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アリシアの奮闘

アリシアは揺れる馬上で必死にスコットにしがみついていた。練習で乗馬するよりも、人の後ろに乗った時の方が揺れるのだということを、アリシアは理解した。いつもより、かなりお尻が痛い。ゴーレムの18号が、すぐ脇を並走している光景が何ともシュールであった。


ひとまず錬金術ギルドに到着すると、先程乙女の塔から追い返された父親が前を歩いているのが見えた。


「父さん!」


アリシアに呼ばれて振り向いたテオフラストスは、馬上で少年にしがみついている娘を見て驚いた。


「アリシア、男と馬に同乗するなど、変な噂でも立てられたらどうする!」

「彼はジェフリー卿の息子さんよ。急ぎだから親切にここまで、連れてきてくださったの。失礼なこと言わないで」


スコットは器用に足を前から回してふわりとディムナから降りたち、それだけでアリシアには驚きの器用さなのだが、アリシアが降りるのにも手を貸してくれた。


「馬上からお声掛けするのも憚られましたので、ご挨拶が遅れてしまいました。私はジェフリー・ディ・グランチェスターが一子、スコット・グランチェスターにございます」


優雅にボウ・アンド・スクレープの姿勢で挨拶をするスコットに対し、テオフラストスも慌てて挨拶を返す。


「こ、これは、大変失礼いたしました。私は錬金術ギルドのギルド長を務めております、錬金術師のテオフラストスと申します」

「お父君の許可なく大切なお嬢様を馬に同乗させたこと、深くお詫び申し上げます。しかしながら火急の用向き故、どうかご容赦ください」


『ほー、普段のサラ大好きっ子のスコット君しか知らなかったけど、外では凄い化けるなぁ。やっぱりグランチェスターの一族だわ。被ってる猫の皮が厚いったら』


アリシアは大変失礼なことを考えていたが、さすがに顔には出さなかった。


「そういう事であれば致し方ございません。それで何があったのでしょうか」

「詳細はアリシア嬢から直接ご説明いただく方が正確です」

「父さん、ジェフリー卿のもう一人の息子さんが熱病を発症したわ。騎士団にも何人か熱を出している人がいるらしくて、おじいちゃん…パラケルスス師が急いで往診に向かっているところよ。今年は熱病が大流行するかもしれないから、急いで対策を立てて欲しいと言われたの」

「なに! 確かに領都でも報告は増えているが…。パラケルスス師が言うのであれば、こちらも心せねば。急ぎ会議を招集するか」

「薬師ギルドにも声を掛けてもらえるかしら?」

「無論だ。ひとまず錬金術ギルドで暖を取った後、お前も会議に参加しなさい。ところで、アメリア嬢はどうしている?」

「パラケルスス師と一緒に騎士団寮に向かったわ」

「ふむ…そのあたりは薬師ギルドのやつと話をすべきだな」


急ぎ手配をしにギルド本部に向かったテオフラストスを尻目に、アリシアはスコットを錬金術ギルドの厩舎に案内した。まずは彼の乗馬であるディムナを休ませる必要があった。丈夫な馬ではあるが、やはり二人乗りは馬にも負荷がかかる。


アリシアは颯爽とスコットを案内したかったのだが、慣れない乗馬のせいで足がガクガクしているのは隠せなかった。


「アリシア様、抱えた方が宜しいでしょうか?」

「い、いえ。そこまでじゃないから大丈夫よ」


18号がアリシアに声を掛けると、スコットもアリシアの様子を見た。


「すみません。馬は後ろの方が揺れるんです。慣れていらっしゃらないとキツイですよね。帰りは前に乗ってください。横座りされても抱えていますから」


年下のスコットにかなり気を使わせてしまったことで、アリシアは少しばかり凹んだ。今日のスコットはアリシアの足であると同時に護衛でもあるため、アリシアにぴったりと寄り添っている。


今日はスコットも父から帯剣の許可を得ており、ソフィア用のレイピアを借りている。なお、ソフィアはこのレイピアを右手に持ち、マンゴーシュを左手に持つことも多いのだが、スコットは二刀流の練度があまり高くないのでレイピアのみである。


