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忘却は神の恵み

神はサッと目を逸らした。


『やっぱり無断か』


どうやらこの神は無断で魂を盗むように転生させているようだ。元の世界の神がどう思っているかはわからないが、気づいていないということはないだろう。


「神様たちの常識は知らないけど、人間の常識だとそれは窃盗よ。向こうで死んじゃってるんだから、更紗に戻りたいとか無茶を言う気はないけど、せめて元の輪廻に戻ることはできないの?」

「できないことはないけど、向こうの神にお願いして戻してもらう必要がある」

「話し合いするつもりは?」

「魂を勝手に持ち出したの怒られちゃうかも」

「そこはちゃんと怒られなさいよ!」

「えー、君はそんなにこの世界がイヤ?」


やや甘えたような声を出す神の姿を前に、サラは苛立ちを抑えられなかった。


「ねぇ。あなたって自分がとってもイヤな(ヤツ)って自覚あるかしら。そういう質問は転生させる前に聞くべきだと思う。否応もなしにあなたの世界に生まれて育ったのよ。8年も経てば既に私が大切にしてる家族や友人が居るのは当然だよね。このタイミングで聞いたら否定できないってわかってるところが、物凄く卑怯だと思う。向こうで死んだとはいえ、私の同意も得ずに拉致するように魂を盗み出しておいて!」


サラは勢いよく席を立ち、神に背を向けて歩き出した。行き先などわかるはずもなく、…おそらく何処にも行けはしないのだろうが、それでも悪びれもなくヘラヘラと笑っているあの神の顔を見続ける気にはなれなかったのだ。


その怒りに呼応するように、サラの周囲を魔力の風が巻くように吹き荒れ始め、少しずつ勢いが増していく。いくつもの竜巻が生まれ、草がちぎれ飛ぶ。神が用意したガーデン用のテーブルセットも、サラが作り出した竜巻に巻き込まれるように吹き飛んだ。


サラの長い銀髪が風に煽られ、スカートがバタバタと翻る。スッとサラが右手を前に出すと、その延長線に草が一直線に刈り取られ、地平線まで続いていた。


「サラ止めるんだ! この世界が吹き飛んでしまう!! 君の大切な人たちがいる世界だ。そのままでは君の魂も無事ではいられない。これ以上の魔力を集めてはいけない!」


サラはくるりと振り返り、口許だけをへらりと歪めた。


「そうやって、人質を取るように脅すのがあなたのやり方なのですね」

「事実だ」

「どうせ時間を弄れるのでしょう? リヒトもカズヤも前世は私と大差ない時代を生きてたけど、転生した時期が違い過ぎるもの。吹き飛んだ後に巻き戻しなさいよ。だけど、私のことは戻さないで。じゃないと同じことを繰り返すわよ」


サラは焦ったような表情を浮かべて駈け寄ろうとする神に突風を浴びせかけ、レベッカから受けた教育のすべてを使って優雅な微笑みを浮かべて言い放った。


『こんな奴の前で泣いたりしない。動揺する素振りさえ見せるものか!』


「至極尤もな要求だろうな」


突然第三者の声が背後から聞こえてきた。サラが驚いて振り向くと、3名の男女が立っているのが目に入った。


「おい。マルカート、いい加減にしろ。お前のせいで、こっちにまで影響が出てる」

「僕のせいじゃないよ。この子が魔力で嵐を起こしてるんだ」

「それはあなたが怒らせたからでしょ。無神経なあなたが悪いわ」


さすがに関係のないところにまで迷惑が掛かっていると聞けば、サラも怒りに任せて暴れるわけにはいかない。サラが冷静になると渦巻いていた暴風は霧散し、再び緩やかな風の流れに戻った。


「申し訳ありません。私のせいで皆様の世界にもご迷惑をおかけしたようです」

「いいさ。お前のせいじゃないのはわかってる」

「おう、明らかにマルが悪い」


おそらく別の世界の神々だと思われるが、皆口々にサラに優しく話しかけてくれる。


「ありがとうございます」

「あなたの気持ちはわかるけど、どうか心を静めて頂戴。弟は後で叱っておくから」

「えっと、あそこにいる…マルカート様でしたっけ? は、あなた様の弟なのですか?」

「私はグラツィオーソ。残念ながらこの馬鹿の姉よ」

「兄のマエストーソだ」


確かにマルカートと二柱の神はよく似ていた。そして、その背後からゆったりと歩いてきたのは、デニムのような生地でできたワークシャツの袖を捲り上げ、チノパンにスニーカーを履いた老齢の女性であった。しかも、服の上から少し汚れたエプロンを付けている。


