魔力増大計画
「コーデリア先生、チェスがとても強いのですね!」
「クリストファー様も10歳とは思えない腕前ですわ」
「僕もクリスで構いません。兄をアダムと呼んでいらっしゃるのに、弟に敬称はおかしいです」
クリストファーはコーデリアに微笑んだ。
「でしたら私もクロエで構いません。この際だからジェイン先生も、そろそろお嬢様って呼ぶのをやめていただけません? ずっとお願い申し上げていますのに」
「奥様は気にされると思いますので…」
ジェインは困った顔をしてクロエのお願いを退けた。
『クロエは正真正銘の侯爵家のご令嬢だもんねぇ』
「むぅ。それじゃ二人だけの時だけは、敬称を無くしてくださいませ」
「わかりましたわ。クロエ」
ジェインもニコッと笑った。
「レベッカ先生! 私もサラって呼ばれたいです。アダムたちには敬称付けないで呼んでるでしょう?」
「幼馴染の子供と生徒は違いますからね」
「でも、もうじき義理とはいえ親子になりますよね?」
「確かにそうね」
レベッカはちょっとだけ首を傾げてから、ふっと笑った。
「じゃぁ、私もサラって呼んで良いかしら?」
「もちろんです。お母様!」
こうして教師たちは子供たちを敬称抜きで呼ぶことになったのだが、トマスがサラを敬称抜きで淀みなく呼べるようになるには少しだけ時間が掛かった。
そして、トマスに呼ばれたサラとクロエは、慣れるまでちょっぴり腰が砕けることになる。イケメンの声はイケボであった。破壊力ハンパない。
『あの声を録音して音の出る箱の小さいヤツに入れたら凄く売れそうな予感がする』
などと不埒なことを一瞬だけ考えたサラであったが、トマスに激しく迷惑が掛かりそうなので即座に脳内で却下した。
「ところで魔力の減り具合はどう?」
「昨日と同じくらい動かしてるはずなんだけど、全然減ってる感じがしないんだ」
「僕もそう思う」
クリストファーがチェスボードに手を置いて「整列」と声を掛ける。
「うん。昨日はこの時点で、魔力が減るのを感じたんだけど、今は自覚できないくらいちょっぴりしか使ってない気がする」
『魔力量を数値で出せるわけじゃないしなぁ…。魔力の測定器欲しいなぁ』
「魔力枯渇のお陰で魔力量増えたかな? でも、まだ回復できてないって言ってたよね?」
「正直なところ朝は半分くらいしか回復できてなかったと思う。チェスで少し減ったような気もするけど、半分を大きく下回ってる感じはしないかな。アダムはどう?」
「僕もそんな感じだけど……、でもチェスボードに流してた魔力が昨日より少なかったとは感じなかった。使っても減ってない感じがするだけなんだ」
ここでレベッカはフェイを呼び出した。
「フェイ、この子たちの魔力量は増えてると思う?」
「うん。それなりに増えてるよ。さすがにサラみたいな増え方はしてないけど、明らかに昨日より多いね。成長期に魔力が枯渇すると、身体が器を大きくしようとするんだ」
「増える量に限界は無いの?」
「もちろんあるよ。個人差はあるけど、自分の中にため込める魔力量には限界がある。でも、今の人間たちは魔力量を増やす努力をしないから、みんなちょっぴりしか魔力を持ってないんだよ。まぁレヴィは子供の頃に治癒魔法使いまくったから多い方だね。ロブやアーサーだけじゃなくって、使用人の子供たちも治しまくってたもんね」
『へー、お母様は子供の頃からいろんな人を治療してたんだぁ』
「お母様は聖女みたいですね」
「違うよサラ。レヴィは木の上からマント広げて跳べとか、無茶なことばっかりさせたんだよ。『骨が折れても私が治すから大丈夫』って言ってさ。実際、アーサーはポッキリ足を骨折してたよね」
「ちょっとお母様! 何やってるんですか! 私が治せば大丈夫って言った時には叱られた覚えがあるんですけど!?」
「だって自分と同じ失敗させるわけにはいかないでしょう?」
「酷い事実を知りました。もう大人は信用できません」
周囲は必死に笑いを堪えていたが、サラはぷんすか怒っていた。
「まぁそれはともかく、知りたいのは彼らの魔力量が増えたことだけ?」
「回復の速度が速い気もするんです。私が魔力枯渇で倒れた時は2日くらい起きられなかったので」
サラが疑問を口にすると、フェイは面白そうに笑った。
「サラは特別だよ。うーん、君たちは魔力がどこに溜まるか知ってるかい?」
「ううん。知らないわ。本を読めばわかるのかしら?」
「どうだろう僕は人間の本を読まないからなぁ。魔力は血液と一緒に体中を巡っているんだ」
「え、じゃぁ魔力が多い人って血が多いの?」
「そうじゃない。確かに血が通っているところに魔力は存在する。だけど、これは人が扱える魔力のほんの一部なんだよ」
「じゃぁ本当は身体のどこにあるの?」
「正確には実体として魔力が溜まる器官は身体の中にはないんだ」
「え?」
「心臓の近くに魔力孔って孔があるんだ。この魔力孔は無属性魔法で開かれた別空間との接点なんだよ。無属性の収納魔法に少し似ているね。この孔の先に魔力が溜められる空間が広がっていて、血液から魔力を取り込んで溜めておいたり、逆に血液中に流す魔力を調整したりしてるんだ」
「じゃぁ魔力の器っていうのは、その空間を指す言葉なの?」
「そういうこと。でも、身体の成長が終わるまでに大きくならないと、その後は緩やかにしか大きくならないんだ」
