プリンセスが過ぎる
その後、サラとアリシアはシルヴィア特製の昼食(かなり美味しい)を食べた後、アリシアの実家の母屋に立ち寄ることなく真っ直ぐ乙女の塔へと直帰した。一族の中で姫のように扱われているアリシアが顔を出すと、なかなか帰してもらえなくなるのだという。
「シルヴィアさんっていろんな意味で凄い人ね」
「あれでもうちの一族の長老なのよねぇ」
「長老っていうより女帝って表現の方がしっくりくるわ。あんな感じで一族に嫁いで来てくれた女性たちとうまくやっていけるの?」
「うちの一族の男子は、シルヴィアが紹介してくれた女性と結婚することが多いのよ。シルヴィアは女性にも人気だから」
「あぁ、シルヴィアさんに憧れる気持ちはちょっと理解できる。でも、一族との血縁関係はないのよね? そういえばシルヴィアさんが産んだお子さんはどうしたの?」
「娘が生まれて他領の男性に嫁いでるわ。その人はもう亡くなってるけど、孫と曾孫はいて、手紙のやり取りをしてるわ。時々遊びに来たりするし」
「なるほどね」
アリシアが馭するキャリッジが乙女の塔に到着すると初号が近づいてきた。どうやら外出している間にグランチェスター侯爵からの手紙が届いたらしく、初号が預かっていてくれたらしい。
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ジェフリーから報告を受けた。
不愉快な思いをさせてすまなかった。
どうか本邸に戻ってきてくれないだろうか。
実際にサラの顔を見て謝罪させてくれ。
近々時間を貰えないだろうか。
サラが忙しいことは重々承知しているが、返事を待っている。
ウィリアム・マディス・グランチェスター
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『わざわざ正式な書簡として送ってきたかぁ。祖父様を焦らせちゃったか』
サラはグランチェスター侯爵からの書簡を収納空間にサクッと仕舞って、アリシアの方を振り向いた。
「ところでパラケルススさんに会う心の準備はできた?」
「ちょっと、緊張させないでよ」
「あなたの高祖父でしょうに」
「会ったこともないんだから、他人と一緒よ。しかもあの膨大な資料の執筆者よ? 緊張しないわけないじゃない」
「そりゃぁ300年も生きてれば、書くこともさぞかし多かったでしょうよ。資料以外の本もいっぱいあったしね」
「今日は止めておく?」
「ううん。時間が経つともっと緊張しそうだから、このままの勢いの方が良さそう」
「わかったわ。じゃぁ、このまま秘密の花園に行きましょうか」
アリシアは頷いた。
サラは護衛騎士たちの方に振り返り、敷地内にはゴーレムが居ることを理由に、乙女の塔の入り口で待機するように声を掛けた。
「サラお嬢様、先程から会話が漏れ聞こえていたのですが、パラケルスス師とお会いになるという認識であっていますでしょうか?」
「ええ。その通りよ」
「そういったことは、侯爵閣下のお耳に入れるべきではないでしょうか?」
「どうして? 今のパラケルススと祖父様は雇用関係には無いはずでしょう?」
「いや、しかし…」
「仕方ないか。グランチェスター騎士団は領主に忠誠を誓うものね」
サラは小さくため息をつきながら収納空間から筆記用具を取り出し、小さなメモを書いた。
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謝罪は不要です。
今後についての話し合いは必要だと思いますので、王族方がお帰りになった後、一旦は本邸に戻ります。
それと、これからパラケルスス師にお会いします。
この件については、『始祖の英知を紐解く者』に従ってください。
立ち合いは不要です。
サラ・グランチェスター
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サラはこのメモを護衛の一人に渡し、グランチェスター侯爵に届けるよう指示を出した。
