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妖精に愛されない国

夕食を終えたサラは、慣れない寝室に戸惑っていた。最初に案内された時にはシンプルだと思っていた部屋のインテリアが、天蓋付きのベッドを始めとする可愛らしい家具とファブリックにガラッと入れ替わっていたのだ。


「ねぇマリア。部屋が可愛過ぎない?」

「貴族のご令嬢の部屋ですから、これくらいでも不思議ではありません。むしろ、本邸でお使いになっている家具がシンプル過ぎるのです。以前はアーサー卿のお部屋だったそうですから仕方ありませんが」

「私はあれで構わないんだけど」

「こちらの家具は、ジェフリー卿のお宅に滞在すると聞いたロバート卿が用意したものなのです。グランチェスター城に残されていた可愛らしい家具を自ら選別されてたそうです」

「家具だけじゃなくて、レースやフリルも多過ぎる気がするわ」

「あぁ、それはジェフリー卿のご厚意ですね」


『三十路のオッサン二人が可愛い家具とファブリックを選んだってこと? そこは嘘でも良いからお母様が用意したとかって言って欲しかった。男って幼い女の子に変な幻想持ち過ぎじゃないだろうか…』


サラは身も蓋も無いことを考えつつ、ベッドに身を横たえた。マリアはサラが落ち着くのを待ち、そっとベッドサイドの灯りを消してから部屋を後にした。


暫くすると、お約束のように空中にドアが浮かんだため、サラは防音と遮蔽の魔法を展開してセドリックを迎えた。


「やはりコジモは今日の会合で、小麦が買い占められたことを商人たちに共有しておりました」

「わかりやすい潜入者だったものね。使いを言いつけた途端に駆け出していくなんて、あの子は自分が密偵なのを隠す気がないのかしら」

「少し前まで、商家の雑用しかしていなかった者に、それほどの知恵があるとは思えません」

「どこも人手不足ねぇ」


そしてサラはセドリックから会合で交わされた会話の内容を確認した。


「ほぼ予想通りね。現金は魔石を売って予め用意してあるから、すぐに干上がることは無いわ。それに、うちから商品が仕入れられなくて困るのはあちらだと思うのですけどね」


サラはやや黒い微笑みを浮かべた。


「それとロイセンのジルバフックス男爵が会合に参加していました」

「ん? いきなり談合に外国の貴族を呼んじゃうわけ?」

「ジルバフックス男爵はロイセンで商会を経営しているのです」

「なるほど。じゃぁ小麦取引の実質的な窓口は、あの人ってことね?」

「そうなる可能性が高いです」

「でも、いきなり談合に与するとはいい度胸ね」

「談合の場だと知らずに呼ばれたようです。慌ててグランチェスター城に戻り、先程からゲルハルト王太子と対策を検討しているようですね。どうやら、ソフィア商会から小麦を買う方向で進めるようです」


サラは首を傾げた。


「うーーん? グランチェスター侯爵を通さず、直接ソフィア商会に話が来るの?」

「まだゲルハルト王太子の婚約者も決まっておらず、通商条約も締結されているわけではありません。おそらく侯爵とゲルハルト王太子が密談するのに合わせ、ソフィア商会にもジルバフックス男爵が事情の説明に訪れるのではないでしょうか」

「あぁなるほど」


だが、サラはベッドの天蓋の内側に描かれた天使の姿を見つめながら、ぐるぐると悩み始めた。


『小麦かぁ…。グランチェスター領の備蓄のことを考えると、それほど放出できないのよね。アヴァロン国内に混乱が起きない程度には市場に流通させる必要もあるし。もちろん今年だけで備蓄に必要な小麦を全部確保する必要はないけど、せめて5割から6割くらいまでには戻したいんだよね』