「ありがとう。そうさせてもらう方が良さそう。まだ見習いって聞いてたけど、スコットはちゃんと騎士さんだね」

「ありがとうございます。そうありたいといつも思っていますから嬉しいです!」


ニカっと笑ったスコットが大変爽やかだったため、アリシアはサラの未来の彼氏としてスコットを推したい気持ちになった。これまで交際経験がないアリシアの思考は、かなりチョロかった。


既に錬金術ギルドの内部はバタバタと慌ただしくなっており、テオフラストスが素早く動いたことがわかった。アリシアにとっては勝手知ったる建物であるため、迷うことなく一番大きな会議室へとスタスタと歩いていく。既に数名が会議室内に待機しており、アリシアが入室すると一斉に会釈した。


「私に頭なんて下げないでよ。ギルドメンバーでもないのに」

「何言ってるんです。今やアリシア嬢は、アカデミーの教授連中を鼻息で飛ばした新進気鋭の錬金術師じゃないですか」

「言っとくけど、鼻息で吹っ飛ばしたのはサラお嬢様であって私じゃないからね。私は胃が痛くなって寝込んでたわよ。まぁパラケルスス師と同じモグリの錬金術師だし」

「モグリの方が優秀ってのが最高に笑えますよね」

「最近は肩書なんてどうでもよくなったわ。好きな研究を好きなだけやっても許される最高の職場にいるし。なによりパラケルスス師と直接会話できるんだから最高の中でも特上の最高じゃない?」

「あぁぁぁ、それが一番羨ましい!」

「ふっふっふ。羨め羨め。アカデミーに通えなかった悔しさなんか吹っ飛んだわ。今なら誘われてもアカデミーに通ったりしないと思う」

「そういうもんですか?」

「当然でしょ。今回の魔石研究だってさ、サラお嬢様がパラケルスス師の資料を好きなだけ読んでいいって言ってくれて、魔石をどっさり用意してくれたから発表できたのよ。アカデミーの教授と一緒に研究したって、今みたいに山ほどの魔石を使い放題にしてくれるとは思えない」

「うぉぉぉぉ。さすがソフィア商会がバックについているだけのことはあるな」

「オレも働きたい!」

「いや、お前じゃ乙女の塔入れないだろ」

「ドレス着てもダメかな?」

「アレを切らないとダメなんじゃないかな」


すると、黙って話を聞いていたもう一人の錬金術師がふっと顔を上げてアリシアを見つめた。


「あの、アレを切ってドレス着たら、オレも乙女の塔で働けますかね?」


目が本気だった。


「待ってマイケル。目がマジ過ぎて怖い。勢いで切ったりしないでね」

「オレ、本気でパラケルスス師と一緒に働きたいです。切るくらいできます」

「見たことないけど、たぶんおじいちゃんもついたままだから!」

「でも、乙女の塔に居ますよね?」

「お願いだから落ち着いてぇぇ」


このやり取りをアリシアの背後で見ていたスコットは、必死に笑いを堪えていた。錬金術師たちが大真面目なのが面白過ぎる。


「アリシア嬢、あなたも落ち着いてください」


若い錬金術師が思い切った行動に出ないよう防止する意味もあり、ひとまずスコットが止めに入った。


「錬金術師の皆様、確かにパラケルスス師は乙女の塔に滞在されていらっしゃいますが、あくまでも一時的な措置です。皆様と一緒に行動されるかどうかについては、ご本人次第かと思われます。それと、今回の招集はパラケルスス師によるものですので、働き方次第ではパラケルスス師の目に止まるかもしれません」


だが、実はこのやり取りの最中に他の錬金術師や薬師ギルドから招集されてきた薬師も入室してきており、スコットの発言は彼らに大きな影響を与えた。


「なに! これはパラケルスス師からの招集だったのか!」

「なんだって!」


スコットは自分の発言のせいで、騒ぎになってしまったことに気付いて焦った。


「どうしよう。僕、軽率なこと言いました?」


オロオロして本来の子供っぽいスコットに戻ったのを見たアリシアは、くすっと笑ってスコットの腕のあたりをぽんぽんと叩いた。


「気にしないで大丈夫。錬金術師って変わった人が多いの。珍しい生き物だと思って生暖かく見守ってて頂戴」

「はぁ、生暖かくですか…」


呆然としているスコットを尻目に。アリシアはすくっと立ち上がった。


「お揃いのようですので、始めさせていただきます。私のような小娘が仕切ってしまうようで大変申し訳ございませんが、パラケルスス師から直接お言葉を預かってきましたのでお伝えいたします」

