そうなるとは薄々思ってた
音楽鑑賞会の後、サラは早めにジェフリー邸へと向かっていた。
多くの貴族女性がサラをお茶に誘ったが「緊張して前の日からあまり眠っていない」と言い訳して、足早に会場を後にした。8歳の女の子が寝不足だと言えば、無理をいう大人はあまりいない。
夕刻と呼ぶには少々早い時間ではあるが、晩秋の日はすでに傾きかけているようだ。スコットとブレイズは、まだトマス先生と一緒に乙女の塔にいるだろう。
すると、突然耳元でセドリックの声が聞こえてきた。
「サラお嬢様、乙女の塔でトラブルが起きたようです」
「どういうこと?」
「錬金術師の一人がゴーレムに魔法を放ったため、護衛も含めて同行していた人間が全員ゴーレムに拘束されました」
「まったく。面倒なことを」
サラは後ろを振り返り、護衛についている騎士たちに声を掛けた。
「すみません。行き先を変えます」
「どちらに行かれるのですか? 団長からは予定外の行動は避けるよう言われておりますが…」
「乙女の塔です。アカデミーの方々が不法侵入して、ゴーレムに拘束されました。お一人は騎士団本部に報せ、乙女の塔に騎士団を向かわせるよう指示してください」
それだけ言い放つと、サラはデュランダルを全力で駆けさせた。
出遅れた騎士たちも慌てて後を追う。
「なぁ、なんでお嬢様は乙女の塔の出来事がわかったんだろう?」
「わからん。気まぐれにごっこ遊びをしてるのかもしれん」
「命令された以上オレたちは従うしかないが、後でお嬢様が叱られないと良いが…」
だが、そうした騎士たちの心配は、乙女の塔の惨状を目にしたことで別の心配へと取って代わられた。
「これはどういうことなのですか!」
サラは馬上から声を張り上げた。
目の前にはロープでぐるぐる巻きにされている大人たちが、20名程地面に転がされている。どう見ても護衛の騎士に見える大柄の男性は武装を解かれており、近くに武器と防具が積み上げられ、夕日に輝いていた。
そのうちの3名は老齢と呼んでも差し支えない外見をしていたため、サラはその3名の縄を解くようゴーレムに指示した。猿轡をされているのは魔法を詠唱させないためなのだろうが、ひとまずそれも外すよう指示した。
「私はサラ・グランチェスター。あなた方はどなたですか」
デュランダルから降りることすらせず、サラは不法侵入者の一団に声を上げた。物理的に上から目線で話すサラに、侵入者たちは小馬鹿にしたような視線を向けた。
「グランチェスター家のご令嬢か。私はコリン・ディ・マッケラン。アカデミーの錬金術科の教授を務めておる。こちらの2名も同じくアカデミーの教授だ」
「マイケル・アインズだ」
「イアン・ヒルだ」
拘束から解放された老人たちが自己紹介する。だが、相手は馬から降りることすらしない生意気な小娘に気分を害したらしい。
「ご令嬢、些か無礼が過ぎるのではないかね? まずは下馬されよ」
「面白いですわね。不法侵入者が侵入した家の所有者に礼を説くとは」
「はっ。所有者はグランチェスター侯爵であって、ご令嬢ではあるまい。貴族の子女が親の威を借るのは見てて気持ちの良いものではないぞ」
「残念ながら、こちらの土地と建物は、私の魔法発現の祝儀としてグランチェスター侯爵から譲り受けております。つまり、所有者は私個人で間違いございません」
「なんだと!」
コリンは驚いたが、逆にこの幼子であれば与しやすいだろうと高を括った。
「なるほど。それではご令嬢に訪問の許可を取ればよいのだな?」
「そのような許可を出すつもりはございません。もうじきグランチェスター騎士団がこちらに参りますので、身柄はそちらに預けます。その後のことはグランチェスター侯爵と騎士団にお任せいたします」
「なんだと! 私はアカデミーの教授であり、前マッケラン子爵の弟だぞ!」
サラは近くにいた騎士に目配せして、デュランダルから下ろしてもらった。今日はドレスをきているため横鞍を使っており、一人だとなかなか綺麗に降りられないのだ。どうしてもドレスの裾が乱れてしまう。
「マッケラン教授、申し上げてもよろしゅうございますか?」
「なんだ?」
「老人がアカデミーや子爵家の威を借るのは見てて気持ちの良いものではございません」
「なっ!」
それだけ言うと、サラはデュランダルの手綱を騎士に預け、乙女の塔に向かってゆっくりと歩き始め、どこからともなく取り出したオカリナを吹いて踊っているゴーレムを鎮めた。
「零号、弐号よくやったわね。これからもよろしくね」
ゴーレムたちを労い、魔力を注いでいく。
するとコリンが声を張り上げた。
「まさか、このゴーレムの中の魔石も魔力が補充可能なのか!?」
