大概な中二病
ガイアとのやり取りを傍から見守っていたマエストーソとグラツィオーソは、さすがに弟であるマルカートを見かねて助言する。
「おいマルカート。お前の世界で文明や文化が育たないのは、お前が手をかけ過ぎるからだ。神から与えられることが当たり前になれば、人は自分で何かを創り出そうとしなくなるものなんだよ」
「はぁ? ナニソレ」
「たとえば魔法は神の権能の一つでしょう? 本来、人は火をひとつ熾すために、大変な苦労をしなければならないの。だけど暖を取ったり温かい食事をするため、人は火を熾す技術や火を絶やさず燃やし続ける技術を確立するし、火を熾す道具を発明して使うようになるのよ。その過程で人は『何故火は燃えるのか』を考察するわ。そうやって文明は興るのよ。だけど、魔法によってイメージするだけで簡単に火が生まれる世界では、そんな技術や知識は発展しない。私の世界にも魔法はあるけど、わざと威力は控え目に設定してあるし、使えるようになるためにはかなり努力しないといけないようにしてる」
どっかりと椅子に腰かけ、2杯目の神酒を呑み始めているガイアは、豪快に笑いながら三柱に語り掛けた。
「魂は基本的にとても面倒くさがりでな、楽な方に流れていく傾向にある。だが、不思議なことに、そうした面倒なことを繰り返さないで済むように、勤勉に新たな技術を開発しようとする。実に矛盾していて面白いとは思わないか?」
「それはガイアの魂が基本的に怠け者だからなのではなくて?」
やや呆れたようにグラツィオーソが返答する。
「まさに怠け者よ! 故に魂は楽に生きるために寄り添い合い、技術を生み出し、文明が興る。そして人生を楽しむため、あるいは嘆きを形にするために文化を生み出す。マルカートよ、文明や文化というのは矛盾に満ちた魂たちの営みの中で自然に生まれ、絶えず変化していくものだ。神でさえ操作できず、無理に権能を与えても思うようにならない」
だが、こうした神々の裏事情に、巻き込まれた当人であるはずのサラは今ひとつ興味が持てなかった。
「ガイア様、神々のお話合いが続くようでしたら、私は御前を失礼したいのですが」
「おお、済まぬ其方を放置してしまったな」
「それは構わないのですが、ガイア様自身が仰せになったように、私は抜け目のないマルカート様のお陰で、この世界にがっつり組み込まれてしまいました。あちらの世界の輪廻にすぐ戻りたいという気持ちはありませんし、今暫しの間は、この世界に留まっていたいのですが」
「まぁそうだろうな」
「やっぱりサラは僕の世界を愛してくれてるんだね!」
マルカートが喜色満面の笑みを浮かべ、サラに近寄ろうと身体を動かした。
だが、このマルカートの発言はサラの気持ちを逆撫でした。サラは近づいてくるマルカートに向かって右手を翳し、風属性の魔法を発動してマルカートの頭頂部を一直線に刈り取った。パッと見は落ち武者ヘアである。不思議な感触に驚いたマルカートは、自分の頭頂部を手のひらで撫で、次いで慌てて自分の前に鏡を顕現させて覗き込んだ。
「って、えええええ!? ちょっと、なにしてるの?」
「五月蠅い」
騒ぐマルカートを黙らせるため、サラは空間収納から取り出した1ダル硬貨を指で弾き、マルカートの額にびたんっと飛ばした。
「あのさ、僕も一応神なんだけど。もうちょっと敬っても良くない!?」
「そもそも私の創造主じゃないし、敬う気にまったくなれない」
「酷い!」
「「「「酷くない!」」」」
三柱とサラは同時に同じ台詞を吐いた。
「あれ、ここでハッピーアイスクリームって言うんだっけ?」
「Jinx! You owe me a soda. じゃなかったか?」
グラツィオーソとマエストーソが真剣に話し合う。
「えっとどちらも地球の言葉遊びであってます。他にも地域によってバリエーションは色々あります。っていうか、マルカート様の時にも思ったのですが、本当に異世界の神様なのか疑わしいレベルです」
「其方らは気軽に我の世界に遊びに来すぎなのだ。まぁ良い。デザートでも食べながら話そうではないか」
『え、あっちの世界って観光地化してるの?』
