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実は美人だった

アメリアがスケッチを終えて乙女の塔に戻ってくると、塔には不思議な雰囲気が漂っていた。塔の1階にある玄関ホールにまで、複数の女性の笑い声が聞こえてくる。


ひとまずアメリアは3階にある自分専用の実験室兼執務室に入ってスケッチを置き、そのままソファに座って一休みした。


『きっとサラが私のために呼んでくれた方々だよね…。でも、私はサラやレベッカ先生と違って平凡だし、背は低いし…それに胸……小さい……』


アメリアはため息をついて立ち上がり、机の引き出しに入れてあった小さな手鏡を取り出した。


鏡に映ったアメリアは、花園に居る時間が長いせいで日焼けしており、大きいが少し垂れ気味の目は眠そうに見える。髪は明るい栗色、瞳はヘーゼルだ。鼻筋は通っているが全体に小振りで、やや下唇の方が厚みのある口許には小さな黒子がある。


『可愛いって言われることはあっても、美人って言われる顔じゃないよね。』


アメリアは手鏡をサイドテーブルの上に置き、再びソファに深く腰掛けてゆったり休んだ。


暫くするとトマシーナがアメリアを部屋まで呼びにきたため、アメリアは外で作業していたままの服装で移動することにした。どうやら同じフロアの空き部屋にたくさん人が集まっているらしい。


3階の一番大きな空き部屋は、サラの号令の下で大きく様変わりしていた。トルソーが6体並べてあり、それぞれに比較的カジュアルなドレスが着せられている。広めのテーブルの上にはさまざまな服地が並べられ、他にもリボンやレースが置かれている。


この世界ではとても貴重な大きな鏡も、サラは魔法であっさり製作してしまった。壁一面に鏡が並べられているほか、背後を見るため可動式の姿見も用意してある。


着替え用の衝立も置かれているのは、デザイナーが男性であるためだが、その陰にはパニエなどの下着類も用意されていた。


また、ゆったりと座って検討するための椅子が並べられており、厨房では軽食やお茶などの準備も行われているのだという。


「来たわね、アメリア。スケッチは終わったの?」

「終わりました」


さすがに人目があるため、アメリアもサラに対して敬語で話しかける。


「あなたの部屋に置いてあるのかしら?」

「いえ、先程トマシーナが私を呼びに来たため、これまでの原稿と一緒に彼女に渡しました。既に査読に入っていると思います」

「仕事が早くて何よりね。それじゃぁ、ゴーレムたちが仕事している間に、こちらもきっちり仕事しましょうかしらね」


サラはにっこりとアメリアに微笑むと、パンパンと手を叩いた。最初に歩み寄ったのは本邸の服飾担当のメイドとクロエだ。


「まずはアメリア様をどのようなイメージに仕上げるかを決めませんと」

「あら、彼女は薬師なのだから知的であることが大事。でも、人を癒す聖女的な雰囲気もあるべきよ。ってアメリア! あなた日焼けしているじゃない。ちゃんと帽子を被ってた?」

「あ、いえ…被っていきませんでした」

「それは絶対ダメ。サラ! 治癒魔法で何とかならない?」


クロエがサラに無茶振りをする。


「えー、治癒魔法ってそういう使い方するものじゃないと思うんだけど」

「サラったら何を言ってるのよ。日焼けは肌が軽く火傷しているようなものじゃない。正常な状態に戻すなら治癒でしょ!」

「ん? いま、クロエすごく良いこと言ったかも。というか恐ろしく核心的なこと言った。ううん、革新的の方かも」

「どういうこと?」


サラはアメリアに近づき、まずは日焼けしていた両手に治癒魔法を試みた。両手が白く輝き、光が消えた後には傷ひとつない白く美しい手になった。両手への治癒魔法に成功したサラは、そのままアメリアの顔にも治癒魔法をかけていく。


