最果ての地にて
お待たせしました。執筆再開します
さわさわさわ…
芝生と言うには高過ぎる植物が延々と広がる大地に風が吹き、濃い緑色の葉が波打つように靡いていた。
『んー? ココどこ?』
「どこでもないし、どこでもあるかな。ここは魔力が生まれて戻ってくる場所なんだ。君が風と感じているのは、魔力の流れなんだよ」
突然背後から声を掛けられた。
「ふーん」
「って、君は冷静だね。もうちょっと興味を持ってくれても良くない?」
「知らない場所で知らない人によくわからないことを言われたら、誰だってポカーンっとするでしょ。あなたが人なのかどうかもアヤシイところだけど」
ゆっくりと振り向くと、そこには水色の髪をした背の高い男が立っていた。
「で、振り返って僕を見てどう思う?」
「人間でも妖精でもなさそう。物凄い胡散臭い」
「それ、地球の日本から来る転生者がよく使う言葉だよね。そもそも胡散ってなんだよって思うのは僕だけかな?」
「多分日本人の大半は、胡散がなんなのか知らないから大丈夫。語源も諸説あるしね」
「へぇ」
「あのさ、日本人の転生者を多く受け入れすぎなんじゃない? あなたまで日本人っぽくなってるわよ」
「あれ、僕のことを思い出したの?」
「まったく。でも、多分あなたが私たちを転生させてる神なんでしょ?」
「ふむ。じゃぁ聞くけど、自分の名前は思いだせる?」
「当たり前でしょ! 私は……あれ? 思い出せない。なんで??」
目の前の男は、虹色にキラキラ光る球を差し出した。
「さっき、君が記憶をポロっと落っことしたから拾っておいたよ」
「あらありがとう」
手を伸ばして球を受け取ろうとした瞬間、虹色の球がスッと消えた。
「ちょっと!」
「ごめんごめん。お約束を忘れてたんだ。もう一回やらせて」
『あ、コイツ面倒くさい』
すると、目の前にふわりと金色に輝く球が現れた。虹色の球よりも少し小さい。
「君が落としたのはこの金色の球?」
「さっきの球とは違うから、それじゃないと思うわ」
その隣に、今度は銀色の球も浮かび上がる。こちらは金色の球よりももっと小さい。
「じゃぁこの銀色の球?」
「だから虹みたいにいろんな色でキラキラしてる奴だって言ってるでしょ!」
次に黒い球が現れ、ふわりふわりと上下に揺れ動いた。何故かこの球は境界が曖昧で、大きさがわかりにくい。辛うじて球体だということはわかるが、絶えず動いている。
「じゃぁこの黒い球?」
「全部違う!! 普通最後は正解出すでしょ。っていうかそういうことは泉でやってよね」
「ノリが悪いなぁ。まぁいいや。ちなみに正解は全部でしたー」
男が手を翳すと、3つの球が輪を描くようにぐるぐると回り、やがて融合して1つになった。先程のように虹色に輝いている。
「今度こそ返すよ。それは君の物だからね」
「なんだろう…素直に『ありがとう』って言い難いんだけど」
「別にお礼はいらないよ。ソレ落っことすように転ばせたの僕だし」
『駄目だ。コレ超絶面倒臭いヤツだ』
差し出された虹色の球を受け取ると、そのままスッと自分の身体の中に吸い込まれて消えていく。
「あ、思いだした。私はサラだ。え、更紗? どっちだろ」
「どっちも君だろ。さっき分割した時に、ちょっとだけ整理しておいたけど足りなかったかな」
「そういうことは自分でやらせて欲しいんですけど」
「いやいや、君は混乱したせいで昏倒してるんだよ。発熱もすごいよ?」
サラはふぅっとため息をついた。
『あれ、ため息? でも私の身体はグランチェスター城で寝込んでるんじゃ?』
「あぁ、その身体は僕が急いで作ったんだ。君のゴーレムと一緒だね」
「自分とか自我とか存在って概念があやふやになりそうなコメントありがとう。それと人の考えを読むのもやめて」
「ねぇ、なんか怒ってない? 一応、僕は君たちが言うところの神って存在だし、君を転生させたのも僕なのに」
「別にお願いしてないんだけど」
「え、君は死んじゃう時に『誰か助けて』って言ったじゃないか」
「普通、死に掛けてるときは誰だって言うわよ。っていうか、タクシーの運転手さんはどうしたのよ」
「普通に地球の輪廻の中だよ」
「彼は助けてって言わなかったの?」
「うーん。彼は最期に『お母さん助けて』って言ったんだ。だからあの世界から引き離したら可哀そうかなぁって」
「私にも両親と祖父母がいるけど、なんで私は異世界転生なの?」
「君はずっと実家に戻ってなかったよね? 一時間も電車に乗れば着くのに」
「それは…」
「君はお母さんやお祖母さんから、干渉されることを嫌がってたでしょ。小さい頃からピアノ、ヴァイオリン、バレエ、声楽、お茶…いろんな習い事を強制されてウンザリしてたよね。中学生からは家庭教師まで付けられてさ」
「ちょっとやり過ぎ感はあるけど、私の為だってわかってたよ?」
