商品企画会議 6
リヒトが落ち着いたところで、サラは魔法でリヒトの腫れぼったい目を元に戻し、膝の上からすとんと降りた。防音魔法を解除して呼び鈴を鳴らすと、いくらも待たずにマリアとアメリアが部屋に戻ってくる。
「ねぇマリア、アリシアとテレサも呼んで、この後の話をしたいのだけど良いかしら?」
「承知しました。テレサさんは昨夜から塔のお部屋にいらっしゃいますので、それほどお待たせせずにお呼びできますよ」
「それはラッキーね。では、アリシアとテレサの朝食が終わる頃、私の部屋に来てもらって良いかしら。今日くらいまでは部屋で大人しくしておかないと、リヒト先生とアメリア先生に怒られそうだし」
「先程2、3日と言ったはずですよ?」
「せめて階下の図書館までは行かせて欲しいわ。集落の女性たちにも会いたいし」
「仕方ありませんねぇ。その代わり、必ずマリアさんと一緒に行動してくださいね。気分が悪くなったらすぐにベッドに戻ること」
「はぁい。アメリア先生」
次にサラはリヒトに目を遣った。
「ねぇリヒト。奥様と一緒には住まないなら、新しく研究施設を建てることになるんだけど、完成するまでは乙女の塔に滞在する? それとも最初に言ってたみたいに秘密の花園の地下室が良い?」
「実はこの塔の風呂にハマってるんだよね」
「あぁ、アリシアが給湯設備を作ったアレね。じゃぁ当分は客間に滞在ってことね」
「客室の浴室にあれ程大きなバスタブがあるとは思ってなかったよ。極楽だね」
「ふふふ。実は1階にはサウナと大浴場もあるんだよ。もうじき露天風呂も作ろうかと」
「な、なんだってぇぇぇ!!」
「だけど、ここは乙女の塔だから、さすがに共同浴室は男子禁制なんだよね」
「今までで一番ショックだ」
さすが元日本人。リヒトも風呂には相当のこだわりがあるようだ。
「確かにお風呂は気持ちいいですよねぇ」
「ですねぇ」
マリアとアメリアも頷きあっている。
「どうやら新しい錬金術師の実験施設を作ることになりそうだし、ついでに広いお風呂を作った方が良さそうだね」
「そうしてくれると嬉しいね」
「まぁそういう計画も、奥様とお話してからね」
「わかったよ。じゃぁオレは行ってくる」
「お家の人に見つかったらもみくちゃにされそうね」
「確かにそうだな。よし、ちょっと若作りしていくか」
「って少年の姿で行く気?」
「うん」
「服が大きすぎない?」
「大丈夫。空間収納に何着かあるから」
「さては慣れているわね?」
「はは。サラ程じゃないさ。馬はグランチェスター侯爵から借りてるから、さっさと行ってくるよ」
「わかったわ。気を付けてね」
リヒトはサラの部屋を後にすると、入れ替わるようにアリシアとテレサが入ってきた。
「いま、高祖父が出ていきましたが、もう身体は大丈夫なの?」
「さすがに、まだ2、3日は大人しくしてないとダメみたい。だから部屋まで呼んじゃったのだけど、迷惑じゃなかった?」
「サラに呼ばれて迷惑なわけないでしょう」
「え、アリシア、あんたいつからサラお嬢様とそんな口調で話すようになったの?」
「お友達になったし、サラの希望だったから。アメリアもそうよ」
「私の方はいまだに慣れなくて、ちょっとぎこちないかも」
困ったような顔でアメリアが微笑んだ。
「テレサもそうしてくれると嬉しいな。同じ乙女たちとしてお友達でいたいなって思ってる。それと、ソフィアの正体が私ってことは知ってる?」
「アリシアから聞いたけど、突拍子もないから…って本当なの!?」
サラはミケを呼び出して、さっとソフィアに変身してテレサに披露した。
「うーん。さすがに目の前で見せられると納得するしかないなぁ」
「マリア以外のメイドたちは正体を知らないから、すぐにサラに戻るね」
再びサラが8歳の姿に戻ると、乙女たちは全員ソファに座って会議を開始した。
「まずきちんと報告するね。私が寝込んでいる間もソフィア商会の商売は順調で、アリシアの作ったシュピールアは、ほぼ完売したわ。大型の物も大貴族が購入したのだけど、もう少し箱に装飾を施したものを追加で注文したいそうなの。他国の王族に嫁ぐ娘の嫁入り道具にしたいらしいのだけど、今のデザインだとシンプル過ぎるんですって」
「アリシア、あの箱は木箱じゃないとダメなの?」
「魔法陣を刻印できれば木製である必要はないけど、大型のシュピールアは、全部金属にしちゃうと重すぎると思うわ」
アリシアの発言に、アメリアが意見を述べた。
「だったら革張りにしたらどうですか? 中の方も天鵞絨を貼ってしまえば、魔法陣を隠すのにも役立ちますし。暗号化しているとはいえ、見えない方が良さそうな気がしますし」
「あぁ確かに綺麗かも」
だが、サラは頭の中で革張りになった箱を想像し、それはクライアントの意図からは逸れていると感じた。
「確かに革張りにすれば高級感は増すし、貴族用の商品としては良さそうに見えるけど、シンプル過ぎるから華やかにしたいという要望は叶えられてない気がする」
「あ、それなら革張りの箱の上から金属で装飾したらどう? 銀とか金で。なんなら宝石を使ってもいいよ?」
「この前のリップスティック容器みたいに?」