「やっぱりそうだ」


確信に満ちたサラの呟きから、その場に居た全員がアメリアの肌に注目した。そこには白く透明感があり、ハリと潤いに満ちた美しい肌を持つアメリアが立っている。


「クロエ、あなたすごいわ。私の治癒魔法でアンチエイジングが可能になったみたい」

「アンチエイジング?」

「お肌を若返らせる魔法って言えばわかるかな?」

「若返るの?」

「うーん。『本来あるべき理想的な状態に戻す』という治癒魔法の特性を、肌にも応用した感じ。顔の造形を変えたりすることはできないけど、肌のハリや潤いを取り戻して、シワやシミを消すことができると思う」

「なんですって!!!!」


一斉に女性たちのイーグルアイが発動した。


「あ、みんな怖い目で見ないで頂戴。まだきちんとした検証は終わってないし、今日の目的はアメリアでしょう?」


するとアメリアが口を挟んだ。


「サラお嬢様。それは残酷ですわ。お見せしてしまったのですから、先にきちんと説明して差し上げてください。それに、私自身も化粧品を作っている薬師なんですから気になって仕方ありません」

「仕方ない。えーっと今日のゲストで一番年上なのは誰かしら?」

「それは私だろうね」


背後から豪快な声が聞こえてきた。女性たちの集落のまとめ役であるヘレンが立っていた。どうやら女性たちを引き連れて駆けつけてくれたらしい。相変わらず少し足を引きずるようにして歩いている。


最初に出会った時はソフィアの姿をしていたが、既に乙女の塔で何度かサラとしても会っているため顔見知りである。


「ではヘレンさん、こちらにいらしてください。ついでにそろそろ足にも治癒魔法をかけませんか?」

「私の足は怪我をしてから何年も経つからね、治癒魔法をかけても治らないさ。私なんかのために魔力を使うべきじゃないって言ってるじゃないか」

「今回は『若返り』の実験でもあるので、その一環として受けてもらえませんか?」

「ふむ…そういうことなら有難く受けるよ。だけど、治らなくてもそれはサラお嬢様のせいじゃないからね」


どうやらヘレンは治癒魔法で治らなかったときに、サラが傷つくことを心配しているらしい。


「わかりました。治らなかったらごめんなさいね」


サラは光属性と水属性の魔法を織り交ぜ、まずはヘレンの身体の状態を確認していく。彼女の足には古い骨折が不自然な形で固まってしまった箇所があり、かつて火傷を負った肌はケロイド状になっていた。また、怪我をした足を庇うため他の部分にも負荷が掛かっており、特に腰は酷い状態であった。おそらく酷い腰痛もあるはずだ。


ヘレンの身体の状態を確認し終えると、サラはそのまま光属性の治癒魔法をかけていく。先程のアメリアに比べると、20倍から30倍くらいの魔力を注いでいるが、サラにとってこの程度は誤差である。


治癒魔法の光が収まると、そこには美しい女性が立っていた。顔立ちは間違いなくヘレンなのだが、肌が変わっただけでこれほど若々しくなるとは予想外であった。


「ヘレンさんって美人ですね」

「そうかい? これでも若い頃はモテモテだったんだよ」

「鏡の方に振り向いて、今のご自身の姿をご覧ください」


サラに言われ、ヘレンは鏡が並べられた壁の方にゆっくりと振り向いた。そして自分の姿を見た瞬間、そのまま固まった。当然だが周囲も驚愕している。


「な、なんてこったい。結婚した頃の私だよ!」

「残念ですけど、それは大袈裟です。若返っているのはお肌だけですから。ただ、肌が若返ると印象が全然違うのは確かですね」

「だけど、立ち姿まで全然違うように見えるよ?」

「それは足と腰を修復したからですね。火傷の痕も治ってるはずなので、後で衝立の後ろに行って確認してみてください。まずは、試しに歩いてもらえますか?」


実はおまけで痛んだ髪も修復しているのだが、そこまで説明はしなかった。


「サラお嬢様…どうしたらいいんだろう」

「どうかされました?」

「まったく痛くないんだよ。足も腰も…」

「それは良かったです。治癒魔法が成功して何よりです」

「ありがとう。まさかこんな日が来るとは思わなかった。本当にありがとうございます…」


ヘレンはボロボロとその場で泣き崩れた。以前に聞いた話では、ヘレンは15年も前に怪我をしており、それからずっと足を引きずるように生きてきたらしい。その痛みや醜い火傷の痕が綺麗に消えてしまったのだ。


