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いろいろ大騒ぎ

「な、なんだと。小麦がすべて買い占められたというのか!?」


コジモは椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「はい。先程ソフィア商会にロバート卿が現れ、保有している小麦をすべて売却したそうです。既に売買は成立しており、ロバート卿は契約書と手形を持ち帰られております。なおソフィア商会は小麦を格納する倉庫が無いため、グランチェスター領の倉庫の賃貸契約も締結したとのことでございます」


この報告にコジモは愕然とした。こちらの予定としては、領の提示した額の7割~8割で購入する予定であった。よもや一切の値引き交渉をせずに買い占める商会が現れるなど予想すらしていなかった。


「なんということだ…。それでは我々は必要量の小麦をソフィア商会から買わねばならんのか!」

「あるいは自家流通分の小麦を直接買い付けるという手もありますが、どれほどの量が出回るかはわかりません。ただ、領の小麦が買い付けられたことを農家の連中が知れば、あっという間に値段が上がってしまうでしょうから、急ぐ必要があります」

「そんなことはわかっておる!」


自家流通の小麦とは、土地を所有する小麦農家が地代や人頭税などの税金を小麦で納付した残りの小麦を、農家が現金化するために売却する分である。


コジモは慌てて息子に経営権を譲り渡した商家にこの情報を伝え、急ぎ自家流通の小麦を買い占めるべきだとアドバイスした。


だが、談合に(くみ)していた商家や商会たちの動きは予想の範疇であり、小麦の売買成立直後には、農業担当文官であるポルックスが下級文官や徴税官に命じてすべての小麦農家に情報を流している。おそらく、安値で小麦を売却する農家は現れないだろう。


「急ぎこの件を関係者に報せるのだ。いや待て、自家流通の小麦を買い付けた後にしよう。いま、複数の買い手が殺到すれば農家に値段を吊り上げられてしまうだろう」


今夜は今後の小麦の買い付けについて、有力者たちとの会合が予定されていた。毎年、狩猟大会に合わせて秘密裡に開催されるこの会合には、アヴァロン国内の有力な商人たちが集まってくる。しかも、今年はロイセンで大きな商会を経営するジルバフックス男爵も参加する予定となっている。


ジルバフックス男爵が経営するウルリヒ商会は、今後アヴァロンの小麦をロイセンに輸出する計画を立てていた。小麦の代わりに金や鉄などの鉱物をアヴァロンに輸出するのだという。


だが、その計画の最初の一歩がいきなり頓挫する可能性が高まったことで、時間をかけて根回しをしてきたコジモは焦りの色を隠せなかった。


「とにかく、自家流通の小麦の買い付けを急げ。今夜の会合で今後を協議することにしよう」


とにかくコジモは会合に参加する商人たちの心証を少しでも良くしておこうと、会合が行われる娼館に連絡をとり、最高級の食事と酒、そして美しい女性たちを手配した。だが、この会合すら既にセドリックの監視対象である。


「ソフィアめ…なにが『女性が好みそうな小物』だ。ぬけぬけと小麦の商いにも手を出しおって! しかもなんだ、あのゴーレムどもは。おかしなダンスは踊るわ、盗賊ごと密偵まで捕まえるわ……一体どれだけの資金を抱えているのだ。しかも、あのゴーレムは非売品ときた! まったく忌々しい」


ぶつぶつとコジモが独り言を零すと、部下の一人が話しかけてきた。


「ソフィア商会は職人や内職の女性たちに対して常に現金で支払を行っています。ガラス製品、糸や布、紙やインクなどを卸す工房に圧力をかけ、ソフィア商会に販売しないようにするか、値段を吊り上げてはいかがでしょう?」

「それができればとっくにやっている! ソフィア商会は独自に工房と契約しておるのだ。しかも他の商会のように無理な専属契約をしない上、報酬が他よりも高いときている。下手な圧力をかければ、切られるのはこちらだろう。唯一可能なのは紙だろうが、それすら他領から運ばせれば済む話だ」


コジモは部屋を行ったり来たりしながら、必死に考えを巡らせる。


「ソフィアの正体がまったくわからん。新たに作られた身分なのは間違いない。だが、どうやらアーサー卿の忘れ形見であるサラお嬢様に似ているらしい。とすれば、アーサー卿と駆け落ちした女の親戚である可能性が高いはずだ」

「ということは、ジェノア商人の娘であるアデリアですね」

「あぁそんな名前だったようだな。グランチェスター領に商売で訪れて、アーサー卿と駆け落ちをしたようだ。美しいと評判だったと聞くが、実際に私は見たことが無い」

「私は覚えております。大変美しい娘で、求婚者も多かったはずです。亡くなったと聞いておりますが、実は生きていたということでしょうか?」

「おそらく本人ではなく血縁者であろう。資金はアデリアの実家から出ている可能性も高い。早急にアデリアの実家がジェノアのどの商家なのかを調べろ」

「承知しました」




その頃、ソフィア商会を後にしたジルバフックス男爵もソフィアのことを考えていた。


『驚くほどグランチェスターのサラ嬢に似ている。ロバート卿が訪ねてきたことを考えれば、おそらく母方の親戚なのだろう。グランチェスターに縁のある者の愛妾なのだろうか。あれほどの規模の商会に出資できるとなれば、グランチェスター侯爵自身かもしれぬ。これ以上つつけば痛い思いをしそうだ。惜しい美女ではあるが仕方あるまい』


ところがグランチェスター城に戻ると、本城は蜂の巣をつついたような騒ぎが起きていた。ゲルハルト王太子に随行した近衛騎士2名とその従卒が、ゲルハルト王太子に従ってロイセンに来るようグランチェスター侯爵の孫娘を脅したのだという。


ジルバフックス男爵は顛末を聞いて呆れ返った。グランチェスター騎士団団長が直々に(くだん)の近衛騎士たちを連行し、事情の説明を求めていた。


当該騎士たちに言わせれば「脅したつもりはなく、丁重にお願いしただけ」だそうだが、8歳の幼子を複数の騎士が取り囲むという状況を想像するだけで、その理屈が通らないことは明白である。


ゲルハルト王太子は騎士たちの行き過ぎた行為を正式に謝罪し、暴走した騎士たちの武装と任務を解いて謹慎させることを決定した。グランチェスター側も身分剥奪などの厳罰は求めておらず、再発を防止するよう抗議するだけにとどめた。


これは、事を荒立てたくないグランチェスター家とロイセン王室側の見解が一致した結果でもあった。サラが原因で二国間の関係が悪化するようなことにでもなれば、悪目立ちどころの騒ぎではなく、ロイセン側も稚い子供を複数の騎士が脅したとなれば醜聞は避けられないと考えた結果である。

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― 新着の感想 ―
ジルバフックス男爵は物分かりがいいね。 他の人よりも好印象だよ
[一言] >今夜の会合で今後を競技することにしよう コジモ主催悪巧み選手権スタート!
[良い点] うんうん、談合ばかりの利権集団商会やその仲間のギルドには痛い目に遭ってもらわねば。 それとロイセン王家に貸しが作れて良かったですね。 そうそう、いい格好しいのお父様からは、音のなる小箱の…
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