アヴァロンの至宝
アカデミーの教授と王子様の話が長すぎて3本に分割しました。
3日に分けようかとも思ったのですが、キレが悪いので1日に3本目を更新です
「なかなか愉快なことになってるようだな」
「ゲルハルト王太子殿下! なぜこのような危険な場所にお越しになられたのですか! 祖父様、何故こちらにお連れになられたのですか!?」
「私はお止めしたのだが」
「サラ嬢よ、グランチェスター侯爵を責めないでくれ。私が制止を振り切って勝手に来ただけだ。とてつもない気配がしたのでな。魔獣でもあらわれたのかと思ったぞ。まぁ実際に居たのは天使だったが」
「これはゲルハルト王太子殿下、お騒がせして申し訳ない」
アンドリュー王子は立ち上がろうとしたが、魔力枯渇一歩手前といった状態であるため、上手く力が入らなかった。
「アンドリュー王子殿下、ご無理なさらず。魔力暴走なのでしょう? ロイセンの王族にあまり魔力が強い人間はいないので、大変さは理解できないのですが、見た感じは相当辛そうだ。しかし、サラ嬢は本当に多才なのだね。演奏家として招聘しても頷かないわけだ」
「折角のご厚意にお応えできず申し訳ございません」
「いや、これで諦めがついたよ。どうやらサラ嬢は至宝と呼ぶべき存在のようだ。私ではその価値に見合う対価を支払えそうにない」
「過分な誉め言葉に身の竦む思いでございます」
「謙遜も過ぎれば嫌味だと思うがな」
ゲルハルト王太子は苦笑した。
「だが、アヴァロン王室でもサラ嬢の価値には気付いていなかったようだ。そこのアカデミーの連中も含めて」
「そのようですね。これまでグランチェスター家が隠していたのでしょう」
そこにグランチェスター侯爵が歩み寄って発言する。
「お言葉を返すようですが、サラを我が家に引き取ってからまだ1年も経っていないのです。この子の父親は私の末の息子ですが、商人の娘と駆け落ちして作った子なのです。両親が亡くなったため私が引き取りました」
「しかし、半分平民というには魔力量が多すぎないか?」
「この子の母親は、フローレンスの元王族なのです」
「フローレンス? では革命で国を追われた王族の子なのか?」
「然様でございます。この子の母方の祖父母はフローレンスの元王太子と王太子妃でございます」
「ジェノアの大商人ではないか!」
「そうなのですが、駆け落ちした際にあちらとは完全に縁を切ったらしく、何の連絡もございません。まぁ敢えてこちらからも便りを送ってはおりませんが」
母方の親族がサラを引き取りに来たら困ると考えたグランチェスター侯爵は、故意にジェノアにいるサラの親族に連絡をとっていなかった。実はアデリアが亡くなったことも報せていないため、もしかするとあちらはまだアデリアが生きていると思っているかもしれない。
「それは王族が降嫁して生まれた貴族の令嬢と同等の血統ではないか。なんとも惜しい。サラ嬢がもう少し大きければ、ロイセンの王太子妃に望んだろうに」
「申し訳ないのですが、私は成人していたとしてもロイセンには嫁がなかったと思います」
「それほど私がイヤかい?」
「そういう事ではなく、私は貴族の令嬢として生きたいと思っていないのです。ましてや王族なんてあり得ません!」
「それって、僕もまとめて振ってるよね?」
「そもそもアンドリュー王子殿下に求愛された記憶はございませんが?」
「僕は幼児性愛者じゃないからね」
「いや、私も断じて違うのだが」
「ゲルハルト王太子殿下は、前妻を12歳で娶られておりますし、それでなくてもサラ嬢に執着していたことは周りも認知しておりますので…」
「完全に誤解だ!」
『なんだろう、このカオスは』
そこにジェフリーが魔法回復薬をもって駆け込んできた。この回復薬は魔石から魔力を抜いた時に生成される魔力の水を主成分とした、トンデモな回復薬なのだ。うっかり魔力の少ない人が服用すると、数日間は魔力過多で起き上がれないほど気分が悪くなるという代物だ。現在は、薄めて効果を低く抑えるような回復薬を開発中であるが、まだ成功はしていない。
アヴァロンの王族は代々とても魔力が多いことでも知られており、魔力枯渇寸前のアンドリュー王子にとっては効果的な薬となるだろう。
「アンドリュー王子、お伺いいたします。このまま魔力を枯渇させますか? まだ魔力が増える余地があるようでしたら、魔力を消費するお手伝いをいたしますが」
「いや、そっちの成長はもう止まってる。一月ほど前、故意に魔力を枯渇させたけど、魔力量は変わらなかった」
「然様でございますか。では、よろしければこちらの魔力回復薬をお飲みください。どなたかに毒見をしていただいても良いのですが、効果が高すぎるため魔力過多になってしまうかもしれません」
するとレベッカが声を上げた。
「でしたら私が毒見をいたしましょう。治癒魔法をかなり使ってしまいましたので」
「あぁ、それが良さそうですね」
レベッカは小さなグラスに魔力回復薬を少量注ぎ入れて、一気に呷った。
「あら、本当にすごい回復量だわ。アメリアさんは相変わらず優秀ね」
「アメリアとは?」
アンドリュー王子が尋ねた。
