巻き込まれた乙女たち
「それとね、あなたたちには謝らないといけないことがあるの」
「どういうこと?」
サラがポツリと呟くと、心配そうにアリシアが覗き込んだ。
「ゴーレムが目立ちすぎてるせいで、多分貴族たちから目を付けられてる」
「まぁ、予想できたことだよね」
「だけど、私はゴーレムを販売する気はないし、貸し出しをする予定もないの。実は祖父様から領の治安維持に協力して欲しいっていう依頼も断ったの」
これには乙女たちが全員驚いた。
「てっきりグランチェスター領には協力すると思ってた」
「え、なんで?」
「そんなことして大丈夫なんですか?」
サラはハーブティを飲み干し、空になったカップをテーブルの上に戻した。
「あんまり大丈夫じゃないから謝ってる感じかなぁ。祖父様でさえ、私に対してかなり高圧的だったから、領主にとってはそれくらい魅力的なんだと思う。そうなれば他領や下手したら国が黙っていないと思うの」
「なんか大事になってるみたいね」
「まだ大丈夫だけど、これから大事になるんじゃないかって思う。でも全部断るつもりなの」
「待って、もしかして国王陛下からの命令でも?」
「うん」
「サラ、あなた反逆罪に問われるかもしれないわよ? そうなったら一族全員道連れで処刑よ?」
「うーん。幼い女の子相手に王様がおねだりして、断られたら一族処刑? そんな王様が支配してる国には居たくないから出奔しても良いかなって考えたんだけど、そうなったら残された人たちが酷いことになりそうでしょ? 特にアリシアとかリヒトとかテオフラストスさんとか」
「そうだね。強引にゴーレムを製造させようとするよね。仮にゴーレムの製造に成功したとしても、マギがないからうちの子たちみたいな行動はとれないから、またクレームが来ることになるはず」
「サラぁ、なんか凄くおっかないこと言われてるみたいなんだけど」
アリシアが泣きそうな顔をしてサラを問い詰めた。
「うん。いま、すごく不穏な状態なのは確かね。実際、ソフィア商会にゴーレムを売って欲しいという手紙はうんざりするほど来てるもの」
「ひぃ」
「考えてもみてよ。ゴーレム一体作るのに、どれくらい資金が必要になると思う? しかも、それで手に入れたとしてもマギが無いから、出荷時に教えた以上のことをどれだけ学習できるかは、ユニットの中にある魔石の大きさ次第になっちゃうのに」
「稼働させるのにも魔力が必要ですが、サラお嬢様が10日寝ていただけで、ため込んでいた魔石の2割以上を消費しましたよ」
「自慢じゃないけど、私の魔力は他人と比べるのを憚るくらいの量なのよ。他の人が私と同じくらいのレベルでゴーレムを管理して運用できるとはまったく思えないの」
「そうでしょうね」
「だとしたら次に待っているのは私の囲い込みでしょうね。下手をすれば幽閉されて魔石に魔力を補充し続ける人生よ?」
「あー、権力者はやりそうだけど、サラが大人しく幽閉されるとか全く想像できない」
「自分でもそう思うよ。というかね、女の子にそんな無理強いしなきゃ守れない国なんて滅びるべくして滅びるわよ」
乙女たちの発言を黙って横で聞きつつ、静かにお代わりのハーブティを淹れていたマリアは、サラに向かってにっこりと微笑んだ。
「マリア。なんか言いたそうにしてるけど」
「いえ、サラお嬢様だったら滅びるべくして滅びることなんか待たずに、ぷちっと国王陛下を潰してそうだなぁと思いまして。なんなら王城ごと」
「失礼ねぇ。いくら私でもそこまではしないと思うわ」
「本当に?」
「私は商人だもの。商人の威信をかけて国王を破産に追い込むに決まってるじゃない」
「それ、不幸なのは国民だと思いますけどねぇ」
「じゃぁ国民を守りつつ、国王だけを潰す方向で」
「……お嬢様、それは覇道を行かれると宣言しているようなものです」
マリアは呆れたような視線をサラに向けた。
「覇道ねぇ。でも私は王様とかやりたくないんだけど、誰かが代わりに統治してくれるなら考えてもいいかなぁ」
「サラ、もしかして私たちは完全に巻き込まれた?」
「だから謝らないといけないことがあるって言ったじゃない」
「まさか家族ごと巻き込んだとんでもないことだとは思ってなかったわ」
「本当にごめんなさい。でも、実際にはそんなに大事になる前に、交渉レベルで何とかできると思ってるわ」
「可能な限り平和的な解決を模索することを祈ってる」
「平穏な生活を送りたいです」
