表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/436

ドラゴンに喧嘩を売るべきではない

サロンからの帰り際、ソフィアはヴィクトリアに呼び止められた。


「少し時間をもらえないかしら?」

「いかがされました?」


ヴィクトリアはソフィアの元に歩み寄って、扇で口許を隠しながらソフィアに耳打ちした。


「先程の魔石の話は本当なのよね?」

「ええ、私もあれほどの方々を前にして偽りは申しません」

「だったらグランチェスター以外にも貴族の味方をつくりなさい。アールバラはソフィアの味方だけど、それだけじゃ心許ないわ」

「積極的に敵を作ろうとは思っていないのですが、味方を作るとなると、その方々にはなんらかの配慮が必要になります。そこまでしなければならない程、危ういとお考えなのですか?」

「魔石鉱山を抱える領主たちには面白くないでしょうね」

「なるほど。では、魔石鉱山を持つ領主を味方につけることにいたしましょう」

「敵と手を組むというの?」

「まだ敵になったわけではありません。お互いの利益になる提案ができれば、それはパートナーと呼びますでしょう?」

「だけどあなたのビジネスの邪魔をしたり、危害を加えようとしたりするかもしれないわ! グランチェスターだけで守り切れるかどうか」


真剣な表情でソフィアを心配しているヴィクトリアを見て、ソフィアは少し心が温かくなった。知り合ったばかりなのに、彼女は本当に自分の味方でいてくれるらしい。


「敵対行為を仕掛けてくる相手がいるのであれば、全力で叩き潰すだけです。こんなことを言ってしまうと思い上がっているようで不快に思われるかもしれませんが、あまり負ける気がしないのです。それに、勝てそうもない相手から挑まれたのであれば、アヴァロンから逃げだすだけのことですわ」


ヴィクトリアがビクリと肩を震わせた。


「あっさり国を捨てるというの?」

「それほどあっさりと言うわけでもないのですが、私がこの国にいることを厭う方に危害を加えられるくらいなら立ち去るでしょう。貴族と違って、商人はどこにいても商人として生きられますから」


『強い…妬ましい程に強いわ』


午前中にも同じようなことを感じはしたが、目の前にいるソフィアはヴィクトリアが想定していた以上に柔軟で強かな女性であった。


「そう、そうね。あなたならそう言うだろうことを理解しておくべきだったわ」

「わざわざ警告してくださったのに、このような無礼な反応で申し訳ございません」

「いいえ。改めてソフィアという人物を知った気がするわ。これからも親しくしてくれると嬉しいのだけど」

「もちろんでございます。ヴィクトリア様」


ヴィクトリアと別れたソフィアは、ダニエルを従えて帰宅(といってもジェフリー邸だが)を急いでいた。馬車に乗り込むと、正面にダニエルが座る。


「ソフィア様、やはり貴族たちは魔石に喰いつきましたね」

「それは予想していたことだもの」

「これに関しては、王室も黙ってはいないでしょうね」

「ええ。それも予想済みよ。だけど魔石を多用した魔道具を売る以上、魔石の出処を探られるのは時間の問題だもの。それくらいなら手の内を小出しにして明かすべきでしょう?」

「しかし『商品を売らない』という選択肢もあったのでは?」

「シュピールアとゴーレムを作った時点で手遅れよ」


ヴィクトリアが心配したように、サラも当分の間は魔石の秘密は隠匿しておくつもりでいた。ところが、アリシアと一緒になってシュピールア、ゴーレム、マギシステムを作っているうちに、隠しておくことはできないと悟った。あまりにも芳しいお金の匂いがするため、商人としてお蔵入りさせることができなかったのだ。


だが、ここまで堂々と魔石の技術を披露する羽目になったのは、その後にサラが暴走した結果であった。サラはその時のことを思いだし、ソフィアの姿のまま頭を抱えた。





魔石に魔力を補充することを前提とした商品を販売するため、サラは事前にアリシアに『魔力を補充可能な魔石に関する考察』という論文をアカデミーに提出させた。当初、この論文はまったく見向きもされなかった。アカデミーを卒業したわけでもない自称錬金術師の小娘が書いた論文など、眉唾であると一方的に決めつけたのである。


だが、その論文を目にした研究者の一人が、「この論文を書いたのは、かつてアカデミーで騒動を起こしたアリスト師ではないか?」と言いだしたことで流れが大きく変わった。何故なら彼女はパラケルススの子孫であり、論文の中に『パラケルススの未公開資料からの引用』という文言が散見されたからである。


「テオフラストスの娘であれば、この論文の半分くらいは正しいのかもしれん」

「パラケルススの未公開資料とやらを見ることはできないものだろうか…」

「いや、さすがにこのような魔石は存在しないだろう」


などと錬金術師たちが騒ぎ始めたのである。


しかし、最初に論文を否定していた教授たちは鼻で笑い、「だとしたら、その魔石とやらを提出させれば良いではないか」と言いだし、上から目線の失礼な手紙をアリシアに送り付けたのである。


