人の話を聞け
「ところでサラ、君はどうしてオレを起こす気になったんだい?」
「そうだった。私はリヒトに相談したいことがあったんだ。その前にリヒトがいつ頃の日本から来たのか聞いても良い?」
「20XX年の年末だ」
「私と一緒だ。350年も転生時期が違うのに、元は同じ年だなんて。私はボージョレ・ヌーヴォーのイベントが終わった後に帰国した記憶があるから、多分11月の終わり頃だと思う。そう考えるとリヒトの方が後から転生してるんだね」
「酒を中心に思いだすのかぁ」
「時期が決まっててわかりやすいじゃない!」
「まぁオレはイベント会場に向かう途中だったけどな。もしかしたら通り魔じゃなくて、オレの財布狙われただけかも。今はキャッシュレス増えてるから、大金持ち歩くヤツ減ってるのに」
「悪いけど、時期の説明はリヒトも負けてなくない? それ夏と冬にやるアレだよね?」
なぜか話を聞いていたアリシアが嬉しそうに目を輝かせながら、リヒトに質問してきた。
「それ知ってます。シルヴィアが持ってる雑記帳に、高祖父様が夏と冬に開催する祭典について記した項目がありました! 熱心な信者が年に2回聖地に集まるんですよね!?」
「……リヒト、いくらなんでもこれはヒドイと思う」
「ごめん。反省する」
だが、アリシアは幼い頃に想像した聖地のお祭りの情景をうっとりと思いだし、興奮がなかなかおさまらなかった。
「ところで高祖父様、『テツヤ ハ ルール イハン ダロ』って聖句ですか? それとも何かの呪文ですか?」
「うわー。アリシアさん、それ以上は止めてぇ。オレのライフがゴリゴリ削られてるから」
「リヒト、あなたこの世界の人が読める言語で何を書いたのよ」
「疲れてた時に、なんとなくアヴァロン語で書いちゃったんだよ」
「そんなの捨てなさいよ」
「オレ、書いたモノはメモでもなかなか捨てられない性格なんだよ。本はもっと無理。凄いイヤなヤツが書いた間違いだらけの本でも一度買ったら捨てられない」
「断捨離って知ってる?」
「ごめん、オレは死んだ婆ちゃんの遺言で、断捨離教には入信できないんだ」
「まぁそれはいいや。恥ずか死ぬのはリヒトだし、本が捨てられないお陰で図書館凄いしね」
不思議そうに首を傾げるアリシアに、サラはちょっとだけ助けを出した。
「あのねアリシア。祭典や聖地っていうのは比喩表現なの。元々は本を書いている人たちが集まって自分たちの本を売る集まりだったんだけど、年を重ねるごとに規模が大きくなっていって本以外のモノも売るようになったのよ」
「わぁ凄い。知識人が集まる素晴らしい祭典だったのですね。きっと文化交流も盛んだったのでしょうね。さすが高祖父様です。魔道具のようなモノも売っていたのでしょうか?」
「それに近いモノはあったかもしれないわね。物語のような本を書いている人が多かったから、本の登場人物の衣装を着たりする人もいたわ」
「それはお祭りらしくて華やかで素敵ですね!」
アリシアの脳内でどんな素敵な光景が妄想されているのかを聞くのが怖いので、説明はこれくらいにしておこうとサラは思った。実際、サラは学生時代に友人に付き合って何回か行ったことしかなく、記憶も曖昧である。人混みで気分が悪くなったことだけはなんとなく覚えているが。
「その話は置いておいて、サラはオレに何を相談したかったの?」
「相談したいことは山ほどあるけど、切実なのはBCP対策としてマギのバックアップ。あと移動体通信機器が欲しい!」
「サラはいきなり難題を吹っ掛けるね」
「でも、完成したマギはあるし、なんとかならない?」
「純度の高い魔石がいっぱい必要になるけど大丈夫?」
サラは収納空間からザラザラと大きな魔石を箱ごと取り出して、リヒトの前に差し出した。
「おーい、なんでこんなにインチキな量があるんだよ。全属性分あるわけ?」
「あるよ。足りなければもっと持ってくるよ」
