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大抵はフラグ

サラは自分の中にモヤっとした感情が渦巻いていることに気付いた。


「ねぇ、教えてノアール。オーデルは本当に妖精の力を使って他国を侵略したの?」

「簡単に”侵略”という言葉で片付けられるほど、国同士の争いとは単純なものではない。かつてオーデルが戦争に妖精の力を使ったことは紛れもない事実だ。先に攻め入ったことを侵略と呼ぶのであれば、確かにオーデルは妖精の力で他国を侵略した。記録は勝者によって残される。都合の悪いことは時間の中に埋もれてしまうものなのだ」


疲れ切ったように目を閉じたノアールの頭を撫でながら、サラはこの黒い狼がオーデルと共に過ごした長い年月を想った。


「人間は『善悪』や『正義』という価値観を主張し、争いごとに名分を付けたがる。だがそうした人の価値観を妖精は理解できない。『民のために国を豊かにしたい』という名分を善なるものとして語り、他国に攻め入ったオーデル王もいた。友人であった妖精たちは彼に力を貸して人の血に塗れた。無論私もだ。この行為はお前の言う妖精の力を使った侵略であろう?」

「確かにそうね」

「多くの人間が他国を侵略することを悪だと主張するが、その王は戦に勝利して英雄と称えられ、国を豊かにした善なる王として名を残した。このように立場や状況でコロコロと姿を変える善悪や正義をどう理解すれば良いのか皆目わからぬ」


ノアールは顔を上げてサラをじっと見つめた。


「サラよ、覚えておくがよい。妖精にとって意味のある行為とは、愛しいと感じる人が望むことに手を貸すことだ。友愛を結んだ相手が慈しむ民ならば妖精たちも慈しむ。だが、それ以外の人間が懇願したところで、我らの耳には届かない。それがお前たち人間の言う『罪なき民の命を救う善なる行為』なのだとしても、妖精である我らを動かす理由にはなり得ない。友愛を結んだ相手の望みを叶えるために他の人間が傷ついても、我らから見れば『道端に咲く花を踏んでしまった』程度のことでしかない」


ノアールの言葉に、やっとサラは妖精と人の差を理解したような気がした。彼らは自然そのものであり、彼らの感情や行動に善悪という概念はない。そう考えれば、魔力に惹かれて寄り添ってくれている妖精たちの友愛は、なんと貴重でかけがえのないものなのだろうか。


「つまりブレイズが望まない限り、あなたが手を貸すことはないって言いたいのね?」

「然り」

「そしてブレイズに出生の秘密を明かすことには乗り気じゃない、と」

「然り。なぜブレイズがあの者どもを助けねばならんのかが理解できん。すでにオーデルは滅びた。今のブレイズにはあの国の民を想う気持ちなどない。故に私もまったく力を貸す気にはならん。かつてのアンリのように、何度も魔力枯渇で倒れるような立場にブレイズを追い込むつもりなのか?」


するとノアールに寄り添うように臥せていたポチが、ふわりとサラの耳元近くまで飛んできた。


「ねぇサラ。『自分たちのことは自分たちで解決すべき』って言うなら、ロイセンの未来はロイセンが選んで決めるべきよ。少なくともロイセンの王族は、他国から食糧を輸入することを選んだのだから、サラたちが考えるべきなのはグランチェスターの小麦を輸出するかどうかってことだけなんじゃない?」

「確かにその通りね」

「だけど、今はグランチェスターの小麦を他国に輸出する余裕なんて無いよね?」

「備蓄が失われているのだもの。市場を混乱させないよう国内流通分を確保するので精一杯だわ」


サラはポチの鼻先をちょんっとつついて答えた。


「でも、小麦の備蓄が失われてることを公にしちゃ駄目なんじゃない?」

「確かにその通りよ。領民は不安になるだろうし、なにより小麦の価格が高騰して経済が混乱する可能性が高い。そうなればグランチェスターに責任を追及する声が上がるかもしれないわね」

