魔法の訓練開始!
いよいよ魔法を勉強する日がきた。その日は朝からサラのテンションは爆上がりで、ソワソワとレベッカが朝食のテーブルに現れるのを待っていた。
『異世界転生といえば魔法!!』
サラは前世の記憶が戻って以来、魔法をきちんと習う日を心待ちにしていた。水属性の魔法が発現していることは、ロバートやレベッカにも明かしてはいないが、異世界転生の定番として、チート級の魔法使いになるのではないかと勝手に期待していたりする。
王都のグランチェスター邸で基礎理論の本を読み、水属性の魔法であれば些細なイヤガラセくらいはできるようになった。しかし、レベッカから『魔法の中途半端な独学は危険』という注意をうけているため、サラはこの日まで魔法の練習をずっと我慢していたのだ。
本当は『ちょっとくらい教本を読みたいなぁ』と思っていたが、なにせ授業と業務でスケジュールはびっちりで、本を読む時間すら捻出できなかったのだ。
この世界では、大多数の人間が多かれ少なかれ魔力を持って生まれる。しかし、魔力を持っていても、魔法を発現するとは限らない。魔法の発現とは、魔力に属性や指向性を持たせることができる能力が開花したことを意味する。
魔法属性には、「火」「水」「風」「土」「木」「光」「闇」という7つの属性に分けられている。実はこれら7属性に分類できない魔法を無属性魔法として定義しているため、正確には7つ以上の属性がある。
魔力さえ持っていれば魔道具や魔法陣を使うことはできるが、魔法を発現していれば、こうしたアイテムを持っていなくても魔法を使うことができるようになる。ただし、発現していない属性の魔法は使えないし、魔力量に応じたレベルの魔法しか使えない。
貴族は平民に比べると魔法の発現率が高い。遺伝的な要素も関係しており、同じ家系からは同属性の魔法が発現しやすい。そのため貴族は積極的に魔法が使える人間を取り込む風潮がある。王家や上位貴族の大半は魔法発現者である。
グランチェスター家では、侯爵とその子息3人が魔法を発現している。アーサーも魔法発現者だったことを、サラはロバートから聞くまで知らなかった。兄弟は3人とも火と風の属性魔法が発現したが、一番高いレベルの魔法を使えたのはアーサーだったらしい。
小侯爵夫人の実家も魔導騎士を多く輩出することで有名な家であった。夫人自身は魔法を発現していないが、魔力量が多かったことからグランチェスター家に嫁いだという。
ところが従兄妹たちは3人とも10歳を過ぎても魔法が発現せず、それが原因でたびたび夫婦喧嘩になっているらしい。ロバートによれば『兄上の魔法だってショボいんだから、義姉上だけのせいにするのは気の毒』だそうだ。
この日の朝食はコンサバトリーに用意されていた。食事も勉強の一環であるため、食事場所は一定ではない。翌日の朝食と昼食の場所やメニューについては、前日の夜にマリアを始めとする使用人に伝えられるらしいが、サラが知るのは当日の朝である。
コンサバトリーにレベッカが入ってくると、サラは立ち上がってカーテシーでレベッカを出迎えた。
「少々性急ね。もう少しゆっくり顔を上げるように」
サラの立ち居振る舞いをレベッカは、即座に注意する。
「申し訳ございません。今日から魔法の授業を受けられるので、わくわくが止まらないのです」
「ふふっ。やっとサラさんの子供らしい顔を見れた気がするわね」
「マナーなんか全部無視して、急いで食事を終わらせたいくらいです」
「サラさんがリスのように可愛く頬を膨らませるところを見たい気もするけれど、ガヴァネスとしては看過できないわね」
食後のハーブティの途中で、レベッカがサラに尋ねた。
「ところでサラさん。水属性の魔法はいつ発現したのかしら?」
「ぐっ…」
サラはハーブティを吹き出しそうになるのを慌てて堪えた。
「その反応は不合格ね。動揺を相手に気取られてはだめよ。素知らぬ顔ができるよう、もう少し訓練しましょう」
「はい。先生。ところで魔法が発現していることに気付いてらしたのですか?」
