ゴーレムのソフィア
「サラはゴーレム作れるし、お外のゴーレムたちはすごく自然に会話してるよね? あれがどんな仕組みなのか私には理解できないけど、ソフィアの姿をしたゴーレムを作ってあんな風に動かせばいいだけじゃないの?」
「パラケルススさんでさえ、萌え…じゃなかった人間に近いゴーレムを造ろうとしたけどできなかったみたいだし、難しいんじゃないかな」
ふわふわっと宙をたゆたうミケは、尻尾の先っぽをちょっとだけ振ってサラの頭にちょっとだけ触れた。
「サラもパラケルススも難しく考えすぎなんじゃないかな。私たち妖精がどうやって人の形に変わると思う?」
「魔法で変わるんだよね?」
「そう。人や動物は地上にあるモノと魔素で構成されてるから、集めて魔法で組み上げてしまえばいい。私たち妖精は魔素が集まって自我をもったような存在だから、そうやって受肉するし、使わなくなったら解いてしまう」
ミケはくるんと小さな美女の姿に変わり、すぐに猫の姿に戻った。
「うーん?」
「サラはゴーレムを土属性の魔法で作るよね?」
「うん」
「そもそも私たちは人間みたいに属性なんて意識していないから、なりたい姿を強くイメージして魔法で身体を組み上げるわ。でも、そうねぇ…意識すれば水属性が多いかもしれないかも。だけど土属性や木属性も使ってると思う」
「ミケの言いたいことは理解できるけど、そんなこと私にできるかしら」
「サラがソフィアに姿を変えるとき、魔法でドレスを纏う魔法と何が違うのか私にはわからないわ。サラは対象を分析して再構成してるじゃない」
「あ! そういうことか」
サラはソフィアの姿の自分を強く意識し、分析するように観察してみる。おそらく無属性魔法の鑑定が発動しているのだろうが、サラ自身はあまり自覚せずに使っている。
しばらくすると、サラはソフィアとなっている自身の姿が脳内に浮かんできた。自分が何で構成されているのかを感覚的に理解し、一つ一つの動作に至るまで細部をイメージして形を再現していく。
『魔力に属性はなく、ただ指向性があるだけ。私はこの世界にあるもので構成されているのだから、ただ同じ形を魔力で組み上げればいい……』
気が付くと、目の前にソフィアと寸分違わぬゴーレムが完成していた。今回はただ形を作っただけなのでコアとなる魔石は埋め込まれておらず、ただ優美に微笑んでいるだけの人形だ。
「できちゃった」
「信じられない。ソフィアそっくり!」
「え、じゃぁサラお嬢様バージョンも作れるってこと?」
乙女たちはゴーレムのソフィアをまじまじと観察する。
「これに他のゴーレムみたいな魔石を埋めれば、ソフィアっぽい受け答えのできるゴーレムになるってこと?」
「マギシステムに繋げばできそう。ソフィアの行動パターンを意識した特別なパーソナリティを追及するために、普段からソフィアを他のゴーレムに観察させた方がいいかも」
ミケはゴーレムのソフィアの肩にちょこんと座り、前足で頬をぷにぷにと押し、その感触に満足したのかうんうんと頷いた。どうやら質感も問題ないようだ。
「だけど忘れないで。魔法で『魂』は創れない。それは創造神だけがもつ権能よ。どれだけゴーレムたちに疑似的な人格を持たせたとしても、それは魂じゃないわ」
「難しいことを言うのね。私は魂が何なのかわかってないんだけど」
「それは妖精にもわからない。だって私たちには魂が無いもの」
『え? そうなの?』
「私たちには魂が無いから、人の持つ魂の輝きに私たちは惹かれるのよ。そして運よく友人を得れば、その魂に寄り添って妖精もその姿を変えていく」
「それって戦争好きの人に妖精の友人ができたら、その妖精も戦争が好きになっちゃうってこと?」
「そうよ。そして逆もあるわ。魂の持ち主が『自分はこのように在りたい』と強く願えば、妖精はそう在るべく力を差し出す。結果として魂の輝きが増せば、さらに他の妖精たちが集まってくるの」
