異邦人
暴力的な表現が含まれます。苦手な方はスキップしてください。
「私が非常識なことは十分承知しているので指摘していただかなくても大丈夫です。迂闊な性格で自分の首を絞めているのも自覚しています。既にやらかしてあちこちから目を付けられています」
「うん、容易に想像ができるよ。というか、それは転生者あるあるだから」
「というと?」
リヒトは土属性で簡単なベンチのような椅子を複数つくり、この場に居る面子に座るよう促した。自分自身はベッドに腰かける。
「オレはオレと同じ世界からやってくる転生者に会いたくて仕方がなかった。この世界に生まれてすぐに捨てられたオレは、どこにいても異邦人という気持ちが抜けないんだ。オレを拾って育ててくれた婆ちゃんは、オレが7歳の時に死んだ。僻地の村に良く居る薬草に詳しいだけの女性だったけど、村人からは嫌われていたんだ」
「え、薬師なら大事にされたりしないの?」
「サラならわかるだろう? まだまだこの世界は未熟で、よくわからないモノを忌避してしまうコトがよく起こる。魔女と呼ばれていて、困ったときだけ相談にやって来るけど、普段は避けられていたよ」
リヒトは珈琲の入っていたマグを見つめて、中に何も入っていないのを確認すると少しがっかりしたような表情を浮かべた。それを見たサラは収納空間からハーブティの茶葉を取り出し、魔法で手際よくハーブティを淹れた。先程と同じように即席で作ったティーセットに注ぎ入れると、命令しなくてもゴーレムが自然と動いて全員にカップを配ってくれた。
「手際がいいね。魔力制御も素晴らしい。普段から生活に魔法を使っている証拠だね」
「ありがとう。リヒトのつくったベンチも座り心地良いわ」
サラとリヒトは見つめ合い、どちらともなく小さく笑った。
「話を戻すけど、婆ちゃんは不作の年に魔女狩りみたいに殺されたんだ。そういう年は山や森で採れる恵みも減るから獣たちも飢える。村は野生動物や魔物に襲われる被害が頻発して、怪我人が大勢出たんだ。それを村の人たちは婆ちゃんが呪ったと決めつけ、ある夜に大勢で襲ってきたんだ」
「どうしてそんな酷いことを!」
「オレも原因の一つだった。オレは生きて行くために魔法を遠慮なく使ってたからね。妖精に頼んで婆ちゃんの家の畑だけは実りが豊かだったし、オレ自身も魔法で動物をいっぱい狩ってた。だから、食べ物、薪、毛皮は溢れる程あって、冬支度は完璧だった。
その年、村が不作で困っていたことは分かってたから、オレは余剰分の食べ物や毛皮を村に持って行った。婆ちゃんが嫌われていることは理不尽だと思ってたし、ちょっとでも印象が良くなればいいって思ったんだ」
「それは良いことだと思うわ」
「うん。そうだね。だけど、全部の村人に行きわたる程の量があったわけじゃないんだ。オレはもっと狩りをしてくるって村人に伝えて森に入ったんだけど、その日のうちに婆ちゃんは殺されて、冬支度のために蓄えていたモノはすべて持ち去られた。3日後に沢山の獲物を抱えて村に戻ったオレは、その惨状を目にして村人に詰め寄った。だけど村人たちはオレのことを『魔物の子』って呼んで、婆ちゃんは魔物の子を育てた『魔女』だって決めつけた。そして『魔女は村の実りを独り占めした。殺されて当然』だと言って、オレにも石を投げつけたんだ」
遠くを見るような目をしたリヒトに、掛ける言葉をサラは持たなかった。サラだけでなく、その場に居た全員が痛々しい目でリヒトを黙って見つめていた。
「オレは凄く哀しくて、凄く腹が立った。村人たちを全員殺してしまおうと一瞬本気で思ったよ」
「でも、リヒトはそうしなかったのね?」
「一番前でオレに石を投げていたのは、婆ちゃんが作った熱さましを飲んで回復した子供だった。他にも婆ちゃんが助けた患者が大勢いたんだ。こんな世界に勝手に連れてこられたのに、頭の中で『ヒポクラテスの誓い』が過ったんだよね。前世のオレは研究医で、直接患者に向かい合ったことなんてほとんどなかった癖にオカシイだろ? だけど、その時のオレには村人たちを害することが出来なかったんだ」
「そっか…。リヒトはいいお医者様だったのね」
ヒポクラテスの誓いとは、医師の職業倫理を書いた宣誓文だ。古代ギリシャの医師であるヒポクラテスによって作られたと言われており、現代でも形を変えて医療現場に影響を与えている。
「リヒト様、ヒポクラテスの誓いとは何ですか? 医師というのが薬師のような職業を指すことは理解できます」
唐突にアメリアがリヒトに質問した。