乙女たちも困惑したようにサラを見つめたが、だからといってサラと一緒に乙女として活動していることを否定するようなことは言わなかった。実際、彼女たちはサラに感謝こそすれ、後悔するようなことはまったくないのだ。
それに、本当に王室がグランチェスター領やソフィア商会に圧力をかけたりしているわけでもない。現段階では想像の域を超える話ではないのだ。
「アリシアはさ、ゴーレムたちに戦闘技術を教えるべきだと思う? 私はあの子たちに戦闘技術を教えることで、人に危害を加えるゴーレムになって欲しくなかったの」
「あー、サラ気持ちは理解できるんだけど……」
サラの質問に対して、アリシアは口ごもって微妙な表情を浮かべた。その様子から、サラはなんとなく状況を察していた。
「なんか凄くイヤな予感がするんだけど、もしかして手遅れ?」
「手遅れと言うより、最初からあの子たちには戦闘能力があるのよ」
「どういうこと?」
「元になった最初のゴーレムをサラが創ったときから、創造主であるサラを守るために戦闘能力を持っているの。おそらくサラはゴーレムを創るときに、守護者みたいな存在をイメージしたんじゃないかと思う」
「したかも…」
「戦えない守護者なんているわけないでしょう?」
「な、なるほど」
『なんてこった。私が自分でやらかしてたーーー』
ふとテレサが怪訝な顔をした。
「ねぇ、アリシア。あの変なダンスはなんで?」
「それは良くわかんない。たぶん、サラがゴーレムを創ったときに変なイメージが混ざりこんじゃったんだと思うんだけど、面白いから消さないでそのまま残しちゃった」
「ものすごく要らない機能だと思う。今からでも消そうよ」
どうやら、ドジョウ掬いが継承されている原因は、アリシアにあったらしい。
「えー、消したら子供たちがガッカリするよ? あのダンスは子供たちの間で大人気なんだから」
「聞いてはいたけど、改めて思い知らされた気分だわ」
『うーん…もしかして、更紗時代の部長のこと、潜在的に自分の守護者って思ってたのかなぁ? まぁ良い上司ではあったよね。宴会芸以外は!』
テレサはさらに質問を重ねた。
「ゴーレムに武器を持たせる気はないの?」
「今でも腰には警棒持たせてるよ。スイッチ式で魔力を必要としない機構を小さく作るのに凄く苦労したんだよね」
「じゃぁ彼らは棒術を使うってこと?」
「うーん。棒術っていうと長い棒で戦うイメージだけど、そこまで長くはならないんだよね。魔道具だから、相手にあてた状態でスイッチ入れると痺れるのよ」
「痺れる?」
テレサが首を捻った。
「詳しく説明してもテレサは理解できないかもしれない。元々はリヒトが考えてた仕組みを、サラと私で完成させたんだけど、要は小さな雷が警棒の先から出る感じなのよね」
「あー、凄く乾燥した冬に髪の毛逆立ったりするじゃない? あの時に、誰かに触るとピリってなったりするでしょ。あれの、もうちょっと強い感じ」
「え、待って。二人の言ってることの規模が違い過ぎてよくわかんない。雷と冬場にピリっとなるアレって同じ仕組みなわけ?」
「まぁ、概ねそうかな」
サラは静電気の仕組みをテレサに説明するのは難しそうだなと考えた。サラだって更紗の頃に授業でちょっと習っただけなので、それほど詳しいわけではない。ただ、物体が帯電して、他の物体との電位差が生じたら電流が流れると言うことを知ってるだけだ。雷の正体も静電気で、雲と地面に電位差があると雷が落ちると教師が言ってたような気がするという漠然とした知識である。
『いやぁ理論を形にしてくれるリヒトとアリシアに感謝だなぁ』
サラは理系な二人にしみじみと感謝しているが、アリシアにしてみれば、結果に結びつくかどうかもわからない研究に対して潤沢な資金を投入してくれるサラには感謝の気持ちしかない。おそらく今後は、リヒトも同じようになるだろう。
「それは確かに聞いてもわかんないかも。でも、なんか凄そう」
「ただね、うっかりすると相手の心臓が止まっちゃったりするんだよね」
「うわ、怖い。ナニソレ」
「普通は大丈夫なんだけど、たまにそういう事があるってだけよ。いまのところ、まだソフィア商会ではそういう事故は発生してないわ」
「今後も無いことを祈るよ。あ、でも私が言いたかったのはね、ゴーレムは凄く頭のいい子たちだから、相手を過剰に害することなく捕縛したりするには、きちんとした武術的な訓練をしたり、人間の身体の構造を教えておいた方が良いんじゃないかと思ったの。ほら、騎士や兵士だって未熟だとかえって相手を傷つけちゃったりするじゃない?」