-----

アカデミーへの入学資格がない者が論文を送る場合、きちんと検証できる手段を用意すべきである。

したがって、論文の内容を正しく証明できる魔石を提出し、検証委員会の回答を待て。

魔石を提出できないようであれば、今後このような論文を提出することを一切禁じる。

-----


要約すれば。このような内容であった。


アリシアはこの手紙を見て怒ることは無かったが、戸惑った。何故なら魔石は非常に高価であり、アリシアが勝手に送り付けて良いようなものではないからだ。


しかし、サラは違った。この手紙をアリシアや乙女の塔に対する侮辱だと受け取ったのである。


「なに、このふざけた手紙は! すぐさま魔石を送りつけましょう!!」


サラは手近にあった小指の先程の小さい魔石を4つ取り出し、すべての魔力を抜いてから純度100%の火属性、風属性、水属性、土属性の小さな魔石を作り上げた。


それをわざわざ小さなシュピールアに納めて、アリシアに次のような手紙を書かせた。このためだけに、ショパンの「葬送行進曲」を録音するくらいサラは激怒していた。


-----

検証用の魔石を送ります。

中には8割ほどの魔力が込められておりますが、該当する属性の魔力をお持ちの方がいらっしゃれば魔力が補充できることを検証可能かと存じます。

なお、私はアカデミー出身者ではないことを自覚し、教授陣の貴重なお時間を消費しないよう、今後の研究論文は一切アカデミーに送付いたしません。


追伸:魔石の返却は不要です。

-----


そしてアカデミーは大騒動になった。


箱を開けると陰鬱な音楽が流れ、中にはキラキラと輝く高純度の魔石が収まっている。サラは、わざわざすべての魔石にオーバルカットを施しており、宝石としての価値も高いことがわかる。普通に買えばひとつ辺り25ダラスくらいの価格の魔石なので、全部で100ダラスくらいの価値である。それをあっさりと縁切りのように送り付けられたのだ。


半信半疑の錬金術師たちは、恐る恐る魔石を手に取って検証を開始し、1日も経たないうちにアリシアの論文が正しいことをあっさりと証明してしまったのである。


ここに至ってアカデミーの錬金術科の教授たちは慌てだした。検証に参加した錬金術師たちは口々にアリシアと議論する場を設けるよう求めてくるが、明らかに相手は激怒しており、こちらとの交渉を受け入れるとは考えにくい。


それでも恥を忍んで再度手紙を乙女の塔に送ってみたところ、開封されることなくそのまま返送されてきた。返送されてきた手紙に添えられたメモには次のように書かれていた。


-----

小娘の戯言はお捨て置きください

-----


その後、教授陣以外の錬金術師が何度か手紙を送ってみたものの、すべて未開封のまま返送されてきた。


完全に詰んでしまったアカデミーの錬金術師たちは、とうとう国王に泣きついた。


「国王陛下、どうか王命でアリシアという娘を召喚してください」


だが、事の次第を聞いた国王は錬金術師たちに怒りを見せた。


「其方らがその娘に無礼を働いた結果ではないか。それを王命で召喚しろとは、どういう了見だ。恥を知れ!」

「ですが『魔力の補充可能な魔石』です。国政にすら影響を与えかねない画期的な研究なのです」

「ううむ。王命での召喚はしかねるが、グランチェスターの狩猟大会でアンドリューに同行するがよい。直接現地に赴き、其方ら自身が直接謝罪するのだ」





かくしてアカデミーの教授陣はアンドリュー王子に同行してグランチェスターを訪れ、使者を立てて乙女の塔への訪問許可を求めた。だが、サラは断固拒否した。どさくさに紛れて錬金術師たちの好奇心を満足させるつもりはまったくないからだ。


お陰で乙女の塔を守るゴーレムたちは連日踊りまくっており、とうとう今朝はアカデミーの教授の一人がゴーレムの腕に抱かれてしくしく泣いていたそうである。


その様子を見たアリシアは胃のあたりがシクシク痛みはじめ、アメリアに胃薬を処方してもらうに至る。


「そろそろサラお嬢様もお許しになればいいのに…私の一存ではどうにもならないのがもどかしいわ」

「忙しすぎてサラお嬢様はアカデミーの教授たちのことなんて忘れてると思うの」


アメリアの的確な指摘にアリシアは、深くため息をついた。


しかし、その隣で一緒にハーブティを飲んでいたテレサは、アリシアとは違う意見を持っていた。


「大丈夫よ。あの人たちも錬金術師なんでしょ? どうせゴーレムに抱っこされて泣いてたのだって、感動しただけだと思うよ」


このテレサの指摘は非常に正しかった。その日の昼からは、アカデミーの錬金術師たちが一斉に乙女の塔を訪れ、ゴーレムにちょっかいを出し始めたのだ。


この報告をジェフリー邸でセドリックから聞いたサラは、ベッドの上でお腹を抱えて笑い出した。


「まったく。暴走した錬金術師マッドサイエンティストは仕方ないわねぇ。そろそろ許してあげようかな」

個人的には、葬送行進曲を聴くとゲームオーバーを連想します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まぁ祖先伝来の非公開の資料から引用して論文書きましたって言われたら鼻で笑うのが正常な反応ですよね 無視せずに喧嘩腰でも返信しただけ柔軟な人達だと思います
[一言]  たららーたららららーらー?〈GAME OVER
[一言] 王様個人としての考え方や言い分は 個人的に好ましいけれど 国や上層部の意向が混ざると 鼻で笑ってぶった斬りたくなるのは何故? 抱っこされて踊られて喜びの涙を流す 老害錬金術師たち。 ドラゴン…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