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女子力とイーグルアイ

図書館や実験室を見て回っているうちに、だいぶ時間が過ぎてしまったらしく、昼食の時間をイライザが知らせにきた。


「サラお嬢様、まだ塔の中は埃っぽいかと存じますので、本日の昼食は庭でお召し上がりになってはいかがでしょうか」

「お庭ですか?」

「はい。まだまだ手入れは必要ですが、先程下草を刈り込んで庭の方にテーブルと椅子をご用意いたしました」

「そうなのね。皆さんの分もあるのかしら?」

「はい。本邸のシェフたちから大量のピクニック用バスケットが届いております」

「気を使ってくれたのね。後でお礼を言わなくちゃね」

「もったいないお言葉でございます」


庭に出ると、木陰になっている部分にテーブルセットが用意されていた。手軽につまんで食べられるような食事が、山のように置かれている。


ゲストの6人は、サラやレベッカと同じテーブルで食事することに恐縮していたが、実際に食事を始めてみると意外に会話が弾み、自然とリラックスしていった。


「それにしても、パラケルススさんはこの塔で、随分いろいろな実験をされていたようですね。伯父様はパラケルススの資料は失われたと仰られていましたが、単に整理されていないだけなんじゃないかって気がしてきました」

「そうねサラさん。私もまったく同じ意見よ。もう一度仕分け作業をやらないといけなくなった気がするわ」


サラとレベッカは顔を見合わせてため息をついた。そこにアリシアがすかさず口を挟む。


「よろしければ資料や標本などの整理を私にお任せ願えませんか?」

「アリシアさんに?」

「はい。ここは錬金術師にとって楽園です。私はここに住み込んでパラケルスス師の研究を引き継ぎたいです!」


しかし、これにはテオフラストスが反対した。


「なんだとアリシア! 住み込みなど絶対に許さんぞ」

「お父さんは羨ましいだけでしょ!」

「たしかに、物凄く羨ましいが、それとこれとは話が違う。こんな広い塔にお前だけ住むつもりか」


『そうか、物凄く羨ましいのか…』


ところがアメリアとテレサがアリシアを応援し始めた。


「お一人なのがダメということでしたら、私もこちらに住まわせていただいてもよろしいでしょうか。もちろん、アレクサンダー師から許可を頂ければですが」

「え、アメリアもここに? あ、いや、それはどうかな」

「でしたら私もここに住み込みで働きます。うちの工房はここから馬車で30分くらいなので通えますし、設置した蒸留釜のメンテナンスもできます」

「おい、テレサ! お前の母さんはどうするんだよ」

「母さんは一人でも大丈夫よ。この前も若い冒険者とデートしてたし?」


『え、モテモテの未亡人ってこと? その話詳しく聞きたいぞ』


なんか女性陣はとってもやる気がみなぎっているようだ。正直なところ、サラも図書館を見てから興奮がおさまらないので、その気持ちは良くわかる。


「まだ掃除も終わっていませんし、リネン類などの用意も全然足りていません。住めるようになるには時間がかかると思いますが大丈夫ですか?」

「大丈夫です。私たちにも用意する時間は必要ですし、食事や洗濯など必要なことは自分でできます。それに身の回りの必要なものは自宅から持ち込みますので、ご心配には及びません」

「うーーーん。ひとまず私が勝手に許可できることではないので、一度伯父様か祖父様に確認してみることにします」

「「「承知いたしました」」」


食事が一段落したところで、アリシアがサラに尋ねた。


「ところでサラお嬢様は、何を蒸留される予定なのでしょう?」

「いくつか考えてはいるのですけど、まず最初はエルマ酒を蒸留してみようかと」

「えっ! お酒を蒸留するのですか?」

「はい。私は新しいお酒を造りたいのです」


これにはレベッカ以外のメンバーが全員驚いた表情をした。


「やっぱり驚きますよね。私もサラさんから聞いた時には、かなり驚きましたもの。正直申し上げれば、その新しいお酒というものについても私は半信半疑なのです」


話を聞いたことがあるレベッカですらこの反応だ。


「蒸留することで酒精を高めた後、数年かけて熟成させたいのです。きっと私がお酒を飲める頃になったら、美味しく頂けると思うのです」

「はぁ…」


『そりゃ蒸留酒に触れたことなかったら、そういう反応になるよねぇ』


「しかし、酒の蒸留ということであれば、薬師の領分かもしれませんね」


と、アレクサンダーが口を挟んだ。その隣でアメリアも頷いている。


「薬師の方々はお酒を蒸留されるのですか?」

「はい。蒸留によって酒精を高めたものを薬として使うことは一般的ですね」

「あぁなるほど」

「サラお嬢様は、ご存じなのですか?」

「傷口に掛けて消毒などに利用されるのかと思ったのですが、違いますか?」

「仰る通りですが、他にも数種の薬草を漬け込んで薬酒を作ることもございます。じつは薬酒はアメリアの得意分野なんです」

「そ、そんな得意というほどでは…」


『そういえば昔はジンを薬として飲んでたって聞いたことあるな』


「アメリアさんは、どんな薬酒を造っていらっしゃるのですか?」

「疲労回復に役立つものや、ご婦人向けには冷えの症状の改善につながるものなどをいくつか」

「それは素晴らしいですね。もしかして、お酒を使わないハーブティーなどもお作りになられます?」

「はい。いくつかは」

「ハーブティには美容に良いものもありますよね」

「そうですねぇ。血行を良くし、むくみを取るなどはありますね。後は美肌効果があるものもありますし」


と、サラとアメリアの発言に、女性陣が一斉に注目し始めた。近くに控えているメイドたちが全員傾聴している様子が伝わってくる。


『メイドさんたちの目線が地味に怖いっ!』


「よろしければ、アメリアさんは、こちらで女性向けの美容製品開発を研究していただけませんか?」

「美容ですか?」

「薬師の方々は男性ばかりですので、女性向けの製品が少ない気がするのです」

「ですが、私は薬師として美しさよりも、人を癒す研究をしたいのです」


『あ、メイドさんたちがっかりしてるよ!』


「アメリアさんの高い志は理解しました。ですが、私は女性の美は"健康"によって作られるものだと思っております。疲れを癒し、質の良い睡眠をとり、身体に良い食事を()らなければ、肌を美しく輝かせることはできませんし、体型を維持することもできないのではないでしょうか。それにご婦人特有の病気などは男性の薬師の方には相談しにくいものですし…」

「確かにサラお嬢様の仰る通りかもしれません! 私はこれまで、女性であることを少なからず悔しいと感じておりました。アカデミーに通うこともできず、薬師ギルドに登録することもできません。ですが、女性である私だからこそできる道があることを、サラお嬢様は示してくださるのですね」


アメリアは感激したように目を潤ませ、拝むようにサラを見つめている。ふと横を見ると、アリシアとテレサも同じような目をして、小声でぶつぶつと何か言っている。


「女性だからできることもあるんだ…」

「私にも男と同じ仕事はできる…ううん、()だからできる仕事がある」


『いやぁぁぁ、そんな高尚なこと考えてないよぉ。単にお金になりそうな気がしただけなんだよぉぉ』


サラの良心がチクリと痛んだ。しかし、傍らに控えているメイドたちが獲物を狙う鷲の目をしているのを見て、心がスンと静まった。


『あ、うん。これ絶対お金になるわ』

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― 新着の感想 ―
養命酒か?
[良い点] 32話の感想関係ないですし上から目線かも知れませんがこれまでの話だけで書籍化、コミック化する日も近いですね!!!!面白すぎる!! [気になる点] いやもうその話が来ているのでは?
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