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セドリックの怒り

気を失いながらも泣き続けているサラの涙を、近くに控えているマリアがそっと拭った。その様子を横目でチラリと見ながら、リヒトは小さく息を吐きだした。


「私はサラお嬢様に出会ったばかりですから、実際にどういう方なのか深くは知りません。ですが、私を揺り起こした際の会話を振り返れば、そのような負の思考には陥らないような気はします。考えたところで答えのでない問題だということに、すぐに気づいてくれると良いですね」


だがリヒトの衝撃的な発言に、グランチェスター侯爵とロバートはおろおろと狼狽え、レベッカは心配そうにサラを覗き込んでいた。


「サラ、すまぬ。もう困らせるようなことは言わないから、どうか目を覚ましてくれ!」

「やっと僕の娘になったのに。離れていってしまわないでくれ」


セドリックに阻まれて近づけないため、グランチェスター侯爵とロバートは離れた位置から覗き込むようにしつつ、サラに声を掛けた。


「セドリック、そこまで意地悪しないで通してあげても良いのでは?」

「気に入りませんね。まったく気に入らない。サラお嬢様が倒れるまで追い込む前に考えることなど沢山あったはずでしょう。そもそもサラお嬢様に借金しているグランチェスターが、ゴーレムの費用をどこから捻出するおつもりだったのか知りたいものです。最初から身内の情に訴えて何とかしてもらおうという甘えた考えが透けて見えています」


セドリックはつんと横を向いた。


「でしたらロバート卿やオルソン令嬢だけでも」

「我々のような妖精にも隠しおおせると思っているようなら、才色兼備と評判のオルソン令嬢も大したことはありませんね」

「どういうことですの?」

「あなた方が本当にサラお嬢様を守りたかったのであれば、身体が弱いとでも言い訳して社交の場に引っ張りだしたりしなければいいのです。ずっとソフィア様の姿で過ごせば、偶然見つかったりする事故すら起きません。でも、そうしなかったのは、サラお嬢様をグランチェスター家の令嬢として遇したいからですよね? サラお嬢様自身が望んでいないことを知っていながら」

「それは…」

「あなたは繰り返し『貴族女性の生き方を否定するな』と説き、貴族的な生き方を容認するように教育した。貴族令嬢のガヴァネスとしては正しいのかもしれませんが、平民の商人として独立を目指していたサラお嬢様の方向性を少しずつ歪めたことは自覚しているのではありませんか?」

「歪めたつもりはないわ。だけど、サラはアーサーの娘なのだし、グランチェスター家の令嬢として育つべきでしょう?」


セドリックはレベッカに対してもまったく容赦がなかった。


「結局、あなたがたも貴族至上主義なのですよ。平民として生きるよりも、貴族の方が幸せだと心のどこかで考えていらっしゃる。アーサー様は自ら平民となり、サラお嬢様も平民として育ったのです。あなた方が養女にしなければ、成長した後は平民の商人として生きていったでしょう」

「私は彼女が商人として生きて行くことを否定するつもりはないわ」

「そうでしょうね。サラお嬢様が商人として大きな恩恵をもたらすことをよくご存じでいらっしゃるのだから」

「なんですって! いくらサラの友人の妖精でも無礼でしょう」


レベッカはとうとうセドリックに対して激高した。すると、空中からフェイが姿を現した。


「レヴィ、興奮したら相手の思うつぼだよ。セドリックは君を怒らせようとしているんだ」

「邪魔するな。フェイ、お前だってわかっているのだろう?」

「わかってないわけじゃないけど、貴族として生まれて、貴族としてしか生きてこなかったレヴィに納得させるのは至難の業だと思うよ。小公子と呼ばれるような型破りな娘だったけど、レヴィは生粋の貴族令嬢だからね。サラを一目見た瞬間から、容姿に価値があると判断し、中身が優秀であることでより一層評価を上げたのは紛れもない事実だし。いつか貴族の元に嫁げるように教育したってだけのことさ」

