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自分の生き方は自分で決める

ソフィアは商会の馬に跨り、一人で乙女の塔までの道のりを歩み始めた。無属性の魔法で移動経路をショートカットすることも考えたが、誰かに見つかる可能性もあるため今回は使用を避けた。近いうちに効率的な運用方法を検討する必要がありそうだ。


晩秋というより初冬と言った方が良い季節となり、夜は厳しく冷え込む。ソフィアは自分や馬が吐く息が白くなっていることに気付き、いつ初雪がちらついてもおかしくないとアリシアが言っていたことを思い出していた。


見上げれば満天の星が瞬いており、前世のそれよりも大きな月が浮かんでいる。満月が明るく道を照らしているため、灯りも必要ない。


『こんな夜中に単騎で移動するなんて初めてかも。みんな過保護だからなぁ』


カポカポと常足(なみあし)で馬を歩かせながら、ソフィアは先程冷たく突き放したダニエルのことを考えていた。


『それにしても、今日は改めてダニエルは騎士なんだってことを思い知らされた気がする。怪我のせいで騎士団を辞めざるを得なかったけど、その怪我もすでに治ってるんだよねぇ』


ソフィアがダニエルに冷たく接してジェフリーの元に出頭させたのは、ダニエルが騎士団に戻るきっかけを与えるためでもあった。ダニエルの精神は騎士団を辞めても騎士であり、どこまでも高潔であろうとする。そのことにソフィアは以前から薄々気付いていた。


『ダニエルの剣は弱き民を守るためにある。それは悪いことじゃない。むしろ美徳だとも思うけど、その高潔さを私にも求められても困るんだよね』


ダニエルが自分に対して好意を持っていることはソフィアも理解している。だが、ソフィアは、ダニエルを恋愛対象として見ることはできなかった。サラとしての実年齢が問題になっているわけではなく、頼れる護衛あるいは知友人として以上の感情を持てないのだ。


客観的に見れば、ダニエルは優良物件だ。少々強面ではあるが容姿は比較的整っている。人柄も良く職務に忠実で、護衛の任務に就けば身体を張ってでも全力で相手を守ろうとする。そのせいで過去には護衛対象であった商家の若い寡婦がダニエルに夢中になってしまったこともあるらしい。貴族ではないがグランチェスター騎士団に戻れば、それなりの地位に就くことも可能だろう。騎士たちは高給取りであり、引退しても年金が出る。


『うーん。私みたいな外見詐欺を構ってるより、騎士に戻って普通のお嫁さん貰う方が幸せだと思うんだけどなぁ。だけど、私の傍から居なくなっちゃうのは、ちょっとだけ……ううん、かなり寂しいかも』


恋愛感情ではないが、ソフィアもダニエルには好意を持っている。一緒に剣を持って戦う時の相性も良い。いざダニエルが離れていくとなれば、やはり寂しさは拭えない。


そんなことをつらつらと考えていたソフィアの耳に、自分の乗馬とは異なる蹄の音が聞こえてきた。背後からやや速足で近づいてきているようだ。乗っている馬がデュランダルであれば駆けさせて引き離すことも考えたが、乗りなれていないソフィア商会の馬であるため、あまり無茶をさせたくなかった。


ソフィアは魔法で身体強化し、いつでも抜剣できるよう身構えながら馬を歩かせ続ける。


「お待ちくださいソフィア様。私です」


背後から近づいてきたのはダニエルであった。


「あら、騎士団本部に向かったのではないの?」

「どうしても気になって引き返してきたんです。既にソフィア様は本店を発たれたあとでしたので、28号に騎士団への伝言を依頼して私はソフィア様を追いかけてきました。やはりお一人での移動はおやめください」

「私は本当に大丈夫なのになぁ」

「大丈夫じゃないのは私の心臓です。このまま私を捨てるおつもりですか?」

「ちょっと! 人聞きが悪過ぎるわ。それじゃぁ、私がダニエルを弄んで捨てたみたいじゃないの!」

「でも、私のことが要らなくなったから解雇されるんですよね?」

「全然違う! 騎士団に戻れるなら戻ったほうがダニエルのためになるのかなって思っただけよ。あなたは弱き民を助ける騎士であるべきだもの」

「それはソフィア様ではなく、私が決めることです。無論、あなた様が私を解雇されると仰せであれば従わざるを得ませんが、そうでないのなら私の生き方を勝手にお決めにならないでください」


馬上で大声を上げたため、二頭の馬が迷惑そうに耳をぴくぴくと動かしている。


「あぁ、ごめん五月蠅かったよね」


ソフィアは馬の首をぽんぽんと軽く叩き、再び常足で乙女の塔に向かって馬を進めた。その後ろをダニエルがついていく。


「先程の私の発言がソフィア様を不快にさせたことは謝罪いたします。護衛の私が口を挟むようなことではありませんでした」

「唯々諾々と従って欲しいわけではないわ。だけど、私に慈悲深い聖女のような生き方を強要はしないで欲しい。私は自分の欲望に忠実だし、知らない人を助けなきゃって思うほど慈悲深くもないもの」


