乙女心を利用してはいけない
「狩猟大会も終わりましたし、そろそろ本邸に帰る時期ですかね」
食後のハーブティを飲みながら、サラはポツリと発言した。
「王族たちも明日には王都に戻るらしいが、まだソフィア商会やソフィアと繋がりを持ちたい貴族は滞在してるんじゃないか?」
「どうでしょうね。それなりに滞在費も嵩みますから、それほど長く滞在できる人は少ないのではないでしょうか」
それを聞いたスコットとブレイズは焦ったようにサラを引き留めにかかる。
「もうさ、サラはずっと僕たちと一緒に住んじゃえば?」
「その方がサラも安全だろ?」
だが、当然そんなわけにはいかない。
「私はジェフリー卿の子供じゃないんだから、ずっとここに居るわけにはいかないわ。今はまだ8歳だから大目に見てもらえるかもしれないけど、血縁でもない独身男性が3人で住んでる家に独身女性が住むのは外聞が良くないわ。それともあなたたちの妹になったほうがいい? あれ、もしかしたら母親になるのもアリ?」
「うっ…」
「それはそうだけど…」
ジェフリーは子供たちをニヤニヤ笑って見ている。
「安全面で言えば、今は乙女の塔の方が有利かもね。24時間ゴーレムが見張ってくれてるし」
「あのゴーレムたちはいいな。領都でも大活躍じゃないか。そのうち、騎士団と合同訓練しないか?」
「ジェフリー卿、ちゃっかり戦力に加えないでください。ゴーレムはあくまでも私兵です」
「あいつら優秀過ぎなんだよ」
「気持ちは理解しないわけではありませんが、駄目です」
キッパリと言い切った。
「せめて組み手の訓練相手とかさせてくれよ」
「あの子たちは許可なく敷地内に入ってきた人物を追い返すために働いているのです。攻撃されなければ、防御姿勢すら取りません。騎士たちに向かって、構えてもいないゴーレムに先制攻撃を指示するおつもりですか?」
「うーーん。そこは訓練だから構えろとか指示だせないかなぁ?」
訓練とはいえ、構えてもいない相手に攻撃を仕掛けるのは、さすがに騎士の矜持にかかわる問題らしい。
「ゴーレムは基本的に人や動物を傷つけないように動きます。攻撃されても、可能な限り相手の安全を優先します。そもそも、ゴーレムは敷地内に入ってくるまで、警戒対象を監視することしかしません。より正確に言えば、敷地内に不法侵入しても、ある程度までは動かずに様子を見守るくらい慎重です。それでも近づいてくるならば声を掛けますが、相手が攻撃を仕掛けてくるまでは攻撃しないことはご存じですよね?」
「そうだな」
ジェフリーは頷いた。
「私は訓練モードのような例外を作って、人を的確に傷つけるスキルを有してしまうことを恐れます。訓練だから先制攻撃しても良い、訓練だから人を傷つけても良いとゴーレムに学習させたくありません」
「あいつらは賢いから理解はするだろう?」
「もちろん理解するでしょう。正しく運用することも可能だと思います」
「だったら良いじゃないか」
「いいえ。この件については人間の方が信用できません。特に為政者や軍属の方には”絶対に”協力いたしません。たとえジェフリー卿であっても同じです」
「何故だ?」
「訓練の次は、”有事だから”人を傷つけても良いと命令することが容易に予想できるからです。その一言で、あの子たちは極めて優秀で恐ろしい兵器に変わります。自身が破壊されるまで躊躇なく敵を屠り続けることでしょう。私はあの子たちをそんな風にしたくありません」
サラの指摘をジェフリーは否定することができなかった。
「確かにそうだな。騎士など所詮人殺しだからな」
「父上!」
ジェフリーの発言にスコットが憤った。
「騎士とは弱きものを守るためにあるのです。決して人殺しなどではありません」
「では、お前は戦争になったら、相手を殺さないとでもいうのか?」
「敵として立ち塞がるものを排除することに躊躇するはずがない。私が言いたいのはそういうことではありません。」
「いや、そういうことだよ。領主や王からの命令があれば、我らは敵の糧食を断つために実った小麦すら焼き払うだろう。たとえその後に敵の民が飢えることが分かっていたとしても、やらなければならない」
