魔力の増大と魔法の発現
「サラが作るのは女性向けの商品ばっかりだな。僕たちも面白いと思えるモノを作ってくれよ」
アダムが不満そうに声を上げた。
「じゃぁ是非ともアダムには教科書を全部使ってもらわないとね!」
「うぇ」
完全に藪蛇であった。
「だけどアダムやクリストファーなら何が欲しいの? あ、スコットとブレイズでもいいわ」
「断然チェスでしょ!」
クリストファーが叫んだ。
「あれ高いんだよねぇ」
「だったら、昨日お父様たちを昏倒させたアレは?」
クロエがサラに提案した。
「え、アレをここで出しちゃう? きっと全員倒れるわよ?」
「そうなったら魔力が凄く増えるんじゃない?」
「誰が彼らを送っていくのよ」
「それぞれの親に迎えに来てもらいましょうよ」
「クロエは魔力増やさなくていいの?」
「私はアリシアさんが作ってくれる魔道具を待つわ。さすがに人前で倒れたくないもの」
「確かにその通りね」
『クロエはそういうとこちゃんとしてるのよねぇ。兄や弟とは随分違うわ』
「えっと…いまから新しい魔道具の玩具を出すんだけど、昨日は祖父様たちが試しに使ってみたら魔力枯渇で昏倒しちゃったの。たぶんチェスよりも魔力使うことになると思うから、十分注意して遊んでね。昏倒したら親に迎えに来てもらうので、その手前で止めることを強く推奨するわ。一応、始める前にハーブティを飲んでおいてね。魔力の回復が速くなるはず」
『ついでだしハーブティで魔力回復が早くなるか試しちゃいましょう』
「それなら魔力が減ってくると体力も消耗するようですので、疲労回復効果のあるブレンドを用意しますね」
アメリアも興味津々である。
「たかが玩具だろ? ちゃんと倒れる前で止めるよ」
「だといいけど…」
スコットは気軽に答えたが、サラはこの発言を信用しなかった。男の子たちの前にリングと2体のゴーレムを置いたサラは、この遊びのルールを説明した。
「これはゴーレム同士を戦わせる玩具よ。もちろん魔力を流す必要があるわ。ゴーレムに基本的な動きを教えてあるけど、プレイヤーは声で指示を出して頂戴。ある程度は自動で戦うようになってる。試作品だから細かいルールは決めていないけど、ひとまず3分1ラウンドで3ラウンド制にしてあるわ。相手のゴーレムに与えたダメージを数値化しているから、3ラウンド終わった時点で相手に与えたダメージの多い方が勝者よ。ラウンドの途中でも受けたダメージが100を超えれば負けに設定してあるわ」
説明を聞いた男子たちの目がキラキラと光っている。あれほど冷静な態度だったスコットも例外ではない。
『く、男子にはやっぱりコレか』
「同時にリングに手を置いて、『試合開始』って言ったら始まるわ」
「わかった!」
そして1時間後、ブレイズ以外の男子たちは全員床に伸びていた。
「やっぱりこうなると思ってたわ。ブレイズはさすがに魔力量が多いわね」
「それでもかなり消費したよ」
「どうせスコットを迎えに馬車が来るだろうし、ブレイズも使い切ってしまう?」
「いや、オレもクロエと同じように魔道具を待つよ」
そこにクロエが近づいてきた。
「ねぇサラ。もうちょっと可愛いゴーレムは作れないの?」
「デザインを決めてくれれば作れると思うけど」
「着せ替え人形っぽいのも作れる?」
「え、クロエってまだ着せ替え人形であそんでるの?」
「そんなわけないでしょ。とっくに卒業してるわよ」
「可愛いゴーレムにサンプルのドレス着せて、店の中で踊らせたら、良い宣伝になったりしない? 小さい女の子だったら、動く着せ替え人形を喜ぶかも。お友達同士で持ち寄って遊んだりするんじゃないかな。それに人形を収集している女性も多いから喜ばれるんじゃない?」
この世界の着せ替え人形は、いわゆるビスクドールである。サラはうっかり夜中に勝手に動くビスクドールを想像してしまった。かなりホラーな絵面である。
