娘と妹弟子と助手と好奇心
グランチェスター侯爵の急襲によって、サラ、レベッカ、執務室メイドたちの予定が白紙になった。
サラとレベッカの2人だけであれば、なんらかの授業を行えばいいと思うのだが、執務室メイドたちの時間は非常にもったいない。本邸の仕事はすでに別のメイドたちに割り振られているため、戻っても単純な作業を手伝うくらいしかできない。
「レベッカ先生、せっかくですしメイドさんたちと一緒に、パラケルススの実験室を見てみません? おそらく資料はたっぷりあるでしょうし、絶対に掃除は必要ですよね」
「面白そうですね。もしかしたら勉強の役に立つ資料もあるかもしれませんね。どうせなら、一緒にお仕事する予定の方々にも声を掛けてみましょう。錬金術師、薬師、鍛冶師の方たちでしたっけ」
実はレベッカは、子供のころから探検が大好きだった。伝説の錬金術師の実験室など、探検先としては最高ではないか。そして、専門知識をもった仲間がいる方が探検がより楽しくなりそうだと考えたレベッカは、参加者を増やすことを提案した。
「貴族から急な誘いだと断れなくて迷惑になったりしませんか?」
「無理しないで良いってことも一緒に伝えてもらえば大丈夫よ」
「予定が空いているといいですね」
「そうね」
さっそくサラは、3名の女性に向けてお誘いの手紙をしたため、届けてもらうことにした。
「サラお嬢様。長く使われていないお部屋ですので、動きやすい服にお召し替えになられた方が宜しいかと」とマリアが着替えを提案すると、レベッカも頷いて自分も着替えてくると部屋に戻っていった。その間、執務メイドたちも掃除のための支度と、書類を整理する空箱の用意を始めるという。
サラが簡素なワンピースの上にフリルのついたエプロンを付けて玄関前に戻ると、既に着替えが終わったレベッカが待っていた。レベッカもシンプルなドレスとエプロンを着用している。
玄関を出ようとしたところで執事に呼び止められ、サラを訪ねて6名の登城がある旨が告げられた。
「6名ですか? お呼びしたのは3名なのですが」
「それぞれ保護者の方が同伴されるそうです」
「なるほど。確かに初めての登城でしたら保護者同伴も不思議ではありませんね。では到着したらパラケルススの実験室までお越しいただくよう、手配をお願いいたします」
「かしこまりました」
専門知識を持った人は多い方が整理も捗るだろうと判断し、サラは6名の登城を認めた。
『それにしても保護者の方々は仕事忙しくなかったのかなぁ。やっぱり貴族の呼び出しでビビらせちゃった?』
パラケルススの実験室は本邸からかなり離れた塔の中にあった。やや先細りになっている方形の塔は五階建てで、グランチェスター城の中では比較的低い塔だ。しかし敷地面積は広く、内部には小さい部屋がいくつもあるという。
最上階は物見用に四方に壁がない吹き曝しのフロアとなっている。かなり古い時代に建てられた塔らしく、煉瓦造りであるにもかかわらず、絡まった蔦のせいで全体に茶色がかった緑色に見える。
サラとレベッカは塔まで馬車で移動し、メイドたちと掃除道具、空箱、お茶道具など必要なものを乗せた荷馬車が後を追った。
『まさか城内を馬車で10分走らないと到着しないとは思わなかったわ』
塔に到着し、カギをレベッカから渡されたメイドが扉を開けようとしたところで、ガタガタと勢いよく幌のついた荷馬車が塔の車寄せに入ってきた。
「あら、あれはテオフラストスさんですね。随分早いお越しですね」
御者を務めていたのは、先日執務棟の会議室で会った錬金術師ギルドのテオフラストスだった。その隣に座っているマッチョな男性は、おそらく鍛冶師の同伴者だろう。メイドたちの荷馬車の後ろに停車すると、荷台からもゾロゾロと人が降りてきた。
「こんにちは。テオフラストスさん、アレクサンダーさん。他の方のお名前を教えていただけますか?」
まずテオフラストスが前に出て3名を紹介する。
「サラお嬢様、この度は娘たちをお呼びくださり誠にありがとうございます。こちらが娘のアリシアと鍛冶師のテレサです。隣の無骨な男はテレサの兄弟子だったフランですが、こちらの蒸留釜を作った鍛冶師の曾孫にあたります」
「まぁそんな繋がりがあったのですね」
アリシアとテレサは同じ年の17歳で幼馴染。テレサの兄弟子であるフランは5歳年上の22歳で、親方であったテレサの父が亡くなった後、別の鍛冶師の元で働いているという。自分の工房を持つべく、必死に貯金しているところなのだそうだ。
次にアレクサンダーが進みでて自分の弟子を紹介した。
「こちらが私の元で助手をしているアメリアです。今年で19歳になります」
サラは彼らに向かって「みなさまはじめまして。サラ・グランチェスターです。今後ともよろしくお願いいたします」と優雅なカーテシーで挨拶した。
「それにしても皆様、私が急遽お呼びしたことはご迷惑でしたでしょうか。まさか保護者同伴でお越しになるとは思わず、貴族が居丈高に命令したかのように思われたのではないかと心配で」
「お気になさらないでください。お話を頂いてからというもの、私とテレサはいつお呼びいただけるかと、毎日ソワソワしてお待ちしておりました」
「はい。何を置いても即座にお伺いするつもりでした。
同伴者も必要ないと言ったのですが、フランが自分も連れていけとうるさくて」
「それはうちの父も同じです。一人でも大丈夫ですのに『パラケルススの実験室をこの目で見る』と騒ぐものですから」
アリシアとテレサが答えると、テオフラストスとフランが横で慌て始めた。
「そこまでは言ってないぞ、アリシア!」
「オレもテレサが心配だっただけで」
くすくすと女性陣が笑っていると、アレクサンダーも答えた。
「実は私も好奇心が押さえられずにアメリアに同行してしまいました。パラケルスス師は薬学でも功績を残された方ですので」
「サラ様からのお呼びは、心の底から嬉しく思っております。実はアレクサンダー様は、いつお城からお呼びがかかっても良いようにと、新しいローブまで用意してくださったのです。本当に感謝の念しかございません」
「そう言っていただけるのは私も光栄ですが…どうしましょう、何年も使っていない部屋ですので、新しいローブを汚してしまうかもしれません」
すると、アレクサンダーがにっこりと笑いながら「大丈夫です。また新しいローブを買い与えますのでご心配なさらず」と答えた。
『なんかこの二人、師匠と弟子にしちゃ妙に距離が近くないか?』
などと余計な勘繰りをしつつ塔の扉に向かった。なお不便なので塔に名前を付けて欲しいと乞われたサラは、「実験室のある塔」なのだから「実験塔」と提案したところ、全員に反対されたため、「少し考える時間をください」と言葉を濁した。




