恋する乙女は強いと思う
サラが手紙を書き終えると、マリアとアメリアが部屋を訪れた。
「お加減はいかがですか?」
「少し気怠いくらいで、概ね元気よ」
「横になっている必要はありませんが、数日間は外出を控えてくださいね。ご自身の魔法で治癒はされていますが、身体に損傷があったことは確かですから」
「はい。アメリア先生」
いかにも薬師らしいアメリアの発言に、サラも素直に頷いた。
「朝食後、リヒトさんも診察をするそうです。今回の診察で問題が無ければ、一度奥様のところに戻るそうですよ」
「私のせいで戻っていなかったのね」
「一応、連絡はしていますから、目覚めたことは知っています。錬金術師ギルドと薬師ギルドにバレないようこっそり移動するそうですよ」
「バレたら大騒ぎになりそうね」
「時間の問題だと思いますけど。それに、個人的にはアレクサンダー師に会って欲しいなぁって思ってます」
「アメリアは一途ねぇ。もう告白くらいしたの?」
「そ、そんなことしてません! それに私なんかが告白しても迷惑なだけです。告白して師匠との間が気まずくなってしまうほうがイヤです」
アメリアはサラ用の薬湯を準備しながらも、しょんぼりと項垂れている。
「アメリアさんは、アレクサンダー様がお好きなのですか?」
マリアが率直に尋ねた。
「子供の頃から面倒を見ていただいたので、最初は優しい近所のお兄さんと言う感じでしたが、薬師としての修行を始めてからは尊敬できる師匠だと思っております」
「それは恋愛感情ではありませんから、『尊敬しています』とアメリアさんが伝えたくらいでアレクサンダー様の態度が変わるとは思えません」
「そう、ですよね」
「ですがアメリアさんは男性として、アレクサンダー様をお好きでいらっしゃるのでしょう?」
「えっ! あ、はい…多分…かなり以前から特別に思っていると思います。でも、私は貧しい薬草取りでしたし、好意に甘えて薬師のまねごとをしている小娘に過ぎませんから…」
だんだんとアメリアの声が小さくなっていくのを見兼ねたサラは、マリアが用意してくれた朝食を前にしながらもカトラリーを手に取らずにアメリアを見つめた。
「誰にだって過去はあります。確かにアメリアは貧しい薬草取りでしたが、今は乙女の塔の研究員です。それに、私はアメリアの開発した化粧品やハーブティのブレンドに対して、給与とは別に報奨金を支払っています。現状、レシピの所有権はソフィア商会が持っていますが、あまり考えたくありませんが乙女の塔をお辞めになって他の商会に行きたいと希望される場合には、お渡しすることも考えております」
アメリアとアリシアは、アヴァロンの平民女性としてはトップクラスの高給取りである。給与は、ロバートが代官としてグランチェスター領から受け取っている給与と同じ水準であるだけでなく、給与とは別に受け取っている報奨金も破格であった。
なお、テレサも乙女の塔に自室を持っているが、給与を受け取るのではなく、作り上げた製品を買い上げる形を取っている。給与制も提案したのだが、テレサ自身が鍛冶師の矜持として『できたものを見て判断して欲しい』と断ったのである。リップクリームの繰り出し容器のような製品は、売上の20%が彼女の手元に入る仕組みになっている。
「そうですね。今の私はお金に余裕がありますし、母や弟妹たちの生活も楽になりました。でも、それを実現できたのもアレクサンダー師のお陰なのです。こんなに大恩ある方を困らせるようなことはできません」
「どうして相手が困ることが前提なのかわからないわ。もしかしたら、アレクサンダーさんもアメリアに好意を持っているかもしれないのに」
「私はアレクサンダー師と13歳も年が離れているのです」
「若くて魅力的な女性から愛を告げられて嫌がる男性は少ないと思うけどなぁ。マリアもそう思わない?」
「そう思います。ところでアレクサンダー様は、弟子から想いを告げられたことを苦にして態度を変えるような男性なんですか?」
アメリアは暫し考え込んで、「いいえ、そのような方ではありません」と答えた。
『まぁ告白は勇気いるよね。今までと関係が大きく変わってしまうから』
サラはアメリアの様子を見て苦笑した。更紗だった頃、初めて真剣に男性と付き合ったのもアメリアと同じ年だったことを思い出したのだ。
「ねぇ、アメリア。このまま告白しないでいたとして、ある日アレクサンダーさんが別の女性をパートナーとして連れてきたらどうするの? ショックじゃない?」
「そ、それは!」
「だってアレクサンダーさんって私のお父様より年上でしょう? 男性の適齢期は長いとはいえ、それなりの年齢だもの。誰かがアレクサンダーさんに女性を紹介するかもしれない。薬師ギルドの副ギルド長だってことを考えれば、社会的な身分も悪くないでしょ」
アメリアは小さく萎むように、肩をすくめて俯いた。
「ほら、アメリアだってイヤなんでしょう?」
「…はい」
「だったら告白するしかないじゃない。駄目で元々だし、失敗したってあなたを疎遠にするような人じゃないってわかってるんでしょう?」
「でも…」
モジモジしはじめたアメリアを見ながら、ひとまずサラは朝食を摂り始めた。すかさずマリアもエルマジュースをグラスに注ぎ入れる。
「アメリアさんがどうするかは、アメリアさんご自身でお決めになることだと思いますが、私たちメイドはそんなアメリアさんの背中をちょっとだけ押すことはできますよ」
「どういうことでしょうか?」
「アレクサンダー様がビックリして振り返るくらい、アメリアさんが美しくなればいいんです。私たちはその道のプロフェッショナルですから! そもそも、私たちの美を支えるアメリアさんを美しく磨くと聞けば、本邸からだって応援に来ますよ」
「それはいいわね。マリアの案は最高よ! なんならソフィア商会の名義で服飾品もそろえて頂戴」
「ちょ、ちょっとサラ! 私なんかを商会の資金で磨いても仕方ないでしょう? あなたみたいな美少女じゃないんだから」
サラは食事をする手をピタリと止め、慌てたせいで口調がややくだけたアメリアの姿を上から下まで眺めた。
「アメリアはわかってないわね。あなたはソフィア商会の美を支える研究者よ。研究室にいるときや患者に接するときに素顔なのは仕方ないけど、公の場では美しくあるべきなの。そうじゃなきゃ商品に説得力が無いでしょう?」
「ええっ!」
「普段は可愛らしい普通の女性っていうのもポイント高いわ。メイクと服装で女性がどれだけ変身できるかを強くアピールできるもの。それに素顔の時も肌に艶とハリがあることがわかれば尚良しね」
「お嬢様、それならアリシアさんも磨くべきでは?」
「確かにそうねぇ。若くて美しい錬金術師が、アカデミーにセンセーションを巻き起こすなんて最高よね。さっそくプロジェクトチームを立ち上げましょう。折角だし、働きやすい普段着のデザインも、女性たちの集落にいる彼に依頼するのはどうかしら」
そこまで一気に捲くし立てたサラはふっと言葉を止めてアメリアに微笑んだ。
「だからアメリア、二度と『私なんて』って言葉は使わないで。あなたは優秀で、可愛らしくて、美しい。私の自慢のお友達なのよ」
「ありがとうございます」
アメリアはぽろぽろと涙を零しながら、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、本当に美しいとサラとマリアは同時に思った。
なお、背後でセドリックが眷属たちにアレクサンダーの身辺を調査するよう命じていたことにサラは気づいていたが、敢えて気が付かないフリを貫くことにした。