オレの300年って何だったんだろう
「どうやら寝てる間に失業してたみたいだし、印税生活も悪くないかもしれないなぁ」
「40年も仕事してなきゃ失業するのは普通でしょう。頑張って執筆してね。そういえば奥様は、家でリヒトを待ってるって。既に塔は私たちの職場になってるから、住む場所がないだろうって」
「えー、塔は広いからオレの部屋くらいあるでしょ?」
「あの塔は『乙女の塔』って呼ばれてるんだけど、許可のない男性は立ち入り禁止よ。許可があっても泊めないしね」
「修道院みたいだねぇ」
「日中は、そこにいる男子たちがお勉強しに来てるんで、男性率はそれなりだよ」
リヒトは少し考えこむ。
「この部屋に寝泊まりしちゃダメかな?」
「うーん。ここってベッド以外は作りかけのマギしかないですよねぇ。トイレもキッチンもなくて不便じゃないですか?」
「あれがマギってわかるのかい?」
「まぁ作りましたからねぇ」
「はぁぁぁぁ!?」
部屋中に響き渡る声で叫んだリヒトは、そのまま暫し固まった。いわゆる処理落ち状態なんだろうと判断し、サラはそのまま放っておくことにした。
「……えーっとさ、オレアレの研究を100年以上やってたんだけど、なんであっさり作れちゃうわけ?」
「リヒトの資料とアリシアの才能のお陰ですかね」
「ちょっと待って。魔石はどうしたの? ギルにお願いした時でさえ、『領の財政をそこまで傾けられるか』って怒られたよ?」
「あぁ。魔石は私が用意しました」
サラは空中に向かって妖精を呼んだ。
「ミケかポチいる?」
「いるわよー」
「いる!」
「何故、私は呼ばれないんでしょう?」
ミケとポチだけでなく、呼ばれていないセドリックまで姿を現した。
「凄い簡単なお使いなんだけど、塔で司書やってるゴーレムを一体呼んできて欲しいの」
「了解。すぐに行ってくるわ」
ミケが素早く妖精の道へと姿を消した。
「この子たちがサラの友人なんだね?」
「ええ。おつかいに行ってくれた子がミケ、ポチとセドリックよ」
「やぁよろしく。オレはリヒトだ」
「お寝坊さんはやっと起きたのね。ここに居ることは気付いてたけど、アラタが守ってることはわかってたから言わないでいたわ」
「そいつは、どうもありがとう」
「だけど、サラはこの塔を手に入れたらあっという間にあなたを見つけてしまったわ」
「資料室にヒントは残しておいたからね」
そこに図書館のゴーレムが”走って”きた。
「急いで来てくれたのね。ありがとう」
「どういたしまして」
ゴーレムをじっと見つめたリヒトは、5秒ほどゴーレムを観察した後に腹を抱えて笑い出した。
「おいサラ、なんでこんなにジ〇リっぽいデザインにしたんだよ。『〇ルス』って言わせたいとしか思えない」
「最初にイメージしたのがこのデザインだったのよ」
すると司書のゴーレムが話し始めた。
「サラお嬢様、できればボディのデザインを変更してもらえませんか? 司書をするにはちょっと不便なんです」
「あ、そうなんだ。どんな風にしたい?」
「他のメイドと働いても違和感がない雰囲気にしたいのですが、魔力消費も大きくなるので悩ましいですね」
「要望は理解したわ。魔力が足りなくなったら自分で待機場所まで戻れるなら作り変えてあげる」
「それは問題ありません」
ふとサラは悪戯心を起こした。
「トマス先生、トマス先生を女性化させたようなゴーレムを作っても構いませんか?」
「私ですか!?」
「ええ、私が知る人間の中で一番美しい方なので」
「少しばかり複雑な気持ちではありますが、構いませんよ。でも、何故女性体なのです?」
「乙女の塔の司書ですから」
「なるほど。ですが、あまり優秀な司書だと私の将来が不安になるんですが」
「安心してください。お任せしたい仕事は山ほどあるんで」
サラはニヤリと笑ってからゴーレムの身体を土に戻し、ユニットだけの状態にした。次にユニットの中に格納されていた魔石をより大きな物に取り換えてから、トマスの女性化したイメージを膨らませてゴーレムを造っていった。もちろん服装はメイド用の制服である。
「魔力を蓄積する魔石を交換したけど、違和感ない?」
「はい。大丈夫そうです。この身体は動かしやすいです」
「それにしても、トマス先生は女性になっても美人さんですねぇ」
しかし、この様子を見ていたリヒトは、二度目の大音量で叫んだ。
「なんじゃそりゃーーーーー!!」
「ゴーレムよ。最近の技術革新なの」
「ここまで精巧に作ったらダメだろ。せめて人形だと解るレベルに留めないと、いろいろ問題が起きると思わないのか?」
「さすがに乱造はしませんよ。魔力消費が激しすぎるもの。あの大きさの魔石でも1日しか稼働できないなんて実用的じゃないよね。生体を持たせたゴーレムを造ったのはこれで2体目かな。あれ、3体のような気もしないではないかも」
「どっちなんだよ」
「同じユニットで子供バージョンと大人バージョンを使い分けてるのよ」
「まさか、サラのコピーロボットなのか?」