「ふーん」
神はサラに歩みよると、サラの額を指先で軽くつついた。すると、神の指先に引きずりだされるように、先程の黒い球がするっとサラの額から飛び出した。
「これは、君の感情の一部だ。君がなるべく見たくないと思っている部分でもあるね」
『疲れたよ、もう何時間練習してるんだろう。コンクールなんて出たくないよ』
『豆が潰れて足が痛い…』
『グランマ、私があの音楽学校なんて無理に決まってるじゃん』
『私はママのお人形じゃないわ』
「あー、はいはい。認めるわ。確かに祖母と母の過干渉にはウンザリしてた。反抗期を迎えたら、なにもかもイヤになって習い事は全部辞めたし。地元じゃない大学に進学して独り暮らし始めたし、海外勤務がある会社を選んで就職したのも認める。だからって祖母や母が嫌いだったわけじゃない」
「そうだね。嫌いじゃないから距離を置くことにしたんだよね。更紗はいい子だから。偏差値の高い国立大学を出て、誰でも知ってるような大きな会社に入って海外勤務までしたら、君は自慢の娘で居られるし自由だもんね。幸い、君の弟さんがあっさり結婚してくれたおかげで、彼女らの関心は君の姪っ子に移ったし」
サラは、首を傾げながら目の前にいる神をまじまじと見た。髪だけでなく眉毛や睫毛も水色である。瞳の色は髪よりも少し色が濃く、蒼穹を写し取ったように輝いている。肌の色は象牙色で、身に纏っているのはキトンの上にヒマティオンを重ねたような衣装である。
「あなたがこの世界の創世神なの?」
「この世界を形作ったって意味なら、確かに僕がそうだね」
「創世の女神じゃないんだ」
「僕に性別は無いよ。女神の方が良かったらそっちにするけど」
「別にどっちでもいいわ。創世の女神を信仰する団体があるから、てっきり女神なんだと思ってただけよ」
「あぁ。あの宗教の開祖は転生者なんだよ。転生させるときに女神の姿で会ったんだ」
神の発言にサラは少し考えこんだ。
「もしかして、転生者から魅力的に見えるように性別変えてる?」
「その方がこの世界に馴染んでくれるかなって思って」
「えーっと、お気遣いどうもありがとう? でも、私の好みじゃないわ」
「あぁ、君の好みね。ちょっと待ってね」
神は目の前で騎士服に身を包んだジェフリーに姿を変えた。
「これならどうだい? オレの言葉を聞いてくれるかな」
「めちゃくちゃ腹立つから元に戻って!!!」
サラに捲くし立てられた神は、しゅるんっと元の姿に戻った。
「折角サービスしたのに」
「そういうのいらないから。ところで、転生者ってみんな地球があったあの世界から来てるの?」
「この世界の転生者はそうだね」
「どうして、あの世界から転生させるの? 今回はどうして私だったの? それに、なんか日本人の転生者が多くない? あと、転生する時代がバラバラなのは何で?」
「ちょっとちょっと質問多過ぎ。順番に話すから落ち着いて!」
神は足下の草を30m四方くらいの正方形に刈り込んで、芝生のようなスペースを作り、そこにラタン製のテーブルとソファのセットを配置した。ご丁寧に小さなテントまで設置している。
神はソファをサラに勧め、サラが腰を下ろすとテーブルの上にトロピカルカクテル風の鮮やかな飲み物が現れた。
「今の身体はアルコール入れても大丈夫だけど、一応ノンアルコールにしてあるよ」
「ご丁寧にどうも」
「まず、地球から転生させる理由だけど、それは地球に人が増えすぎちゃってるからなんだ。そのお陰であちらの世界の神は、自分が作った魂を異世界に転生させることに寛容なんだよね」
「それって神様が作り過ぎちゃったってこと?」
「うん。あの世界の神は職人肌っていうか芸術家みたいな感じなんだよね。自分がイイって思う魂を、休まずに黙々と作り続けちゃうわけ。僕たちの間では、凄く強靭で柔軟な魂を作ることで有名なんだ。でもね、一度作った魂にはあんまり興味を示さないんだ。時々世界が荒れたときに、その魂を修復したり作り直したりするくらいかなぁ」
「ちゃんとメンテナンスするなら、興味をなくしてるんじゃなくて、自主性を重んじてるだけなんじゃないの? あまり干渉しないようにしてるというか」
「そうなのかもしれないけど、持ち出しても怒らないしさぁ。魂って一個一個手作りするからさ、作るの結構大変なんだよ。地球の人口考えたら、あの神とんでもないよね。だから、輪廻に戻ろうとする魂をちょっとだけ分けてもらってるんだ」
目の前の胡散臭い神は、にへらっと笑っった。
「質問していいかな?」
「なんだい?」
「相手の合意は得てる? 創造した神の合意もそうだけど、本人というか魂自身の。少なくとも私は合意した覚えがないんだけど」
寝込んでいたら、当然のように仕事も溜まっていました。
そのせいでこちらの更新も間が空いてしまいました。