表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
321/436

なるほど聖者ではない

ソフィア商会の本店に所属しているゴーレムの28号は、同じく本店内で内勤している18号を騎士団本部に向かわせた。ソフィアとマギのディスカッションの結果を伝言するためであるが、念のため18号には手土産を持たせてある。


マギの端末としてゴーレムたちは非常に優秀であり、騎士団に食料品の手土産を持たせることで騎士たちの好感度が上がることも十分に承知していた。


ゴーレムたちは孤児院やスラムを定期的に訪れて炊き出しを行っているため、簡単な調理スキルを持っている。最近はサンドイッチやホットドッグのように、具を挟んだり乗せたりするパンが差し入れの定番となっている。


実は、こうしたパンはサラが作るように指示したものであった。この世界では、パンはあくまでもパンであった。料理の合間に食べたり、パンだけを食べたりするが、あまり具を挟むような食べ方はしないのが普通だ。冒険者や旅人であれば、パンを皿のように使って上に何かを乗せて食べたりすることもあるが、わざわざサンドイッチを調理したりする食文化は無かった。


だが基本的に忙しいサラは、昼食や間食としてこうしたパンを好んで作らせた。最初に厨房に指示したのは、グランチェスター領の帳簿整理を手伝っている頃であるため、グランチェスター城内やソフィア商会では定着しつつある食文化でもあった。


カトラリーを使わず手で掴んでたべることになるため、最初のうちはレベッカも難色を示した。しかし、レベッカ自身も忙しくなってくると、こうした食事を普通に受け入れるようになっていった。


サラの最近のお気に入りは、目玉焼きを乗せたパンである。なお、パンの上に目玉焼きを乗せながら「ジ〇リ飯だー」などと叫ぶのを目撃したトマシーナは、リヒトにサラの発言の意味を問いただした。しかしリヒトは困ったような顔をしながら、「世の中には学習しなくても良い知識もあるんだよ」と言って教えてくれなかった。


しかし、マギを構成する三博士の一人であるメルキオールが、「学習しなくて良い知識などない」と強く主張したため、トマシーナは直接サラに発言の意味を尋ねた。しかし、サラも明確な回答を避けたことから、目下マギは「ジ〇リ飯」の意味について密かに推論していたりする。


かくして、18号はたっぷりの軽食、新種のエルマ、飲み口の軽いワインなどを大きな木箱2箱分ほど用意し、それらを背負子に固定して騎士団本部へと駆け出して行った。背中の荷物の中身が揺れてダメにならないよう全力疾走こそしていないが、それでも時速に換算すると40km/hを超える速度である。


10分少々走ったところで騎士団本部に到着した18号は、門扉の近くで警備している若い騎士見習いに「ソフィア商会のソフィアから、グランチェスター騎士団長への伝言を預かっている」と告げた。


グランチェスター騎士団にとってソフィア商会のゴーレムは既に身近な存在となりつつあるが、それでも内勤用の小さいゴーレムが訪れることは珍しい。騎士見習いは「本当にソフィア商会のゴーレムなのか?」と18号に向かって尋ねた。


「誠に申し訳ございませんが、私がソフィア商会に所属するゴーレムであることを証明する物を何も持ち合わせておりません。しかし、このようにゴーレムを使役できる存在は限られておりますので、私自身の存在こそが証明になると思われます」

「ふむ…。その理屈っぽい感じは、確かにソフィア商会のゴーレムで間違いないようだ」


ジェフリーの執務室に案内された18号は、ジェフリーが帰り支度をしていることに気付いた。


「このような時間にお訪ねして申し訳ございません」

「気にするな。内勤のゴーレムが来るとは、余程のことなのだろう」

「こちら、ソフィア商会からの差し入れでございます」

「そうか。有難く頂戴する」


ジェフリーは近くに控えていた騎士に目配せし、18号から差し入れを受け取った。木箱は3箱ともかなりの重量である。騎士は部下を数名呼んで木箱を運ばせた。毒見を済ませてから、騎士や騎士見習いたちに振舞われることになるだろう。


騎士団は身内からの食糧の差し入れを歓迎はしているが、中に毒物が混ぜられていた場合、騎士たちが一斉に毒物にやられてしまう危険性がある。そのため、騎士団の厨房以外で調理された食事は、必ず少数で毒見してから食べるという手続きを踏むことが規則で決まっている。


まだアヴァロンが統一されておらず、それぞれの領がまだ豪族の集落だった頃、美しい娘に毒酒を差し入れさせるといった手口をよく使う一族がいた。その一族の名前はアヴァロン。つまり、この国の王族である。そのため、アヴァロンの騎士団や各領地の騎士団には、こうした毒見のルールが徹底されているのである。


