対立の構図
サラとグランチェスター侯爵のやり取りを傍から見ていたレベッカは、サラに向かって質問した。
「サラ、教えて欲しいのだけど、もしかしてゴーレムは学習して成長していくの?」
「その通りです」
「つまり、ゴーレムを軍に編制するというのは、子供に武器を持たせて、人を傷つけることを教えるってことなのね?」
「そうですね。そのイメージで合ってると思います」
「以前、子供ばかりを集めて、人を殺す訓練をさせる非人道的な暗殺組織があるという噂を聞いたことがあるわ。そこでは幼い子供でさえ、大人たちが言うままに相手を殺すようになってしまうのですって。ゴーレムは人を守ることを学んで成長しているのでしょう? それなのに人を傷つける技術を教えるのはあまりにも酷い話よね。私もそれは賛成できないわ」
あっさりとレベッカはサラの味方に付いた。実際のところ、自分たちに襲い掛かってくる不審者たちの攻撃をゴーレムは目撃しているため、戦闘技術そのものは既に学習している可能性の方が高い。それこそ、騎士団との合同訓練やサラとの模擬戦闘などを繰り返せば、相当の技術を習得するだろう。サラが問題だと思っているのは、『理由があれば人間を害しても良い』とゴーレム、あるいはマギに学習させてしまうことなのだ。
「もし、それがイヤでグランチェスター領を離れるなら、私も一緒にグランチェスターを離れるわ。あなたは娘なのだし、私たちの所領に来ればいいだけよ。ロブも良いでしょう?」
「もちろんだよ。僕も父上の意見には賛成できないからね」
ロバートもレベッカ同様にサラの味方である。だが、この発言にグランチェスター侯爵が憤った。
「何も私はそのような非人道的なことを望んでいるわけではない。私を血も涙もない領主のように言い立てるつもりか! 私は、ただグランチェスターの民たちを守りたいだけなのだということを何故理解せぬのだ。ロバート、お前もグランチェスターであろう」
「我らはこれまで通り守ればいいだけではありませんか。確かにゴーレムは強大な戦力たり得るでしょう。ですが、あれらはサラの魔力と錬金術で生み出された魔道具です。自律的に動いているように見えていても、最終的にはサラの制御下にあることは明白でしょう。あなたは領主命令で8歳の幼子に武器を作って戦えと言っているのと同義です。それが非人道的行為ではないとでも言うおつもりですか?」
「その子もグランチェスターだ」
「ふざけるのも大概にしていただきたい。そもそも餓死寸前まで7年以上も放置していた癖に、なぜ平然と祖父の権利を主張できるのですか。引き取ってからも王都の邸で死なせかけているのですよ? どうしてサラが僕のところに来たと思ってるんですか?今まで何もしてこなかった相手にグランチェスターの義務を押し付けようとしないでください」
この指摘にグランチェスター侯爵が反論できるはずもなかった。紛れもない事実であるからだ。
「それでも、サラはエドワードに仕掛けられた巧妙な罠を見抜き、自分をイジメた相手の家族に資金を提供している。グランチェスターがこの子に掛けた養育費、父上がこの子に授けた土地、建物、資金、馬、これらの資産を全部合わせたとしても、サラがグランチェスターにもたらした富の百分の一にも及びません。つい先日も小麦の代金を受け取ったばかりではありませんか。それどころか、新たな産業を起こしたことで、新たな収入が見込まれています。エドや私などよりずっとグランチェスターに貢献している人物など、どこにいるというのですか? どうしてもゴーレムが必要だと仰るなら、父上自身がお作りになればいい」
「それができるならとっくにやっておる!」
「サラなら無理強いしても良いと?」
「サラしかできないから依頼しているのだ」
「父上のそれは依頼ではなく命令ですよね?」
『リヒト、わかったよ。こうやって対立が起きることを心配してくれたんだね。私が不用意にゴーレムを生み出したせいで、この親子の間に火種を落としてしまった…』
どちらの主張も間違っていないことをサラは理解していた。だが、民や国のために個人の犠牲を求める為政者と、娘を守ろうとする父親が相容れるはずないことも同じく理解出来てしまうのだ。
サラは酷く胸が痛み、目の奥が熱くなった。脳裏にはグランチェスター侯爵やロバートから抱え上げられ、くすくすと笑ったり、拗ねたりした日々が次々とゲームのスチルのように過る。自分でも意識しないまま、ぼたぼたと大粒の涙が零れ落ち、そのまま静かに意識を手放した。
「サラお嬢様!」
「サラ!」
サラの後ろに立っていたマリアが慌ててサラを抱き起こしたが、サラからは何の返答も無かった。レベッカが慌てて光属性の治癒魔法をかけてみるが、まったく反応がない。
怒鳴り合っていたグランチェスター侯爵とロバートも慌ててサラの元に近寄ろうとした。だが、そこに突然ミケ、ポチ、セドリックが突然姿を現し、二人の行く手を遮った。
「ウィル…これ以上サラをイジメるなら、あなたでも容赦しないわ」
「サラを傷つけるつもりなら、この領の植物をすべて枯らしてみせる」
「これほどグランチェスターに尽くしているサラお嬢様に対して、どうしてこのような無体なことをされるのか理解できません」
妖精たちはカンカンに怒っていた。
セドリックは素早くサラを抱え上げてベッドに寝かせると、大きな黒豹に変化して近づこうとする人間たちに牙を剥いて威嚇した。
「違うんだ、僕はサラの味方だ。サラの嫌がることはさせないよ。それに具合が悪いのなら薬師に見てもらった方がいいと思うんだ」
「サラはあなたたちが言い争ったことを嘆いてこうなったのよ。見てごらんなさい」