髪は真っ白でいかにも老齢の女性という風情ではあるが、快活な雰囲気も持ち合わせている。


『三柱と一緒にいるくらいだからこの人も神だろうけど、人間だったら年齢不詳の元気なおばあちゃんって感じね』


「更紗…いや、いまはサラか。我はお前が居た世界の神だ。この阿呆にむざむざと其方らを奪われた愚かな神でもあるが。我の目が行き届かなかったせいで、其方らには苦労をかけてすまぬ」

「いえ、これまで大変お世話になりました」


『あれ、こんな挨拶でいいのか? なんかお嫁に行くときの挨拶みたいなんだけど』


「神様、御名をお伺いしてもよろしゅうございますか?」

「サラよ。神の名はあってないようなものだ。我らはさまざまな名で呼ばれ、さまざまな姿で現れる。あ奴らの名乗りも自称のようなものさ。音楽好きの浮かれた名前よ。故に其方は好きなように我らを呼ぶがよい」

「私のネーミングセンスは酷いと評判なので、神を私が思いついた名で呼ぶことは憚られるのですが」

「ふむ。ではガイアとでも呼ぶがよい」

「ではガイア様、私がこの地で亡くなった後、再びそちらの世界の輪廻に戻ることは可能でしょうか?」

「不可能ではない。だが、本当にこちらの輪廻に戻りたいと願うかどうか、その生を終わらせたときに再度聞くとしよう。なにせ、其方の寿命は驚く程に長い。この阿呆はそういうことにだけは抜かりない」


ガイアがマルカートを睨みつけるように見遣ると、マルカートはビクリと怯えたような態度を取った。


「ガイア様、たびたび魂が盗まれているのですか?」

「我は他の神々と比べると魂をたくさん作っているせいで、魂を譲り受けたいと願う神は多い。魂自身が望めば世界を渡らせて譲ることもあるのだが、この阿呆は何度か無断で持ち去っておってな」

「魂を創るには神である自分の身を削るような苦痛を伴うじゃないか。なんであんな数を創れるんだよ!」


繰り返し阿呆呼ばわりされたマルカートがガイアに喰ってかかったが、横から見ていたサラは突っ込まずにいられない。


「マルカート様、それは盗んだ側が言う台詞ではないと思います。大変な思いをされて創られていることをご存じなのに、無断で持ち出されたのですよね?」

「だって桁違いの数の魂が巡ってるし、放置してるようにしか見えないし。一度作ったら興味ないのかなって思うだろ」


不貞腐れたような態度のマルカートに対し、ガイアは子供を諭すような態度をとる。


「受肉して世界に生まれ落ちた魂は、次代の魂の器を生み出すために酷く苦しむ。次代を生み出して命を落とす存在も少なくない。それほどに苦しんでもなお次代を欲する彼らの望みを叶えるため、我は新たな魂を創り続けているのだ。そのように創り出したすべての魂を私は愛しているのだよ」

「なにが愛してるだよ! 特別な能力を与えることはほとんどないし、みんな寿命が短いじゃないか!」


ガイアがサッと手を振ると、先程マルカートが用意したガーデン用のテーブルセットが目の前に現れた。さらに別の椅子も創り出し、ガイアはどっかりと腰かけた。


「魂は我ら神から創られるが、我が身から離れた瞬間から我ではない。魂には自我があることの意味をもう少し深く考えろ。マルカートよ、命短く力無き存在であるが故に人は思い悩み、次代を欲し、時に争い、そして文明や文化が花開く。過剰に干渉することなく見守るのが神たる者の役割だと私は考える」


いつの間にかガイアの手には大きなジョッキが握られており、中にはキラキラと輝く飲み物で満たされていた。芳醇だが同時に酒精を感じさせる匂いが漂っており、明らかに強い酒であることを思わせる。


『え、なんか強そうな酒をジョッキ呑み!?』


だが、サラの心配など意にも介さず、ガイアはごぶごぶと水のように酒を一気に流し込むと、その手からジョッキが跡形もなく消え失せた。


「まったく。神酒(ソーマ)でも呑んでないとやっとられん。マルカート、確かに神の権能の一部を与えられた人は特異点となり大きく時代が動く。だが、特異点として使われた魂は疲弊し、その生を終えても輪廻に戻れなくなる程に大きく傷ついてしまうことが多いことに気付いておらぬわけではなかろう」


ガイアが手を翳すと、次々とさまざまな色の球が現れた。ガイアの周囲をぷかりぷかりと漂っているそれらの球は、どれも境界が曖昧で、中には消えてしまいそうな程に小さな物もある。


『え、それ全部魂なの? なにそれ放置してるのはマルカート様の方じゃない!』


「それは僕が創った魂じゃないか!」

「うむ。実は我が創った魂たちは、特異点になっても強からしくてな。少々傷ついても自力で癒してまた輪廻に戻っていく」

「なんで僕の創った魂だけがボロボロになるのさ」

「理由を説明するのは難しいのだが、お前の作る魂には柔軟さが足りないのだろうな。力を加えれば脆く壊れやすい。柔軟に形を変えて受け止めるが、それでも自分の本質を見失わないように創るべきだよ」