「だけど、アヴァロンの王様がロイセンに小麦と恩を売ることを決めたなら、真っ先にグランチェスターに必要な小麦を売れって言うんじゃないの?」

「そうなの。だからどうしようかなぁって悩んでる。備蓄に回す分を減らしても、要求される量に届くかどうか…」

「だったら、急いで小麦を作っちゃえばいいんじゃない? 昔のオーデル王みたいにサラの魔力が枯渇しちゃうとは思うけど、備蓄分くらいの小麦は作れると思うわ」

「それって、ブレイズに押し付けずに自分でヤレってことかしら?」

「そんなつもりはないんだけど、結果的にはそうなるかも」


ポチは尻尾を振りながらサラの頬にぷにっと肉球を押し当ててサラの魔力を受け取り、部屋に飾られていた花を小麦の束へと変えて見せた。


「ははは。サラよ、どうやらブレイズではなくお前の責任範囲のようだな」


黙って撫でられていたノアールは、するりと身を起こしてサラの頬をペロリと舐めた。どうやら盛大にブーメランが自分に帰ってきたらしい。サラは頭を抱えた。


「なるほど。あなたたちの言いたいことは理解したわ。とても魅力的な申し出ではあることも認めるけど、私の魔力だけでどうにかなる?」

「今年収穫した小麦の半分くらいの量だったら、サラの魔力を2回分くらい使い切れば何とかなると思う」


『え、私の魔力だけでそんなに作れるの!?』


「問題なのは元になる植物なんだけど、いっそのことどこかの土地を開拓しちゃうのはどう?」

「なんだろう…素晴らしく効率の良いことなのは理解したけど、それって領主の仕事を先取りしてる気がしてならないわ」

「サラよ、実に亡国の血を継ぐ姫君らしいぞ。盛大に魔力を使うしかないな」


ノアールが嫌味っぽく煽ってきた。


『くっ。言い返せない』


「ところで今まで深く考えてこなかったんだけど、グランチェスターで栽培されてる小麦ってどれくらい種類があって、それぞれどんな風に備蓄されてるのかしら?」


『ちゃんとポルックスさんに確認しておけばよかった』


「あら、サラがやっと小麦の種類を尋ねてくれたわね」


ポチは嬉しそうに尻尾を振った。


そう。小麦にはさまざまな種類があるのだ。通常、小麦の粒の堅さは、中に含まれているタンパク質の量に比例する。パンなどに向いた強力粉は、タンパク質を多く含んだ硬質小麦から作られるし、中力粉や薄力粉はそれぞれ中間質小麦や軟質小麦から作られる。


「グランチェスターで栽培されている小麦の8割は、今私が作った硬質小麦よ。パンを作るのに向いている品種で、銘柄はハード・グランチェスター。グランチェスターの気候に合わせて品種改良された小麦よ。製菓に使われることが多いのは、ホワイト・レディね」

「圧倒的に硬質小麦が多いのね」

「人はみんなパンを食べるから当然よ。他領では麺に向いた品種も栽培されているみたいだけど、グランチェスターではあまり見かけないわね」

「うーん。そう考えると、やっぱりライ麦も欲しいわ。もしかしたらロイセンの土壌でも作れるかもしれない」


サラはポチによって生み出されたハード・グランチェスターを見て少し考えた。


「ポチが作るのはこの状態の小麦よね? 脱穀前の」

「うん。根っこが付いたままドッサリって感じ」

「乾燥状態は?」

「脱穀しても問題ない状態にはできるかも」

「それでも明らかに人手が足りないわ」


そこにミケが掛布から顔をだした。


「脱穀はゴーレムにやらせたら? シードル作ったときみたいに。なんなら、倉庫に搬入までさせてもいいんじゃない? 夜に搬入する分にはそんなに目立たないと思うし」

「どこでやるかが問題になりそう。夜中にゴーレムが穀物袋抱えてゾロゾロ歩いたら怖くない?」

「……ちょっと怖いわね」

「それと、今の私に魔力枯渇で倒れるってスケジュール取れるかなぁ。やらなきゃいけないことが山積みなんだけど」


するとセドリックがサラの顔をペロリと舐め、喉をゴロゴロと鳴らした。その様子があまりにも可愛かったので、サラは思わず耳の後ろを撫でてしまう。セドリックが少しずつあざと可愛くなっていることにも気づいてはいるが、もふもふに弱いサラは負けっぱなしである。


「食糧が本格的に必要になるのはまだ先ですし、今の段階では必要量もわかっていません。なによりゲルハルト王太子と婚姻を結ぶ令嬢が決まっておらず、通商条約も正式に締結されていない状態ですから、それほど急いで用意する必要はないでしょう」

「確かにそうね」

「それに、食糧調達だけが目的なら、小麦だけにこだわらなくても良いと教えてやるべきなのではありませんか? 麦角菌騒動があった集落では、いろいろな作物を作付けしてらっしゃいますよね?」

「あの頃はセドリックと友愛を結んでなかったと思うけど良く知っているわね」

「ずっとサラお嬢様のことを見ておりましたので」


『え、やだ。なんかストーカーっぽい』


サラの指摘は意外に正しい。セドリックはサラが王都にあるグランチェスター邸にいるときから、ずっと彼女の近くにいた。グランチェスター領にきてからも、王都のさまざまな邸で情報を収集しつつも、サラのことが気になってちょくちょく妖精の道を抜けてサラを見に来ていた。ほぼストーカーである。


「なんかちょっと気持ち悪いけど、ひとまずはいいわ。確かにあの集落は視察先に向いてそう。痩せた土地で無理に小麦を育てようとするよりも、向いてる作物を栽培すべきだし、なんなら特産品もできるかもしれない。あの集落をロイセンの方々に視察してもらうよう祖父様に提案しておくわ」


と、呟いたところで、サラは強烈な眠気に襲われた。どうやら8歳の身体のタイムリミットらしい。今日はいろいろなことがあり過ぎ、疲れ切ってしまっていた。


明日はいよいよ狩猟大会の開会式と舞踏会が開催される。どちらも夜のイベントであるためサラは不参加なのだが、シードルとエルマブランデーの初披露ということで、最初だけはソフィアとして参加しなければならない。


ひとまずサラはこのまま寝ることにした。


『どうか明日は面倒なことがおこりませんように』


…大抵、この類の祈りはフラグである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昏倒一回の収量がやばい… 倒れない量でも戦略兵器レベルだからスケジュールなんてヘーキヘーキ
[一言] サラさん、「好きなひとのために他はどうでもいい」は、妖精だけでなく、いみじくも貴女自身もロイセンに対して言っていたようなー そして家族もサラを守るためには、国をも敵に回すと話し合っていたこと…
[良い点] ぶははは。 数年分の備蓄を快勝できる裏技があったとは。さすがチート!
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