近くに居た集落の女性たちはヘレンの肩を叩いて一緒に喜び、それほど親しくないはずのメイドたちもヘレンの回復を喜んで微笑んでいた。


そして、その感動が一段落したところでクロエがサラに尋ねた。


「ねぇ、あの治癒魔法って誰でも使えるの?」

「実は光属性の治癒魔法だけじゃなく、ちょっとだけ水属性の魔法も混ぜてるから、両方の魔法を発現してないと無理かな。それときちんとお肌の状態を構造からイメージできないと難しいから、お勉強しないと使えないんじゃないかな」

「アリシア先生の授業を受けたから私にもわかることがあるわ」

「何となく言いたいことはわかるけど、クロエ自身がきちんと説明してくれるかな?」

「魔法の発現は厳しくても、魔法陣があれば光属性と水属性の魔法を発動することはできると思うの。だからお肌の状態を構造からイメージできる勉強をすれば、私でも魔石と魔法陣を使ってやれるはず!」


『うーん。ほぼ正解だなぁ。クロエ賢い』


「実はね、治癒魔法を使う前、私は水属性の魔法でその人の身体の状態を確認する魔法を使ってるの。その上で最適な状態をイメージする必要があるから、習得するのは肌の構造だけだと足りないと思う。たぶんアメリアやリヒトから授業を受けるべきね」

「うぇ…。お勉強かぁ」

「だけど、魔法陣を描けるなら魔法は発動可能よ。もちろん魔石も必要だけど」


なお、後ろで聞いていたアメリアとアリシアは視線を合わせ、お互いの知識を教え合うことをアイコンタクトで確認していた。


本邸で働くメイドの一人が声をあげた。


「人体や肌についての勉強や、魔法陣についての勉強はどれくらい難しいのでしょうか?」

「その人が持つ知識や理解力によるとしか言えないわね。あなたもこの魔法を使いたいの?」

「もちろんです!」

「でも魔法を発現していないのであれば、高価な魔石も必要になるわ。用意できる?」

「それは…」


サラは暫し考えた。


『これは前世で言うところのエステに相当するのかな。でも治癒魔法って考えると、美容整形かもしれない。だとすればヒポクラテスの誓いに従って、技術は隠匿せずに公開すべきね。実践できる人はほとんど居ないだろうけど』


「魔法陣の方は秘匿するかもしれないけど、治癒魔法や前提知識については書籍にして公開するわ。そうすれば施術できる治癒魔法の使い手が現れるかもしれない」

「え、公開しちゃうの?」


クロエが驚いてサラに問い質した。


「医療に近い話だし、出来る人が増えた方が良いでしょ」

「独占して高いお金を取るとか考えないの?」

「それさ、私が出張(でば)ってお金持ちを若返らせるってことよね? そんな面倒なことしたくないわよ。出来る人を増やした方が前向きじゃない。それに、肌を魔法で若返らせたとしても、きちんと手入れをしなきゃ維持できないわ。美容意識の高い人だったらソフィア商会の化粧品買うはず。結果的に商会にお金が落ちることになるでしょ」

「なるほどね」


クロエがサラに頷いた。しかし、周囲の女性たちは酷く残念な表情をしている。


「他の人が使えるようになるのっていつなんでしょう。そもそも使える人が出てくるんでしょうか…」


見れば先程のメイドが嘆いており、近くに控えているメイドたちも頷いていた。


「もう仕方ないなぁ…。後で魔法掛けてあげるから、いまはアメリアのために頑張って頂戴」


なお、サラはこの安請け合いを激しく後悔することになる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ヒポクラテスの誓いは技術は仲間内には公開するが外部には公開してはいけないはず
[一言] 女性の美容へのこだわりと、男性の頭髪へのこだわりはへたすれば戦争レベルだから、かるくみたらいかんでしょ。 ということで毛髪再生の魔法と、育毛・養毛剤の開発で、そっち方面気にしてる相手にいろい…
[良い点] クロエなら、クロエならやってくれるはず!美意識の高さでお勉強も捗るだろうねw 広告塔として輝くのか、自ら美の追求者として名を馳せるのか。
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