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無礼なのはどっちなんだろう

既に深夜と言っても良い時刻にもかかわらず、8歳の少女は大人たちと一緒に自国の王子の前にいた。


「お召しにより罷り越してございます」


優雅にカーテシーを決めたサラを見て、アンドリュー王子は驚きを隠せなかった。


「僕は錬金術師の女性を呼んだつもりだったんだけどな」

「書状によればゴーレムの所有者への出頭を命じていらっしゃるかと」

「ちょっと待って。あのゴーレムの所有者はサラ嬢なのかい?」

「然様でございます。より正確に言えば、乙女の塔とその周辺の敷地、そしてゴーレムたちの所有者が私です。また、アカデミーに論文を提出したアリシアを雇用しているのも、アカデミーに魔石を送るよう手配したのも私でございます」

「なんだって!?」


アンドリュー王子は驚いた。


「私が土地と建物の所有者であることは、先程マッケラン教授をはじめとするアカデミー関係者にはお伝えしたはずですが」

「まぁサラ嬢の名義になっているということはあるだろうが、誰が差配しているんだ? グランチェスター侯爵か、それともロバート卿か?」


グランチェスター侯爵は一歩前に進み出て口を開いた。


「孫のしたことですので、サラのどのような行動についても私が責任を負う所存ではございますが、『誰が差配しているか』という御下問に正直に答えるならばサラ自身ですな」

「は?」


『ヤバい、王子様の口が開いたままだ』


「祖父の申す通り、すべて私の差配によるものです。錬金術師のアリシアを雇用し、シュピールアを開発させたのも私です。ですからシュピールアの音源は私が演奏していたのです」

「確かにあの素晴らしい演奏は聞いたが…」


サラはマッケラン教授をチラリと見遣った。


「そもそも殿下に書状にて『出頭』を命じられるようなことを、私はしたつもりがまったくございません」

「其方のような小娘を呼んだ覚えはないわ! あのアリシアを呼べ!」


キレ気味に叫ぶマッケラン教授に向かって、サラは冷ややかな視線を投げた。


「アンドリュー王子、なぜあのような盗賊紛いの者を釈放し、あまつさえ被害を受けた側の私に『出頭』をお命じになられたのでしょうか?」

「それは、彼らはアカデミーの教授だからなのだが…」

「アカデミーの教授であれば、強盗も許されるのですか。初耳です」

「強盗?」


アンドリュー王子はチラリと、マッケラン教授を見た。


「どういうこと? 僕は強盗などとは聞いてないよ?」

「まず、乙女の塔はその名の通り、女性たちが働く場所です。一部許可を得て中に入ることのできる男性もおりますが、夜には間違いなく女性だけになります」

「女子修道院みたいなところなんだね」

「そこまで戒律のしっかりした感じではございません。楽しく研究生活を送っているだけでございます。ですが、女性ばかりで不用心だと思いまして、ゴーレムたちに護衛させているのです」