「伝言の内容は敢えて書き留めておりません。お伝えするにあたっては人払いをお願いできますでしょうか」

「承知した」


するとジェフリーが指示するまでもなく、控えていた数名の騎士たちが一斉に部屋を後にした。部屋の中に沈黙が落ち、石壁に括りつけられた燭台の上で燃える蝋燭がジジっと微かな音を立てる。


「今回お持ちした伝言ですが、ソフィア様はそれほど急がれているわけではありません。本来であればダニエル様が報告にお越しになる予定でした」

「ダニエルが? あいつはソフィアの護衛だろうに」

「少々ソフィア様のご不興を買われたらしく、本日は護衛せずともよいと突き放されたのでございます」

「一体、ダニエルは何をしたのだ…。ソフィアにいきなり襲い掛かるような真似をするとは思えないが」

「そのような無謀なことはなさる方ではございません」

「まぁ返り討ちにあうな。剣なら互角、魔法を交えれば人間で勝てる者などいないだろう」

「リヒト様であればいい勝負かもしれません。ただ、魔力の総量が違いますので、一気に勝負を決めなければソフィア様の勝ちでしょう」

「魔獣と神獣の頂上対決か? 安全な場所で見物するのは楽しいかもしれんが、絶対に混ざりたくないな」


アヴァロン屈指の実力を持つと言われるジェフリーではあるが、本人も人間を卒業していない自覚はある。


「どちらが魔獣なのかについてはお尋ねしないでおきます」

「ゴーレムたちはますます賢明になっているようだな」

「常に学習し続けておりますので」

「恐ろしいほど勤勉だな。しかし、それほど急ぎではないにもかかわらず、わざわざゴーレムに伝言を頼むとはどのような内容なのだ?」

「ソフィア様は沿岸連合によるロイセンへの工作を、自分たちの傀儡にするためだけでなくロイセンを傭兵のように利用し、アヴァロンをはじめとする周辺国家に攻め込むことを計画しているのではないかと推測していらっしゃいます」

「なんだと!?」


ジェフリーはガタリと音を立てて椅子を蹴倒すように立ち上がり、机にダンっと両手をついた。


「その話、詳しく聞かせてもらえるか?」

「もちろんです」


18号がサラとマギがディスカッションして得た推測を詳細に説明しはじめる。ジェフリーは話の途中から恐ろしい程の鋭い表情を浮かべるようになり、説明が進むにつれてどんどん顔色が失われていった。


「なんということだ…」

「もっとも、そうなる前にソフィア様は沿岸連合の動きを止めるおつもりです」

「だが、その工作が失敗すれば…」

「ソフィア様の計画が失敗するケースとしてもっとも可能性が高いのは、早々に沿岸連合が我らのたくらみに気付き、小麦市場から撤退することですね」

「だが、それは沿岸連合にとって失敗のはずだ」

「仰る通りです。ですが彼らが湯水のように資金を溶かしても、ソフィア様の小麦をすべて買い取ることは不可能でしょう。現状で抱えている分を買い取ることはできるかもしれませんが、妖精という裏技がある以上、ソフィア様に勝てるはずがありません。どこかで撤退を余儀なくされるでしょう」

「ふむ…」

「早々に撤退を見極めなければ、彼らは生き残ることすらできません。資金をすべて溶かしてしまえば、待っているのは破滅だけです」

「なるほど。だが、金の戦いで分が悪いということになれば、彼らは武力でこちらを制圧にくるのではないだろうか?」

「はい。途中で武力行使に切り換える可能性はかなり高いです」

「やはりそうか」

「ですが、まず標的になるのは、アヴァロンの小麦を受け取ったロイセンでしょう。沿岸連合とアヴァロンは間にロイセンを挟んでいるため、直接陸地で接していません。もちろん海路はありますから海戦も考えられますが、大々的な軍事侵攻ができるまでの準備に時間が必要です。すぐにでも動かなければならない状況では海賊行為が限界でしょう」


ジェフリーは顎に手をあて、海戦になった際の被害などを検討する。


「海賊がどのように襲撃してくるか次第では、かなり犠牲が出るように思う」

「何も準備をしなければ仰る通りでしょうが、ソフィア様であれば、海賊船の位置や詳細な情報を確認できます。どこから、何隻の船で、何人の海賊が襲ってくるのかを把握できるのですから、被害は最小限に抑えられるでしょう。限りなく0に近いはずです」

「……彼女は絶対に敵に回してはいけない相手だな」


何とも複雑な表情を浮かべてジェフリーがポツリと呟くと、18号も大きく頷いた。


「そうですね。グランチェスター侯爵閣下がサラお嬢様を手元に引き取り、グランチェスター領に送らなければ、この工作は成功していたでしょう。ロイセンを助けたくても、支援する小麦も現金も失われていたのですから」

