やりすぎ?
会議が終わってギルド関係者が執務棟を後にすると、ロバートと文官たちはこらえ切れずに笑い始めた。
「わはははは、やっぱりサラはタダ者じゃないね」
「討伐報酬の予算を大幅に削減しましたね」
「ギルド長たちの顔色もすごかったですね。完全にサラお嬢様に呑まれてましたよ」
「お子様と思って舐めてかかるから」
「最初は僕たちもそうだったじゃないか」
「確かに!」
その様子を横目で見ながら、サラはため息をついた。
「私が子供らしくないことは認めますが、ちょっと酷くないですか?」
「サラ…酷い目にあったのは、たぶんギルド関係者たちだよ」
「そうですね、サラさんは自覚したほうが良いと思いますよ」
「領のために良いことをしたつもりだったのに、まったく褒められていないのは何故なんでしょう」
この件に関しては、ロバートとレベッカも味方してくれないらしい。
『むぅぅぅぅぅ』
その夜、お風呂に浸かりながら、サラはゆるゆると考えていた。
『やりすぎちゃったかなぁ。なんか内政チートっぽくなってきちゃったよ。やりすぎると王家とかに目を付けられて面倒なことになるかもしれない。少し自重した方がいいんだろうな。でも独立するまで、グランチェスターを没落させるわけにはいかないしなぁ……』
「サラお嬢様、髪を洗いますので目を閉じていただけますか?」
マリアは瓶に入った液体を手に取り、サラの髪をわしゃわしゃと洗い始めた。
『このシャンプーって泡立ち控え目だなぁ』
これまであまり気にしていなかったが、更紗時代のシャンプーと比べると泡立ちはだいぶ控え目だ。コンディショナーやトリートメントはなく、洗い上りは若干キシキシする。そのため、ある程度乾いたところで、髪用のオイルと馴染ませて艶をだすのがこの世界の貴族流ヘアケアだ。
すると、マリアは髪と同じ液体を使って、サラの体を洗い始めた。やわらかい布を使ってサラの体を擦っていく。
『あれぇ、シャンプーとボディソープって一緒だったの!?』
やはり泡立ちは控え目だ。匂いは気にならないが、香料も感じない。
『子供用に香料とか使わない優しい洗剤かしら?』
平民として暮らしていた頃、サラはシャンプーもボディーソープも使っていなかった。そもそもお風呂に入る習慣がないのだ。顔や手足は水で毎日洗っていたが、全身を洗うのは週に1度くらいだった気がする。石鹸のようなものも使っていない。
夏には川で水浴びをしながら身体を洗い、ついでに洗濯もしていたが、冬場はお湯を沸かしてたらいに注ぎ、やわらかい布で髪や身体を拭く程度だ。この世界の平民はそれが普通なのだ。
しかしグランチェスター家に引き取られ、毎日の入浴に慣れてしまうと、平民時代の生活に戻れる気がしなくなるから不思議なものである。もっとも、これには更紗の記憶も大きく影響していることは否めない。
風呂からあがると、数人のメイドが髪をタオルドライする。乾いたタオルを大量に使って丁寧に乾かし、最後に少量のヘアオイルを馴染ませれば完了となるが、サラは『あー、ドライヤーあればもっと早いのになー』と思わずにはいられなかった。
次は晩餐のための着替えだ。
『目が覚めたら着替えて朝食、執務棟に行く前に着替え、入浴後は晩餐用の服に着替え、寝る前に寝間着に着替える。なんで貴族ってこんなに着替えるんだろ…』
実は成人になると、着替えに必要な時間も増えるため、一日のかなりの時間を着替えに費やすことになるのだが、この時のサラはまだそのことを知らない。
朝食と昼食はサラとレベッカの2人であることが多いが、夕食はなるべくロバートも交えて3人で取るようにしている。これはサラが正式な晩餐のマナーを身に付けられるよう、レベッカが提案したためである。可能な限り正餐の形式を取っており、会話も貴族的な言い回しをしなければならない決まりである。
毎回異なる課題を設定しており、「ロバートがホストでサラとレベッカがゲスト」「サラがホステスで、ロバートとレベッカは嫌味な貴族」などバラエティ豊かである。
本日は「料理に文句をつけるロバートの相手をしつつ、他のゲストを不快にさせないようにする」という課題である。そのため、夕食のメニューそのものもサラが決めていた。
「サラさん、こちらの羊肉の香草焼きは素晴らしいわ」
「そう仰っていただけて光栄に存じます。レベッカ様は子羊がお好きだと伺っておりましたので、料理長が是非ともこの一皿をお出ししたいと申しておりましたの」
「本当に美味しいわ」
「ふん、この肉は焼き過ぎで硬いじゃないか。それに香草が多すぎて肉本来の味がわからん」
「ロバート卿、大変申し訳ございません。羊はお気に召さないようでしたら、子牛のステーキなどはいかがでしょうか?」
「この料理が不味いだけで、羊が嫌いなわけではない」
「まぁ! ロバート卿は意地悪ですわね。サラさん気にすることはなくてよ。十分に美味しい子羊だわ」
「香料を苦手とされる殿方が多いことを失念しておりました。それに事前に焼き加減をお伺いすべきでした。ロバート卿、未熟な私をご容赦いただけませんでしょうか」
サラは目を潤ませながら、下からロバートを見上げて謝罪する。いまにも涙が零れそうになっている。
「こら、サラ、その目線は卑怯だ。罪悪感でいっぱいになるだろうが」
ロバートはため息をつきながら降参する。
「まぁ、若いうちには使える手よね。サラさんは演技派ねぇ。自分がどう見られるかまで計算してるわよね」
「あら『使える手はすべて使え』と教えてくれたのはレベッカ先生ではありませんか」
「やりすぎだよ…。レヴィ、僕はサラが怖くなってきたよ」
「このくらいで驚くなんてロブもまだまだね」
このように、サラは恐るべき速度で社交術を身に付けていくのであった。