「現段階でお渡しできる資料はすべてアカデミーに送ったはずです。要求された魔石も送付済みですので、今後は小娘の戯言にお付き合いくださる必要はございません。早々に王都にお戻りくださいませ。もっとも祖父様の裁定次第では、法的に訴えられる可能性も否定はいたしませんが」
老人とは思えぬ素早い動きで立ち上がったコリンは、サラに詰め寄るべく駆けだそうとした。しかし、ゴーレムに肩を押さえられて身動きができない。
「初号、手間をかけさせて申し訳ないのだけど、騎士団が来たら引き渡してくれるかしら」
「もう一度拘束いたしますか?」
「さすがにご老人だからいたわってあげて頂戴。ここでぽっくり逝かれても困るわ」
「承知しました。では、零と弐にも手伝わせましょう」
無言で零号と弐号が歩みより、教授たちを抱っこし始めた。参号以降のゴーレムたちがその他大勢の錬金術師や護衛を監視しているので、ひとまずは大丈夫だろう。
「なっ!! ゴーレムがこれほど流暢に会話をするだと?」
「不法侵入の警告もゴーレムたちはしたはずです。聞いていなかったとは思えないのですが」
「定型句をしゃべらせているだけかと思ったのだ」
「昨日と今日、かなりゴーレムたちに手を出していたみたいですが会話してもらえなかったんですね」
ゴーレムたちが一斉にサラの方を振り向いた。
「私たちだって、こんな変な人と話したくないですよ。気持ち悪い!」
「この人、私たちの身体をベタベタ触りまくるんです」
「領都の土産物屋で買ってきたオカリナ吹いてるアホもいましたよ。ちょっと考えればわかるだろうに。この人たち、本当にアカデミーの偉い人なの?」
ゴーレムたちは言いたい放題である。ここに至り、サラはマギシステムの学習効果が恐ろしくなってきた。そのうち人権ならぬゴーレム権を主張しはじめそうだ。
「その辺にしてあげて頂戴。なんかアカデミーの錬金術師たちの心が折れそうになってるみたい」
サラがゴーレムたちを窘めた。
「承知しました。サラお嬢様」
「サラお嬢様が言うなら仕方ないなぁ」
「ちっ。今日のところは許してやるか」
『はて。ゴーレムごとに個性があるのは、どうしてなんだろう? 今度、本店の子たちとも会話してみよう』
「このゴーレムたちを作ったのもアリスト、いやアリシア嬢なのか?」
「大半は彼女の作った仕組みですね」
パラケルススの研究を引き継ぎ、マギシステムの基本設計をしたのは間違いなくアリシアだ。サラも惜しみなく資金や素材を提供し、前世の知識でのサポートも行っている。だが、サラがちょっと口にしたことをあっさりと会得して自分のモノにしてしまうアリシアを見ていると、本物の天才とはこういう人のことを言うのだと思い知らされる。
たとえば、サラがニューラルネットワークの概要を語れば、ものの10分ほどで「じゃぁ中間層をたくさん作れば良いんですね」と発言し、敵対的生成ネットワークについて話せば「マギたちに情報の『生成』と『識別』をさせましょう」などと言う。概要しか知らないことが申し訳なくなるくらいアリシアは大変優秀であった。
『あぁ前世の世界で思う存分学ばせてあげたい。専門外で本当にごめん。せめて資金と資材はたっぷり用意するよ!』
サラが物思いに耽っていると、地響きのような音が聞こえてきた。おそらく騎士団が馬で駆けてきているのだろう。
ふと見れば先頭には赤い髪を靡かせたジェフリーがいた。
「あら、ジェフリー卿が直々にお越しだわ」
「ひっ」
横にいた護衛の騎士が、小さな悲鳴を上げた。
「サラ、無事か!?」
ジェフリー卿は馬を降りると、急いでサラに駈け寄って抱き上げた。
「ご心配には及びません。そもそもゴーレムに守られている乙女の塔ですよ?」
「だからといって、犯罪者がいるとわかっている場所に自分から向かっていくやつがあるか!」
「ここは私の土地と建物ですし。乙女たちは私が雇っているのです。私が守らなければ誰が守るというのです」
「そういうことは、大人になってからでいいだろう」
「駄目に決まっているではありませんか。犯罪者は私が大人になるまで待ってくれるわけないでしょう?」
「そうだが」
すると、ジェフリーはサラの背後に居た護衛たちを怒鳴りつけた。
「お前たち、護衛対象を危険に晒すとはどういうことだ!」
「ジェフリー卿、彼らを叱らないでください。彼らの制止を振り切って私がデュランダルを疾駆させたのです。それに、ジェフリー卿ですら止められない私を、彼らが止められると思いますか?」
「だがなぁサラ…」
そこに塔の上階の窓からスコットの声が聞こえてきた。
「おーい、サラー。ゴーレムの警戒モードを解除してくれよ。外は危ないって、ゴーレムが僕たちを塔から出してくれないんだ」
「まだ不法侵入者いるけど出たいの?」