「乙女の塔の薬師です。女性なので、やはり正式に薬師ギルドに登録してはおりませんが、とても優秀なことは私が保証します」
回復薬の瓶をレベッカから受け取ったアンドリュー王子は、グラスに移すのも面倒だと思ったらしく、瓶のまま一気に飲み干した。
「おおっ。これは確かにとんでもない回復薬だね。とても優秀な薬師なのだな。アリシア嬢と言い、そのアメリア嬢といい、グランチェスター領の女性はどうなっているんだろう」
「これがバレると、今度はアメリアのところにアカデミーの薬学科の方々が押し寄せそうな気がするので、どうか内密にお願いします」
「仕方ないなぁ。だけどさ、どう考えても君たちを味方にしないと国益を損ねそうな気がするんだよね」
「無理強いするとアヴァロンから逃げ出しちゃうかもしれませんよ?」
「おおそれはいい。ロイセンに亡命するか? 歓迎するぞ」
「ゲルハルト王太子殿下、堂々とスカウトするのはやめてください。我が国の至宝です」
「でも、気付いてなかったよなぁ?」
「気付いたんだからもう駄目です」
『なんか面倒くさいなこの人ら』
「私はグランチェスターで暢気に過ごす予定なので、あまり構わないでいただけると大変助かります」
「欲のない令嬢だな」
『いいえ、おそらくあなたたちには理解できない欲でいっぱいだと思います』
王族たちと話し込んでいる間にアカデミーの関係者たちは騎士団によって運び出され、宿舎のベッドへと戻された。アンドリュー王子との約定によって彼らを無罪放免とする代わりに、乙女の塔に対する強引な干渉は無くなるらしい。
ただし、一切のかかわりを断つことは避けて欲しいとアンドリュー王子に頭を下げられてしまったため、今後の連絡は必ず第三者を通してもらうことにした。
その頃にはアンドリュー王子の侍従も着替えと衝立を持って駆け込んできたため、立ち上がれるようになったアンドリュー王子はいそいそと着替えを済ませた。
その間、ゲルハルト王太子はサラにちょっかいを出していた。
「サラ嬢、そろそろ寝床に戻るから、その前にさっきの子守歌をもう一度歌ってくれないか?なんなら私の寝室で歌ってくれてもいいぞ?」
「やはり幼児性愛者なのですか?」
「断じて違うと言いたいが、サラ嬢だと否定しきれないかもしれん」
「今からご無礼を申し上げてもご容赦いただけますでしょうか?」
「サラ嬢なら構わないぞ」
「サイテーです。キモチワルイです。勘弁してください!」
「おふっ」
ゲルハルト王太子は懲りない男であった。
とはいえ、これがゲルハルト王太子の軽口であることにはサラも気付いており、ニカッと笑う彼をサラも嫌いにはなれそうになかった。
「まぁ確かに夜中ですし、自分のためにも少しくらいなら歌ってあげますよ」
サラは柔らかな声で歌いながら、リラックス効果のある光属性の魔法をほんの少しだけ歌声に含ませた。
歌い終わるとロバートが近づいてきてサラを抱き上げた。
「さぁもう帰ろう。こんな真夜中に8歳の女の子は起きてちゃ駄目だよ」
「働かせたのはアンドリュー王子とグランチェスター家です。私はとってもおねむです!」
「うん。悪かったね。明日は寝坊してもいいよ」
「駄目に決まってるでしょう。予定はパンパンですよ。お父様もです」
「うへぇ…娘が僕に厳しい…」
「お父様、情けない声を上げないでくださいませ」
そこにジェフリーが近づいてきた。
「ロブ、すまんがサラはウチで預かってるからな。オレが連れて帰るよ」
「なんでだよぉ。僕がジェフの家まで連れて行くよ」
「お前はレヴィをちゃんと送れ。今のグランチェスター城には客人が多い。彼女の美しさにやられた貴族令息は少なくない。婚約を発表したからと安心するな」
「あぁ確かにそうだな。ジェフ、サラを頼む」
「承知した」
ジェフリーはサラを抱えて帰路につくことにした。行きに使った馬車はグランチェスター城の車庫に戻し、サラと二人でジェフリーの馬に同乗する。
「サラはいろいろ大変だなぁ」
「嫁にしたくなくなりました?」
「いや、もう嫁だと思ってる。長男の嫁なのか次男の嫁なのかわからんけどな」
「どっちも違う可能性は考えないのですか?」
「それは考えないようにしてる。うちの子はどっちもイイヤツだぞ?」
「知ってますよ。でも将来のことはだれにもわかりません」
「でもなー、トマス先生がいるんだよなぁ。あの綺麗な顔に女どもはやられるんだよ」
「確かに綺麗なお顔ですよね。でも私の推しはジェフリー卿ですけどね」
「ってことはスコットも希望が持てるな」
「顔だけの問題じゃないです」
ケラケラと笑いながらジェフリー邸に着くと、スコットとブレイズは寝ないでサラの帰りを待っていた。
「お前たち、まだ起きてたのか。もう深夜だぞ」
「心配で眠れなかったんです」
「サラは無事なの?」
「私は大丈夫よ。もう寝ましょう。明日も忙しくなりそうだから」
そして三人はそれぞれの部屋に戻り、そのまま熟睡した。翌朝は盛大に寝坊することになるのだが、周囲は最初から予想していたため、スケジュールは調整済みであった。
明日は更新無いかも(;'∀')b