「国を丸ごと買ってもお釣りがくるくらいの魔石を差し出してることに気付いてる?」
「当然よ。私は商人だもの。だけど、こんな魔石を市場に出したら、あっという間に市場が崩壊して大事になっちゃう。下手したら戦争になるし潰れる国も出てくると思う」
「理解はしてるのか。余計に質が悪いな」
サラは待機していたゴーレムを呼んだ。
「えっと、あなたって何番目だっけ?」
「私は23号です」
「じゃぁ23号、マギの設計書を用意しておくよう他のゴーレムに伝えてくれる?」
「承知しました。どちらに用意しておきますか?」
「ひとまず乙女の塔でいいわ」
サラがゴーレムとやり取りしている様子を見たリヒトは、ゴーレムの23号をまじまじと見つめた。
「さすがにこの造形で数字呼びは味気ないだろう」
「じゃぁリヒトが名前を付けてあげて」
「原型になった彼はトマス君だっけ?」
「はい。然様です」
名前を呼ばれたトマスは返事をする。
「じゃぁ、この子はトマシーナって名前にしていいかな?」
「光栄です」
トマスは感激したように答えた。
『うーん。トマス先生はリヒトへのリスペクトが凄そうだわ』
「長いからシーナって呼ぶことにするよ。サラ、暫くの間はシーナをオレの秘書にしていいかな?」
「リヒトが魔力を供給するならどうぞ」
「どうやって供給すればいいの?」
「ユニットは胸部に配置してあるので、お胸に触って魔力を注ぐの」
「ちょ! 待って、なんかオレ変態っぽい!」
「他の人が見てないところで、ちょちょいとヤっちゃえばいいだけです」
「微妙に変なニュアンスがあった気がするんだけど」
「キノセイ」
「魔力はどの属性を注げばいいの?」
「どの属性でも勝手に変換するから気にしないでいいよ」
「……技術が進み過ぎてておじいちゃんついていけないよ」
「そこに居るあなたの子孫が、喜んでおじいちゃんに教えてくれるわよ」
キラキラとした瞳でリヒトを見つめるアリシアは、サラの台詞にコクコクと頷いた。
「ふむ…、移動体通信はそんなに考えなくてもすぐにできるんじゃないか?」
「え?」
「小さいゴーレムだと思えばいい。マギを経由して音声を届ければ良いだけだろ。別に人型である必要はないし、機能を搾り込めばユニットを小さくするのも比較的簡単だ。文字や画像でも送れそうだけど、そうなると表示の問題が出るから、本当にスマホっぽい機能は後回しになるけどね。それでも、音声でマギから情報を引き出す能力は付けておいた方が便利かもね。ただ、やり過ぎない方が良いとは思う」
「マギと離れてしまうと通信ができなくなるんじゃ?」
「今のマギとの通信がどれくらいの距離まで可能なのかわからないけど、遠隔地との連絡を可能にしたいなら、中継する基地局を作るしかないだろうね」
「なるほど。確かにその通りね。DRも考えると複数の経路を用意すべきかもしれないわ」
「それはマギの冗長化でも同じことが言えるだろうね。本気でやりたいなら、グランチェスター以外にもマギのバックアップを置いた方が良いと思うよ」
サラは暫し考え込んだ。近いうちにソフィア商会の流通網は作る必要がある。王都や主要な領を結ぶ街道沿いの土地を買収し、ソフィア商会の拠点を作るのは悪いアイデアではなさそうだ。替えの馬や馬車が故障した際の部品などを用意しておきたい。もちろん、従業員たちの宿泊設備まで整えられれば尚良いが、いきなりそこまでは手が回らないだろう。
「中継地点を少しずつ追加していって、通信可能エリアを拡げていく方法ならできそう。ひとまずはグランチェスター領内、次は王都とグランチェスターを結ぶ街道沿いかな」
「妥当なところじゃないかな」
「ところでリヒト」
「なんだい?」
「モニタとキーボードとプリンタも欲しい!」
「ついでにマウスが欲しいとか言い出すんだろ。サラ、君って本当に異世界に転生した自覚ある?」
「なんならコピー機も欲しい」
「お前は人の話を聞け――」
さすがのリヒトもちょっとだけキレた。