「サラさんに会う前に私の友達が教えてくれたわ。もちろん妖精のね」
レベッカは涼しい顔をしてサラの質問に答えた。
「妖精には発現した魔法属性が見えるのですか?」
「私のお友達のように、人間に恵みを与えた妖精の中には、相手の持つ魔法属性が見える子が稀にいるの。発現していなくても、潜在的に持っている属性もわかるのよ」
「それは貴重な能力ですね」
「ふふ。でも、これは秘密よ」
「どうしてですか?」
「簡単に言うと、王室か教会に囲い込まれちゃうからかな。今のこの国でこの能力を持っているのはたぶん私だけなんじゃないかしら」
「あぁ…、なんとなくわかります」
『そりゃそうよね。そんな貴重な能力を持っているなら、放っておかれるはずがない。下手したら聖女扱いされちゃうよね』
「そんな素晴らしい方が、私のガヴァネスなんですね。でも私に打ち明けても良かったのですか?」
「稀有な能力者という意味では、サラさんも負けてないですからね」
「私は子供らしくないだけだと思いますが」
「あぁ、まだ気付いてないのね」
レベッカはいたずらっ子のような微笑みを浮かべて爆弾発言をした。
「サラさん、あなたは全属性の持ち主よ。いまはまだ水属性しか発現できていないようだけど、訓練次第ではすべての属性を使いこなせるようになるはず。この国で全属性を使える人なんて、王室でも2人しかいないわ。国王陛下と王太子殿下ね」
「うぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「ふふっ。その反応も不合格ね。サラさんの属性は、今のところ私しか知らないわ」
「ロブ伯父様にも黙っていてくださったのですね」
「ええ、相手の魔法属性がわかることを隠している私が、サラさんの秘密を他の人に勝手に明かすわけにはいかないもの。誰に打ち明けるかはサラさん自身が決めるべきよ」
どうやらレベッカもサラも、かなりのチートだったらしい。そして、自分の最大の秘密を打ち明けることで、サラの秘密も守ると約束してくれているのだ。
「実はサラさんのガヴァネスを引き受けたのは、サラさんが全属性を持っていることを知ったからでもあるわ。王室や貴族の世界を知らない平民育ちのお嬢さんが全属性持ちだなんて、鷹の前に生肉を投げるようなものですもの」
「確かにそうかもしれませんね」
「まぁ、実際に会ってみたら、全然心配しなくても大丈夫そうでしたけど」
「そんな…。私のような幼い小娘に何ができるとおっしゃるのですか?」
「うん、全然大丈夫よね」
そしてサラとレベッカは、城内にある魔法訓練場に2人きりで籠り、魔法の基礎訓練を開始した。全属性をいきなり発現させるのは難しいと考えたレベッカは、グランチェスター家に馴染みのある火と風の属性の発現を目標にした。
「魔法の基礎理論では、『魔法は属性の本質を理解することで発動する』と書かれていることは知っているわよね?」
「はい」
「サラさんは池に落ちて水魔法を発現したのでしょ? それは池に落ちた時に"水"というものの本質をサラさんが理解し、自分が行使できる力だと認識したからよ。それは他の属性でも同じ」
「属性の本質ですか?」
「でも属性の本質の捉え方は人によって違うから、他の人に教えることは難しいわ。ある錬金術師は、"火が燃えるのは何故か"という理論を研究しているうちに、火属性の魔法が発現したそうよ」
『燃焼の原理から火の本質を捉えたってことか。更紗の超適当な記憶では、燃焼って化学反応か核反応よね。可燃物、酸素、熱源 …… うーーーーーん?』
更紗の学生時代にやった理科の実験を思いだしながら試してはみたが、水属性のようにすんなりと発現はしない。
「難しいです…。水は感覚的に捉えてしまっているので、論理的に説明できるようなものじゃないんですよね」
「アーサーは『火の玉を遠くに飛ばすことをイメージしてる』って言ってたわね。だけど、その飛ばす火の玉をどうやって生み出しているのかって聞いたら『なんとなく』としか答えてくれなかったけど」
「それは、随分と大雑把ですね」
