私のような小娘に膝を折るようなお立場の方ではございません」

「どうかこの老人の願いをきいていただけないでしょうか」


どう見ても二十代の若者の容姿のまま、自分を『老人』と言い切るリヒトの厚かましさにサラは必死に笑いを堪えた。


「私に何をお望みですか?」

「サラお嬢様が相続された過去の私の知識を公開させてください。先代のグランチェスター侯爵閣下と秘匿契約を交わしているため、相続者であるサラお嬢様しか契約を解除できないのです」

「パラケルスス師の知識ですか? それはもちろん構いませんが、どのような内容なのでしょうか」

「熱病の治療薬です」


リヒトが発言した途端、会議室にザワリとした緊張が走った。

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― 新着の感想 ―
これはたぶん読んでる自分のせいなんだろうけど、頭の中で棒読みで再生されてしまってちょいちょい笑ってしまう 実際はどのくらい演技力があるのかな
「水属性の魔法を無詠唱で発動できる女性には是非とも覚えて欲しい便利技である。」って出来るかい!(笑)
[良い点] クロエの発現した魔法属性って何でしたっけ。ま水属性なくてもクロエならその演技力でやってのけるか。
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