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蒸留釜とパラケルススの実験室

「そうだ、テオフラストスさんには別のお願いがあったんでした」

「は、はい!? な、なんでしょうかっ」


テオフラストスをはじめとするギルド関係者は、サラが発言するたびに動揺するようになってしまった。


『ちょっとやり過ぎたかな?』


「別にテオフラストスさんを食べたりしませんので、そんなに構えないでいただけるとありがたいのですが」

「も、申し訳ありません!」


テオフラストスはダラダラと冷や汗をかいているようだが、あまり気にしても仕方がないので、話を進めることにした。


「蒸留釜を作れる職人と、私の実験に協力してもらえる錬金術師の方をご紹介いただけませんか?」

「蒸留の実験でございますか? サラお嬢様は錬金術も嗜まれるのでしょうか?」


するとガヴァネスのレベッカが口を挟む。


「サラさんは、まだ8歳です。ご存じかと思いますが、この年齢の貴族女性が錬金術を学ぶことはございません」

「「「は!?」」」

「そ、それは大変失礼いたしました」


サラの年齢には、テオフラストスだけでなく、ギルド関係者が一斉に驚いた。文官やメイドたちにとっては自分も通った道なので、『まぁ驚くよね』と同情的な気持ちになる。


「驚かせてしまったようで申し訳ありませんが、ご紹介は可能でしょうか」

「はい。どちらも可能ですが、蒸留釜はどの程度の大きさを必要とされますか?」

「まずは樽1つ分を蒸留できる程度の大きさのものを。その後はもっと大きなものを作りたいのですが、このあたりの試行錯誤にもお付き合いいただける職人さんもいらっしゃいますか?」


テオフラストスは顎に手をやってしばし考え、ふと思いついたようにサラを見つめて問いかけた。


「お嬢様は、若い女性の職人や錬金術師の見習いでも受け入れてくださいますか?」

「技術や知識がきちんとしていれば、年齢や性別は問いません。自分で言うのもなんですが、私自身が8歳の小娘ですから今更でしょう」

「実は私の娘は錬金術師なのです。といっても、女性ですからアカデミーに通わせることはできませんし、正式な錬金術師としてギルドに登録されてはおりません。ですが、幼少の頃からずっと私の傍で錬金術を学び、実力はそこらの錬金術師よりもずっと高いことは私が保証します」

「ギルド長であるテオフラストスさんが保証してくださる程の実力なのでしたら、私は構いません」

「それと、蒸留釜の製作ですが、こちらについても娘の友人に依頼していただけないでしょうか」

「そちらも女性の方なのですか?」

「はい。彼女は鍛冶師の娘で、父親から鍛冶師としての技術を受け継いでいるのですが、鍛冶師ギルドも、やはり女性の職人は受け入れておりません。これまでは父親の手伝いという名目で依頼をこなしてきたのですが、その父親も去年亡くなってしまいまして。今では農家の手伝いなどで生計を立てている状態なのです」

「その方の腕前などはどうなのでしょうか」

「父親が死前の数年間は彼女が仕事を代行しており、評判も良かったようですね。なにより娘が使っている蒸留釜は、彼女に作ってもらったはずです」


テオフラストスの提案に、サラはしばし考えこむ。


『要するにギルドに未登録の錬金術師と鍛冶師だけど、腕は確かってことね』


「伯父様、ギルド未登録の職人を雇うことに問題はありますか?」

「いや、サラが雇いたいなら好きにしていいよ。特に法に触れたりはしない」


ロバートは鷹揚に答えた。


「そもそもギルドに所属するメリットって何があるんですか?」

「先ほども申し上げたかと存じますが、ギルド経由で素材を安く購入可能です。他にもギルド経由で依頼を受けることができますし、ギルド内で秘匿されている情報を閲覧することもできます」