「ええ、だからアカデミーではイメージ力を高めるために、詠唱によってより高度な魔法を使う授業もあるそうよ」
「詠唱、ですか?」
「目の前で先生や先輩が、詠唱して魔法を使ってくれるんですって。詠唱する言葉を祝詞というのだけど、祝詞と一緒に魔法の効果を身体と精神が記憶するのよ」
「レベッカ先生も詠唱されるのですか?」
「詠唱しなくても魔法は使えるけれど、詠唱したほうが威力が大きくなったり安定したりするわね。といっても詠唱できるのはアーサーとロブが教えてくれたものだけだけど」
「見せていただいてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。でも火と風の属性は、あまり得意ではないからあまり期待しないでね」
すると、レベッカは的に向かって掌を翳し、「我は希求する。火の精霊サラマンダーよ、虚空から炎を顕現させよ。ファイア!」
中二病的な詠唱と共に的の辺りで小さな炎が発生し、小さな焼け焦げを作って消えた。
『ダメだ。詠唱は聞いてる方が恥ずかしくてダメージ受けそう。しかも威力が祝詞の仰々しさと比較してない。ショボすぎ!』
「えっと…、ファイアだけじゃだめなんでしょうか?」
「アーサーは無詠唱でもできたけど、私は練習しても火と風はダメだったわ。光の治癒魔法ならかなり上位まで無詠唱でも使えるのだけど」
「魔導騎士団の方が魔法を使われるときって、たぶん詠唱されるんですよね?」
「一部には無詠唱の人もいるそうよ。魔法騎士団の団長や副団長は無詠唱のはずね」
「とっさに魔物や敵が現れた時に、詠唱してたら死にません?」
「だから魔導騎士団は剣でも戦えるように訓練してるんですって。でも、基本的に魔導騎士団は遠隔攻撃が中心だから」
「なるほど」
『でも、無詠唱でもいけるってことは、結局のところ具体的にイメージできるかどうかってことなんじゃないのかな?』
今度はあまり難しいことを考えず、指先に火の玉を生み出して、遠くに飛ばすことをイメージしてみる。すると、微かに身体の中の魔力が移動するのを感じた。この感覚は水属性の魔法を発動するときに似ている。
より鮮明にイメージを膨らませていくと、さらに魔力の移動速度が上がっていくのがわかる。しばらくするとサラの指先に小さな火の玉が生まれた。どうやら火属性の魔法が発現したようだ。
一度発現してしまうと、次からはイメージするだけで簡単に火を生み出すことができるようになった。それまで鍵が掛かっていた扉を開けたかのように、魔力がスムーズに流れるのがわかるのだ。発現前は燃焼の仕組みを理解しても着火できなかったはずなのに、今なら燃焼力を高めるため、魔力を燃料として火の強弱をコントロールすることもできるようになっている。
次にこの火の玉を風属性の魔法で飛ばすことをイメージする。しばらくすると、同じように風属性の魔法が発現し、火の玉が的に向かって飛んで行った。
「レベッカ先生!できました!」
「優秀過ぎて怖いわ。いきなり2つの属性を発現して無詠唱とは」
ここでサラは遺憾なく中二病的なイメージ力を発揮した。さっきまで詠唱を恥ずかしがっていた癖に、脳内にはさまざまなアニメやゲームの魔法発動をイメージし、『巨大な火の玉』や『渦を巻く炎』などの攻撃的な魔法を次々と発動させたのだ。
「サラさん、ほどほどにしてね。訓練場が壊れちゃうわ」
驚きというより呆れの表情を浮かべ、レベッカはサラに声をかけた。しかし、とんでもなくハイテンションになっているサラの耳にはまったく入っていない。
その後、土属性も発現させることに成功し、ゴーレムを作ろうとした。ところが何故か出来上がったのは埴輪だった。
『むぅ…なんか違う。ゴーレム、ゴーレムっと』
するとジ〇リのロボっぽい造形のゴーレムが出来上がった。しかし、何故かドジョウ掬いのような振り付けで踊っている。
『こ、これは…部長が得意だった宴会芸! くぅぅ 〇ルスって言いたくなってきたぁぁ』
結局、サラは魔力が枯渇して倒れるまで魔法で遊びまくり、2日ほど目を覚ますことは無かった。