「えっと、消費魔力も多いし、そのあたりは慎重に考えた方がいいかも。さすがにお人形遊びする幼児を昏倒させるわけにもいかないでしょう?」
「確かにそうかも」
こうしてホラーな絵面はひとまず回避された。
『あれ、もふもふのぬいぐるみが動くなら可愛い? なんなら動力用の魔石を搭載して自律型にする手もあるか。とんでもなく高価だけど……お年寄りの話し相手できるゴーレムとか看護とか介護をする医療用ゴーレムとか…』
「でもさ、魔力が多くなっても魔法を発現できなきゃ意味ないよね」
クロエがぽつりと言葉を漏らした。表情も寂しげである。
「どうかした?」
「ううん。サラはいいなぁって。もちろんサラが魔法を発現したきっかけを忘れたわけじゃないし、こんなこと言うのは間違ってると思うけど、私も魔法発現したらいいなって思ったの。サラからもらった魔石と魔法陣で治癒魔法は使えるし、それだけでも凄いことなのはわかってる。だけど、グランチェスター家が得意な火属性の魔法すら発現してないんだもん」
それを言うならアダムもクリストファーも魔法を発現していないのだが、サラが魔法を使う様子を見ていたら自分も使いたいと思う気持ちは理解できる。
「クロエは魔法を発現したいのね?」
「もちろんよ。貴族の子として生まれれば誰だってそう思うわ」
「結婚には有利になるもんね」
「もちろんそれもあるんだけど、私もサラみたいに魔法を使ってみたいなって」
突然、ブレイズの頭上から、黒い狼の妖精がするりと姿を現した。すたりと床に着地すると、そのまま人型に変化してクロエの前に立った。相変わらずワイルドイケメンである。
「娘よ、サラのようになろうとするな。その者は人を逸脱しているのだ。過ぎた力を持つと人として生きにくくなるぞ」
「は、え、あなた様は?」
クロエは驚いてノアールを見つめた。が、明らかに乙女の瞳になっていることにサラは気づいた。
「ちょっとノアール、クロエを驚かせないで」
サラが慌ててノアールを窘めると、ブレイズもクロエにフォローする。
「ごめんクロエ、こいつはオレの友人の妖精なんだ」
「え、妖精? それじゃブレイズは妖精との友愛を結んでいるってこと?」
クロエは驚いてブレイズとノアールを交互に見た。
「ブレイズは凄い魔法使いってだけじゃなくて、妖精の恵みを受けているのね。なんか領地にきてから驚くことばっかりだわ」
「いっぱい驚かせちゃってごめんね」
さすがにサラも反省した。
地味にジェイン、コーデリア、ヘレンも驚いていたが、上級貴族の前で狼狽えることはできないと必死にこらえていた。なお、レベッカの侍女だったキャスは過去に経験済みなので驚いてはいなかった。
「もしかしてサラにも妖精の友人がいるの?」
「…ええ、いるわ」
サラが頷くと同時に、ミケとポチがサラの頭上からにゅるんと飛び出してきた。セドリックは情報収集に忙しいのか姿を見せなかった。
「そうだったんだ。やっぱりサラが羨ましい」
クロエがため息交じりで呟くと、再びノアールが口を開いた。
「何度も言うが、サラと自分を比べるべきではないぞ」
「でも従姉妹同士なのに違い過ぎるわ」
ミケとポチもノアールと同じようにクロエを慰めた。
「サラは人間卒業しちゃってるからねぇ」
「そうだよぉ。サラは人間のくせにドラゴンみたいなんだ」
「ちょっと、あなたたち私に失礼でしょ!」
サラは憤慨したが、ノアールは気にせずクロエの目を覗き込むように語り掛けた。
「違っていても良いではないか。人としての幸せを欲するのであれば、人として美しくあるべきだ。お前の輝きはお前らしい美しさを持っているぞ」
「そんな美しいだなんて…」
ノアールのグレイの瞳に見つめられ、クロエは陶然とした表情を浮かべている。きっと瞳孔はハートになっているに違いない。
『おーいクロエー、赤銅色の髪の軍神はどうしたー?』
「我らの友人の友人であれば、少しばかり手を貸すことくらいはしてやろう。ただし娘よ、友愛を偽ってはならぬ。我らに嘘は通じぬ。それを忘れなければ、我らは良き隣人でいられるだろう」