テオフラストスが答える。これには薬師ギルドのアレクサンダーも頷いた。


「なるほど、それならまったく問題ないですね。ではテオフラストスさん、娘さんと友人の方に私の希望を伝えていただけますか。できれば早めにお会いしておきたいです」

「承知いたしました」


「あの…サラお嬢様。女性の薬師には興味ございませんか? 実験のお手伝いができるかもしれません」


テオフラストスとのやり取りを横目で見ていたアレクサンダーも、おずおずと質問してきた。


「アレクサンダーさんにも、娘さんがいらっしゃるのですか?」

「いえ私は独身です。近所に住んでいる娘なのですが、家が貧しく幼い頃から薬草を採取して、直接私の家まで売りに来ていたのです。そのうち私の製薬を横から眺めているようになり、手伝いもするようになりました」

「それはアレクサンダーさんの直弟子ではありませんか」

「それが、薬師ギルドの規則には、アカデミーの製薬課程を優以上の成績で修めていないと弟子にできないというものがあるため、彼女は手伝い以上にはなれないのです」

「わざわざ推薦されるということは、そのお嬢さん優秀なんですよね?」

「アカデミーを卒業した他の弟子よりも優秀ですね。彼女が男性だったら、私が学費を払ってでもアカデミーに行かせたと思いますね」


『なんてもったいない! 錬金術師と薬師がいるなら、化粧品もイケそうじゃない? 異世界チートの定番商品じゃない』


「是非ともご一緒したくはありますが、アレクサンダーさんの優秀な助手でいらっしゃるのでしょう?」

「私のそばにいても、彼女は助手以上の立場にはなれません。彼女の能力を考えれば、それではあまりにも惜しいのです」


すると傍らに控えていたレベッカが反応した。


「サラさん。女性だからという理由で好きなことを諦めてしまう女性はとても多いのです。もしその方が本気で望まれるのであれば、私たちが手を貸して差し上げるべきではありませんか?」

「レベッカ先生の仰る通りですね。私のような微力な小娘でもお役に立てるのであれば、ご一緒させてくださいませ」

「慈悲深いご令嬢方に、深くお礼を申し上げます」


『どうしよう慈悲深いとか言われちゃったよ! 心の底から欲にまみれてるのにっ』


サラの良心がちょっとだけ痛んだ。あくまでも"ちょっとだけ"でしかないが。


「ところで気になっていたのですが、私が以前住んでいた町には、薬師ギルドに所属していない薬師さんもいらっしゃいました。それって違法なんですか?」

「いえ、違法ではありませんが、ギルド員ではない薬師の薬は、薬師ギルドで買い取ってはいけないという規則があります」

「それでは薬を作っても売れないではありませんか」

「薬師自身が直接販売することは違法ではありません。ただし、ギルドに未登録の薬師であることを購入者に伝える義務があります」

「なるほど理解しました」


『あれれ、そもそもこの世界の"薬"ってカテゴリー自体がかなり曖昧だよね。医薬部外品とかあるのかしら?? まぁいいや。なんか出来そうになったら、その時に相談しよう』


「それと伯父様、城内で錬金術の実験ができる場所を確保したいのですが」

「城の東側に錬金術の実験をしていた塔があるよ。建物自体は100年以上前のもので、設備もちょっと古いけど、そこなら好きに使っていいよ。今でも使えるかどうかわからないけど、古い蒸留釜も残ってるんじゃないかな」

「も、もしかしてそれは、パラケルススの実験室のことでしょうか?」


テオフラストスは食い気味にロバートに尋ねる。


「うんそうだよ。あぁそうか、君はパラケルススの子孫なんだっけ」

「曾孫にあたります。私の名前は曾祖父から受け継ぎました」

「それは、どういうことだい?」

「パラケルススは錬金術師としての呼び名でして、テオフラストスが本名なのです」

「へぇ、それは知らなかった」

「伯父様、パラケルススさんは、どうして城内で錬金術の実験をされていたのですか?」

「彼は賢者の石を作りたかったらしい」

「賢者の石…ですか?」


これについては、テオフラストスも苦笑いをしながら説明した。


「曾祖父は宮廷錬金術師として長年王都で働いておりましたが、晩年になって賢者の石の研究にとりつかれてしまったのです。賢者の石は、我々錬金術師にとっておとぎ話のようなものです。どんな金属も金に変える、人を不老不死にするなどと言われていますが、現実にそのようなものが存在するとは思えません」