「ねぇセドリック、ロイセンの食糧事情ってそんなに逼迫しているの?」

「ここ数年、痩せた土地に絶望し、農家を廃業して鉱山で働く人が増えています。このまま耕作放棄地が増えて作付け面積が減少すれば、食糧難はますます加速しますから、完全に悪循環です。加えて今年は不作でしたからね。食糧を輸入できなければ、この冬は少なくない餓死者が出るでしょう」

「そこまでなの!? だけど、どうしてロイセンは土地が痩せてしまったの? 以前読んだ歴史の本には、オーデル王国は豊かな土地って書いてあったけど」


そこに突然ノアールが顔を出した。


「あら、ノアールじゃない。こんな夜更けにどうしたの?」

「近くで妖精が騒いでいる気配がしたから覗きにきたのだ」

「ごめんなさい。いつもの調子でこちらにセドリックを呼んでしまったから」

「構わん。心地よい気配だ」


サラはノアールがオーデルの化身と呼べる妖精だったことを思い出した。


「ねぇノアール。オーデルって豊かに作物が実る国だったのでしょう? どうして今のロイセンは土地が痩せてしまったの?」

「妖精に愛されない土地になったからだ。あの国の王族は、『妖精など要らぬ。人の営みは人の力で成す』と宣言し、オーデルの王族たちを亡き者にしていったのだから当然であろう?」

「え、そういう理由なの??」


そこに、ミケとポチも姿を現した。


「夜中に大勢で楽しそうね」

「ノアールまで来てたのね!」


2匹はノアールの背中に着地してその場に落ち着いたが、ノアールは気にすることなく話をつづけた。


「あの地はもともと魔力の少ない場所なのだ。アンリが…、最初に私の友人となったオーデル王がいなければ、ただの打ち捨てられた土地であった。あの地を開拓し、妖精の友人を通じて自分の魔力を注ぎ、少しずつ国を大きくしていったのだ。彼には私だけでなく多くの妖精の友人がいたんだ。彼は国が豊かになることを願って、ポチのような植物を司る妖精が国中に祝福をばら撒いていたよ。幾度も魔力枯渇で倒れたが、それでもアンリは諦めなかった。本当に国や民を愛していたんだ。土や水を司る奴らも王の魔力の輝きに魅せられて、沢山集まっていた。鉱山の場所や水脈を教えたのも妖精たちだ」

「妖精たちがいたから、オーデルは豊かだったのね?」

「そうだ。歴代のオーデル王はその事実を教えられて育ち、長じれば妖精を通じて魔力を注いできた。王はもちろん、王太子や魔力を持つ多くの王族たちは、私以外にも積極的に妖精と友愛を結び、あの地を慈しんできた。だからオーデルは豊かな地と呼ばれるようになったのだよ。私たち妖精に言わせれば、場所は単なる場所に過ぎない。豊かであるかどうかは人間の視点で決まる。私たちの本質は魔力、もっと言えば魔素の集まりだ。この星のどこにでもあり、さまざまな姿に変わっていく。だからこそ、友人の望むよう世界を変えることにも躊躇しない」


ふわりとポチがノアールの上からサラの胸の上に移動した。


「ロイセンは長い年月をかけて、少しずつ本来の姿に戻りつつあるだけよ」

「でも、昔と違ってロイセンには沢山の人が住んでいるわ。このままでは沢山の人が死んでしまう」


妖精たちは顔を見合わせ、代表するようにミケが話し始めた。


「サラの悲しい気持ちは少しだけ理解できる。でも、それは私たちが人間と友愛を結んだ妖精だからよ。妖精にとって生き物の生死は自然の現象よ。花が咲いて枯れてしまうことと変わりはない」