「もう、父上が来てるんだろ? 不法侵入者はそっちに任せて大丈夫だよ。それよりアリシアさんが、胃が痛いって泣いてるんだ」
「え、病気? それは大変!」
サラは慌ててゴーレムたちの警戒モードを解除し、塔の中に駆けこんだ。当然後ろのジジィとその他大勢はガン無視だ。
騎士団は粛々と不法侵入者たちを連行しようとしたが、ゴーレムに抱えられた老人たちが騒ぎ始めた。
「私はアカデミーの教授だ。そこで縛られている者の多くはアカデミーの上位錬金術師だ。このような不当な扱いを受けたことは国王にも報告させていただく!」
「これは失礼しました。まさかアカデミーの教授ともあろうお方が、齢8歳の少女が所有する塔に不法侵入されるとは夢にも思っておりませんでしたので」
「私たちはここで働くアリシア嬢を訪ねてきたのだ。それを、このゴーレムたちが邪魔をしているのだ」
ジェフリーは顎に手をやって考えるような仕草をした。
「教授殿、お名前を伺っても?」
「コリン・ディ・マッケランだ」
「ふむ。私はグランチェスター騎士団団長を拝命している ジェフリー・ディ・グランチェスターと申します。お名前から察するにマッケラン教授も騎士爵でいらっしゃるようだ。マッケラン子爵のご親戚ですかな」
「叔父にあたる」
「では後程グランチェスター侯爵家から、マッケラン子爵家に抗議文が届くことになるでしょう。なにせサラはグランチェスター侯爵が愛する孫娘であり、もうじきアストレイ子爵令嬢になることも決まっております」
コリンはジェフリーを睨みつけて怒鳴った。
「なぜだ! 私はただ訪ねてきただけだと申しているではないか」
「この塔を含むサラの敷地は、許可なき訪問者を一切お断りしております。それはあなた方がグランチェスター領に入られるときにも説明されていたはずです」
「だが、何度手紙を送っても、開封されることなく返送されてくるのだ。どうやって許可を取れというのだ」
「せめてグランチェスター家の人間を通していれば、サラも違った態度を取ったかもしれませんね。今となってはわかりませんが。あなた方は何をしてサラをあそこまで怒らせたのですか?」
「私たちにわかるわけがないだろう。今日が初対面だというのに!」
ジェフリーはため息をついた。
「あなたは『ただ訪ねてきただけ』と述べられていましたが、それだけでゴーレムはあなた方を拘束したりはしません。敷地内に侵入されても、抱えられて敷地外に連れ出されて終わりです。ゴーレムたちに攻撃を仕掛けた人がいるはずですよね?」
周囲の視線がコリンの方に向けられた。
「あ、あまりにしつこかったので、軽く魔法を当てただけだ。たかがゴーレムに魔法を当てたくらいで大袈裟な」
するとコリンを抱えていた初号が話し始めた。
「マッケラン教授の一行は、昨日もアリシア嬢を訪ねて来られました。事前のお約束がございませんでしたのでお帰り願いましたが、その際に錬金術師の方々は私たちゴーレムを撫でまわしたり、ペチペチと叩いたり、匂いを嗅いだりと好き放題されまして……大変屈辱的でございました」
『お、おう。ゴーレムも屈辱を感じるのか!』
「それは辛い仕事をさせてすまないな」
「いえ、乙女たちを守るのは、私たちの誇りであり喜びです!」
ジェフリーは日々賢くなっていくゴーレムたちが、だんだん騎士団のメンバーのように見えてきた。
「それで、拘束に至った経緯を教えてくれるか?」
「敷地内に入った御一行様には、通常通りお帰りいただくようお声がけいたしました。ですが、聞き入れられませんでした。仕方なく抱え上げて敷地外にお連れしようとしたところ、マッケラン教授が私に向けて土属性の破壊魔法を放ったのでございます」
「つまり、ゴーレムたちの身体を破壊しようとしたということか?」
「然様でございます。その時の音声は録音しております」
ゴーレムたちの機能の一つに、「伝言を預かる」と言うものがある。要はボイスメッセージなのだが、ゴーレムたちはこの機能を証拠保全にも使っているらしい。
『邪魔なゴーレムだな。だが機能は素晴らしい。分解して持ち帰るとするか』
コリンの声が再生され、その場にいた騎士たちも彼に厳しい目を向けた。
「マッケラン教授、あなたがたは不法侵入だけでなく、ゴーレムの強奪までするおつもりだったのですか? 錬金術師であればお察しでいらっしゃると思いますが、このような動作を可能にするゴーレムの中に入っている魔石は決して安くはございません。よもやアカデミーの錬金術師たちが盗賊紛いの行為を働くとは!」
こうして、アカデミー関係者とその護衛たちは敢え無く御用となり、グランチェスター騎士団に連行されることになった。
今回のサラがちゃんと大人しいと思うのは、何かが麻痺しているのだろうかw