「だが彼女を執務に引き込んだのはロブだ。慧眼なのか、ただ運が良いだけなのか」

「運の要素は強いでしょう。そもそも王都で小侯爵のお子様方がサラお嬢様をイジメなければ、グランチェスター領に逃げてくることもなかったはず。もちろんイジメを容認するべきではないと存じますが」


ジェフリーは執務室の中をウロウロと歩き回り、考えを整理した。


「ひとまず、急いで何かをする必要はないのだろうか?」

「あくまでもソフィア様の推論に過ぎませんが、念のためグランチェスター侯爵閣下から王室に奏上されることを推奨します」

「その理由を聞かせてくれ」

「ソフィア商会という一介の商人が小麦相場をコントロールしていることを、国王陛下が快く思われない可能性を否定できません。危機感を煽ることで、多少でも風当たりを弱められるかもしれません。王室との関係性は、機動性に影響します」

「なるほど」

「それと、ソフィア様のご自宅となるお屋敷を早急に準備されるべきでしょう」

「グランチェスター侯爵閣下から邸を新築する許可は得ているので、すぐにでも工事に取り掛かれるはずだ。しかし、何故ソフィアの自宅が大切なのだ?」

「おそらく彼らは早々に、ソフィア様が小麦をコントロールしていることに気付くはずです。マイアーのこれまでの行動に鑑みれば、ソフィア様に暗殺者を差し向けるくらいのことはするでしょう。大勢のお客様(暗殺者)を歓迎するには、やはりご自宅を構えた方が楽ですから」

「今よりもソフィアが狙われることになるのか。今日も襲われたばかりだというのに」

「ですが、その暗殺が成功する確率は、渇いた砂漠を歩く旅人に雷が落ちてくる確率よりも低いと言わざるを得ません」

「ははは。ゴーレムの言い回しは面白いな。だがひとまず、グランチェスター侯爵閣下にお伝えせねばならんな」

「では、私は失礼いたします」


ふと、ジェフリーは気になることが一つだけあることに気付いた。


「ゴーレムの意見を聞きたいのだが」

「何でございましょう?」

「リヒトさんは、ロイセン王家に対して複雑な気持ちを持っていると聞いている。だが、アヴァロンとソフィア商会は結果としてロイセンを助ける行動を取ることになる。それは彼の意に反しないだろうか?」

「おそらく大丈夫でしょう。リヒト様は無辜(むこ)の民が苦しむことを良しとされる方ではありません。それはロイセンの民でも同じでしょう」

「ソフィアと違ってリヒトさんは、好戦的なタイプではないのは不幸中の幸いだな」


ジェフリーはふうっと息を吐きだした。


「ジェフリー様、私どもゴーレムは、幼い頃に独りで荒野を生き抜いた相手を侮ることはいたしません。350年という年月が彼を穏やかな人物のように見せていますが、あの方はオーデルがロイセンへと変わる時にも戦場に立っていらしたそうです」

「だが、サラのように彼も強いのであれば、何故オーデルは消えた?」

「オーデルの地を焼け野原にしたくなかったそうです。それに、反逆者たちが率いる軍の大半は、農民たちで構成されていました。彼らは領主の命令に逆らえないだけの一般の農民であり、リヒト様はそうした人々を傷つけることを避けたかったようです」

「ふむ…、強いが軍人には向かないタイプということだな」

「オーデルとロイセンの停戦が成立した際、リヒト様は『国のトップが誰であっても、民は気にしない』と言ったそうですから、確かに軍人向きではありませんね」

「だが実際にはロイセン王家がトップにいることで、国土が痩せ続けているわけか」

「より正確に言えば”元の状態に戻っている”というだけのことです。ロイセン王家が悪いわけではありません」

「今回のソフィア商会の行動を阻害するようなことはないだろうか?」

「リヒト様がですか? ソフィア商会が小麦を放出しなければ、ロイセンの民が飢えることになります。そのような行動をリヒト様が取るとは考えにくいです」


苦笑しながらジェフリーは18号に尋ねた。


「彼は慈悲深い聖者だったりするのか?」

「リヒト様の過去については、トマシーナとソフィア様のゴーレムが、リヒト様ご自身から聞きだしています。魔力の補充中は彼の口もかなり軽くなるようですね」

「わははははは。350年生きていても男は男ということか。なるほど聖者ではないな」

リヒト:オレは自分を聖者だなんて言った覚えはないぞヽ(`Д´)ノ

ジェフ:いや、350年も生きてたら枯れるのかなと

リヒト:現役バリバリだよ!

ロブ:おい、いますぐ乙女の塔から引っ越せ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
理屈っぽさで身元証明されるゴーレムwww
え?アイツ、ソフィア人形相手にサカっちゃったの!? Σ(゜_゜)
[一言] 美女ゴーレムキャバクラ、お代は魔力! お触りもあるよ! ハニトラコワイ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