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安定運用できないモノに依存すべきではない

リヒトはなかなか腰を上げようとしないグランチェスター侯爵に向き直った。


「個人的な意見ではありますが、侯爵閣下がゴーレムを積極的に運用したい気持ちは私も理解しますよ」

「そうであろう。其方のような賢人であれば理解してくれると思っていた」

「理解はしますが導入には反対ですね。倫理的な、あるいは感情論的なことはサラお嬢様にお任せします。そもそも、答えが出るような話ではありません」

「つまり、それ以外の理由があるということだな?」

「その通りです。そもそもゴーレムを長期に渡って安定運用していくためには、とてつもない資金力、魔力、そしてサラお嬢様が不可欠だからです。そもそもゴーレム一体を製造するだけで、国宝級の魔石が必要であることはご存じですよね?」

「知っているがサラなら融通可能であろう?」

「可能でしょうが、彼女は商人です。代金はきっちり請求されるでしょう。身内なので少しばかりの値引きはしてくれるかもしれませんが、赤字になるような真似は絶対にしないでしょう。身内だからと言って、いえ身内だからこそ甘い顔はしないはずです」


グランチェスター侯爵は苦々しい表情を浮かべた。


「それがグランチェスターのためだとしてもか?」

「逆に質問なのですが、『グランチェスターのため』と言い続けて、ずっと金を無心され続けることを、サラお嬢様は納得されると思いますか?」

「普通は愛想を尽かして逃げ出すよね」


ロバートも意見を述べた。


「実は資金だけが問題と言うわけでもありません。侯爵閣下が求めるゴーレムの製造には、サラお嬢様が不可欠です。他にゴーレムを作れる魔導士を連れてきたとしても、今のサラお嬢様が作るゴーレムのような性能を持たせることはできないでしょう。仮に製造方法を教えられても、製造できるだけの魔力があり、細部まできちんとイメージできる人を探すのは困難を極めるでしょうね」

「それは、パラケルスス師でもできないという理解で合っていますか?」


ロバートは興味深げな表情を浮かべている。


「私の理論をベースにしているので、時間と予算をかければ可能かもしれません。ですが、私には魔石を確保する手段がありません。50年ほど前に同じような仕組みを作ろうとして、先代のグランチェスター侯爵から、資金的に無理だと言われています。魔石の問題をどのように解決したのかは興味が尽きませんが、少なくとも今の私にはできません。サラお嬢様とアリシアの能力の高さは本物ですよ」

「ふむ」


グランチェスター侯爵は腕を組んで考え込んだ。


「ゴーレムを生み出す能力を持った土属性の魔法使いは、数は少ないが探せば見つけられるだろう。だが、サラのゴーレム程の性能はない。そもそもゴーレムは魔法使いが常に操作するものであって、あのように自律的に動くものではない」

「それはゴーレムの中に埋め込んでいる魔石をベースとしたユニットが可能にしている技術ですね。ゴーレムを魔道具化しているのです」


さすがにリヒトはマギシステムについて言及しなかった。おそらくサラやアリシアも、このことを外に漏らすつもりは一切ないだろう。


「ゴーレムの安定した長期運用には、製造、稼働、そして故障や破壊された際の修理や回収なども含め、きちんとした管理体制が必要です。作って引き渡して終わりにできるほど、ゴーレムは簡単な物ではありません。そして、このいずれの工程にもサラお嬢様が不可欠です」

「製造するためにサラが必要なことは理解するが…」


グランチェスター侯爵は、訝しそうな視線をリヒトに向けた。


「稼働させるための魔力をどのように補充するか検討していますか? 今目の前で魔力が漏れ出していることからもわかるように、サラお嬢様の魔力は桁違いです。私でも数体のゴーレムを稼働させる魔力はありますが、既に100体近いと言われているゴーレムすべてに魔力を注ぐのは不可能です」

「むっ。そこまで魔力が必要なのか?」

「普通の魔法使いであれば、ゴーレム一体を短時間稼働するために、自分の魔力の大半を消費するはずです。だからこそ、短期決戦で一気にカタをつけるような場面でしか戦争にゴーレムは投入しないはずです。しかも、操っている魔法使いが死んでしまえばゴーレムも土に還りますから、魔法使いの護衛が数名必要になる。なにせゴーレム操作中の魔法使いは、操作に集中していて無防備ですから」

