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圧勝

実は前話が長くなってしまったのでぶった切った後編です

「なぜそのように思われるのですか?」

「こう言っては何だけど、あなたのような年若い平民の女性が、突然あのような規模の商会を作るなんてあり得ないもの。資金がなければできないことだし、そもそもエルマブランデーの熟成には20年かかると聞いたわ。あなたが一からできるわけがないでしょう?」


ソフィア商会をグランチェスター家の商会だと思っているのはヴィクトリアだけではない。昨日の開会式に参加していた大半の貴族たちは、そのように思っているだろう。ソフィアをグランチェスター侯爵、あるいはその子息の愛人だと勘違いしているかもしれない。


ソフィアはくすりと小さく笑った。


「公爵夫人はとても素直な方でいらっしゃるのですね」

「それはどういう意味かしら?」

「私の年齢をいくつだとおもっていらっしゃるのかと…」


ヴィクトリアはハッとした。正面に座っている少女のような風体の女性が、見た目通りの年齢とは限らないことに思い至ったからだ。


『しまった! 身近にオルソン令嬢の例もあるというのに、うっかりしていたわ』


「嘘をついても仕方ないので申し上げますが、ソフィア商会の設立資金の一部は確かにグランチェスター家から出ています。ですが、それは私がグランチェスター家のために働いて得た正当な報酬であり、資本的な意味でグランチェスターの傘下にはありません。完全に独立した商会です」


『あ、ちょっと嘘だ。罰金として徴収したお金もあるし、うちの商会からグランチェスター家に貸付してもいるわね。そう思えばずぶずぶかも?』


「グランチェスター家がソフィア商会最大の顧客であり、ビジネスパートナーであることは間違いありません。この地で営業するにあたっては、グランチェスター家からさまざまな配慮を頂いているのも事実です。だからといって、商会がグランチェスター家に管理されているわけではないのです」

「小さな商店ならいざ知らず、大規模な商会を女性が経営するなんて、俄かには信じられないわ」

「アールバラ公爵夫人に信じて頂く必要性は感じません。ご自由に解釈なさってくださいませ。ただ、覚えておいていただきたいことがあるとすれば、どのような爵位を持った貴族男性であっても、今の私が結婚したいと思う相手はいらっしゃいません。個人的に『女性は爵位を継承できない』というアヴァロンの法律を好みませんし、アカデミーには男性しか通えないという理不尽なルールも嫌いです。いつか私が夫を持つ日が来たとしても、私は商会の経営を夫に任せようなどとは欠片も考えないでしょう」


ソフィアはにっこりと微笑んだ。


「だから私は貴族男性とは結婚しないのです。後継ぎを産むために婿を迎えた途端、その相手に商会の経営を任せて自分は裏方に甘んじるなどあり得ません」


これはヴィクトリアに対する痛烈な皮肉であった。ヴィクトリアはアールバラ公爵家の直系子孫であるにもかかわらず、後継ぎを産むために夫と結婚し、公爵位も夫が継承しているのだ。当然、領地経営も夫の仕事である。


無論、ヴィクトリアが夫と別れれば、夫はアールバラ公爵の爵位をヴィクトリアに戻さなければならない。ただし、直系の女性は爵位を『保持』することはできても、自分自身で継承することができない。改めて次の夫になった相手、あるいは息子や孫に爵位を継承してもらうことになる。


「ふふふっ。ソフィア、あなた面白いわ。そんなことを私に向かって堂々と言い放つ者など今までいなかったもの」

「大変お耳汚しをいたしました。申し訳ございません」

「改めてあなたに謝罪するわ。ライサンダーのこともだけど、うちの使者や使用人たちの無礼な行動を許して頂戴」

「奥様! なぜ平民などに頭を下げられるのですか!」


ソフィアに軽く頭を下げたヴィクトリアを見て侍女が叫んだ。


「あなたたちの無礼を許してもらうためよ?」

「それでしたら、私が謝罪いたします」

「いえ、口先だけの謝罪でしたら結構でございます」


ソフィアは侍女に向かって言い放った。


「なっ! 平民風情が私を侮るか!」

「仰る通り私は平民でございますが、あなたはどうなのですか? アールバラ公爵家の傍系とはいえ、騎士爵の娘であるあなたの名前は貴族籍に載っていないはずです。それとも、アールバラ公爵家の使用人であれば、自分も貴族のように居丈高に振舞うことが許されるとでも? それこそ主家に対する無礼な行いではありませんか!」


『セドリック、急なことなのに情報ありがとう!』


「ソフィアの言う通りよ。セリーナ、あなたは黙っていなさい」


ヴィクトリアは持ちうるすべての精神力を総動員し、冷静な表情を保ったまま侍女を窘めた。だが、目の前に座っている女性がヴィクトリアはとても恐ろしかった。気を抜けば顔色を失い、ガタガタと震えだしそうだった。