「気にしなくて良い。あなたのことは皆知っておるし、なによりパラケルスス師はあなたの高祖父ではありませんか」


薬師ギルドのギルド長を務めるバーナードは、薬師ギルドを代表して答えた。


「ありがとうございます。バーナード師」


アリシアはニコリと微笑んだ。


「早速ではございますが、グランチェスター城内で熱病患者が見つかりました。私どもが確認したのは騎士団長のご次男であるブレイズ様ですが、騎士団寮でも熱病が発生していると聞いております。そのため、急ぎパラケルスス師と私の同僚であるアメリア嬢は騎士団寮に往診に行っています。また、ジェフリー卿のお屋敷に滞在されているトマス・タイラー氏も高熱で寝込んでいらっしゃいますので、同じく感染した可能性が高いです」


するとバーナードの隣に座っていたアレクサンダーが立ち上がった。


「待ってください。アメリアが騎士団寮に居るのですか?」


『ちょっと! 父さんはアレクサンダー師に伝えたんじゃなかったの?』


チラッとアリシアが父親の方に振り向くと、彼はすまなそうな表情を浮かべている。どうやら、伝え損なったらしい。


「仰る通りです。アレクサンダー師。現在、彼女はパラケルスス師と共に騎士団寮に往診に行っております。まず全員の状態を確認し、患者を分ける作業を行っているはずです。騎士たちも手伝ってくれているはずですが、我らのギルドからも応援は必要になるかと存じます」

「なるほど。承知しました」

「それとアメリア嬢はパラケルスス師から直接指導を受けており、彼女が熱病についての注意事項をまとめた手紙を預かっています」


アリシアはアメリアから預かっていた手紙をバッグから取り出し、バーナードへと差し出した。バーナードは手紙を読み終えると、そのままアレクサンダーに手渡す。


「つまり、熱病患者に解熱剤を使うなということですな?」

「そのように聞き及んでおります。熱で苦しむ患者を前にすると心苦しくもあるのですが、重篤な副作用の方が問題になると」

「うむ…。脳症については我々も常々頭を抱えておる」

「結局のところ、発熱による脱水症状を抑えることが重要であるため、意識があって患者自身が嚥下できるうちは経口補水液を、それも難しい状態の場合には点滴で補うしかないだろうというのがパラケルスス師の見解です」

「けいこうほす…なんですかなそれは?」

「どうやら薬師ギルドにはレシピが共有されていないようですね。錬金術師ギルドにはきちんと管理されていますか?」

「いや、私の記憶にはないが…」


アリシアはため息をついた。


「パラケルスス師は、何十年も前にレシピを公開しているそうです。錬金術ギルドからレシピが失われているとは嘆かわしいですね。もっとも、師もそれを予想していらしたようですが。18号、申し訳ないのだけど、経口補水液のレシピを急いで書き出してくれる?」

「承知しました。何部ご用意しますか?」

「両ギルドに2部ずつ計4部でいいわ。必要であれば、それぞれのギルド内で写しが作られるはずだから」

「かしこまりました」


18号はさらさらとレシピを書き出し、テオフラストスとバーナードに2部ずつ手渡した。


「点滴用の生理食塩水のレシピは公開してあるわよね?」

「錬金術ギルドでは公開済みだ」

「では、今すぐ薬師ギルドにも公開してください。オリジナルレシピはパラケルスス師のものであり、師自身が公開するよう指示しています」

「わかった。すぐにレシピの写しを用意する」

「18号、パラケルスス師が指示した他の薬剤も、すべて書き出してもらえる? 面倒だから1部ずつでいいわ。失われているかどうかを確認する時間も惜しいから。あなたなら注意事項もきっちり覚えているでしょう?」