ダニエルはニヤッと笑った。


「ソフィア様は大変いい性格をしていらっしゃることは承知しています。先程はつい甘えた発言をしてしまいました」

「私に甘えたの?」

「自分の手に余る危機が迫っている可能性を突き付けられ、得体のしれない恐怖を感じてしまいました。意外に思われるかもしれませんが、私は臆病なんですよ」

「とても勇敢な騎士に見えるんだけど」

「おそらく騎士だったからこそです。何物をも恐れないなどと(うそぶ)く者は騎士には向きません。恐れる気持ちはとても重要なのです。もちろん、恐れを感じても立ち向かう強さも必要ですが、私には少しばかりその強さが足りていない。まぁ自分の能力に不足を感じているということでもありますが」

「驕っているよりはずっと良いわね」


ソフィアがさらりとダニエルの発言を受け止める。


「もちろん、何かを守るために死すら恐れずに立ち向かわなければならない瞬間はありますが、本来は生き残って最後までお守りするのが護衛の役目です。そういう意味では、臆病なくらいが丁度いいのかもしれません」

「確かに生き残ることは大切よね」

「ですが、私は身勝手にも自分が守るべきソフィア様に甘え、ソフィア様を危険に立ち向かわせるような発言をしてしまいました。完全に護衛失格です」

「それを後悔して、繰り返さないのであれば構わないわ。そういうことを言いたくなる日もあるのは仕方ないわ。自分でも自分の力はかなりインチキだと思うもの」


ソフィアはくすくすと笑いながら、大きな月を見上げた。


「でも、ダニエルを私の護衛から外そうかなって思う理由はそれだけじゃないわ」

「私がソフィア様をお慕いしていることが問題なのでしょうか?」

「なんの躊躇いもなく言い切るわね」

「いまさらでしょう。何度も口にしておりますから」

「ダニエルに慕われることがイヤだというわけじゃないの。でも、私は同じ熱量の気持ちをあなたに返せないのよ」

「それも存じています。私を含め、あなた様をお慕いしている男はたくさんいますが、あの綺麗で頭の良いトマス氏ですらあなたのお眼鏡には適わないようですね。繰り返し騎士団長であるジェフリー卿に対して好意を示す言葉を口にされていますが、それも父や兄を慕うようにしか見えません。いや、断られることがわかっているから安心して言えるだけなのかもしれませんね」

「そうなのかな…あんまり意識しているわけではないのだけど」


ソフィアが首を傾げると、ダニエルは苦笑を浮かべながら馬を進めてソフィアの隣の位置に付けた。驚く程に近い距離で、耳元に囁くようにダニエルは話を続けた。


「私はソフィア様の実年齢を知っておりますので、受け入れられないのは当然だと理解はしています。あなた様が適齢期になる頃、私はすっかりおじさんでしょう。既におじさんの域に達していると言えないこともないですけどね。それでもソフィア様の姿に接していると、それすら忘れてしまうんですよ。こういう言葉を交わせば、なおさらそうした気持ちが強まってしまいますね。どうしようもなく惹かれてしまうのです。忘れようと努力した時期もありましたが、徒労に終わりました。今ではすっかり開き直ってしまいましたよ」

「そこで開き直られても…」

「私の気持ちなどソフィア様が気にする必要はありません。当たり前のように平然と受け流してくださって構わないのです。あなたを慕う大勢の中の一人だと笑ってください。あ、受け入れたいと思ったらいつでも歓迎ですけどね」

「私なんかにかかわっていないで、普通にお嫁さんになる人を探して幸せになればいいのに」

「それこそ大きなお世話と言うものです。自分の幸せは自分で決めますし、どう生きるかも自分で決めます。あなた様が自分の生き方を自分で決めたいと仰せになるのと同じことだと思いませんか? ご迷惑であれば感情を口にすることもやめますが、可能であれば止めないでいただきたい。せめてそれくらいは、恋に溺れた男を憐れんでください」

「なるほど。ダニエルが言いたいことは理解したわ。想いを口にすることも止めないけど、ソフィアの姿でいるときだけにして頂戴。さすがにサラ相手だと幼児性愛者(ロリコン)だと思われるわよ?」

「仰せのままに。愛しいソフィア様」


こうして開き直ったダニエルは、乙女の塔に到着するまで甘い言葉を囁き続けた。口から砂糖を吐きだしそうな気分になったソフィアは、乙女の塔に帰り着くと急いでゴーレムのサラと入れ替わった。


サラの姿に戻った途端、ダニエルは事前の約束に従って甘い言葉を囁くのをやめた。しかし、ゴーレムのソフィアが目の前にいるにもかかわらず、サラに向かって満面の微笑みを浮かべて意味深な視線を投げることはやめなかった。


『なんだろう…藪をつついてアナコンダが出てきちゃった感じがするよ。私はダニエルに好きな仕事に就いて、幸せに暮らして欲しかっただけなのに!』


しかし、サラの目から見ても今のダニエルは幸せそうにしているので、そのうち気が変わることを期待し、ひとまずはこのまま放っておくことにした。

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― 新着の感想 ―
ソフィアに対してどうにも恋心が止まらないのは仕方が無いと思いますが、それを心に秘めて仕事に徹していたらダニエルは好きなキャラになっていたと思います。 戦いの場ではソフィアと良い相棒になれそうだし。 ダ…
ダニエルも気持ち悪い
こういうの嬉しい人もいるだろうけど、個人的には雇ってる護衛がこちらにその気がないのに恋慕の情向けてきたら私なら切るな。 ダンスの時も思ったけど、業務中にそういう視線向けてきたり口説いて来るなんて言語道…
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