「なっ!」
するとブレイズが消え入りそうな声で呟いた。
「オレがいた傭兵団は、どこかの騎士団からの命令で罪もない人たちの住む村を焼き討ちにしたよ。凄くイヤだったけど、オレも薪や油を運ぶ手伝いをさせられた。オレが直接殺したわけじゃないけど、オレは自分が人殺しの集団の一人だったことは自覚してる。だけど、やらなきゃオレの方が殺されていたかもしれない」
「スコット、戦争は綺麗事ではないんだ。戦争の目的はさまざまだが、我らは与えられた任務を最小の被害で遂行せねばならない。個々の騎士が自分の正義に従って命令に違反すれば、騎士団全体の生存率が著しく低下する」
スコットは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「理解できないわけではありません。僕も過去の戦争で起こったことを学びました。ですが父上、騎士道とは何のためにあるのでしょうか」
「その答えは騎士の数だけある。オレは騎士を騎士たらしめるものだと思ってるが、お前の答えはお前自身が見つけるしかない」
ガックリと俯いたスコットを見つめながら、サラは改めてジェフリーに語った。
「だからこそゴーレムを戦場に出したくないのです。あの子たちに焼き討ちを命じれば、粛々と任務を遂行します。ブレイズのように良心の呵責に苦しんだりはしません。ゴーレムたちは騎士道を知識としては知っていますが、優先度の高い命令があれば赤子ですら躊躇なく殺すでしょう。ですが、あの子たちをそのような兵器にしてしまうのは人間なのです。そうした状況を、私は断固として拒否します」
「そうか。サラの気持ちは理解した」
「ご理解いただきありがとうございます。できれば、そのまま祖父様にもお伝えください。どうせ、ゴーレムとの合同訓練などと言い出したのは祖父様なのでしょう?」
ジェフリーはゆっくりと息を吐きだした。
「なんだバレていたのか」
「やり方がジェフリー卿らしくありませんから。とはいえ、祖父様のやり方は少々気に入りませんね。ジェフリー卿を慕う乙女心を利用するなど」
「お姫様の機嫌を損ねたかな?」
「ちょっとだけ怒ってます。なのでジェフリー卿、祖父様に手紙を書きますので渡してください」
「何か伝言があるのか?」
サラはメイドに頼んで筆記用具を持ってきてもらい、さらさらと伝言を記した。
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これから出荷されるエルマブランデーについて祖父様の優先順位を下げさせていただきます。
それと、本邸にいるゴーレムたちは引き上げます。
私は本邸に戻らず、このまま乙女の塔に起居することにいたします。
サラ・グランチェスター
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「めちゃくちゃ怒ってるじゃないか」
「やだなぁ。ちょっぴりですよ」
「とりあえず、お前を怒らせたらダメだってことだけは理解したよ。多分グランチェスター侯爵閣下が飛んでくるんじゃねーかな」
「やだなぁ。乙女の塔に祖父様が入れるわけないじゃないですか。ゴーレムにお姫様抱っこされるだけですよ」
「お前、容赦ないな」
「よく言われます」
サラはにっこりと微笑んだ。
「まぁ今日は乙女の塔にも居ませんけどね。パラケルススの奥様に会いに行くので」
「へ? パラケルススの奥さんってご存命なのか?」
「とっても若い奥さんと再婚されたそうで、いまでも一族の長老として君臨していらっしゃるそうです。なので今日はアリシアと一緒に、彼女の実家に行ってきます」
「なるほど。護衛はいつも通りでいいのか?」
「大丈夫だと思いますよ。一応、自分でも武器は持っていきます。テレサから納品されたので」
「ほほう。それなら近いうちに手合わせしよう」
「それは良いですね。なんならソフィアでやりませんか?」
「おう、楽しみだな」
「あー。僕はサラとやりたい!」
「オレもそれなりに強くなったよ!」
今日もジェフリー邸は脳筋度が高いようだ。