「もちろんです」

「あ、ついでに適切な看護方法についても書いておいて。確かアメリアがまとめてたわよね?」

「はい。併せて書き出しておきます」


アリシアの指示によって、さらさらと18号が書類を書き出していく。


「症状が軽い患者には栄養補給も大切ですので、栄養補助食品となる水薬のレシピもご用意いたしました。また、熱病患者をそれぞれのご家庭でどのように看護すべきかも併せて指導をお願いします。すべてのご家庭で実施できる保証はありませんが、おかしな魔術に手を出して悪化させてしまう事故は防げるかもしれません」


テオフラストスとバーナードは真剣な眼差しで内容を確認していく。


「これらのレシピに沿って、経口補水液などをどんどん作ってください。必要な素材が無ければ注文してください。品薄で買えないなどのトラブルがあった際には、ソフィア商会が責任をもって確保すると明言して下さっています。それと、点滴などに必要な機材が不足していることが予想されますので、作れる職人に全力でつくるように指示してください」

「待て、それほどの予算をすぐには組めないぞ」


テオフラストスが娘の指示を一旦止めた。


「それについても、資金はすべてソフィア商会が寄付するそうです。製品は欠陥が無ければすべてソフィア商会が買い取ります。パラケルスス師によれば、今年は熱病が大流行する可能性が高いそうです」


薬師の一人がおずおずと挙手しながら、話し始めた。


「あのぉ」

「なんでしょうか?」

「既に私の診療所には、20名以上の熱病患者が訪れています。今年は明らかに例年よりも人数も多いです。それに時期も早いように思います」


アリシアは、薬師の発言に頷いた。


「わかりました。今後もそう言った状況はギルドに報告してください。両ギルドは連携してこうした情報を収集してまとめていただけると大変助かります。今後の方針についてですが、パラケルスス師はご自身で動かれる予定でいるそうです。熱病は感染症ですから、初動を誤れば一気に感染が拡大します。どうか皆さまのご協力をお願いいたします」


一気に言い切ったアリシアは、そのまま深々と頭を下げた。


すると、背後に居た18号がアリシアに指摘した。


「アリシア様。伝え忘れていることがあります」

「なんだっけ?」

「近いうちにグランチェスター城内で文官も交えた対策会議を行うというお話ですね」

「あ、そうだった。それと、この件は両ギルド長の連名で、商業ギルドにも協力の要請をお願いできませんか?」

「何を要請すればいいんだ?」

「積極的な寄付、薬の素材や食料品の不当な値上げをしない、無償で動いてくれる人の確保」

「うーむ。商業ギルドは寄付と無償が大嫌いで、儲けられるときに、儲けられるだけ、儲けることが大好きなんだが」


バーナードが困った表情を浮かべた。


「ふふっ。露骨に値上げしたら領主から睨まれると伝えてください。それと、ソフィア商会はスラムへの炊き出し回数を増やし、毛布などの配布も行うそうです。パラケルスス師もスラムで無料診療するそうですから、薬師の方々も興味があればどうぞ」

「なんだと!」

「神が直々に診察だとぉぉぉ」

「手伝いに行けば目に止まるかもしれないぞ!」

「錬金術師でも手伝っていいのかな?」


『うちのおじいちゃん神になってるわ。まぁ人材が確保できるならなんでもいいか』


アリシアは生暖かい目で錬金術師と薬師の集団を見守りつつ、約束した通り点滴用の器材を製作する職人の情報をサラに送った。


また、情報共有のため18号には錬金術ギルドに留まってもらうことにしたが、錬金術師と薬師たちに『おさわり禁止』を徹底させた。意図的にゴーレムに触れば、パラケルスス師に告げ口すると脅した途端、彼らは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


自分にできることはここまでだと判断したアリシアは、後を18号に任せて乙女の塔に戻ることにした。もちろん今度はスコットの前で横座りに乗り、往路よりもゆっくりとした足並みで帰った。おかげでアリシアのお尻はなんとか無事であった。

なんとなくリヒトの方がマルカートより神っぽい気がしてならない。

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― 新着の感想 ―
[一言] マルカート…? あんな精神年齢永久幼稚園児のバカボン、置物以下で宜しい。 妖精の恵みがあっても神よりずっと若いリヒトの方がよっぽど人間出来てて医神と呼んでいいレベルですね。 多分、それで行く…
[良い点] すきあらばの精神。お触り禁止を徹底して置かなければゴーレム触られ放題でしたねw
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