「フェイ! あなたまで私を批判するというの!?」

「ボクはレヴィを批判したりはしない。ただ、事実を指摘するだけだ。それを批判だと受け取るなら、レヴィ自身が後ろめたいと思っているからだよ。言ってることが間違っているなら、堂々と否定したらいいじゃないか」

「私は侯爵家の貴族令嬢として恥ずかしくないよう教育したつもりよ。ガヴァネスとして間違っているとは思わないわ」


レベッカは妖精たちに反論したが、セドリックはそんなレベッカを鼻先で嗤った。


「ええ、確かに見事な教育ですね。あなた自身が王妃から受けた教育をそのまま施しているのですから。お陰でサラお嬢様は、ゲルハルト王太子やアンドリュー王子の正妃候補としても恥ずかしくない所作を身に付けていますよ。結果的にあなた方の養女にはなりましたが、元騎士爵の娘に過ぎず平民の少女には過ぎた教育でしょうね。まぁ学力的な部分で言えば、歴史や文学などの本を読んで身に付けなければならない常識を除けば、最初からオルソン令嬢よりもサラお嬢様の方が上でしたけどね」

「セドリック、その件については意図してたわけじゃないんだよ。レヴィにとってサラはガヴァネスとして最初の教え子だからね、ついつい力が入っちゃったんだ。サラが優秀過ぎて加減出来なかったという方が正しいかもしれない」

「はぁ…それもどうかとは思いますがね」

「勢いってやつだよ」

「仮にそうだったとしても、貴族女性として生きるように思想的な教育を施すのはやり過ぎでしょう。最初からサラお嬢様を文官として利用したロバート卿の方が数段マシに見えるくらいですよ。愛情や友情を疑っているわけではありませんが、相手の選択肢を奪うようなやり方はまったく気に入りませんね」


セドリックは鋭い牙を見せつつレベッカを威嚇したが、フェイがふわふわとレベッカの近くまで漂うように移動して庇った。


「セドリック、ちょっとした誤解があるみたいだね。レヴィがサラをグランチェスターに残るように誘導したのは、ロブがサラを可愛がってたからだよ。この子、ロブにだけは昔っから甘々なんだよ。ガヴァネスになったのだって、ロブが呼んだからだしね。他の貴族家から呼ばれたって行かなかったと思う。生活に困ってるわけじゃないし」

「フェイ!」


レベッカは突然の暴露に顔を真っ赤にして、盛大に照れた。何故かロバートまで一緒になって顔を赤らめている。


「途中から自分も気に入っちゃって、教育には気合入りまくりだしね。引き留める方に誘導したのも、ロブだけじゃなくて自分も離れたくないからなんだ」

「離れたくないなら社交の場に出さなければいいのに。お陰で隣国の王族にまで目を付けられてしまったではありませんか。政略の道具にする気満々にしか見えませんよ」


セドリックは呆れたようにレベッカを見た。


「私も途中からまずいかなぁと思ったのだけど、まさかあそこまでゲルハルト王太子がサラに興味を持つとは思わなかったのよ。年齢もかなり離れているし」

「レヴィはね、ソフィアとサラが酷似していることを利用して、ソフィア商会はグランチェスター家と密接に繋がっているってことをアピールしたかったんだよ。グランチェスター家のためっていうより、ロブのためだけどね」

「……えーっと、オルソン令嬢はそこまで、このヘタレ…じゃなかったロバート卿がお好きだということですか。私は妖精なのでよくわかりませんが、文官としての能力は平均よりちょっと上、剣の腕前はオルソン令嬢よりも下ですよ? 容姿はグランチェスターの一族らしく整っていますが、最近ちょっとお腹出てきてます」