「さすがに鋭い洞察ね」
リヒトは急にしょんぼりし始めた。
「オレの300年って何だったんだろう…」
「あぁ、そういえば『もうちょっと可愛いドールつくれないかなぁ。まったく萌えん。フィギュア作る才能が欲しかった』って記述は読んだわよ」
「うげぇぇぇ。日本語だから誰も読めないと思ったのに」
「何言ってるのよ。ついさっき『I have been waiting for you for a long time. (オレはずっと君を待っていたんだ)』って囁いてたんだから、転生者を待ってたんじゃないの?」
「まさかそんな古いメモを読まれてるなんて思わなかったんだよ」
恥ずかしさのあまりしゃがみ込んで顔を手で覆ったリヒトの肩を、サラはくすくすと笑ってポンっと叩いた。
「リヒトの資料を隅々まで読んだから、アリシアと私でマギを完成させられたのよ。それに、魔石の基礎研究がしっかりしてたから、私は純度の高い魔石を作れるようになったの。魔力も補充可能にできたのよ?」
「マジか……理論的には可能だと思ってたけど、魔力の属性をどうやって絞り込むか悩んでたのに」
すると近くにいたアリシアは強い口調でリヒトに話しかけた。
「わかります。私たちも同じことを試行錯誤したんです。でも、高祖父様が研究してくれていた過去があるから実現できたのは紛れもない事実なんです。私たち一族にとって、偉大なるパラケルススは誇りなんです!」
「そっかぁ…なんかこんな感じの人間でガッカリしてない?」
「絶対にそんなことはありません!」
アメリアも同様に頷いた。
「薬師にとっても、あなた様の存在はとても大きいです。特に人体に関連する資料は、筆写して何度もボロボロになるまで読み返しました。病気を引き起こす小さな生き物についての資料もです」
「最初の100年くらいはそんなことを必死に書いてたなぁ。自分が忘れてしまう前に、覚えてることを全部書かないといけない気がして。まぁ魔力の蓄積量や体内の循環についてはいまだに良くわからないんだけどね」
リヒトは少し困ったような笑顔を浮かべ、アリシアとアメリアを見つめた。
「いい研究者たちだね。乙女の塔は凄く良い職場みたいだ」
「ありがとうございます」
「恐縮です」
二人は顔を赤くしてリヒトからの称賛を受け取った。
「わかったでしょ。リヒトは自分の功績に自信を持っていいと思う。こんな不便なところじゃなく、奥さんのところに堂々と帰るべき」
「いきなり行ったら迷惑じゃないかな?」
「大丈夫よ。シルヴィアさん本人が待ってるって言ってたもん。いずれにしても、乙女の塔に男性を宿泊させるつもりはないから。もし、奥様のところに行きたくない理由があるのなら、グランチェスター城に滞在用の部屋を用意してもらってもいいよ?」
「乙女の塔に滞在できる正確な時間を聞いても良いかな。日中はいても構わないんでしょう?」
「グランチェスターの子供たちの授業が8時から始まるので、8時以降なら入っても大丈夫よ。夜は特に決めてなかったけど、アリシアたちに希望はあります?」
「入浴などの都合もありますので、できれば20時頃までにしていただけると助かります」
「ではそれで。朝の8時から20時までの12時間ですね」
「了解した。じゃぁオレは夜の間はシルヴィアの家に行くよ。ただなぁ…シルヴィアに彼氏がいない時期ならいいけど、そうじゃないと彼氏の方がオレに気を遣うんだよ」
「うーん。私の護衛騎士とアイコンタクトはしてたけど、まだ彼氏にはしてないと思うから大丈夫じゃないかなぁ」
サラがリヒトに帰宅を促すと、すかさずアリシアもフォローする。
「万が一シルヴィアに追い出されたら、本邸の方に行ってください。父ならいくらでも部屋を用意すると思います」
「うーん。曾孫の家かぁ」
「一族の本邸なのですから、間違いなく高祖父様の家でもあります。実験室だって好きに使ってください」
「それは嬉しいね」
リヒトは笑顔で答えた。だが、次の瞬間、とても切ない表情を浮かべてサラを見つめ、消え入りそうな小さな声で日本語の言葉を発した。
「乙女の塔は気になるけど、それ以上にオレは転生者のサラとゆっくり話をしたい」
「ええ、わかってる。だけどそれは別の機会にしましょう。二人で話した方が良いと思うの」
「確かにそうだね。これだけ長い時間待ったんだ。あと数年くらい待てるよ」
「数日で大丈夫よ」
サラはリヒトに日本語で応え、にっこりと微笑んだ。そして他の人にも通じるようアヴァロン語に戻した。
「今は乙女たちが使ってるから夜は遠慮してもらうけど、決してリヒトを疎んじて追い出すわけじゃないって事だけは覚えておいて。あとね、ここにいるゴーレムたちはマギと魔力的に繋がってるから、大抵のことはこの子に聞けばリヒトの疑問に回答してくれるよ」
「えっ、ゴーレムとマギを繋げたの?」
「もちろん」
「オレが言うのもおかしな話だけど、サラってかなり非常識だよね」
その発言に部屋にいた全員が頷いた。