商品企画会議 5
突発的に始まった商品企画会議です
届けられたサンプルにメイドたちがソワソワしていることに気付いたサラは、女性たちの集落から届けられた商品サンプルのチェックをすることにした。もちろん、クロエのテンションはMAXだ。
「サラ、これすごく可愛い。私にも一つ頂戴!」
「クロエはお嬢様なんだからちゃんと買いなさいよ」
「えー、いまのウチにそれを言う?」
そういえば小侯爵は借金大王であった。
「もう仕方ないなぁ。ちゃんとお友達に宣伝してね」
「任せて!」
なお、今回サンプルを持ってきたのは、集落の女性たちのボスのような存在であるヘレンと、レベッカのかつての侍女であるキャサリンだ。
「今回はサラお嬢様なのですね。ソフィア様がお待ちかと思いました」
「ふふっ。私では不満ですか?」
「いえ、どちらにお見せしても同じ答えが返ってくることはわかっていますから」
ヘレンはニヤリとサラに笑いかけた。さすがのヘレンもグランチェスター城の敷地内では普段の豪快さも鳴りを潜め、丁寧な言葉遣いをするらしい。
『なるほど、気付いてるって言いたいのね。でも、まだ確信はしてなさそうね』
「それは良かったです。狩猟大会用に急いで納品してもらった分は、ソフィア商会で受け取りました。使用人が即現金をお持ちしたと思いますが、大丈夫でしたか?」
「それなのですが、当初予定していたよりも多くて驚きました」
「大変素晴らしい出来栄えでしたし、予定よりも2日も早かったですから。追加分は通常の価格になってしまいますが、そちらをがっかりされないか心配です」
「通常の工賃でも、他の商家や商会に比べれば高いですから、いい手仕事ですよ。これから冬になりますから、近隣の農家の女性たちも手伝いたがるかもしれません」
サラはクロエの方を振り向いて尋ねた。
「ねぇクロエ、これって貴族や富裕層の女性に売れると思う?」
「可愛いから普通に売れるとは思うけど、高価な商品にはならないと思うわ」
「うん。私もそれほど高額に設定するつもりはないわ。余裕があれば庶民でも買えるようにしたいと思ってるくらい」
クロエが少し難しい顔をした。
「うーん。貴族は庶民と同じものを持つことにいい顔はしないかも」
「そういうものなのね。貴族って面倒だわ」
「サラお嬢様、貴族と富裕層向けに差別化をするのは良いことだと思います。高価な布やレース、繊細な刺繍などを施すのはいかがでしょう? そういう細工が得意な女性もおりますから受注生産も可能かと」
ヘレンが提案した。
「でもなぁポプリを入れたサシェと、化粧品を入れるポーチにそこまでこだわる?」
サラは半信半疑である。
「大事に決まってるじゃないの。サラは貴族の女性たちをわかってないなぁ。中身の品質に自信があるんだったら絶対に外側に手を抜いちゃダメ。全部に高級感がなければ、商品が安っぽく見えてしまって、貴族の女性たちは買わなくなるわ」
「それはわかる気がする」
「サシェとポーチをお揃いにして、セット販売とかシリーズ商品として売るのはどう? 同じ布とか同じレースを使うの。もちろん高級路線でね。他にもハンカチや小さな扇子をセットにしても面白いと思う」
「なるほど、素敵なアイデアかも」
『クロエって商品企画に向いた性格してるなぁ』
「他にクロエだったらどんな製品が欲しい? ここのサンプルになくてもいいよ?」
「うーん。昨日貰ったハンドクリームって、他にも種類あるの?」
「入れる精油で香りが変わるからいろいろあるわよ」
「アレの香りがもうちょっと強かったら、ふんわり香って良いかなぁって思うんだ。その…ダンスのお相手にも良い印象残せるかもしれないし……」
もじもじしているクロエは、だいぶ乙女モードになっているが、サラは前世のことを思い出していた。
『香りのよいボディークリームか、あるいは練香水みたいなものってことか。確かに若いうちはそれくらいの優しい香りの方が印象は良さそう。フルーティーな香り作れるかなぁ』
「そういえば、香水ってどんなの使ってる?」
「アヴァロン国内には香水を作れる工房はないの。だから全部輸入品でとても高価よ。お父様やお母様でも社交の場でしかつけないわ。だから、精油を布に染み込ませて服の中に入れてる人も多いわ」
「どうして国内で生産しないの?」
「調香師が居ないし、製造過程には秘匿されている技術も多いんですって」
更紗時代にも香水を作るところにかかわったことはないので、さすがに製法はサラにもわからなかった。だが、使ったことはあるのでイメージはなんとなくできる。
『香水って、香料を無水エタノールとかに入れて作るものだった気がする。無水エタノールをエルマから作ったら超もったいないよね。それに、蒸留まではできるけど、そのあとの脱水ってどうやる? 酸化カルシウムをどうやって確保すればいいんだろう。貝とか焼く? …うーん、グランチェスターで香水生産は無理だわ』