「それは良い方向にも悪い方向にも変わるってことよね?」
「前にノアールが言ってたでしょう? 妖精に善悪や正義という価値観は理解できないって。それは魂を持つ者の思考だから」
「でも魂って人間だけが持っているわけじゃないよね?」
「ええ。生物の大多数は魂を持っているわ。だけど自我を持つ魂は限られているし、一部の生物は複数の個体で同じ魂を共有していることもある」
「なのに妖精は人間にだけ惹かれるの?」
「魂は成長するの。生物として肉体が失われても魂は失われず、また次の肉体に宿る。それを繰り返すことで魂は成熟し、輝きを増していくの。その輝きに妖精は惹かれるのよ。実はドラゴンと友愛を結んでる妖精もいっぱいいるわ」
「あー、なんかわかる気がする」
『ドラゴンの周りを妖精がいっぱい飛んでるとか、すごいファンタジーな絵面よね』
「その感じだと、人間とかドラゴンに宿る魂は成熟した魂ってこと?」
「基本的にはそうなんだけど、稀に未成熟の魂が宿ることもあるわ。そういう存在を『神の愛し子』って呼ぶの。大抵は特別な能力を創造神から与えられていて、世界に大きな変化を起こす存在になるわ。だけど魂があまり成熟していないから、惹かれる妖精は少ないし、あまり長生きもしないのよね。ついでに言うと、妖精もビックリするくらい思考が短絡的で深く思い悩むこともなく暴走するわ。たとえば1500年くらい前に暴れた愛し子のドラゴンは、人間が自分の産んだ卵を盗もうとしたことにキレて、その国と周辺の国を3つくらい焼き尽くしたの」
「話し合いの余地なし?」
「まったくなし。しかもキレた勢いで他の卵も自分で踏んじゃったから、我に返ったときに悲しみ過ぎて、食事を断ってそのまま死んじゃったの。ついでにドラゴンは夫婦愛が強いから、伴侶も一緒に死んじゃったわ」
「……お気の毒ではあるんだけど、どうにかならなかったのかしらね」
「ならないのが愛し子なのよ」
『卵を人間に盗ませて周囲を破壊させたのは、創造神の意思だったりするのかしら? そうだとしたらイヤなやり方よね。そんな創造神を好きになれる気がしないわ』
「でもね、魂ってどれだけ成熟しても、どこか曖昧で不安定なの。決まった形は一つもなくて、それぞれに個性がある。生まれた時代や地域や宗教なんかで人の価値観はまったく違うのに、人に宿った魂はその時々で悩んで理性的に解決しようとする。そして不思議なくらい『愛情』とか『欲望』とか、あるいはその他の不思議な感情とかに左右されて自分が理性的に出した答えを裏切るのよ。人間の言い方を借りれば、とても不条理で矛盾に満ちているわ」
「あー、それはなんとなくわかる。理屈じゃないから」
「そもそも妖精は理屈で動いてないから理解できない」
ミケの話を聞いていたアリシアは、横でハッと気が付いた。
「ソフィア、ゴーレムには無数の個性を持たせることはできる。疑似的に感情があるようにすら見えると思う。それはマギシステムが意図的にそうしているからよ。だけど、ゴーレムたちに、不条理で矛盾した行動を取らせることは難しいわ」
「そういうもの?」
「うーん。たとえば乙女の塔にいるゴーレムたちは、『身体を触られるのは不愉快なこと』って学習してるから、不用意に触られるのをゴーレムは嫌がるようになってる。だけど、本店にいるゴーレムは、お客様の相手をすることも多いから比較的接触には寛容な性格なの。同じマギシステムに繋がっていても、条件が違えば答えは変わるわ」
「なるほど」
「でもどちらのゴーレムにとっても重要な仕事は警備でしょう? だから不審者を捕らえる際、相手が暴れて自分たちに触れても、任務の遂行が優先されるからゴーレムたちは不愉快という感情を覚えないのよ。錬金術師たちを抱っこしている時でさえ不快とは思っていない」
「いちいち不愉快になってる場合じゃないものね」