「わかったわ。私はサラやブレイズとずっと友達でいることを誓うわ!」
『ノアールがイケメンパワーでクロエの劣等感を有耶無耶にしたわ。これほど人タラシな妖精だとは思わなかった』
サラはノアールが下ネタを真顔で話す外見詐欺妖精であることを知っているので、クロエが少しばかり気の毒になった。
「妖精の友人はともかく、あなたたちはグランチェスターの子だし、そのうち魔法は発現すると思うよ。それまで魔力を増やしておいて損はないんじゃないかな。なんなら私と魔法訓練一緒にやってみる?」
「うん。やってみる!」
エリザベスが魔法を発現していないため、クロエは自分も魔法は使えないと思い込んでいる。だがクロエの魔力は母親であるエリザベスよりもかなり多く、父親は火属性の魔法を発現していることから考えても、魔法が使えるようになる可能性は高い。サラと一緒に訓練すれば、魔法のイメージ力も強化されるかもしれない。
「ところで、魔法は貴族でなくても使えると思うのですが、平民の子供でも魔力を使いきれば魔力を増やしたり、魔法発現に効率的な方法もあるでしょうか?」
「コーデリア先生は男爵令嬢でしたよね? ご兄弟は魔力を発現されていましたか?」
「いえ、我が家に魔法使いはおりません。弟はアカデミーで詠唱による魔法の訓練にも参加したようですが、一度も魔法が使えないままでした」
「えーっと…平民の子供の魔力を枯渇させると、翌日の仕事や勉強に影響が出るんじゃありませんか? それに魔道具はあまり安くありません。平民の家庭で購入するのは難しいと思います。みんなでお金を出し合って魔道具を共有するという手段もあるでしょうが、魔力枯渇で昏倒した子供を誰かが迎えに来ないといけなくなります」
「確かにそうですわね」
「それに魔法を発現させる方法が確立されていたら、もっと世の中に魔法使いが溢れていると思うのです」
「ふふっ。確かに仰る通りですね。平民でも魔法が使えれば良い就職先に恵まれるかと思ったのですが、やはり難しいですね」
「お気持ちはわかります」
『確かに効率的に魔法を発現させる手段があれば良いのにとは思うよね。私の場合は前世の記憶の賜物だよね。アニメ、コミック、ラノベ、ゲーム…通勤の友だったアレらはイメージ力の強化にはバッチリ役立っている。それにしてもスマホが恋しいわ』
魔法についてつらつらと思い巡らせているうちに、サラはブレイズとノアールにお願いがあったことをふと思い出した。
「そうだブレイズにお願いがあったんだ」
「うん?」
「追加でシードルとエルマブランデー作りたいんだけど、ノアールの力を借りられない?」
「ノアールの力とオレの魔力ってことか」
「うん」
「ノアール、手伝ってくれる?」
ブレイズが声を掛けると、ブレイズの頭上からノアールが姿を現した。
「構わんが、私にも少し飲ませてくれるか?」
「いいわよ。どうせミケも飲むはずだから」
「ふっ。それなら喜んで手伝おうではないか」
『ノアールもそっち側か。まったくみんな呑み助なんだから』
「さすがに量が多くなりそうだから、作業用のゴーレムも作るつもり。私たちは魔力の供給源として近くに座ってるだけって感じになりそう」
「そっか。じゃぁ魔力量は増やしておいた方が良さそうだね」
「その方がいいと思う」
「まぁ、そこそこ魔力は減ってるから、今夜は昏倒するまで無害な魔法を使いまくっておくよ」
「ありがとう。ブレイズ」
「いや、サラの役に立てて嬉しいよ。助けてもらってばっかりだからね」
「お礼に欲しいものある?」
「今は思いつかないかな。考えておくよ」
サラから欲しいものを聞かれたブレイズは『ちょっとだけサラを独り占めする時間が欲しいなぁ』と考えたが、次の瞬間には『友達を利用して要求することじゃない』と思い直した。トマスと違ってブレイズは抜け駆けをするタイプではなかったようだ。