「この件で、祖父様が私の行動を阻害することはあり得ません。ですから、皆様はこちらでお待ちください」
今度こそ騎士たちはサラの邪魔をすることなく、素直に頭を下げて脇に控えた。
だが、秘密の花園には既に先客が居た。アメリア、トマス、スコット、ブレイズの4名だ。どうやら植物の学習をしているらしく、スコットとブレイズは熱心に植物を写生している。
スコットがサラに気付いて挨拶をした。
「やぁサラ。お帰り」
「ただいま。今日は教室じゃなかったのね」
「あぁうん…」
妙に歯切れが悪いスコットの横から、ブレイズが悪戯っ子のように発言する。
「写生はサラが居ないタイミングの方が良いだろうって、トマス先生が言い出したんだ」
「あ、ちょっとブレイズ君!」
『ほほう。そういうことですか』
確かにサラの手にかかれば、どんな薬草も食人植物のように見えるかもしれない。
「トマス先生に私の絵をお見せしたことは無いはずなのですが…」
「あ、いや、その…」
「レベッカ先生から聞いたんですよね? まぁ事実なので仕方ないですが」
「子供たちのカリキュラムを話し合う際にちょっと耳にしただけです」
「申し訳ありません。ですが、サラさんにも苦手なものがあるのだなと、ちょっとおもしろ…興味深かったですね」
「いま、『おもしろ』って言いかけましたよね?」
だが、その会話に周囲の方が耐えられず、噴き出すように一斉に笑い始めた。
「ちょっと、みんな酷すぎない!?」
笑いの発作が落ち着くと、ブレイズがサラに質問した。
「ところで、サラはここに何をしに来たの?」
「パラケルススさんに会いに来たのよ」
「え、大昔の人だよね?」
「まぁ生きてる時間で言えば確かにね。彼は妖精との友愛を結んだ人なのよ。理由はわからないけど、疲れたからここで眠ってるらしいわ」
「普通は『ここで眠ってる』って言葉は墓石に刻む言葉じゃないかな」
スコットがすかさず突っ込んだ。
「文字通り、ここで寝てるだけらしいわ。妖精たちが彼の居場所を知ってるそうだから、教えて貰いましょう」
「妖精さん、誰でもいいからパラケルススさんが眠ってる場所を教えてくれる?」
サラがそこら中に飛び交っている妖精に声を掛けると、皆が一斉にサラに近づいて来て声を掛けた。
「魔力をくれれば喜んで」
「僕と友人になる?」
「私と一緒に遊びましょう!」
沢山の妖精たちがサラの周りでじゃれつき始め髪を引っ張ったりし始めると、さすがにうるさくて収拾がつかなくなってきた。
すると近くにいたアメリアが妖精たちの前に進み出て声を掛けた。
「はいはい。皆さん静かにしてくださいね。サラが困ってるでしょう?」
「はーい」
「わかったよー」
『え、なに? アメリアって妖精使い? っていうより保育士みたいなんだけど?』
「みんなアメリアの言うこと聞くのね」
「まぁ毎日花園にいますからねぇ」
「アメリアは僕たちに魔力やクッキーをくれるんだよ!」
「餌付け?」
「静かにさせるには一番効果的ですから」
「なるほど」
アメリアの手を借りて妖精たちから聞き込むこと10分、パラケルススの居場所が花園の一番奥にある岩の近くだということが分かった。
『アメリアは明らかに妖精に愛されているわね。名づけできていないことの方が不思議なくらいだわ』
友愛を結んだ相手以外にはほとんど関心を示さないはずの妖精が、なぜかアメリアには懐いているのが不思議であった。
初めて秘密の花園に来たときは、無秩序に植物が蔓延る雑木林のようであったが、アメリアが頑張ったおかげで、今はスッキリとした庭園に戻っている。もちろん、餌付けした妖精たちの協力のお陰でもある。
遊歩道のように整備された小径を歩いていくと、パラケルススが眠っている場所にたどり着いた。岩には小さく”英語で”文字が刻まれていた。
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If you're going to wake me up, you could at least get me some coffee.