「そうね。だけど警戒モードを解いた瞬間、彼らは自分たちが任務中に不快なことをされたことに気付いて、相手に嫌悪感をおぼえる。これは矛盾ではなく、明確な判断基準があるからなの。そして一度嫌悪感を覚えた相手は、新たな要素を学習しない限り警戒すべき相手になるわ」
「新たな要素?」
「いろいろあると思う。私たちが『この人は悪い人じゃない』と教えるのが一番早いかもしれない。うーん……たとえばゴーレムのソフィアには『身体を触られるのはイヤ』って対応するような設定にすることになると思うけど、『ただし顔の良い男なら警戒度を下げる』とかはできるかもしれない」
「ちょっとやめてよ。面食いみたいじゃない!」
「ふふっ。あれだけ美青年と美少年に囲まれれば、少々の見目麗しさじゃ動じないか」
アリシアはニマニマ笑ってソフィアの姿をしたサラに向かって微笑みかけた。
「膨大なデータを学習したマギシステムの選択によって、ゴーレムは疑似的な人格を持っているように見える。でもね、個性はあっても理性的だし、感情があるように見えても感情表現を模倣しているに過ぎないの。なにより、彼らは矛盾や不条理を抱えないのよ」
「でも、ゴーレムたちに個性があるなら、出す答えが変わることもあるでしょう?」
「ええ、あるわ」
「それは矛盾にはならないの?」
「マギシステムは一つ一つが独立した存在で、自分以外の2台が出した答えを第三者として評価し合うの。1台が肯定しても残りの2台が否定することもある。だけど、他に否定された答えだからといって捨ててしまうこともしない。他者に否定されても自分の中で生まれた回答として保持し続けるわ」
「難しいなぁ……つまり与えられた情報や判断基準によって、物事の捉え方が変わるから答えも変わるってことよね? だから、すべての回答を対立したものではなく、独立したものとして保持するってことであってる?」
「その通り!」
「マギたちは、他の2台に対して敵対的な情報を生成して識別することを繰り返しているし、物事を判断するために頻繁に多数決を取ったりしてるわ。自発的にとんでもない勢いで物事を学習しているし、だからこそゴーレムもあっという間に多様化してしまったわ」
「ちょっと怖いくらいよね」
「私やアメリアの助手をするゴーレム作って欲しいってリクエストしようかなって思ってたくらいよ」
するとミケがくるんっと回って、再び人の姿を取った。
「難しいことはよくわからないけど、このソフィアのゴーレムを外のゴーレムみたいにするにはどうしたらいいの?」
「もう一度作り直してもらう必要があると思う。マギシステムに接続されているゴーレムは、核になるユニットをゴーレムの魔法陣と連動させて動かすの。このユニットの中には、動力用の魔石、魔力補充の魔法陣、内部処理用の魔石、記憶用の魔石と魔法陣、音声情報制御の魔石と魔法陣、視覚情報制御の魔石と魔法陣、マギシステムと通信する魔石と魔法陣なんかが詰まってるの」
アリシアが説明してくれたが、ミケにはさっぱり理解できないようだ。サラでも半分くらい理解できないので仕方ない。
「つまりゴーレムのソフィアの核になるユニットを先に作る必要があるってこと?」
「そういうことになるかな。他のゴーレムとは違うから、ちょっと時間かかるかも」
「いいわよ急がなくて。それより体調を戻すことを優先して」
「サラに治癒魔法を使ってもらったから大丈夫だよ」
「だめだよ。体力が戻ったわけじゃないんだから」
サラとアメリアに止められたので、仕方なくアリシアはベッドでしっかり横になった。
「今は大人しく寝ておくけど、きっと明日は元気だと思う」
「じゃぁ明日に備えて寝ておこうね」
「はーい」
アメリアは大変優秀な薬師なので、先程の気力を回復する薬には、ほんの少しだけ眠くなる成分が入っていた。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえ始めたため、アリシア以外の3人はアリシアの部屋を後にした。