秘密の花園
食事も終わり皆で塔に戻ろうとしたところ、サラは視線の先に小さな扉があることに気付いた。まだ雑草などの処理が終わっていないため端の方しか見えないが、整形された金属製の門扉に見える。
「ねぇイライザ、あそこはなぁに?」
「さぁ、この見取り図には描かれておりませんね」
どうやら誰も把握していないらしい。
「中を見てみたいです」
「まだ庭の処理が終わっておりませんので、今すぐは難しいかと」
「では雑草がなくなれば、見に行っても良いのですね」
「そうですね。下男に申しつけて、あのあたりまで草を抜かせますね」
『ほほう…、これは魔法の出番ね!』
サラは風属性で刃物を生成し、門扉まで一直線に雑草を根本付近からカットした。次に土属性で根っこから掘り返して地面を均し、伐採した雑草を風属性の魔法で庭の隅の方に集めておく。
「これくらいでいいかしら?」
「…はぁ、おそらく大丈夫かと」
イライザは呆れつつ了承した。
「では行きましょう」
サラが周りに声を掛けると、レベッカ以外は全員ドン引きしていた。
「サラお嬢様は、魔法を発現されていらっしゃるのですね」とテオフラストスが呟くと、アレクサンダーも「しかも無詠唱であの威力ですか…魔力制御も完璧ですね」とため息交じりに台詞を被せた。
「私もグランチェスターの端くれですもの、おかしくはございませんでしょう?」
『いや絶対おかしいわっ!』
その時、サラ以外の全員の気持ちが一致した。
確かに貴族であれば複数属性の魔法を発現していてもおかしくはないのだが、8歳の子供であればそよ風を吹かせる程度が限界だ。英才教育を施す上位貴族の子供でも、せいぜい突風を起こすくらいしかできない。
しかも魔法強化や魔力制御はアカデミーで学習する内容であるため、貴族でも女性はあまり強い魔法は使えないというのがこの世界の一般常識である。独学で魔法の威力を高める貴族女性もいないわけではないのだが、魔法学の学術書はとても難解であり、子供が読めるような内容ではない。
とはいえ執務室のメイドたちはサラの"奇行"には耐性がついており、ギルド関係者も前回の会議室での一件からサラが普通ではないことを理解していた。そして3名の新しい仲間の女子たちは、完全にサラに心酔している。レベッカは当然知っていたので今更驚くはずもない。
ここで取り残されたのはフランなのだが、彼は基本的に『貴族のことを無理に理解しようとするな』という思考をするため、おかしいことには気付いていてもツッコミを入れたりはしない。
かくして、サラと愉快な仲間たちは、ぞろぞろと扉の前まで移動した。
扉は錆びついていて動かなかったが、フランが軽く力を加えたところ、メキッと音がして倒れるように外れてしまった。
「も、申し訳ありません。後で修理しておきます」
「古くて劣化してたのでしょう。フランのせいではありませんので、気にしなくて大丈夫ですよ」
扉を超えた先は正面には背の高い生垣があり、左に石を敷いた小道が緩やかな曲線を描いて続いていた。長年手入れがされていないので生垣からは枝が伸び、小道には雑草が生え放題になっている。
サラは先程よりも弱い力で枝や雑草を刈り、小道を先に進んだ。他のメンバーは驚き疲れているので無反応だ。
小道を抜けた先には、荒れ果てた庭園らしきものが広がっていた。いろいろな植物が好き勝手に繁殖して雑木林になっているが、かなり広い空間だ。離れた場所には東屋のような建築物もあるが、そこに至る道は植物で塞がっている。
しかし、日差しが強いせいか、とにかくキラキラと眩しくて目を凝らすのが難しい。
突然アメリアが前に進み出て「こ、これはすごいです! ここで薬草やハーブを栽培していたのですね!」と叫んだ。
「え?」とサラが声を発する前に、アレクサンダー、テオフラストス、アリシアが走りだし、それぞれが植物の観察を始めていた。どうやら薬師と錬金術師には興味深い場所のようだ。
「これはジュニパーですね。グランチェスター領では栽培されていないと思っていました」
「ベラドンナに狐の手袋だと? 毒薬も作れそうだな」
「カモミールもあります!」
アレクサンダーが陶然とため息を漏らす。
「薬師ギルドでさえ入手困難な植物もありますね。植生も全然違う植物が、このような場所で栽培できるとは驚きです。一体どのような方法を使われたのでしょう」
サラには単なる雑木林にしか見えないのだが、どうやらすごいものらしい。するとサラの後ろを歩いていたレベッカが、サラに向かって話し始めた。
「ここは妖精に守られているのよ。どうやらパラケルススには、たくさんの妖精のお友達がいたようね。彼らはパラケルススに、この庭園を守るようにお願いされたんですって」
「レベッカ先生は、妖精とお話できるのですか?」
「もちろんよ。お友達とはおしゃべりしたいもの」
「わぁ、羨ましいなぁ」
レベッカの発言を聞いたテオフラストスとアレクサンダーは、くるりとレベッカの方に向き直った。二人とも表情が強張っている。
「オルソン家のご令嬢が妖精の友であるという噂は本当だったのですね」
「高位の治癒魔法を使えると聞いたこともあります」
するとレベッカは優美に微笑みながらも、目がまったく笑っていない"貴族的"な表情を浮かべて2人に向き直り、「ですが、それを直接本人に問いただすのは無礼であることは承知してますわよね?」と言い放った。
「「はっ、申し訳ございません」」
貴族令嬢に対してとても無礼な行為をしてしまったことに気付いた二人は、慌てて深々と頭を下げた。
「気を付けていただけるのであれば今回は許します。ですが二度目はありません」
これまで目立つサラの隣で控え目に立っていたため気付かなかったが、レベッカはおとなしいだけの貴族令嬢ではない。締めるべきところはきっちり締めてくる。それはガヴァネスとしてサラを導く態度でもあるが、子爵令嬢としての矜持でもある。
たまたま今回は許してもらえたが、『謝れば許してもらえるだろう』などの甘い考えは決して持つべきではないことを、二人はきっちりと思い知らされることになった。
なお、隣にいたフランは、やはり貴族のことにはノータッチである。貴族相手に仕事をすることが多い平民にとっては極めて重要なのは、こうしたスルーのスキルなのだ。
レベッカはサラに向き直って、先程の会話の続きを話し始めた。
「パラケルススは、ここを『秘密の花園』と呼んでいたそうよ」
「なんか可愛いですね」
大人たちのおかげで微妙な空気が流れていたため、サラは努めて明るく振舞った。
「妖精たちが言うには、ここにある植物は自由に使って構わないけど、繁殖分は残しておいて欲しいのですって」
すると近くにいたアメリアが、「本当ですか!?」とレベッカの発言に反応した。
「ええ、大丈夫よ」
「それにわからない植物があれば、名前や効能を教えてくれるって」
「それすごいです! ああ、私も妖精さんとお話できるようになりたいですっ」
アメリアは大興奮中だった。さきほど保護者たちが妖精関連でやらかしたことなど、頭のなかからすっぽり抜け落ちている。保護者たちは一斉に背中に冷や汗をかきはじめ、空気が読めるサラもちょっとだけ緊張した。
しかし、レベッカは「その気持ちはわかるわ」と鷹揚に答えただけで会話を終わらせたため、関係者一同はほっと胸をなでおろした。