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『起こすつもりなら、せめて珈琲くらい用意してくれよってこと? 徹底して転生者を探してるって感じね』
幸い、サラはソフィアとしてゲルハルト王太子に会った際、お土産として珈琲を分けてもらっていたので、土属性の魔法でさくっとマグを作り出し、火属性と水属性の魔法を駆使して濃いエスプレッソのような珈琲をなみなみと注ぎ入れた。
ソフィアの時に試しに飲んでみたが、それなりに美味しかった。乙女の塔にエスプレッソメーカーを欲しいと切実に思ったくらいだ。他にも豆の種類はあるようだが、ゲルハルト王太子が持ち込んでいた豆はディープローストされたこの豆だけだった。
サラはコーヒーを時間が止まっている収納空間に放り込んでから、両手で手を触れてそっと魔力を流し込んだ。
すると、岩はみるみるうちに光の粒になって消え去り、下から階段が現れた。
『なんかRPGで遊んでる気分になってきたわ』
「スゲーーーー」
だが、この仕掛けはブレイズには刺さったらしい。突然現れた階段に大興奮である。なお、他のメンバーは呆然としている。アリシアに至っては、ポカーンと口を開けていた。
「アリシア、あなたが驚いてどうするのよ。あなたの先祖でしょう?」
「まぁ高祖父ではありますが、呆れるくらい仰々しい仕掛けですね」
だが階段には勝手に明るくなるような仕組みは無さそうなので、サラは光属性の魔法で光の玉を作り出し、そこらへんにあった棒の先っぽに括りつけた。即席の松明のようなものである。
階段を降りた先には小さな木製の扉があり、施錠されてもいなかったので、そのまま中に入った。
どうやら秘密の花園の下は丸ごと地下室になっているらしい。ところどころ、明り取りの窓があり、通風孔も設けられていた。
『こんな大掛かりな施設を植物で覆い隠していたのね』
部屋の中央には製作途中の大きな魔道具が鎮座していた。どうやらパラケルススは、ここでマギを作ろうとしていたらしい。アリシアとサラは即座に理解した。おそらく、魔石が足りずに未完成のまま放置されていたのだろう。
そして、その先には茨に囲まれた謎の物体が置かれていた。近づくと妖精が現れてサラに声を掛けた。
「こんにちはお嬢さん。何か用があるのかい?」
「私の名前はサラよ。パラケルススさんを起こしに来たの」
「残念だけど、彼を起こせるのは彼の残した言葉を読める人間だけなんだ」
「もちろん知っているわ。『cogito, ergo sum.』どうか起きて頂戴!」
次の瞬間妖精たちがくるくると回って光を落とし、するすると茨が解けて消えていった。その先にはガラスのようなドームに覆われたベッドがある。
「妖精さん。こう言っちゃなんだけど、あなたの友人って300歳を超えた男性だよねぇ?」
「あ、僕の名前はアラタだよ。間違いなくリヒトは男性だし今年で350歳だね」
「それにしては仕掛けがプリンセス過ぎると思うの。毒入りのエルマを食べたのか糸紡ぎの針が刺さったのか知らないけど、絶対にキスしたりしないわよ?」
「アレは僕たちのせいじゃないよ。完全にリヒトの趣味!」
「趣味悪っ。で、あのガラスドームは叩き割ってもいいの?」
「サラって女の子なのにちょっと乱暴だね。開けるからちょっと待ってて」
アラタはガラスドームにも光を落として静かに消し去った。
「後は普通に起こせば良いと思うよ」
「だんだん面倒臭くなってきたんだけど、水ぶっかけていい?」
「普通に声かけたら起きるから! 無茶しないでよ」
「仕方ないなぁ」
サラはパラケルスス改めリヒトに近づいて声を掛けた。
「リヒトさん。そろそろ起きてください」
するとリヒトは「ううん…」とベッドの上で身じろぎし始めた。