「もっと繊細で芸術的に、かな。さすがに私にはそこまでの技術はないけど、フランの友達にそういうのが得意な職人がいるの。私がリップスティック容器を作るときにも、相談に乗ってもらったんだ。その人、本当はアクセサリーとかの加工をしたいらしいんだけど、父親の工房が錬鉄の門とか装飾的な窓の格子とかが専門なんだよ」
「後継ぎなの?」
「ううん。次男だからそのうち独立するか、兄の下で働くんじゃないかな」
「それはとってもいい情報ね。是非とも芸術を追求する職人として独立してもらわないと。その人に、独立資金は全額ソフィア商会が出資しても良いって伝えてくれるかしら。何なら工房用の土地と建物も用意する」
「うひゃぁ、サラって太っ腹だ」
「先行投資ってやつよ。それに、小さな魔石を加工したアクセサリも検討してたから、タイミングはバッチリね。やる気があるならすぐにでも会いたいわ」
サラは手元の紙に、「貴金属加工の職人を確保する」と記載した。
「もちろんシュピールア以外も順調よ。アメリアの化粧品は、サンプルを配った3日後には注文が殺到したわ。ソフィア商会の職員たちは悲鳴を上げるくらいね」
「え、本当ですか?」
「こんなことで嘘はつかないわよ。ひとまず、ハンドクリームとリップクリームだけを一般販売することは公表したけど、化粧品部門の本格稼働はまだ先だと伝えてある。でも、あんまり待たせると貴族の女性たちが暴動を起こしかねないから、急がないとね」
「なんか信じられない展開です。私なんかの作ったものを貴族の方々が使うなんて」
アメリアは呆然としていた。
「アメリア、だめよ『私なんて』は禁止よ」
「あ、それは良いわね。私も気になってたのよ。アメリアって可愛いのに、自信なさげなんだもの」
サラの発言にアリシアも賛同し、横ではテレサもうんうんと頷いていた。
「そんな可愛くて優秀なアメリアさんのハーブティですけど、冗談抜きでとんでもなく売れてるわよ。狩猟大会に訪れた貴族の大半がお土産に買っていったから、特需と言えないこともないんだけど、お土産にもらった人が追加注文できるようにソフィア商会の連絡先のカードを箱の中に入れておいたから、きっと売れ筋商品になると思う」
「すごいねアメリアは」
「アリシアやテレサだってすごいじゃない」
「まぁねぇ」
「ふふふ」
乙女たちは自分たちの成功をお互いに褒め合っており、とても気分が良さそうである。
「あー、それとちょっと言い難いんだけど」
「なにかありました?」
「その…、花街の女性たちからクレームがきちゃって。男性を元気にするハーブティの効き目が良すぎて、しつこい客が増えたって…」
「えーっと…アメリアが優秀ってことだよね?」
「あれは貴族の男性が子作りをする際に服用することを想定して作ったのですが」
「さすがに購入された後は、お客様の判断になっちゃうからなぁ。ひとまず値段を上げようかなっておもってる。平民では買えないレベルにすれば、多少はマシになるかなって」
サラはセドリックから、コジモでもバッチリだったと聞いて頭を抱えたことを思い出した。しかし、アメリアは少々顔を曇らせた。
「だったら、あのハーブティは店頭から下げましょう。そして、必ず薬師が発行する処方箋が必須にするといいと思う」
「え、処方箋って薬扱いにするってこと?」
「現状でもギリギリのラインなの。あれ以上効果を高めてしまうと、人によっては心臓に負担が掛かってしまうわ。乱用される可能性が高いなら、店頭販売は止めた方がいいと思う。本当に子供が欲しいと切実に思う人にだけ売って欲しい。薬師の診断に必要な項目は後で書き出しておきます」
「わかった。まずは急いで一般の店頭販売を中止することにするわ」
『そんなヤバいものなのか、アレって。まぁ実際には誰にでも処方箋を書いちゃう薬師とかいるんだろうけどね』
「そうそう、ソフィア商会に美容部門と服飾部門を立ち上げるつもり。美容部門は主にアメリアの化粧品とハーブティを扱うわ。服飾部門は女性たちの集落を巻き込んでドレスや小物を扱うつもりだったんだけど、さっきのフランのお友達の話を聞いたから貴金属も扱うかもしれない。書籍部門と魔道具部門はそのままだけど、将来的に魔道具部門は細分化されるかもしれないわ。子供の玩具を作るかもしれないから」
「あのチェスですか?」
「他にも女児向けのお人形とかどう? 超小さな機能限定版のゴーレムで作るの」
「ふふっ。大人たちが昏倒した戦闘ゴーレムじゃないんですね」
「あれは危険過ぎるから、ゆっくり検討するつもりよ」
戦闘行為を行うゴーレムである以上、玩具のゴーレムには徹底した安全管理が必須である。そう簡単に商品化はできないだろうとサラは考えた。
「ごめん。アリシアとアメリアは現物を見てるからわかるんだろうけど、私は話しか聞いてないせいか、女児向けの着せ替え人形同士が戦う状況しか浮かばない。なんかそれって、怖いっていうか気持ち悪くない?」
「え、ちょっとそこは混ぜないでよ!」
サラはビスクドールが薄ら笑いを浮かべながら、襲い掛かってくる情景を想像して身震いする。一昔前のホラー映画のようである。
「ごめん…女児向けの人形についても考え直す」
実は更紗の時代から、ホラーがとても苦手なサラであった。