「そんなことが簡単にできるか。すべての神があなたのような魂職人ではない!」


『いや、ガイア様は神なんだから、そこは職人じゃなく職神なのでは?』


サラはどうでもいい感想を持った。


「マル、お前創造神に向いてないんじゃないか?」


さすがにマエストーソも呆れたような意見を口に出した。


「マエスやグラツィだってガイアから魂を貰ってたじゃないか!」


「ええ、私たちはきちんとお願いして、こちらに転生しても良いって言ってくれた魂を持ち帰っているわ。輪廻を巡るうちの子たちの良い刺激になると思ったからよ。もちろん、譲り受けた魂たちもうちの子たちと同じように愛しているし大事にしているわ。泥棒みたいに無断で持ち出すようなことはしていない。マルもきちんと手順を踏みなさい」


グラツィオーソもマルカートを諫めるように発言する。


「僕だって譲ってくれとガイアに頼んださ! だが、断られた」


『あ、断られたんだ』


「当たり前だ。まともな文明もまだ成立しておらず、未熟な魂どうしが争って少ない食糧を奪い合うだけの世界に魂を渡せと言われて頷くはずないだろう。まずは自力で育ててから願うのが筋だろう」

「育たないから助力を頼んだんじゃないか!」


ガイアは小馬鹿にしたような視線をマルカートに送り、マルカートはそっと目を逸らした。


「そして其方は魂を盗み出して権能を与え、記憶を持たせたまま転生させた。それだけでは飽き足らず、我の世界から多くの動植物を持ち出しおった。神なら自分で作らんか!」


『なるほど。マルカート様は世界をそのまま持ってこようとしたわけね』


「盗み出した魂や動植物のお陰で、其方の世界でも古代文明が興った。だが、どうだ。お前の世界の人間たちは、転生者から多大な恩恵を受けたことなどすぐに忘れ、畏れ敬うどころか異物のように排斥したではないか。そして、転生者たちが失われた途端に知識と技術は失われ、残された遺物を巡って人間同士が争い、古代文明はあっさりと滅んだ」

「たまたまだよ。そういうことだってあるだろ。ガイアの世界にだって魔女狩りや戦争は沢山あったじゃないか!」

「そうだ。人は自分と異なるモノに対して心が揺れ動く。自分に近しい者たちと集団を作って自衛するのは本能のようなものだ。異質なモノを崇めるか、恐れるか、嫌悪するか、嫉妬するか、忌避するかは、心の揺れ動く方向が違うだけで本質は変わらない。まぁ、起こるべくして起こった争いと言えるだろう」

「だが、其方は懲りずに、今度は自分の創った魂に権能を与えた。特異点となった彼らがそれぞれ力を振るった結果、多くの国が興った。だが、結果的に彼らの多くは迫害され、傷つき、こうして輪廻に戻ることなく揺蕩っているわけだ」

「全部の魂がそうなったわけじゃない。偉大な王となった者もいる!」

「多くの魂を犠牲にしてその台詞を吐くとは呆れを通り越していっそ憐れだな。わかっているのか、其方は其方が犠牲にした魂の前で暴言を吐いているのだ」

「あっ…」


傷ついた魂たちは、ガイアを慕うようにその傍らから離れようとしない。ガイアは自分の周囲に浮かぶ魂たちに視線を移し、そっと労わるようにキラキラとした光を注いだ。すると魂たちは次第に大きく膨れ上がって境界が明確になり、つるりとした綺麗な球体となった。それぞれに色や大きさは異なるが、いずれも美しい輝きを放っている。


「マルカート、其方の創った魂から神の権能を切り離して記憶を消して浄化した。傷ついた部分を修復するのは難しく、丸ごと切除せざるを得なかった。この気の毒な魂たちは我が連れて帰ろう。面倒見の良い魂に沿わせれば、より成熟するだろうさ。忘却は神の恵みだ。記憶を残したままの転生が魂にどれだけ負担を強いるか理解するがよい。排斥された魂が前世の記憶を持っていれば、ひたすら孤独に耐えて同胞を切望し、彷徨いつづけることになるというのに…」


『あ、リヒトはまさにそのパターンだな』


サラはおそらく自分を心配してくれているであろう、出会ったばかりの同胞を想った。

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― 新着の感想 ―
そんなわけ無いのに気を使って弱音を言わないから平気だと思っていた、出来る人だから負担が無いと思っていたとか無神経で身勝手で都合の良い発言する人もいっぱいいますよね。 侯爵や神みたいに出来る人だけに相手…
とうとう胸糞キャラまで出てきたよ〜 神様?だからすぐ出てこなくなりそうだけど、ちょっと残念だなぁ この作品には胸糞キャラがいないのが魅力の一つだったのに
[一言] 神様がパクっただけだったか
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