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令嬢は振り返る

『異世界転生かぁ』


ベッドに横になったサラは、ゆるゆると前世のことや現世で自分を取り巻く状況を振り返っていた。


サラの前世は宇野更紗という、三十路の半ば近い女性だった。商社勤務のバリキャリで、仕事が大変に面白かった。その結果、ついつい恋愛が後回しとなり、結婚どころか彼氏すら何年もご無沙汰であった。


海外出張から戻り、空港から自宅に向かってタクシーに乗ったところ、交通事故に巻き込まれてしまった……と思うのだが、死ぬ前後の記憶は曖昧でしっかりとは思いだせない。


『美味しいって評判のワイン買ったから、家でゆっくり飲むつもりだったのになぁ。高かったのに残念』


死ぬ間際の記憶を探っても、どうでもいいことしか浮かんでこない。他にもいろいろあったはずなのだが、『翌日の会議の資料をまだ作ってなかったなぁ』など仕事関係のことしか浮かんでこないのだ。


決してブラック企業ではなかった。上司からはたびたび有給休暇を取るよう注意されていたが、つい仕事が楽しくて取るのを忘れてしまうのだ。更紗がワーカホリックだっただけだ。


プライベートで思いだせるのは、買ったばかりの2LDKマンションを休日にぴかぴかに掃除し、ちょっとだけ手をかけた料理を作り、美味しいお酒と一緒に食べたことだった。"おひとり様で!"


趣味といえるのは、飛行機の移動中や仕事の休憩の時に電子書籍やネット小説を読むことくらいで、お世辞にも友達が多いとは言えない。ほんの少しだけ酒好きだったかもしれないが、浴びるほど呑むというわけでもない。

そういう意味では、仕事が一番の趣味だったと言えるかもしれない。


それに、更紗と同世代の友人たちの大半は家庭持ちで、休日を一緒に過ごす機会はあまりなかった。


『まぁ少しずつ思いだせるでしょ』


これ以上考えても、どんどん自分が寂しいヤツに思えてしまえそうなので、ひとまず現世のことを整理することにした。



----------


サラは現在8歳。グランチェスター侯爵家の三男アーサーと商家の娘アデリアとの間に生まれた一人娘だ。


両親は身分違いの恋に落ち、結婚を反対されて駆け落ちした。二人は国境に近い小さな町に落ち着き、よろず屋のような商店を開業した。それほど裕福ではないが、親子3人そこそこ幸せに暮らしていた。


ところがサラが7歳の頃、商品を仕入れに行った父が事故で亡くなった。仕入れのため店にあった現金の大半を所持した状態で事故にあったため、アデリアとサラの母娘は一家の大黒柱と多くの資産を一度に失ってしまったのだ。こうした事故では、所持金や所持品が戻ることはほぼない。


アデリアは気丈に振舞っていたが、現金も商品もない状態では店を手放さざるを得なかった。生活のため早朝から近所のパン屋で働くようになったが、給金は雀の涙程度で、家に帰れば夜遅くまで内職する日々だった。


毎日の食事にも事欠くようになり、夕食は具のほとんど浮いていない塩味のスープと売れ残りのパンがあれば良い方だった。そんな無茶な生活はアデリアの身体を蝕み、半年後には夫の後を追うように息を引き取った。


自分の死期を悟ったアデリアは、亡くなる直前に義父であるグランチェスター侯爵にサラを託す手紙を送っていた。アデリアが亡くなった3日後にやってきた侯爵は、食べる物すら無く呆然とベッドにいるサラを王都の屋敷へと連れ帰った。さすがに孫を飢死させるのは寝覚めが悪かったのだろう。これがおよそ半年前の出来事である。


王都のグランチェスター邸には、グランチェスター侯爵だけでなく、長男のエドワード小侯爵とその妻子も一緒に暮らしていた。侯爵夫人はサラが生まれるよりも前に亡くなっており、侯爵は後妻を迎えていない。


つまりサラはいきなり、祖父、伯父、伯母、従兄妹が暮らす家に引き取られたのだ。なお侯爵の次男は領地の代官を務めており、王都の邸には住んでいない。


『伯父様と伯母様は貴族至上主義って感じね。祖父様の前ではいい人ぶってるけど、見ていないところでは"平民は品がない"だの"平民は学がない"だの酷いことをいっぱい言ってくれたなぁ』


当然そんな親に育てられる従兄妹たちがサラを馬鹿にしてイジメるのは、自然な流れと言えるだろう。


サラの前世は日本人なので、"身分"を意識するという機会はほとんどなかった。皇族がいることは知っているが、彼らは遠い存在であり、たまにテレビや雑誌で見る人といったイメージだ。


仕事柄、海外の王族や貴族と交渉する機会もあったが、現代の地球において絶対王政の国家は少数派である。ビジネスの場で接する彼らの多くは、大企業の経営者のようなメンタリティを持っていたように思う。自国を一つの大きな企業のように捉えており、外貨を稼ぎ、国を富ませ、国民を愛していた。

また、そうした王族や貴族は、国によって文化が異なることを熟知していた。取引先である他国の人間に対し、身分を乱用した傍若無人な振る舞いをすることはあまりない。


いわゆる"セレブな方々"にイヤな思いをさせられたことも無いわけではなかった。しかし、そうした横暴な振る舞いをする人の大半は、せいぜい数代前にお金持ちになったばかりの成金で、自分が偉いと勘違いしちゃった人だった。

そういうイヤなヤツは、いろいろな人に迷惑をかけているため、SNSで大炎上することも少なくない。ネット社会は怖いなぁと思いつつも、自分を罵倒した財閥のご令嬢が謝罪会見をしているのを見たら、胸がスッとしたものである。


ところが、今世で侯爵家の血縁として生まれてしまったサラは、権威主義にどっぷり浸かった貴族社会の洗礼を今まさに受けている状態である。母親が平民であるため、伯父伯母や従兄妹たちからしてみれば劣った血統を持つ子供として蔑む対象であり、従兄妹たちはことあるごとにサラをイジメていた。


周囲の使用人たちも、それが当然のように受け止めており、よほどのことがない限り止めることはない。


『尊いお貴族様なんだし、平民なんて放っておいてくれればいいのに』


世の中は、そうそううまくいかないものである。それは異世界でも同じらしい。

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