グランチェスター侯爵とロバートが目を遣ると、サラは意識もないのに涙を流し続けていた。
「サラ…」
「そんな、どうして」
二人がおろおろと動揺していると、扉をノックする音が聞こえてきた。マリアがドアの内側から誰何すると、サラの部屋を訪ねてきたのはリヒトであった。
「夜分に失礼いたします。令嬢の私室であることは承知しておりますが、妖精から呼ばれたため罷り越しました」
「パラケルスス師、いえリヒトさん。サラが倒れてしまったのです。どうか診察を!」
「承知いたしました」
狼狽えるロバートから依頼されたため、リヒトはサラの部屋に立ち入ってベッドの近くに歩み寄った。黒豹のセドリックもリヒトを止めることなく、少し体の位置を動かしてリヒトに場所を譲った。
リヒトは複数の属性の魔法でサラの状態を確認し、必要な治療を施しつつ、薬を調合するために必要な素材をメモした。書き終わるとメモをマリアに渡し、アメリアに素材を揃えてくれるように伝言した。
「念のため私もいくわ。薬草が不足しているかもしれないから」
「その方がいいね。ポチ、頼むよ」
「任せて」
マリアは部屋の外に出て、控えている使用人の中から馬車を馭せる女性の使用人に声を掛けた。サラが倒れたため、乙女の塔にいるアメリアにメモにある薬草を急いで届けて欲しいと伝言し、彼女にメモを託した。この時マリアは、自分でも馬に乗ったり馬車を馭せるよう訓練しようと心に誓った。
素材が届くまでは何もできないため、リヒトは静かにソファで待機するグランチェスター家の三人の元に歩み寄った。
「状況は把握しています。予想していたよりもずっと早くに、こうした衝突を生みましたね。サラお嬢様のこれまでの行動を把握しているわけではありませんが、漏れ聞こえてきただけでも危うさを感じていました」
「その件は後回しにしてください。サラは何故倒れたのでしょう。どこか身体に悪いところでもあるのでしょうか?」
「身体に大きな異常はありません」
「何の前触れもなく突然倒れたというのに、本当に異常は無いのですか?」
ロバートが捲くし立てる。
「今、サラお嬢様は自分の感情を上手く制御出来ていないのです。普通の子供であれば、魔力暴走を起こすところですが、サラお嬢様は本能的に暴走しないよう自分で封じ込めているんです。自分の魔力暴走がどんな結果を招くかを理解しているのでしょう」
リヒトは気の毒そうにサラを見つめた。
「私も人のことは言えませんが、サラお嬢様は、あまりにも幼いうちに前世の記憶が蘇りました。大人の記憶を持つが故に、見た目はともかく中身は大人だろうと思われがちですが、実際には身体も精神も8歳の少女の物なのです。記憶が戻る前も、おそらく大人びた子供だったのでしょう。両親をなくし、精神も成長せざるを得なかったのかもしれません」
「確かに、引き取ったときから子供らしい雰囲気はあまりなかったな。我儘を言ったり駄々を捏ねたりすることもなく、淡々としていたように思う」
グランチェスター侯爵は、サラに初めて出会った時のことを思い返した。
「記憶が蘇っても本質が変化するわけではありません。ですが、未成熟な身体と精神に、大人だった頃の記憶が注ぎ込まれるため、うまく処理できないのです。おそらく、記憶が蘇った直後も、このように高熱を発して倒れたはずです」
「は、はい。間違いありません。サラお嬢様は、池に落ちて記憶を取り戻された際、高熱を発して3日程寝込まれました。てっきり酷いお風邪を召されたのかと思っておりました」
マリアはサラが大きな変化を迎えた際のことを告げると、リヒトは頷いた。
「おそらくサラお嬢様は、すべての記憶を思い出していたわけではありません。最初に処理しきれなかった経験や知識は、ひとまず保留しているのでしょう。そのせいで、ぼんやりとしか思い出せないことが多いのです。私もそうでした」
「では、サラは保留していた記憶を処理している状況と言うことですか?」
ロバートがリヒトに尋ねた。
「正確に言えば、常に処理し続けているのです。今の身体や精神の成長に合わせ、少しずつ思いだせることが増えていく。無意識のうちに魔力を使って処理するので、その輝きが妖精を魅了することが多いようです」
「では、何故突然倒れたのでしょうか?」
いつも快活で明るく、行き過ぎなくらい勝気なサラが、今はベッドの上でさめざめと泣き続けている。その姿があまりにも弱々しく儚げに見え、ロバートの胸は締め付けられるように痛んだ。
「人は大きなショックを受けたり、命の危険に晒されたりすると、状況を改善するため身体が勝手にこれまでの知識や経験を思いだして何とかしようとするのです。おそらくサラお嬢様は自分が原因でお二人が言い争いをしたことを自覚し、解決したいと強く願ったのでしょうね」
「そんなことで、こんな風に倒れてしまうのですか? 正直、これまでのサラのことを思い返すと、そのくらいでショックを受けるようには思えないのですが…」
リヒトは表情を消して部屋にいる全員に向き直った。
「大人にとっては『そのくらい』のことかもしれません。確かに大人であれば戸惑ったとしても、受け流すなり反発するなりできたでしょう。ですが何度も申し上げているように、彼女の精神は必ずしも大人ではないのです。自分が大切だと思っている人たちが、自分のせいで争っているのを平然と受け止められるわけではないのです。せめて、サラお嬢様がご自身を責め続けるような性格でないことを祈りましょう」
「それはどういうことですか?」
「サラお嬢様が『自分がこの場に居ることで周りを不幸にする』などと考えるようであれば、二度と目を覚まさない可能性があるからです」
「なっ!」
「なんだとっ!」