「サラ、顔が固まってて怖いんだけど」
「あ、ごめんね。考え事してた。多分クロエが欲しがってるものは作れると思う。けど香料の抽出については、アメリアさんに頑張ってもらう必要がありそう」
アメリアはサラとクロエの話を聞きながら熱心にメモを取っており、既にいくつかのアイデアを検討していたようである。
「香水のように使うとなると香りは限られていますよね。商品化に耐えるくらいの量があるのは、いまのところラベンダー、ローズマリー、ペパーミント、レモングラスくらいなのですが、もっと華やかな香りをお望みですよね?」
「本当はバラとかが欲しいわ」
「確かに華やかな香りではありますが、実はバラやジャスミンなどの精油は抽出が大変なのです。必要な量もとても多いので栽培も大変ですし」
「もしかして、アンフルラージュできるの?」
「サラお嬢様は本当に薬師か錬金術師のようですね。その通りです。アンフルラージュによる香料の抽出方法は知られています。ただ、そこで使われるとても酒精の高い酒の製造方法が秘匿されているのです」
「アヴァロンでもエタノールって呼ぶのね」
「はい。アンフルラージュに関する論文にそのように書かれていましたので、薬師や錬金術師であればエタノールと呼びますね」
「結局はそこに行きついちゃうのね。そもそもエタノールが手に入るなら、香水だって作れるはずよ」
「仰る通りですね。蒸留を繰り返しただけでは作り出せないことまでは実験で確認済みなのです。どうやったらあそこまで酒精を高められるのでしょう」
「貝殻をしっかり焼いたものを蒸留して酒精を高めた酒に入れるのよ。もしかしたら石灰石でもできるかもしれないけど、やってみないとわからない。暫く待つとエタノールと水が分離するから、濾過するか上澄みだけを取り出して、もう一度蒸留すればいいはず。理論的にはそのはずなんだけど、上手くいくかどうかまでは保証できないわ」
サラの発言に、アリシアとアメリアが顔を合わせて頷いた。
「サラお嬢様、それはパラケルスス師の記述ですか?」
「いえ、パラケルススの資料でそのあたりを書いたものは見てないわ」
「でもとにかく実験はできそうです」
「貝殻とかを買ってこないといけないけど、グランチェスターには海が無いのよねぇ」
「そうですね。アヴァロンで海に面しているのは王都と周辺にある王室の直轄地くらいしかありませんから」
突然、レベッカが会話に割り込んだ。
「海ならあるわ。私が10年前に頂いた所領は、もともと王室の直轄地だったから海に面しているのよ。果樹園と小さな漁港くらいしかない土地だけど、温暖だから静養に訪れる人も多いのよ」
「お母様、私は海と聞いただけで心がときめくのですが塩は取れますか?」
「塩田は作っていないわね」
「貿易港は無いのですね?」
「ええ、本当に小さな漁港しかないわ」
「果樹園では何を栽培されているのですか?」
「オリーブとかオレンジが多かったような…」
サラはニマニマと笑い始めた。
「オリーブ…素晴らしいですね。とても良いです」
「サラ、顔が怖いわ。淑女の微笑みを完全に忘れてるようね」
「お母様の土地は商材の宝庫かもしれません。少なくとも話を聞いただけで、ちゃりんちゃりんとお金の音がします」
「私には全然聞こえないわ。オリーブなんて油をとってもそんなに儲かるものじゃないでしょう?」
「アメリアさんなら、私がオリーブに興奮した理由もわかるのではありませんか?」
サラはアメリアに尋ねた。
「そうですね。オリーブオイルを使って化粧品を作るのは是非やりたいですね。髪のお手入れにも使いたいです」
「なるほど。食用だけじゃないってことなのね?」
レベッカが納得する。
「私は石鹸も作りたいです」
再びニマニマし始めたサラに向かって、アリシアが問いかけた。
「サラお嬢様は石鹸の製法をご存じなのですか!?」
「知識としては知ってるわ。作ったことはないけど」
「石鹸も製法が秘匿されている物の一つなのです。海を隔てた大陸のパニアル帝国は石鹸の製法が外部に知られないよう限られた地域でしか生産していませんし、その場所は軍隊に守られていると聞いています。また、職人たちには秘匿の魔法が掛けられます」
『え、そんなに大袈裟なモノなの? どうりでお風呂の時に泡立ちの悪い何かで洗われるわけだ』
「製造方法については後程まとめて記述したものをこちらに届けさせますね。今は置いておきましょう。まずは狩猟大会を乗り越えたいですからね。でも次はお母様の領地に行きたいです!」
「領地の名前はコーンウェルよ。今の領主は私だけど、結婚後はロブに領主になってもらうつもり。将来はサラが引き継いでも良いんじゃないかしら?」
「お母様、頑張って後継者を産んでくださいませ」
「あら、サラなら領地を発展させてくれそうなのに」
「弟か妹を支えて発展させるのはもちろんやりますよ?」
「それは心強いわね」
レベッカは満面の微笑みを浮かべた。