ガイアが手招きをすると、テーブルに4つのアイスクリームが置かれた。おそらくデザートのチョイスもネタなのだろう。当然だが落ち武者のマルカートの分は無く、本人(神)はガイアによってその場で正座させられていた。
「さて、サラよ。お前はこちらに残りたいと言うのだね?」
「さすがに家族がいますから。ただ、更紗の家族のことも気に掛かります」
「其方の死をとても悲しんでおったよ。だが、10年近く経っておるからの。さすがに立ち直っておる」
「それなら良かったです」
「其方の彼氏の方は良いのか?」
「え、死んだときに彼氏はいなかったはずですけど」
ガイアは苦笑いを浮かべた。
「其方が気軽に『帰ってきたらデートしようね』などと言ったおかげで、10年も引きずってる男がいるぞ」
「え、そんなこと言ったっけ?」
「後輩の田中じゃ。其方から借りたラノベを今でも保存して毎日眺めているぞ」
「え、システム開発部にいた子だよね? でも、あの子って8歳も年下なんですけど。私の仕事に長時間付き合わせちゃったから、お詫びにご飯奢ろうって話だった気がする。デートなんて軽いジョークで言っただけよ」
横に座っていたグラツィオーソがくすくすと笑いながら、サラをつんつん突いた。
「更紗って魔性の女だったの?」
だがマエストーソが真剣な顔をしてサラに警告する。
「いや、先輩と後輩って関係の場合、そういう発言は下手したらセクハラとかパワハラとか言われるのではないか?」
トドメのようにマルカートが突っ込んだ。
「純情な年下の後輩を弄んだの?」
「あぁ、訴えられそう。気を付けないと! ってもう死んでたわぁーーー」
本当に異世界の神なのかアヤシイ三柱を前に、サラは頭を抱えた。
「其方ら、サラを揶揄うでない! まぁ、今の田中は更紗に負けない程にワーカホリックだ。まだ其方のことを引きずってはおるが、そのうちなるようになるだろうさ」
「結婚とかしないのかしら」
「三十路を超えているのにまだ女性と付き合った経験がない。まぁ結婚だけが幸せの形でもないだろう」
「え、それ魔法使いになったりしませんか?」
「その戯言は誰が言い始めたのだ。我の世界にそのような理は存在せぬ」
「あら、そうなんですね」
残念なことに、やはり更紗の世界では簡単に魔法使いにはなれないらしい。
「ところでマルカート様、負荷がかかることを知っているのに、どうして記憶を残したまま転生させるのですか?」
「一応、僕の配慮だよ。前世の記憶を持ってれば生存率あがるから」
「おいマル。神々を前に堂々と嘘をつくな」
「マルカートに反省という言葉はないらしいわ。日本ならお猿さんだって反省するというのに情けない」
マエストーソが呆れ果てたといった風情の態度を取ると、グラツィオーソも深くため息をつく
「僕は引かないし、媚びないし、省みないんだ!」
「どこの聖帝ですか。本当にあなた方は異世界の神なんですかっ。まぁ、それは置いておくとして、どうせマルカート様は、異世界の知識チートでこの世界を刺激させたかっただけですよね?」
「だって君ら転生者は面白いこと沢山やってくれるし」
「日本人が多いのは?」
「完全に僕の趣味」
「でしたら、私ではなく異世界転生したいと願ってる若い子の方が良いのではありませんか? そういう子たちなら魂にもそれほど負荷はかからないと思いますが」
「うーん…そういう子ってあんまり長生きしないんだよ」
「まぁ何となく理由はわかる気もしますが」
「でもね、一応転生してすぐには思い出さないよう配慮はしてるんだよ。魂の器になる肉体の方が上手く処理できないのわかってるし。本当なら君はもっと成長してから前世を思い出す予定だったんだよ」
「やっぱりそうなんですね」
「人って危機に直面すると、その状況を打開しようと過去の記憶を必死に思い出そうとするんだよ。で、マジでヤバイときは未処理の記憶も探ろうとするんだよね」
「私の場合は溺れて死に掛けたから?」
「そうそう。理人も同じ感じで前世を思い出したんだ」
『ふむ。なんとなく理解できてきた』
「でもって、今の君はもう一度危機に陥ってる」
「なぜですか?」
「自分のやらかしに気づいたから?」
するとガイアがスッと手を空中に上げ、マルカートの上に小さな雷を落とした。