アリシアとテレサのやり取りには、アメリアも意見を出した。
「人だけじゃなく、害獣や魔物の知識も教えた方が良いと思う。危険な地域で薬草を採取している人たちを護衛してあげて欲しいっていうのは難しい?」
サラは少し考えこんだ。アメリアの気持ちは理解できる。彼女が元々薬草採取で生計を立てていたことを知っているからだ。しかし、ゴーレムを護衛にすることにサラは難色を示す。
「経営者の視点で言うと、ゴーレムをそういう地域に派遣した場合、その費用って誰が負担すればいいのかなって考えちゃう。採取した薬草がものすごく高価なら採算も合うかもしれないけど、高い薬草ってそれほど沢山あるわけじゃないよね?」
「確かにそうね」
「それと、ゴーレムを派遣しちゃうとさ、ゴーレム自身が薬草を採取できちゃうんだよね。今いる薬草取りの方々の仕事を奪ってしまうことの方が心配かも。そういう意味では、狩人の人たちの仕事も奪いかねないのが気がかりね」
「そう考えると、ゴーレムの用途は慎重に検討しないといけないことばかりなのね」
「アメリアが理解してくれて嬉しいわ。でもね、たとえば高所しか自生していないとか、魔物の巣にしか生えていないような薬草を採取するような場合には、ゴーレムの派遣も検討するわ」
「そうですね。崖にある薬草を採るために転落死した人もいますから」
「乱用することなく、だけどちゃんと人の役に立つ運用って真剣に考えていくテーマになりそう」
サラは小さくため息をついた。
「でも、確かにゴーレムに戦い方を教える必要性については理解したわ。過剰防衛にならないように配慮しつつ相手を無力化するには、人体の構造や行動の理解と、武器の正しい使い方をマスターする必要があるってことね」
「もちろん防御も戦いの一部だから、今のゴーレムが間違っているわけじゃないよ。むしろ称賛されるべきだとも思うよ。けど、武器をつくる立場の人間から見ると、どうしてももどかしく見えちゃうんだよね」
「そっかぁ。そういえば、テレサ自身は剣術とかやってるの?」
「私は剣をつくるから剣術はちょっとだけ齧ってる。でもメインは棒術と槍術かな」
「へー、そうなんだ」
ふと、サラの頭に過るものがあった。
「ねぇねぇテレサ、こういう形の武器って作れるかな?」
サラは紙の上にU字型の金具に2メートルほどの棒がついた、刺又の絵を描いた。
「うーん?」
「この先っぽの部分で相手を押さえつけて動けなくするの。襲撃者を捕縛する時にあると便利かなって。剣を持ってる相手でも、剣より長い棒で押さえつけちゃう感じね。剣術に優れた騎士なんかには効かないだろうけど、素人に毛が生えたくらいの犯罪者だったら押さえ込めるはず」
「ははぁ。なるほどね。これなら簡単に作れると思うよ」
「ゴーレムに使わせるつもりではあるけど、人間でも使えると思うのよ。何本か作って、城内の使用人たちにも使い方を教えようかと」
「うん、これは良さそうな気がするね」
「女性が使う可能性もあるから、丈夫だけど軽いと嬉しいな」
「わかった考えてみるよ」
「うまくいけば騎士団にも売りこんじゃう」
「ははは。さすが商人だね」
刺又を提案したところで、サラは柄の長い武器をいくつか連想した。槍はこの国にもあるが、アレはどうにも自分が使うイメージは持てない。
『そういえば、三国志をテーマにしたゲームをやっている時に、関羽が持っていた青龍偃月刀はカッコよかったよなぁ。……でも、アレってちょっと薙刀っぽいよね』
サラは記憶にある青龍偃月刀のイラストを描き起こそうとしたが、相変わらずの画伯っぷりなので、謎の物体にしか見えない。仕方なく、サラは土属性の魔法をつかって、小さな青龍偃月刀のプロトタイプを作ってみた。
「ねぇねぇ。こんな武器は作れる? ゴーレムのじゃなくて私の武器なんだけど」
「これは槍? でも刀のようでもあるわね」
「多分、長刀の一種になるのかな。今の私の身体じゃ無理だけど、ソフィアの身体なら使えると思う」
「作れるとは思うけど、使ってるイメージがピンとこないなぁ。ところでこの足の生えた蛇みたいな生き物の装飾はなんですか?」
「その武器が生まれた国のドラゴンはそんな感じらしいわ」
「へー、そうなんだ。まぁ作ってみるよ。出来上がったら私と手合わせしてもらえると嬉しいな? 私は短槍を使うわ」
「是非!」