「ではどうして友愛を結んで、人には長すぎるとも思える時間を与えるの?」

「大好きな人間と長く一緒に居たいから。ただそれだけの理由で、私たちは友人に恵みを与えるの」


すると人型だったセドリックは、周りの妖精に合わせるように黒豹の姿に変化し、するっとサラのベッドの上に乗った。


「サラお嬢様、私たちはあなたが望むならロイセンを豊かにするよう力を貸すでしょう。でも、今のあなたはそれを望んでいらっしゃらないように感じるのです」


サラはセドリックからの指摘を受け、改めて自分の気持ちを整理した。


「そうね。冷たいようだけど、ロイセンのことは他人事にしか思えないわ。私は神じゃないから何もかもを救うことはできない。『自分たちのことは自分たちで解決すべき』って思う。だけどね、自分たちがどうしてそんな目に合うのかって理由すら知らないということが気の毒に思うの」


ノアールもセドリックのように、サラのベッドの上に飛び乗った。


「私は長い時間あの国を見てきた。おそらく他の妖精よりは、あの国を気にしている。だがロイセンの王族に好意を持つことは無理だ」


自分が守ってきたオーデルの王族を殺したのだ。ノアールがロイセンの王族に好意を持てるはずもなかった。


「ねぇ、ノアール。ブレイズに出生の秘密を明かすことには反対? 彼ならあの国の王になる資格があるでしょう?」

「サラ、お前自身が言ったのだろう?『元王族などに意味はない』と。王の資質は血によって受け継がれるわけではないのだ。ブレイズにオーデルの…いやロイセンの民を愛する王の自覚などは無い。今は健やかに育つことだけを考えるべきだろう」

「でも、ブレイズが知った時には、手遅れになっているかもしれない。本人に自覚は無くても、あの国はブレイズの故国なのに…」

「お前はロイセン王家を排除し、ブレイズに王として民を救えと言っているのか?」

「それも選択肢のひとつだわ。ロイセン王家のせいで民が飢えるのなら、その座を降りて貰う方が民のためだと思う」


ノアールはセドリックを鼻先で押しのけ、サラの上に頭を乗せて伏せた。


「お前はズルいな。ブレイズを慈しむ私を利用するつもりなのだな」

「だって、妖精たちがあの地を見放すように仕向けたのはノアールでしょう?」

「気付いておったか」

「だって関係ない人間が何を言ったところで、妖精はやりたいようにやるでしょう?」

「まぁそうだな。………かつてオーデル王城にあった妖精の聖地は、最初にアンリが魔力を注いだ場所だった。王たちは聖地で友愛を継承し、新たな妖精たちとも親しんだ。とても大切で重要な場所だったんだ。だが、ロイセンの者たちはその場所を邪悪なものと決めつけ、軍靴で踏みにじり、我らの大切なものを穢した。故に、私や聖地にいた妖精たちは、あの者たちの血を引くものたちのために力を貸すことはない。我らが手を貸さなくなったことであの国が滅びるというのであれば、それが自然の流れなのだろうさ」


ノアールは吐き捨てるように、ロイセン王家に対する嫌悪を示した。200年前の出来事であったとしても、ノアール自身が体験したことなのだ。


「ごめんなさい。とてもひどいお願いをしたわ。あなたはお友達を殺され、大切にしていた場所を踏みにじられたというのに」


サラは身を起こしてノアールの首にキュっと抱き着き、耳元で囁くように言葉を発した。サラは自分がとても無神経なことを要求していたことに気付き、深く恥じ入った。

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― 新着の感想 ―
サラも前世の倫理観か人命重視で助けたくなりますし助ける力もあるんでしょうが、少なくとも見知らぬ人の為に助ける人の人生を台無しにするような膨大なコスト払う道は選ばないでしょうね。 助けるにしてもコスト軽…
200年前って日本で言えば文化文政くらいですよね。 「その頃にこれからしたから云々」って言われてもピンと来ないよね、普通 /(^^;
「ごめんなさい。とてもひどいお願いをしたわ。あなたはお友達を殺され、大切にしていた場所を踏みにじられたというのに」 自分は、貴族に価値を見出していないのに、ブレイズにどうして押し付ける考え方が浮かぶ…
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