「力を持てば使うのは至極当然だ。其方が後先考えないで権能を与えたからこのようなことになっているのだ」
「まぁ、自重が足りなかったことは認めます。チートがあれば使いたいと思ってしまうのは私が未熟だからでしょうか?」
「先程も言ったが、魂は基本的に面倒臭がりなのだ。便利で楽ができることを我慢できるようにはできておらん。それが文明を発展させる原動力なのでな」
「なるほど」
「特に私の創る魂は実に怠惰で享楽的なのだ。故に文学や芸術があり、さまざまな娯楽もある。楽しいことが大好きなのだよ。だからこそ我の創る魂は柔軟で強靭なのだ」
「難しいですが、なんとなく理解できるような気はします」
「其方が我の世界に居れば『短い人生を楽しめ』と言ったかもしれぬ。だが、マルカートのせいで人として其方はこれから長い歳月を生きることになるだろう。まぁ生きるだけ生きたら戻ってくるがよい」
「はい。ガイア様」
ガイアがサラの胸元を指差すと、再び虹色の球がずるりと飛び出してきた。
「サラよ、肉体に引きずられて随分と疲弊しておるな」
ガイアはサラの魂にふぅっと息を吹きかけた。すると虹色の球はより明るく輝きだし、ぶわりと一回り大きくなった。
「祖父と伯父の争いなど放っておけ。リヒトの説教にも無理に耳を傾けずとも良い。まぁ少しは聞いた方が良い気もするが、なんにせよ答えの出ぬような問題に頭を使う必要はない。血の繋がりがあろうと、友人であろうと、同胞であろうと、自己ではない存在は所詮他人なのだ。其方は其方の思うようにしか生きられぬ。結果、マルカートの世界が壊れようとも気にすることはない。阿呆な神のやらかしでしかない」
「ガイア、サラが本当に暴れたら僕の世界だけじゃなく、他の世界もタダじゃすまないよ」
「それは其方が悪い。すべての魂とは神から分かたれて創られる。故に神威を振るうことすら可能な存在であることをもう少し慎重に考えろ」
そして、ガイアはサラの身体に魂を戻し、ニコリと微笑んだ。
「最後の記憶の整理は其方自身がやったほうが良いだろう。これから其方はすべての記憶を思い出すが、優先順位をつけて忘却の泉に沈めるモノは沈めてしまえば良い。中には思いだしたくない記憶もあるだろうが、すべてが更紗でありサラを形作る記憶なのだから心に留め置くことも忘れずにな」
「はい」
「それと、魂の中に我の欠片を少し足した。こちらの輪廻に戻りたくなったら、我を呼ぶがよい」
「ありがとうございます。ガイア様」
サラは立ち上がってガイアに深々と頭を下げた。サラの身体に染み付いたカーテシーではなく、更紗の時のようなお辞儀である。
「グラツィオーソ様、マエストーソ様、そちらの世界にまでご迷惑をおかけしました。多分、もう大丈夫です。なんだかスッキリしてきました」
「それは良かったわ」
「こちらのことは気にしないで良い。それより、馬鹿な弟の世界で頑張ってくれ。まぁぶっ壊すときは一声かけてくれると助かるよ」
そういうとマエストーソは小さな光をサラの身体に送り込んだ。
「それは私の欠片だ。困ったら呼べ。マルの世界とも近いし、ガイア程は忙しくないから、ちょいちょい呼んでも構わんぞ」
「あー、マエスだけズルいわ」
グラツィオーソも同じく欠片をサラに送り込む。
「神々をお呼びするのはとても憚られるのですが…」
「そうか? いざという時に我らを顕現させると、大抵はビックリしてくれるぞ」
「デウス・エクス・マキナみたいですねぇ。神様を降臨させて万事解決って安易過ぎませんか?」
「そう考えられる其方だから、こ奴らも欠片を渡すのだろうさ」
サラはニコリと微笑んでグラツィオーソとマエストーソの二柱にお礼を述べた。すると正座していたマルカートも声を掛けてきた。
「ねぇ、サラ。まだ僕のこと怒ってる?」
「許してもらえると思ってる方が不思議ですが、まぁこの世界に残ると決めたのですから、関係は改善すべきかもしれませんね」
「うん、できればこの世界をもっと刺激して!」
次の瞬間、ガイアがマルカートに雷を落とした。先程のよりも威力が大きい。
「其方は本当に学習せんな」
「やっぱり下心バリバリじゃない。なにが生存率があがるよ。どうせリヒトを呼んだのだって、研究者だからでしょ?」