「あ、様とかは居心地悪いから付けないでいいよ。医術に携わる者の職業倫理を誓う宣言文なんだよ。元になった宣誓文は凄く古い時代に書かれたモノだから、時代や地域によって内容はちょっとずつ違うんだけど、患者の貴賤・性別・宗教などを問わず医術を提供すること、患者に害を与えるような医術は提供しないことなんかを、医師になるときに宣誓するんだ」
「そうなんですね。今度詳しく教えてください。薬師として私も知りたいですし、可能であれば私も宣誓したいです!」
「アメリアさんは真面目だねぇ。きっといい薬師なんだろうね」
持っていたカップからハーブティをコクリと飲んだリヒトは、話の続きを語り始めた。
「オレは目立ち過ぎたんだと思う。人の役に立てば、オレたちを見る目も変わるって信じてたんだ。その頃のオレは馬鹿だったから『ヒャッハー異世界転生だー。俺様TUEEEEEE』ってなるつもりだったんだよ。そういうこと期待されてるのかなって思った。オレの前世の死因は通り魔に刺されて死亡だからさ、次は自分が暴力を振るうのかなって」
「通り魔の被害者になったことはお気の毒だけど、ヒャッハーは誰も期待してなかったと思うわ。ならなくて良かったね」
「まぁそうだね。転生するとさ、前世の記憶があるせいで自分は大人だって思っちゃうけどさ、心はちゃんと子供時代からやり直してるんだってその時実感したよ。オレは馬鹿みたいに人の善意を信じてたし、友達が欲しくてたまらなかった」
「それは人として当たり前の感情だと思う」
「だけど、オレはこの世界では異質な存在で、力を見せつければ悪目立ちして忌避されるってことを理解していなかったんだ。本当は記憶が戻るのはもっと成長してからの方が良かったんだろうね」
サラはリヒトが自分のことを心配してくれていることに気付いた。
「リヒト、心配してくれてありがとう。私も、もう少し分別のある時に記憶が戻る方が良かったのかもね。いろいろ手遅れなくらい目立ってしまったわ。でも、幸いにもいろいろな人に守ってもらえてるみたい。だから私もちゃんとお返ししていこうと思ってる」
「うん。人との出会いは大切だよね。オレは婆ちゃんが大好きだったけど、転生者だってことを言わないままで終わってしまった。話しても理解してもらえると思えなかったんだ」
「それは無理もないわ」
「だからオレは、オレを理解してくれる人を探して長い年月を生きてきた。友人もできたし、妻や子供もできた。それにアリシアのように玄孫に至るまで血を繋いで貰ってもいる。だけど常に自分が異邦人で、この世界の異分子であることを心の片隅で意識していた気がするんだ」
だが、サラはリヒトの気持ちを完全に理解できているわけではなかった。
「リヒト、あなたが言っていること頭では理解できているけど、私自身は自分のことを異邦人のように感じることが無いわ。前世の記憶をすべて思いだしていないからかもしれない。いろいろなことを少しずつ思いだしてはいるのだけど、家族や友人に関する愛着のような感情が湧いてこないのは、まだ思いだしていないことが多いからなのかも」
「あぁ、まだ思いだし始めてから日が浅いのか。それにしちゃ色々やらかしてるみたいだけどね。まぁそれはオレやサラだけじゃなく、他の転生者もそうみたいだ。この世界にはあちらの世界にあるものが色々残ってると思うんだ」
「それは私も実感してる。私は楽器を演奏するのだけど、ピアノやヴァイオリンは21世紀の地球とほぼ同じよ」
「だからオレはオレ以外の転生者を探して、色々な場所を訪れた。オレは古代文明にも転生者がいたと信じてる。古代言語はプログラミング言語に近いと思ってるし、魔法陣はプログラムっぽいなって考えてたんだ」
「その感覚は理解できるわ」
「だよね。転生者たちは生活の利便性を向上させたり、お金を稼いだりするために、前世の記憶を利用してることが多い。技術者が転生してきたら真っ先にモノを作ってる気がする。そのせいで悪目立ちして殺されちゃうこともあるけどね」
「だから転生者あるあるなのね?」
「そういうこと。歴史を調べていると、ところどころ違和感を覚える人物が現れるし、唐突に文明が進んでしまうことがあるんだよ。たぶん転生者が現れたんだと思う。だからオレは生きてる転生者に会って話をしたかった。オレのことを理解してくれる友人を切実に望んでいたんだよ」
「なるほど。リヒトの言うことは理解できたわ。年齢差は300年以上あるけど、私とお友達になってくれるかしら?」
「じゃぁ、サラの前世の名前も教えて」
「宇野更紗よ」
サラはベンチから立ち上がってリヒトに歩み寄り、二人はがっちりと握手を交わした。
DMで「冒頭に警告文いるでしょ」と言ってくれた人がいましたので、手遅れ感満載なのですが前書きに警告文加えました。