セリーナは、普段ヴィクトリアが使っている侍女ではない。出発直前にいつもの侍女が階段を踏み外して怪我をしたことから、急遽親戚筋のセリーナを侍女として連れていくことにしたのだ。筆頭公爵家である以上、密偵が数多く潜り込んでいることはわかっていた。だが、これほど短期間に臨時の侍女の出自を把握されるとは想像もしていなかった。


「アールバラ公爵夫人、セルシウス卿の件が私の口から漏れることはありません。ただ、マダム・バイオレットと名乗る有名な高級娼婦(クルティザンヌ)のサロンでの出来事でしたので、他にも知る方は多いと思います。口止めはそちらの方々にされた方が宜しいかと。参加者のリストはこちらに」


ソフィアはスッと3枚の紙を差し出した。中には100名近い参加者の名前が記載されており、全員を口止めするのは無理だということをヴィクトリアは悟った。


「セルシウス卿は泥酔した状態で賭け事をなさったようですわ。年若い貴族の令息をわざと泥酔させ、怪しげな賭博で荒稼ぎしている方々がいらっしゃるようですね。そうして借金を背負った令息たちは、新たなカモ…失礼、顧客となる別の令息を連れてくるように強要されるのだとか。あの方は、お友達を選ぶべきかもしれません」

「それは犯罪ではありませんか!」


ソフィアはニッコリと微笑んだ。


「そちらのリストの1枚目に書かれているのは、このサロンの開催者に近い方々です。賭け事のテーブルに着いていらした方の名前の下には線を引いておきました。3枚目に書かれているのは、不正賭博の被害者と思われる令息のお名前です。2枚目は普通の参加者のリストですが、利害関係が一致すれば証言を得られるでしょう」

「!?」


ヴィクトリアは再度目を凝らしてリストを眺めた。


「この情報の報酬は言い値で支払うわ!」

「どうかそのままお納めください。このようなリストは存在しませんでしたし、当商会に早朝からお越しになったお客様もいらっしゃいませんでした。セルシウス侯爵家にもアールバラ公爵家にもなんら問題はございません」

「…当家に望むことは無くて?」

「特に何もございません。強いて言えば、すぐにお暇したいということくらいでしょうか」


ここに至り、ヴィクトリアは完全にソフィアに白旗を掲げた。目の前には絶対に敵に回してはいけない人物が座っていることに気付いたのだ。


『とても危険な獣の尻尾をうっかり踏んだ気がするのはなぜかしら。しかも、相手は尻尾を少々踏まれたことなど意に介さず、ただ邪魔なものとして振り払われたような…』


「ソフィア、いえソフィアさん、本当に無礼なことをして申し訳ありませんでした」

「私は社交界の花として名高いアールバラ公爵夫人にお会いする機会を得た光栄な商人でございます。以後お引き立てのほどよろしくお願いいたします」


ライサンダーの訪問から始まる一連の出来事を、ソフィアは徹底して無かったものとして振舞った。先程ソフィア自身が「なんら問題はございません」と宣言したことで、この件は闇に葬られることになったのである。


「ありがとうソフィアさん。今後、アールバラ公爵家がソフィア商会と敵対することはないわ。少なくとも私が公爵夫人でいる間は、全面的にソフィア商会の味方になることを誓うわ」

「ありがとうございます。アールバラ公爵夫人」

「あなたにはヴィクトリアと呼ばれたいわね。あなたとは、今後ゆっくり女性の生き方を話し合ってみたいと思う。だけど今日はもうお引止めしないわ。サロンでの商談が成功することを祈っておくわね」


ヴィクトリアは心の底からソフィアに微笑んだ。そしてソフィアの方も、自分の非を素直に認め、すぐに行動を改めるヴィクトリアの姿勢を好ましいと感じた。


「ヴィクトリア様、お近くによって耳打ちをしても構いませんでしょうか?」

「え? ええ。構わないわ」


ソフィアはヴィクトリアの耳元に口を寄せ、扇で口許を隠しながら小さな声で呟いた。


「先程の使者とそちらに居る護衛騎士は、貴家の騎士団の武器を領内の商人に横流ししております。その商人の名前は……」


嘘ではない。偶然、イヤなヤツ同士が手を組んで悪事を働いていることを知ったので、都合よく利用しただけである。ソフィアの姿をしていたとしても、中身は不穏なサラである。自分に加えられた危害を黙って見逃したりはしない。


当然、彼らは投獄されて厳罰を受けることになる。

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― 新着の感想 ―
ソフィア様かっこいい~! ヴィクトリア様も流石筆頭公爵家のご令嬢にして実質的な跡取り。 目の前の常識外れのヤバい女の危険度を即座に認識して対応出来るの凄い。
やられたら、やり返す……倍返しだ!! アールバラ公爵家は嫌いになったけど…… 公爵婦人は別な状態になったかな?
妖精公認の擬似ドラゴンなんだよなぁ⋯⋯(遠い目)
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