「ははは、サラは鋭いなぁ」
「じゃぁ私はどうして選ばれたの?」
「君には音楽を広める人になって欲しいって思ったんだ。過去に作曲家、演奏者、楽器の職人を転生させてるんだけど、なかなか音楽が進歩しないんだよねぇ」
「あちらの世界だって少しずつ変わっていったわ」
「でもさぁ500年くらい停滞してて、ちっとも新しい音楽が生まれないんだよ。僕は音楽がとっても大好きなのに」
「だったら音大の子とか選びなさいよ! なんで商社勤務のアラサーを転生させるのよ。才能ある子の方が良いでしょうに」
「ある程度の知識とスキルがあれば、残りは僕がフォローできるもん。たまたま遊びに行ったら、君の魂が身体から離れたんだよ。丁度いいかなって思ってさ。自分の世界放り出して頻繁に向こうに行ったらいろいろまずいじゃん?」
『え、そんな事故みたいな感じなの?』
本気で心の底から怒ったサラは、そのままマルカートの頭をスイカのように縦縞を残して坊主にすると、グラツィオーソが近づいてきてそっとサラの手に油性マジックのような物を手渡した。みればマエストーソは弟を羽交い絞めにして固定しており、ガイアはニヤニヤと笑って見ている。
「思いっきりやって良いわよ」
「暴れないように抑えてるから安心しろ」
「できれば阿呆と書いてやれ」
サラは思う存分マルカートの顔に落書きし、おでこには『阿呆』と書き殴った。
「あ、マルカート、そのペンのインクは私の魔力だから100年くらい落ちないわよ」
「ちょっと、マジ!?」
「まぁ新たな転生者に会う用事もないだろうから、暫く大人しくしておけ」
「ふむ…我はマルカートが変身する権能を封印しておくか」
「待って、やめてーーーーーーーーーーーーーーー」
ガイアはドーンという音と共に、特大の雷をマルカートの上に落とした。そのままマルカートは白目を剥き、やがて仰向けにひっくり返って静かになった。
「え、死んでないですよね?」
「大丈夫よ。神はそんなに簡単には死なないから。ところで、サラはそろそろ目覚める時間よ。向こうでは1週間近く経ってるから、マルカートよりもあなたの身体の方が心配」
「え、そんなに?」
「まぁサラよりもウィリアムの方が死にそうな顔してるけど」
「無茶は言っても祖父様は孫馬鹿ですからねぇ」
グラツィオーソが優しく笑いかけ、マエストーソは心配そうに覗き込んだ。
「記憶の方は大丈夫か?」
「ええ、不思議と勝手に自分の中でうまく折り合いをつけたみたいです。倒れる前よりも頭はすっきりしています。おそらく心も大人になってますが、本来の身体に戻ってもこの状態が維持できるかはわかりません」
「そうか。ではそのあたりは私が何とかしておいてやろう」
「ありがとうございます。マエストーソ様」
そして最後にガイアがサラに語り掛けた。
「サラ、暫く会えなくなると思うが、我らに聞いておきたいことはないか?」
「うーん。なるようにしかならないので、それほど聞きたいことはないような……あ!」
「なんじゃ」
「空を飛ぶ権能と瞬間移動の権能が欲しいです!」
すると三柱は顔を見合わせてケタケタと笑い始めた。
「過ぎた力のデメリットを理解した上で要求するとは」
「大概な中二病よねぇ」
「やれやれ…どうして我が創る魂はこうなるんだろうかねぇ」
ガイアは眉間に指をあててため息をついた。
「空を飛ぶなら無属性の重力系の魔法を使うといい。推進力には風属性で良いだろう。其方ならイメージできるだろうさ。今の時代には失われているが、古代文明の王族たちは使っていたようだ。まぁ我の魂たちの暴走ではあるが。それと瞬間移動だが、『いしのなかにいる』を避けたいなら、空間収納を使うと良い。アレは空間魔法を収納に応用しているに過ぎぬ。入り口と出口をイメージして作り出した空間を通り抜ければ良いだけだ」
「おお、なるほど。その手がありましたね」
「結局のところ、イメージできるかどうかなのだよ。我らから分かたれた其方らには、本来神と同じ力が備わっている。さて、そろそろ終わりにするかの。サラ、楽しかったぞ」
「こちらこそお世話になりました」
サラがぺこりと日本式の挨拶をすると、周囲の景色が崩れ始め、そのままサラは意識を手放した。