「問題のゴーレムだね?」

「あの子たちは許可なく敷地に入ったものを排除するように設定されています。最初は言葉で警告し、立ち去らなければ抱き上げて敷地の外に追いやります」

「なるほど」

「ですが、武器や魔法による攻撃など敵対行動を取ると、あの子たちは相手を捕縛するように行動を変えるんです」

「つまり今回はアカデミー関係者がゴーレムに敵対行動をとったわけだね?」

「然様でございます」

「その際の音声をお持ちしました。これはシュピールアでも使われている技術でございます」


小さな箱に納めた魔石には、ゴーレムたちが録音したアカデミー関係者の音声が記録されていた。再生すると部屋の中にマッケラン教授の声が響き渡った。


『平民の小娘などちょっと脅せばすぐに魔石の研究を引き渡すだろう。後はこちらで詳細に研究すればいい。どうせならパラケルススの資料も根こそぎ研究室に運ばせよう』

『邪魔なゴーレムだな。だが機能は素晴らしい。分解して持ち帰るとするか』

『おい、そこの護衛ども! ゴーレムにはなるべく傷を付けずに捕獲せよ』


サラは冷めた目でアンドリュー王子を見つめた。


「これが強盗でないなら、何が強盗なのでしょう」

「確かに発言は問題だけど、実際に被害があったわけじゃないよね? 少しばかりゴーレムに魔法を撃ったみたいだけど」


サラはロバートに持たせた小さな小箱を受け取り、そっとアンドリュー王子の前に差し出した。


「これは何?」

「まだ加工前の物ですが、ゴーレムたちに使われている魔石と同等の魔石です」


アンドリュー王子が箱を開けると、中には直径2センチくらいの魔石が1つ、直径1センチくらいの魔石が5つ入っていた。


「殿下であればどれくらいの価格を付けますか?」

「どれも純度が高くて凄い魔石に見えるよ。僕には値段付けられそうにないや」

「大きなものは、安くても100ダラスから150ダラスはするでしょう。小さい方はひとつ20ダラスくらいでしょうか。その魔石はそれで1セットなのです。この数の魔石が1体のゴーレムの中に入るのです。気軽に分解されて持ち帰られては困ります」

「なるほど。それは強盗と言われても仕方ないね」

「しかも、マッケラン教授は土属性の破壊魔法をうちのゴーレムに放ちました」

「え、ゴーレム壊したの!?」

「いえ、防御の陣が魔法を弾きました」


『あまりにも魔法がショボくてビックリだよ』


「魔法を弾いたのであれば、拘束する必要はないではないか!」

「何を仰っているのかわかりません。私有地に不法侵入し、明確な敵対行動を取る相手に対して、常に受け身でいろと申されるのですか? それに、そちらの護衛たちは抜剣していらっしゃいました」

「それとて、そもそもはお前たちが我らの訪問を拒んだことが原因だろうが」

「私どもの敷地内にどのようなお客様を招くかは私どもが決めることであって、あなた方に指図される謂れはございません」


「そこまで!」


さすがにアンドリュー王子が仲裁に入った。


「ひとまず状況を整理しよう。今回の不法侵入とゴーレムへの敵対行為については、明らかにアカデミー関係者側の落ち度だ。無論、彼らの同行を許可しておきながら、身勝手な行動をさせてしまった僕の不手際でもある。正式に謝罪するよ。サラ嬢をはじめとする乙女の塔の関係者に深くお詫び申し上げる」


アンドリュー王子は深々と頭を下げた。


「そちらに被害があれば補償させていただくが、どうかアカデミー関係者を窃盗や器物破損などで訴えるのは容赦していただけないだろうか。同行を許可した王室の顔を立てて欲しい」