「セドリック、本人を目の前にしてそういう指摘はとても胸が痛いし、腹のことは何とかするからちょっと黙っててくれないかな。っていうか何で知ってるんだよ」


ロバートがセドリックに抗議した。


「先週、結婚式の衣装のために仕立屋の採寸を受けてましたからねぇ」

「サラが情報通な理由がよくわかったよ。数字は言わないようにね」

「ロブ、剣術の訓練を再開しましょう。お腹なんてすぐに元通りになるわよ。ジェフ程の才能はなかったけど、別にあなたは下手じゃなかったわよ?」

「レヴィ…それちっとも褒めてないよ。まぁ剣術はもう一度やり直すけどさ」


落ち込むロバートにレベッカが寄り添って、肩をぽんぽんと叩いた。


「ふむ…仲がよろしいのですね」

「婚約したばかりだしね」

「オルソン令嬢、ロバート卿は女性関係もそれなりでしたが、よろしいのですか?」

「ちょっと! なにいってるかな」

「知ってるわ。忠告いただかなくても大丈夫よ」

「あの…レヴィ?」


ロバートは慌ててレベッカを振り向いた。レベッカはにっこりと微笑んでいたが、目がまったく笑っていなかった。


そこに突然リヒトが割り込んだ。


「セドリック、人間にもいろいろ事情とか都合ってものがあるんだよ。少しばかり警戒を解いてくれないか?」

「リヒト、どうせサラお嬢様が目を覚ませば、同じことを繰り返すのは明らかです。もうサラお嬢様をグランチェスターに留める理由など無いではありませんか。この二人が破局すればサラお嬢様も養女にならずに済みますしね」

「家族や友人と離れてしまうのに?」

「家のため、領民のため、国のためなどと理屈をつけ、情に訴えて利用してくる相手を家族と呼び続けなければならない理由が理解できません」

「そういうしがらみの中で人は生きて行くものなんだよ。グランチェスターを離れて別の場所で生きるのだとしても、おそらく彼女は平凡に生きることは難しいだろうね」

「理由を伺っても?」

「サラお嬢様は美しすぎる。容姿だけじゃなく、存在そのものが稀有で美しいことは妖精の君たちが一番よく知っているだろう。どこにいても目立つだろうし、おそらく商人であることを辞められない」

「まぁそうでしょうね」

「この世界で女性が商人を続けるのは容易ではないが、彼女は困難を克服する能力を持っているからね。予想でしかないが、サラお嬢様は女性であることすら、商売に利用しそうな強かなタイプに思える。そんな美しく能力の高い商人が平凡な人生なんてあり得ないだろう?」

「認めたくはありませんが、否定できませんね」

「今ここでグランチェスターを離れても、移動した先で同じようなことを繰り返すことになるだろうね」

「なんとも面倒な方だ」


セドリックはトンっとベッドに飛び乗り、サラを腹部に抱えるように身体を横たえた。その様子は、まるで仔猫を守る母猫のようである。よく見ればミケもサラの頭上近くに陣取って、近づいてくる人間たちを警戒していた。


「近づくことは認めます。ですが、サラお嬢様の近くで言い争いをしたら即排除しますのでそのおつもりで」


レベッカとロバートはサラに近づき、その顔を覗き込んだ。


「あぁ、まだ泣いているんだね。ごめんよ。僕たちのせいで」

「サラあなたは悪くないわ。どんな道具も使う人次第よ。あなたが生活を向上するために便利な道具を生み出しただけだってことはわかってるわ。どうか無事に目を覚ましてちょうだい」

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やっぱセドリックしか勝たんw この作品、なんだかんだ完全な善人も完全な悪人もいない、人間関係は所詮エゴとエゴとのぶつかり合いで、その人にとって好ましい人間というのは究極その人にとって都合のいい人間(…
[一言] 育った環境や知識や常識は、本人が気づかないくらい浸透してるから、仕方ないかと。 何せどの事柄も「良かれと思って」ですからね。 この話の世界ではどこに行っても「身分差別」「男女差別」はつきま…
[一言] セドリックが実は激情の人(人じゃない)だったのが意外(・ω
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