「そうなのですね」

「先代のグランチェスター侯爵は、このパラケルススの論文にいたく感銘を受けて、彼をこの領地に招致して実験室を作ったんだ。当時としては最先端の技術を取り入れていたらしいよ」

「先代の頃とは言え、テオフラストスさんの曾祖父様ということは、かなり高齢だったのではありませんか?」

「そうですね。100歳は超えていたはずですが、妖精の恵みのおかげで、見た目はかなり若かったようですね。この地で孫よりも若い嫁と再婚しておりますし」

「そ、それはお元気なことですね」

「そのような経緯で我が一族はグランチェスターの領民となり、この地に錬金術師ギルドの支部を設立いたしました」


実は錬金術師ギルドの支部は、グランチェスター領にしかない。王都の錬金術師ギルドはアカデミーの敷地内にあり、ほぼ研究機関である。アカデミーで錬金術を専攻している学生は、上級学年になると教室よりも錬金術師ギルドにいることが多くなる。その理由は、教授がギルドから動かないからだと言われている。


「それは素晴らしいですね!」

「まぁパラケルススが湯水のように資金を溶かしたことは間違いないね」

「伯父様、研究開発に費用がかかるのは仕方ありません。ところでパラケルススさんは、なぜ錬金術師ギルドではなく城内に実験室を作ったのでしょう?」

「おそらく実験結果を秘匿するためだろうね」

「サラお嬢様、曾祖父が城内で行ったすべての実験はすべてが秘匿されているのです。錬金術師ギルドはおろか家族でさえ知らないのです」


『潤沢な資金を使った実験ですものね、そう簡単には公開しないか。ちょっとロマンを感じるなぁ』


「でも、もう時間も経っていますし、祖父様から許可をいただいて公開しても良いのではないでしょうか?」


このサラの提案に、テオフラストスとアレクサンダーは目を輝かせて頷いた。


「…これは言っていいのかわからないんだけど、現グランチェスター侯爵は錬金術に全然興味が無くてね、パラケルススが残した記録を受け継いでいないんだ」

「「「「ええええっっ!!」」」」


ロバートが申し訳なさそうに答えると、サラ、レベッカ、テオフラストス、アレクサンダーの4人は声を揃えて驚いた。


「曾祖父様とパラケルススさんは、湯水のように資金を溶かしてさまざまな実験をされたのですよね。その結果を失っているのですか!?」

「失ったというか…、城内のどこかには隠されているはずなんだけど、先代の遺言には場所が書いてなかったんだよね」

「なるほど。先代侯爵閣下は馬車の事故でご逝去されておりましたね」


これにはテオフラストスも納得したようだ。


「パラケルススさんは、いつお亡くなりになったのですか?」

「それは誰も知らないのです。まだ先代侯爵閣下がご存命でいらした頃、忽然と姿を消しました。家族や知人宛の書置きすら残されていなかったため、誘拐ではないかと当時は大騒ぎになったそうです」

「当時は優秀な魔導士や錬金術師が誘拐される事件が多くてね、たぶんパラケルススもそうだったんじゃないかな。かなり捜索したんだが、手がかりすら見つけることができなかったらしい」

「そんな、若いお嫁さんもいたのに気の毒な…」


すると、テオフラストスはニヤリと笑いを浮かべ、「その嫁は今でも存命でして、我が家の逞しき長老として女帝のように君臨しております」と説明した。


まぁ、いろいろ引っ掛かりはあるものの、サラは錬金術の実験室、実験者、機器製造職人をまとめて手に入れたのであった。

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― 新着の感想 ―
多分その人、生きてるんじゃね? 実験失敗でどっか跳んでったとか……
賢者の石を作りかけていた蒸留窯で作ったシードル、とかブランドやん。
[一言]  もし、まだどこかで存命で、サラが出会って連れ戻すことに成功したらパラケルススさん、折檻で済むのかな…。
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