学習するグランチェスターの子供たち
魔法陣の実験が終わって教室に戻ってきた5人は、さっそく魔法言語を学習できるのだと信じていた。しかし、次の瞬間、アリシアの一言に絶望することになる。
「この魔法言語の習得についてなのですが、いずれの国でも独自の技術であるとしてあまり資料は公開されていません。公開されていたとしてもほんの一部です。これはアヴァロンでも同様で、アカデミー内にある魔法言語関連の資料は特別閲覧室に保管されています。王室から許可を得た人間しか閲覧が許されていません」
「では、アリシア先生はどのように魔法言語を学習されたのですか?」
「古代文明の遺跡から発掘された元資料の写しを読みながらですね。あとは父や祖父の資料も少しばかり参考にしています。ですから、皆さんはまず古代文明の言語であるミトラス語を習得していただくことになります」
サラは知っていたので驚かなかったが、他の4人はピキリと凍り付いた。
「アヴァロン語に翻訳した物は無いのでしょうか?」
クロエが恐る恐る質問する。
「あるにはあるのですが、一般に公開されているような資料の内容は酷い物が多くて…。解釈が違うと思われる個所を訂正していたら、あっという間に書き込みだらけになります。おそらく正確なものは非公開なんでしょうね。それに、うちの祖父や父の資料は、あまりアヴァロン語では書かれていないんですよ。ミトラス語の表現は、うまくアヴァロン語に置き換えることが難しい物が多いので」
「サラはミトラス語を理解できるの?」
「変な期待しないでよ。私だって初歩の初歩しかわからないわよ。魔法言語だってほんのちょっぴり知ってるだけ」
『でもマギに助けてもらえたら、凄く研究捗りそうな予感するんだよねぇ…』
「実はアカデミーの魔法科や錬金術師科では、ミトラス語を実用レベルまで習得していれば学生でも研究室入りできるそうです。そして魔法言語を中級くらいまで理解していれば国から補助金を貰って研究できると父は言ってました。本当かどうかは知りませんが」
「ちょっと、サラ、魔法言語習得なんて絶対無理じゃない!」
「簡単だなんて誰も言ってないわよ。簡単だったら、もっと世の中は便利になってると思わない?」
「そうだけど、ここまで困難だとは思ってなかったのよ!」
そこに、クリストファーがぽつりとつぶやいた。
「ねぇ、もしかするとパラケルススの資料には、魔法言語の研究資料も含まれているの?」
「あらパラケルススの資料の6割は魔法言語に関する研究資料ですよ」
「それはアヴァロン語で書かれている?」
「アヴァロン語、ミトラス語、そして何故かサラ様しか読めない謎の言語で書かれています。どうやらグランチェスター家の始祖様もお使いになっていた言語のようですが、文字の種類が多すぎて私には理解できません」
その瞬間、クロエとクリストファーがぐりんとサラを振り向いた。
「サラ、読める資料がいっぱいあるんじゃないか!」
「私は資料が無いなんて言ってないわよ。だけどパラケルスス自身も、ミトラス語の習得は必須って書いてたから、そこは外せない知識だと思うよ」
するとスコットが心配そうに声を掛けた。
「もしかして、乙女の塔のパラケルススの資料って、アカデミーの特別閲覧室にあるヤツよりも貴重なんじゃないの?」
「そうかもしれないわね。なにせテオフラストスさんとか、グランチェスターの錬金術師ギルドの人たちが入れなくて泣いてるもん」
「すみません、父が迷惑をかけて」
アリシアが困った顔をして謝罪する。
「気にしないで。アリシアが悪いわけじゃないから。この前のアカデミーの連中より100倍マシでしょ」
「そんな状態なら、もっと厳重に守った方がいいんじゃないの?」
「外にも内にもゴーレムがこんなにたくさんいるわよ」
「……確かに安全そうな気がしてきた」
「でしょう? でも確かにちょっと心配ではあるわねぇ。ねぇアリシア、そのうち防御魔法の魔道具について一緒に研究しない? 不審者が来たら弾くとか、警戒音鳴らすとか、通報するとかの機能を実現したい」
「あ、面白いですね」
スコットは呆れたような顔をした。
「毎回思うけど、サラのユルユルな思いつきを、ちゃんと魔道具にしちゃうアリシアさんって、凄い才能だよね」
「スコットもそうおもうよね? うちのアリシア凄い!」
「なんでサラがドヤ顔してるんだよ」
「凄いのは私たちを信じてお金も素材も惜しまないサラ様です」
「そうそう、アメリアもテレサも凄いんだよ!」
「なるほど。乙女の絆ってやつか」
するとサラが真剣な顔をした。
「スコット。確かに乙女たちは凄いけど、私は小麦やエルマを作ってる農家の人たちも凄いと思うし、お酒を造ってくれてる人たちも尊敬してる。商品作りに関わっている沢山の職人たちも、内職してくれてる女性たちの集落の方々も、その商品を頑張って現金化してくれてる商会の従業員たちも全部ひっくるめて凄くて大事にしないといけない人たちだよ」
「そっか、確かにそうだね。だったら護衛してる騎士たちも、サラの凄い人たちにいれてくれるかな?」
「もちろん!」
「あ、そういえば父上がゴーレムたちと合同訓練したがってたよ。今後は乙女の塔が狙われるだろうからって」
「あぁそれはあるかも。この前のアカデミーの人たちのこともあるし」
アリシアはスタスタと教壇に戻り、全員に声を掛けた。
「今日の授業はここまでにしますね。そろそろアダム様の授業も終わるでしょうから、お茶の時間にしましょう」
するとアメリアも声を上げた。
「今日はマスカットのような香りのするハーブティを用意したんですよ」
「どんな効果があるのかしら?」
クロエが興味津々で確認する。
「魔力回復効果です。新しいブレンドなので、効果も前より高くなってるはずです。持ち帰り用も用意してありますから皆さん家でも飲んでくださいね」
5人が教室を出ると、キャレルデスクの近くでコーデリアとマンツーマンで読み書きの訓練をしていたアダムも荷物をまとめているところであった。
「アダムも授業がおわったところかしら?」
「うん。さすがにぶっ通しでやってると疲れるね。楽しいけどさ」
サラが声を掛けると、少しばかり疲れた顔をしたアダムがにこやかな笑顔で手を振った。
だが同じ時間ずっと授業を続けていたはずのコーデリアは凛とした雰囲気で、疲れを全く見せなかった。
「アダム様の読み書きはかなり上達しました。次回からは計算の基礎の習得を目指しましょう。ある程度まで理解が進めば、その後は文章による計算問題を解いてもらうことにしましょう。この前ほど簡単には引っ掛け問題を間違ってくれないかもしれませんから、私も腕によりをかけて問題文をつくらなければなりませんね」
「コーデリア先生、もしかして引っ掛け問題作るのがお好きなのですか?」
「大好物と言っても良いくらい好きですわ」
サラの質問に、コーデリアはイタズラっぽい微笑みを浮かべて応えた。世の中にはいろいろな趣味を持つ人がいるものである。
「では次回までに掛け算表を作っておきますね。使い終わったあとも学園の教室で使えるよう、大きな木の板にでも書きましょう」
「それはとても良いですね」
グランチェスターの子供たちの学習は、それなりに順調であった。