「これ以上、私どもに干渉しないとお約束いただけるのであれば構いません。こちらは器物破損などの被害は無いのですが、錬金術師のアリシアは心労のため倒れました」

「ではアリシア嬢には王室からのお見舞いをお送りさせていただく。それにしてもいいのかい? ゴーレムに魔法を放ったそうだが破損したりしていない?」

「あの程度の貧相…いえ、出力の弱い魔法程度でこちらのゴーレムには傷ひとつ付けることはできません。どちらかと言うと護衛の方々の武器が傷ついてしまったようです」

「貧相とはなんだ貧相とは!」

「これは失礼いたしました。マッケラン教授が手加減してくださったことはこちらも承知しておりますのでお気になさらず」


マッケラン教授はギリギリと歯ぎしりをしている。どうやら本人的にはそれなりの威力のつもりだったらしい。それを見たサラは内心ほくそ笑んだ。


「そういえば、マッケラン教授と一部のアカデミー関係者の方々のお召し物は、そのまま差し上げますのでどうぞお持ち帰りください」

「彼らの着替えまで用意したのかい?」

「捕縛されたときに少々驚かれたようで、その…お召し物が汚れてしまった方が少なからずいらっしゃいまして…」


心当たりのある者は、羞恥のあまり顔を朱に染めた。


「あぁ、そういうことか。なんというか彼らの尊厳を守ってくれてありがとう」

「お歳を召された方を不用意に驚かせる結果になり残念です」

「それは彼らの自業自得だろう。アカデミー関係者である以上、もう少し冷静に行動すると思っていたのだが、大変申し訳なかった」


アンドリュー王子がバッサリと切って捨てたことで、アカデミーの関係者たちは一斉に青褪めた。


「殿下、それはあまりではございませんか! 我々とて穏便に訪問したいと思っていたのです。ですが無礼にも門前払いされたのです」

「要するに、そもそもの発端は、乙女の塔がアカデミー関係者の訪問を拒否したことにあると言いたいのかな?」

「はい。正確にはアカデミーからの召喚を、アリシアが拒否したことが始まりかもしれません」


不機嫌さを隠さないマッケラン教授は、自分たちの正当性をアンドリュー王子に訴えた。


「それについてもアリシアに非はございません。雇用主である私が許可しなかったため、アリシアはアカデミーに行くことはできませんでした」

「それはどうして?」


サラの返答にアンドリュー王子は不思議そうな表情を浮かべた。


「今回、アリシアの書いた論文は、シュピールアの開発中に発見した技術についてでございました。ご存じの通りシュピールアには魔石が使われており、音楽を再生すれば魔石に蓄積されている魔力が失われていきます。ですが高価な魔石を使い捨てにすることを惜しんだアリシアは、魔石への魔力補充について研究を始めたのでございます」

「うん。それは理解できるよ。シュピールアに限らず、魔道具に使用されている魔石への魔力補充は夢の技術だと思う」

「幸いにもグランチェスターには、かつて有名であったパラケルススという”自称”錬金術師の資料が遺されているのです。その資料からヒントを得て実現したのが、いま王子のお手元の箱にも入っている魔石なのです」

「え、ゴーレムの魔石も魔力が補充可能なの?」

「然様でございます。先程の販売価格は”通常の”魔石価格ですので、魔力が補充可能であることを証明すれば値を付けるのが難しくなるかもしれませんね」


再度箱の中身を見たアンドリュー王子は、ポカーンと口を開いた間抜けな表情で固まってしまった。


「シュピールアを販売する以上、この技術を隠しておくべきではないと判断した私は、アリシアに研究内容を論文としてアカデミーに提出するよう指示いたしました」

「なるほど」

「ですが、アカデミーはアリシア嬢の論文を『アカデミーに入学する資格も持たない自称錬金術師の戯言』と頭から否定し、『文句があるなら実物の魔石を送ってよこせ、できないなら今後論文は送ってよこすな』といった内容の返事を送ってきたのです」

「それは証明できる?」

「はい。書状はこちらにございますので」


サラはアカデミーから送られてきたマッケラン教授の書状を、アンドリュー王子に渡した。


「ははぁ。これはかなり失礼だねぇ」

「さすがにアリシアを法螺吹き扱いされるのは腹に据えかねましたので、実際に魔力の補充可能な魔石を用意してアカデミーに送り付け、その後一切の交渉を断ちました。今後アカデミーとは一切のかかわりを持たず、独自に技術開発を進める所存でございます。もとよりアカデミーに技術を公開するメリットはまったくないとは思っておりましたが、アヴァロン発展のためと筋を通すつもりで論文を書き送ったのです。にもかかわらず、このような扱いを受けるなど、アリシアが気の毒でなりません!」


アンドリュー王子は、マッケラン教授の方を振り向いた。


「僕は、ここまでの事情をあまり説明されていなかったんだよね。出発前、マッケラン教授は『ちょっとした行き違いがあるから、事情を直接説明したい』って言ってたと思うけど、これをちょっとした行き違いっていうのは無理があると思うよ。酷く無礼だ」

「ですが相手は本物の錬金術師ではありません。アカデミーに入学する資格もない小娘に過ぎないのです。この研究内容のほとんどはパラケルススの研究にちょっと手を加えただけの物であることは明白です。つまりはアリシアとかいう小娘の手柄ではなく、その祖先であるパラケルススの功績です。アリシアが持つパラケルススの資料をアカデミーに引き渡せば、もっと素晴らしい発明ができるはずです!」


マッケラン教授は、鼻息を荒くしながら強く主張した。

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― 新着の感想 ―
そういうけど……それ、グランチェスターの……いや、今はサラの財産でアリシアの先祖なんだけど?
[一言] 仮にもアカデミー代表としての発言だとするなら権威を地に落とす所業。 外野の錬金術師の業績なら強奪しても構わないと仮にも王子の前で発言したのですが。 外野でこうならアカデミー内部ではどうなっ…
[良い点] 未遂であれば穏便に的な発想の王子もちょっとどうかなぁ。 しかし、老害が反省もせずにパラケルススの資料をよこせとは、ヤッチマイナ!
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