『でも今朝は大人たちも魔力量増えたって言ってたような…』
「ねぇフェイ。魔力枯渇で倒れた大人たちが、魔力量が増えた気がするって言ってたんだけど、これは気のせいなのかな?」
「多分それは、血液と一緒に流れる魔力の濃度が上がったんだよ」
「濃度?」
「うん。魔力って制御しないと濃かったり薄かったりするんだ。だから訓練しないと魔力を同じ濃さで循環させるのは難しいし、魔法を安定して発動するのも至難の業なんだ。多分魔力が枯渇したことで身体がびっくりして、急いで魔力孔を開けて魔力の濃度を上げたんだと思う」
「なるほど。そういうことなのか。あれ、でも回復速度が速くなってる理由がわかんないや」
サラが首を傾げると、アメリアが「もしかして私のせいかもしれません」と言い出した。
「どういうこと?」
「グランチェスターに届けたハーブティは、すべて秘密の花園で妖精に育てられたハーブから作られているんです。狩猟大会のお茶会用に用意したものや、商会の商品になるものは他の畑で作られているのですが、グランチェスター家は特別なので…」
「あぁなるほどね」
フェイがアメリアの説明に納得した。
「妖精が育てた植物は魔力の濃度が濃いんだよ。彼らは自然界に存在する魔力というか魔素の塊みたいなものだからね。そんな風に育ったハーブから作ったなら、体内に直接魔力を取り込むようなものなんだ」
「え、じゃぁもしかして、ポチが作った植物とか、ミケが熟成させたお酒とかも?」
「それは二人に聞いた方が正確だけど、多分そっちは問題ないと思うよ。サラの魔力を使って作ってるから、残留するほど過剰に魔力を注ぐとは思えない」
サラはフェイの説明を聞いてしばし考えこんだ。
「要するに秘密の花園にあるハーブで作ったハーブティを飲みながら、魔力枯渇を繰り返すと、凄く魔力が増えるってことだよね?」
「正確には魔力を枯渇させれば増えるんだ。ハーブティは魔力の回復量が多くなるだけだね」
「大人でも魔力を枯渇させれば魔力の濃度を上げられる可能性が高いってことよね?」
「そっちは本当にちょっとしか増えないよ。多くても2倍だ」
「十分多いと思う」
「でも、このハーブティは絶対に外に出したらダメだわ」
「アメリアさん、商品に絶対混ざらないよう細心の注意をお願いします」
「承知しました」
『なんだろう、ヤバいものがたくさんできるわ…』
「ちょっと待ってよサラ。私は魔力量を増やしたいわ!」
クロエが言うと、他の子供たちも同じような目をしてこちらを見ている。
『そりゃそうか。これを聞いたらそう思うよね』
「絶対口外しないって約束できる? グランチェスター家だけの秘密ってことだよ?」
全員が頷いた。が、実際には教師陣も聞いているので、あまり家の秘密っぽくはない。
「スコットとブレイズは魔法が発現してるから魔道具はいらないよね?」
「効率よく枯渇させられるなら道具欲しいところではあるけどな」
するとアリシアがニンマリとした笑顔を浮かべた。
「では強制的に魔力を抜いてしまえば良いのではありませんか?」
「どういうこと?」
「魔石から魔力を抜いて液化させる魔法陣を改良すれば、魔力の液体が大量にとれ……もとい効率よく魔力を抜いて魔力枯渇にできるのではないでしょうか」
微妙にアリシアの本音が聞こえた気がする。
「アメリアさんなら魔力の液体を使って、ハーブティよりも効果の高い魔力回復ポーションとか作れそうじゃないですか?」
「それ面白そうですね!」
『あ、ダメだ今回はアメリアさんもやる気だわ』
「仕方ないなぁ…魔力枯渇するときは、秘密が守れる人の前でやるしかないんだけど、あなたたちアテはある? 使用人はダメよ。信頼できる保証がないわ」
「難しいかも…」
『そりゃそうだよなぁ』
「では、一人でもできる魔法陣を描きますわ」
アリシアが明るい声で言った。
「そんなことが可能ですか?」
「寝る前に握りしめて発動する魔道具を作ります。意識がなくなったら自然に魔力の吸いだしを止めるように設定しますので、少しだけ時間をいただきますが、完全に魔力が0にはならないようにはできます。魔力の液体は、少し離れた場所に対になる魔道具を置くことで対応しましょう。容器とセットになっていればこぼれる心配もありません。寝る前にハーブティを飲んで、ベッドに入ってから魔道具を握り締めて熟睡していただくのが良いかと」
非常にいい笑顔で話しているが、これは絶対に暴走した錬金術師の顔である。
「うーん。本当に安全かどうかを確かめてからかな。それとちゃんと親の許可を取ってね。自分でやりたがってるってことをアピールしてもらわないと、後で私かお母様が責められそうだもの」
「「「「「わかった(わ)」」」」」
ここでサラは、先程のフェイの言葉を思い出した。
「ところでフェイ、どうして私の魔力増大は特別なの?」
「サラは元々この国の王様の3倍くらいの魔力を保持してたんだけど、いまは10倍くらいになってるんだ。完全に一度魔法の器を壊して、再構築したんだよ。普通は引っ張って少しずつ伸ばすように大きくなるんだけどね。おまけにサラは外部に繋がってる魔力孔も持ってるんだよ。だから自然界に存在する魔素を魔力に変換して使うことができるんだ。そんなことできる生き物なんて、これまでドラゴンくらいしかいないってのに!」
妖精から見てもサラは人外であった。