「それはわかっている。それ故にゴーレムを戦闘に用いるのは非効率と言われているのだ」


リヒトはさらに説明を続ける。


「サラお嬢様の作るゴーレムがどの程度の強度を持っているかはわかりませんが、破損しないわけではありません。少々の傷や欠損は魔石に込められた魔力で自己修復するはずですが、それも魔力が尽きれば終わります。自分たちを構成する魔力が尽きれば、通常のゴーレム同様土に還りますが、そのままでは魔石を搭載したユニットが残ってしまいます」

「まぁ当然だな」

「おそらくサラお嬢様でしたら、なんらかの手段でゴーレムを奪われても自壊するような機能くらいは持たせてそうです。おそらくゴーレムの魔力が尽きて土に還るような事態が発生した際には、ユニットを破壊する仕掛けを施していると思います。敵に奪われるわけにはいきませんから」

「ふむ。サラなら確かにそれくらいのことはするだろう」


ふっとリヒトは説明を止め、綺麗な顔でグランチェスター侯爵に小さく微笑んだ。


「膨大な魔力を日々注がねばならず、魔力が尽きたら国宝級の魔石が破壊されるゴーレムを安定運用する仕組みを、本当にグランチェスターで維持できますか?」

「そ、それは…」

「ゴーレムはサラお嬢様が中心に存在していることが前提の仕組みです。仮に戦力として組み込みたいのであれば、サラお嬢様をゴーレム使いの軍人にしなければならないということです。ですが、サラお嬢様は侯爵閣下とロバート卿の諍いを目にしただけで倒れてしまうような子供です。私ならそんな不安定な存在に依存した仕組みは採用しません」


グランチェスター侯爵は、深いため息をついた。


「なるほど。確かに安定運用は厳しいな」

「既に侯爵閣下は理解されていると思いますが、領地経営や安全保障にかかわる問題を個人やごく限られた人に依存するべきではありません。ゴーレムなどの魔道具を安定して運用したいのであれば、製造方法、性能、操作方法、メンテナンス方法、そして廃棄に至るまでのプロセスがきちんと明文化され、その知識や技術は他の人にも引き継げる形で共有されなければならないのです。属人的な運用は、知識や技術を持っている人が失われたとき、場合によっては裏切られたときのリスクが大きすぎるのです」


そこでリヒトは言葉を区切り、グランチェスター侯爵に少し顔を近づけ、人の悪い微笑みで話を続けた。


「晩餐会でのサラお嬢様は、侯爵閣下を慕っているご様子でした。ですが人の心は時間とともに変わっていくものです。今後もずっと同じ気持ちでいてくれるとは限りません」

「なっ!」

「父上、もしかしたら無茶な要求ばかりする領主のいるところから逃げだすかもしれないよ。僕らの領地に来るなら嬉しいけど、ロイセンならすぐにサラを受け入れるだろうし、なんなら母方の親戚がいるジェノアに行っちゃうかもしれないよね」

「沿岸連合の地域に移住すれば、いつかは敵方になってしまう可能性も否定できませんね。正直なところサラお嬢様を敵に回したくはないので、そうなったら私も一緒に移住するかもしれません」


ロバートとリヒトに脅され、グランチェスター侯爵の表情はみるみると険しいものになっていく。


「私はそこまで過度な要求をしたかったわけではない。サラなら簡単なことだろうと、孫にちょっとした頼みごとをしたと思っていただけだ」

「父上、それは欲が過ぎるというものです。エルマブランデーやシードル、あるいはシュピールアなどはソフィア商会にも利があります。それに失われた備蓄用の小麦の確保は、ソフィア商会設立やソフィアの身分を作る際の便宜を図ったことに対する謝礼としてサラ自身が言い出したことです。ですがゴーレムまで要求するのは間違っています」

「…そうだな」

「ゴーレムは便利な魔道具です。導入すればゴーレムへの依存度は一気に高まるでしょうし、騎士や一般の兵士たちもゴーレムがいることを前提に動くようになります。人は一度楽を覚えてしまうと、なかなか元には戻れない生き物なのです。属人的で不安定な運用しかできないゴーレムの導入は、グランチェスター領の警備体制全体を弱体化しかねない大きなリスクとなるでしょう。あれはソフィア商会にだけ存在する謎の魔道具のままにしておき、いざという時の人命救助に活躍してもらえばいいと思いますよ。サラお嬢様と良い関係を維持できていれば、助けを求められればきっと手を貸してくれるでしょう」


