われ思う故に
授業が一段落した後、サラは図書館で働くゴーレムに声を掛けた。
「パラケルススさんの行方を知りたいのだけど、どのあたりに記載されているの?」
するとゴーレムはかなり高い位置に置いてあった資料を取り出してサラに渡した。
「こちらの資料の付録部分に、書かれています」
その資料のタイトルは『神と妖精に関する考察』であった。あまり錬金術に関連していなさそうなタイトルであるため、おそらくアリシアもノーチェックだったのだろう。
『神かぁ…転生者なら必ず考えるよね。私はあったことないけど、パラケルススさんは会ったのかなぁ?』
中身をパラパラとめくると、パラケルススが妖精の道に興味を持ったことを契機として、『魂』という概念を考察したようである。自分の妖精に魂について質問したところ、彼の妖精は『妖精には魂がないのでわからない』と答えたそうだ。
また、彼は『神に会ったことはあるか?』と妖精に質問したところ、『常にそこに在るのになぜそのようなことを聞くのか』と答えたという。
『なんか禅問答みたいだわ』
読み進めていくと、ちょっとイヤな気持ちになるような実験についての記述があった。それは死んだ動物に対して治癒魔法による蘇生を使ったらどうなるのかについての考察であった。幸か不幸かパラケルスス自身は治癒魔法の使い手ではなかったらしく、治癒魔法が使える知人に頼んだらしい。
その知人は亡くなった動物に対する冒涜だと言って最初は断ったそうだが、パラケルススの死んだ愛馬であることを話すと渋々蘇生魔法を掛けてくれたらしい。
その結果は、成功とは言い難いものであった。蘇生は成功して立ち上がったは良いが、生前と同じように声を掛けても駆け寄ってきたりはせず、ただウロウロと歩き回って走ることもなかった。そのまま何も食べず、眠ることもなく、やがて衰弱死したのだという。
『…絶対に蘇生実験はしないでおこう』
パラケルススは、資料の最後の付録において次のように記していた。驚くべきことに、記述はアヴァロン語であったが、最後の一文にだけラテン語が混ざっていた。
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魂は創造神だけが生み出す特別な物だと妖精たちは言うが、私はそのようには考えない。確かにこの世界の創造神が生み出した魂は存在する。だが、この創造神は、別の世界にある魂を盗み出している。このように拉致された憐れな魂は、この世界で生まれた魂に強い衝撃を与える仕組みであるらしい。
無論、拉致される魂との会話によって、本人(魂を本人と呼ぶかは疑問だが)が望んでこの世界に来たのであれば文句を言うようなことではないだろう。だが、少なくとも私は無断で連れてこられた。もし、前世の私を襲った通り魔が、この世界の創造神が意図をもって動かした存在であるのなら、私は創造神を絶対に許さない。下手をすれば、あの通り魔でさえ、被害者であるかもしれないではないか。
私はこの世界にこれ以上のインパクトを与えることのないよう、妖精たちに頼んで静かに眠らせてもらうことにした。この世界の魂に刺激を与える存在であることを放棄した魂に対し、この世界の神はどのような態度をとるのであろうか。
だが同時に気になることもある。私の後にやってくる魂の拉致被害者は、この世界をどのように見るのだろうか。もし、この文章を読める存在が現れたのであれば、どうか私を眠りから呼び起こして欲しい。私は実験棟の近くにある植物園の隠された地下室に妖精とともに居る。
植物園の妖精たちに「cogito, ergo sum.」と伝えれば道は開けるだろう
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『お前はデカルトかっ。なんでラテン語なんだろう? 死んだように寝てるなら memento mori. とかでもいいんじゃない?』
だが、サラは前世でも有名なラテン語の名言を記憶したものの、すぐにパラケルススに会いに行く気にはなれないでいた。
当時、パラケルススには妻子がいたはずである。王都からグランチェスターに移り住む際、妻となった女性はパラケルススに付きしたがってこの地に根を下ろしたと聞いている。ところが、当時パラケルススの実験室であった乙女の塔には、パラケルススの滞在場所しか用意されていなかった。夫婦の寝室はもちろん、妻の部屋や子供部屋があった気配がまるで無いのだ。どうやらパラケルススは、あまり自宅に帰らず妻子を放置していたらしい。
パラケルススは妖精の恵みを受けているため見た目は若かったはずだが、それでも実年齢は祖父と孫娘くらい違う若い妻を娶っていたはずである。にもかかわらず、パラケルススは妻子を放り出して実験室に籠り、挙句の果てに妖精の力を借りて長い眠りに就いているのである。
『当人同士の問題だとは思うけど、微妙にモヤっとするんだよね。若い奥さんと子供を放り出す? このまま見なかったことにして、パラケルススさんは放置しておこうかなぁ。そういえば奥さんってご存命なんだっけ。一度会いに行ってから行動を決めようかなぁ』
サラはキャレルで資料を読んでいるアリシアに近づき、小さな声で話しかけた。
「ねぇ、アリシア。パラケルススさんの奥さんに会える?」
「会えますよ。シルヴィアはお客様が大好きなんで、事前に言っておけば断られることはまずありません」
「シルヴィア?」
「おばあ様って呼ぶと烈火のごとく怒ります。一族や近所の人も彼女のことはシルヴィアって呼んでるんですよ」
「な、なるほど」
サラはアリシアをじっと見つめ、その耳元にそっと囁いた。
「ねぇ、もしパラケルススに会えるとしたら、アリシアは会いたいと思う?」