ロバートはグランチェスター侯爵の隣に立ち、その肩をポンっと叩いた。


「父上、ゴーレムは今のままでも十分我らの役に立ってくれています。ソフィア商会は困ったときに助けを求めることのできる相手として遇しましょう。グランチェスター家に近しい組織ではありますが、ソフィア商会はグランチェスターの物ではありません。貴族的な視点で語るのであれば『我らはもっとも近い存在であり続けることで、誰よりも大きな利を得るべき』といったところでしょうか。まぁ実際のところは、僕はサラが離れていくのが凄くイヤって気持ちの方が大きいですけどね。利益は嬉しいけど、それが一番大事と言うわけじゃない」


そこにふとレベッカが声を上げた。


「ところで、サラが倒れている状況で、ソフィア商会のゴーレムたちは、いつまで稼働可能なんでしょう? リヒトさんでも維持は無理って先程仰っていましたよね?」

「「「あ!」」」


そこに機材を洗い終えたアリシアとアメリアが戻ってきた。リヒトたちの会話が聞こえていたらしく、アリシアが彼らの疑問に答えた。


「ゴーレムたちなら、半年くらい稼働可能ですよ」

「動力はどうしてるんだい?」

「あの子たちの動力になっている魔石は3重構造になっています。1つの魔石が空になると、次の魔石から魔力を補充し始め、その間にゴーレムたちは別途保管されている魔石と交換するのです。いまソフィア商会に保管されている予備の魔石の量を考えれば、半年程度は余裕でしょう」

「ところで、3つ目は何に使っているの?」

「2つの魔石が両方とも空になってしまった場合、ゴーレムは省力モードに入って休眠します。休眠している間にゴーレムの姿を維持し、不測の事態が発生して奪われそうになったら自壊するといった機能を維持するのが3つ目の魔石なのです。理論上、50年くらいは休眠可能なはずです。まぁ実際に稼働させたわけではないのでわかりませんが」


『もしかして生体ゴーレムも魔石交換できるんじゃ?』


「あ、でも高祖父様。生体ゴーレムたちはユニットの取り出しにも凄く魔力を使うので、可能でしたら外部から魔力を注いでください。少しでも長くゴーレムの稼働を延ばしたいです」

「あ、はい」


リヒトの思考を読み取ったようなアリシアの発言に、リヒトは少しだけしょんぼりした。


「まぁ魔力の補充は場所を選びそうですから、毎朝ソフィアのゴーレムにも乙女の塔に立ち寄ってもらうことにしましょうか。高祖父様用に部屋を用意しておきます」

「はぁ…毎朝かぁ」

「魔力喰いですから仕方ありません」

「ねぇアリシア。さっきも思ったんだけどさ、ソフィアのゴーレムって凄い美人だよね?」

「当たり前ではありませんか。トマシーナは豪奢な金髪の華やかな美人ですが、ソフィア様は月の女神のような儚げな美人ですよ」


『うん。アリシア、おじいちゃんいろいろ大変なことになりそうだよ…』


するとロバートが興味深げにアリシアに尋ねた。


「ねぇ、トマシーナって誰?」

「サラお嬢様がトマス先生をモデルに女性体の生体ゴーレムを作ったんです。元は乙女の塔の司書ゴーレムだったのですが、今は高祖父様の個人秘書ですね」

「え、トマス先生がモデルなの!?」

「そうなんですよ。とんでもなく美形のゴーレムになっちゃいました」

「リヒトさん…ちょっと羨ましい」

「ロブ?」


不用意なロバートの発言に、レベッカが冷ややかな目線を送った。部屋の気温が少しだけ下がったような錯覚に陥る。


「い、いや羨ましいっていうのはゴーレムが秘書にいるってことだよ。彼らは凄く優秀だからね。でも僕は父上と同じ轍を踏むつもりは無いよ。ゴーレムはソフィア商会のものだ」

「へー、そうなの」


どうやら、諍いの種はどこにでも転がっている物らしい。

西崎:儚げな美人…外見詐欺が酷いな

サラ:自分で書いてるくせに

西崎:そのはずなんだけどさぁ。書いてるうちに君は勝手に暴走するんだよ

サラ:そんなオカルトありえません

西崎:それは儚いじゃなくて、穿かない!

サラ:えっと…意味を理解できる人が限られるんじゃないでしょうかソレ

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― 新着の感想 ―
サラだったら、戦うはなくても、ホントに危機に陥ったら、領民を『護って』くれそうだよね。
ここで疑問に思った事は「ロボット三原則」 これが備わってるのかな?無いなら人間の行動がトリガーで逆に脅かす存在になるのではないかな?
[一言] 現状でもマギの学習をコントロールできてるわけじゃないから、サラの意向でゴーレムの使い道を限定できなくなる未来はもうすぐそこまで来てるような気がする その状況でもサラの魔力供給だけがストッパー…
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